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11.陛下の疑問

 建国祭の夜は明るい。


 自室の窓から見える王都の街並みにはまだ灯りが点っていて、民たちがまだ祭りの余韻を楽しんでいるのが窺える。民が活気づいているのは国が元気な証である。良いことだ。


 パーティという仕事を終え、私は湯浴みを済ませて部屋へと戻された。解かれ、洗われてふわふわと自由になった髪を弄りながらソファに座り、長時間ヒールを履いていた足を労わるように摩る。この痛みばかりはいくら経験しても慣れない。


 そうしていると、部屋の扉を叩く音がした。こんな時間に私の部屋を訪ねて来る人なんて一人しかいない。


 思っていた通りの人が、サンドイッチの載ったトレーを片手に姿を見せた。


「シャルロッテ、今日はご苦労だった。臣下たちの評判は上々だったよ」

「リーアム様こそ、お疲れ様でした」


 私に労いの言葉をかけてくれながら、陛下は持っていたトレーをサイドテーブルに置き、私の隣へと腰掛けた。


「これは?」

「昼からまともに食事をとれていないだろう。軽食を作らせたからよければ食べてくれ」

「良いのですか? 嬉しいです」


 本当にお腹ぺこぺこで眠れそうにないくらいだったので、ありがたく頂戴することにした。空腹は最高のスパイスって本当だと思う。ただのサンドイッチがこんなに美味しい。


 夢中で食べていると、視線を感じた。リーアム様がこっちを見ている。ものを食べている姿なんて見ていても特に面白くもないだろうに。じっと見られるとすごく食べづらい。食べるけど。


 私がサンドイッチの最後の一欠片を飲み込んだところで、リーアム様が沈黙を破った。


「実は、貴女に聞きたいことがある」


 すごく、真剣味を帯びた声色だった。とても大事な話なんだろうと察して、自然と背筋が伸びる。


「貴女は何か、秘密を抱えてはいないだろうか」


 どくん、と心臓が鳴った。


 その瞬間顔が引き攣ったのが自分でもわかった。


 私の、秘密。


 そんなもの、私の生い立ち以外に考えられなかった。


 何不自由なく暮らしてきた生粋の王女を演じてきたつもりだった。実際、祖国では隠し通せているはずだ。私が王妃の実子ではないことを。


 リーアム様も、気軽に話せるようなことではないのをなんとなく察しているようで、酷く言いづらそうに続けた。


「……クリスタが言っていた。貴女は世話をされることに慣れていないように感じる、と」


 衣服の着替えや湯浴み、そういう高貴な身分であれば人の手を借りて行ってきたであろうこと。それをする度、ぎこちなさを感じたと、クリスタは言っていたらしい。


 リーアム様はリーアム様で、思うところがあったようだった。


 私物の少なさとか、物欲のなさとか。それは清貧を好むとかそういう感じで好意的に見てもらえたりはしないかと思っていたけれど、リーアム様には違和感として映ったようだ。未婚の姉が二人もいるのに末娘が嫁いできたのも違和感のひとつかもしれない。そして、決定打になったのが、今日のアクシデント。隣から見た私は明らかに様子がおかしかったのだろう。


 失敗したな、と思った。一つ一つなら気にならなかったかもしれないことも、重なれば大きな違和感となってしまうから。


「話したくなければ話さなくても良い。貴女がどちらの選択をしても、貴女やルインズに不利益を及ぼしたりはしないから、安心して欲しい」


 真剣な瞳で私を見ている陛下を、見つめ返した。


 ……直接私に聞いたりせずに、勝手に調べることもできただろうと思う。


 それを私に話すか話さないかの判断まで委ねてくれているその真摯な態度は、前に話してくれた、私と対等な関係を築きたいという言葉の通りで。


 であれば、私もそれに応えるべきだと、そう思った。


「リーアム様の感じた違和感の原因は全て、私が妾腹であることに尽きます」

「…………え」

「私は国王の血は引いておりますが、王妃の娘ではありません」


 そうして私は、王妃様が私を嫌っていたこと、侍女をつけてもらえなかったため身の回りのことを自分でやっていたことを話した。リーアム様は、難しい顔をしてそれを聞いていた。


 よくよく考えてみれば、別に隠す必要などなかったのだ。ここには王妃様はいないし、リーアム様はわざわざこんなことを言いふらすようなことはしないと思うし。


「申し訳ございません。祖国ではこの事実は秘匿されておりましたが、お伝えしておくべきでした」

「いや……すまない、こちらこそつかぬ事を聞いてしまった。しかし、なぜそれほどまでに嫌う子を王妃は実子として迎えることを許した?」

「それは私の外見のせいです。私は祖国では至宝などと呼ばれておりますが、それは私自身を表すものではありません。至宝と呼ばれるのはこの瞳です」


 紫の瞳は、ルインズの王族の血を引く者の証だ。王族の中でも限られたものにしか出ないこの色を、人々は至宝と呼んで大切にしてきた。


 瞳の色はごまかせない。だから私には、生まれたときから王族として生きる以外の道はなかったのだった。


「王妃様の実家は特に至宝へのこだわりの強い貴族の家でした。自分達の家系から至宝を生みたいと思っていたようです。姉たちの瞳は紫ではなかったので、王妃様もかなりつらい思いをしたようで。だから私を実子として偽装したのでしょう」


 でも、妾の子なんて本気で可愛がれるわけがないですよね、なんて茶化して笑ってみたけれど、面白くなかったみたい。リーアム様は相変わらず仏頂面だった。


「その、つらくはないのか」

「つらいというか……それが日常だったので、特に思うところはありません。それに今はリーアム様やクリスタに優しくしてもらってますし、平気です」

「……そうか」


 私がそう答えたら、彼はもうそれ以上は追及してこなかった。


「シャルロッテ」

「はい」

「話してくれてありがとう」


 哀れむでもなく、蔑むでもなく。ただ、いつもと変わらない真っすぐな目でこちらを見て受け止めてくれている。それがとても、ありがたいと思う。


 ダンスのときに私を力強く支えてくれていた手が、ぎこちなく、けれど優しく髪を撫でた。擽ったいようなその感覚に目を細めながら、引き寄せられるままにその広い肩に寄りかかる。


 リーアム様は無意識だったようで、少しだけ慌てた様子を見せたけれど、私が拒否していないからか、そのまま手を離そうとはしなかった。


「……すまない、勝手に」

「ふふ、なんで謝るんです? いいんですよ、私たち夫婦なんですから」


 彼に触れられて、嫌だと思ったことは一度もなかった。


 こんなに優しくて、誠実なひとが政略結婚の相手だなんて、私は恵まれている。だからやっぱり、私の生い立ちなんて些細なことだと、そう思った。






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