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第64話 ハルカの世界観 その②

 この世は残酷である。美しいとは……私は思わない。

 何故なら。答えはハッキリしている。『思い通りにならない』からだ。

 思い通りにならない方が面白い、と言う人も居る。だけどそれは違うと思う。思い通りに『なる』か『ならない』か。その2択だと『なる』方が良いに決まっている。思い通りにならないことを楽しめる人は、本当に『ならないんだ』という苦痛を知らないのだ。

 人は、思い通りにしたい生き物だ。それが叶うかどうかは運次第だが、大なり小なり皆、基本的に思い通りにしようと生きている。だけど全部は叶わない。その中でできるだけ叶えようと、努力をするのだ。できるだけ運の要素を減らすために。

「……ふっ!」

 岩がある。それを斬る。アビスの甲殻は銃弾を防ぐから、相手はそれを想定した武装をする筈だ。石器武器から核爆弾まで。兵器の火力は歴史を進むごとに強力になってきた。人を殺す『威力』は充分だ。あとは広範囲とか確実性、コストパフォーマンス、扱う際の安全性、使用後の環境への影響などが重視・考慮される。

 前時代的なことをしているのは、アビスだけだ。

「やってるねぇ」

 朝の日課をやっていると、コロナが声を掛けてきた。こんなに朝早くどうしたのだろうか。いつもお昼頃に起きてくるのに。

「…………」

 彼女は黙って私の稽古を見ている。

「……なに?」

 正直少し気が散るので声を掛けた。いつもは仕事とか修行とかには興味が無い筈だ。

「このミサイルの時代に、剣てねぇ」

 彼女は少し馬鹿にしたように言った。だがこれはわざと私を怒らせたいために言ったのだと分かっている。

「ICBMで死なないパニピュアを殺すには直接斬るしかないでしょ」

「パニピュアを殺せるミサイルを作った方が良くない?」

「じゃ作って。『私より速く動けて、私より威力の出せるミサイル』を。フィリップに頼んで」

「……無理だね。多分フィリップでも無理」

 彼女の意図が分からない。私は次の言葉を待った。

「解明された先進技術を擁する人間に対して、未だ未知の『オカルトまがい』を使わざるを得ないアビスに勝機はあるのかって、皆不安だって」

 皆とは、エクリプスが作った下位アビスや、下位アビスがさらに食糧を喰らって成長したハーフアビスのことだ。この地下に隠れてしばらく経つが、中々大所帯になってきている。

「『爪』と『甲殻』だけで初期シャインジャーには対抗できていたわ。奴等が科学力を上げてくるなら、こちらは血の能力を上げるのよ」

「ハルカは、勝てると思ってる?」

「!」

 コロナが不安そうな表情をした。地上のニュースは私達も把握している。アークシャインの拡大、アウローラとの連携。今や本当に、アビスの生きる場所は地球上に無い。

「『姫』さえ絶やさなければ、少なくとも敗けは無いわ」

「そうじゃなくてさ」

 恐らく、誰かから聞き齧ったのだろう。彼女自身に戦争自体の興味は無い。彼女の世界はフィリップで一杯だ。

 だが私に意見を言える者も限られてきた。彩ちゃんの希望により支配を弱めているせいだろうか。獣社会のアビスで、『下』から『不満の声』が聞こえてきた。

「宇宙が、人間中心になってるなら。結局は私達は『ただの悪者』で、最終的には退治されちゃうんじゃないのかな。『意思の総量』は人間に敵わないんでしょ?」

「今はね。『総量』が問題なら逆転すれば良い。今、アビスが行ってることは知ってる?」

 彼女は首を振った。

「ひとつは数を増やすこと。エクリプスを使って下位アビスとハーフアビスを増やしてる。それが人間より多くなれば『総量』は解決する」

「でも」

「ええ。正直無理よ。地下に80億のアビスは。だからもうひとつ。『粒子』の改造をしてる。人間に感染しやすいようにね。元々、粒子を他種族に感染させて侵略していたのに、何故か人間には効きにくかった。そもそもこれが劣勢になる根本だったのよ」

「じゃ、それが完成したら勝ち?」

「そう単純じゃないけどね。だからあとひとつ。『私達が強くなる』。物理的に戦争で勝利すれば勝ち。単純にね」

「……」

 コロナは黙ってしまった。成功すれば魅力的な作戦だが、結局は上手くいかない結末しか見えないと言った表情だ。

「じゃあコロナは、どうすれば良いと思う?」

「数を増やさなきゃ消費も少ないんだから、このまま地下に住めば良いじゃん。地下の『愛』は地球が滅ぶまで無くならないんでしょ?」

「私達が採り続ければ、地上に影響が出るのよ。つまり地球の寿命が縮まるの」

「別に良いじゃん。戦争よりマシでしょ」

「いずれ全滅するわよ?」

「別に良いじゃん」

「コロナは良くても、皆がそうじゃないのよ。皆『生きたい』って思ってるの。自分だけじゃない、『家族』の幸せを、皆願ってる。地上に住めばそれが叶うのよ」

「…………」

 家族という単語に少し反応した。

「フィリップはなんて?」

「……正直勝てないだろうなって」

「どうして?」

「ブラックライダーを瞬殺した王を跡形もなく消し飛ばした『太陽』には、どうしても敵いっこないって。他の何を殺そうと、地上を焼き払おうと、最終的に『太陽』に勝てなきゃ全滅するって」

「…………大丈夫よ」

 当然敵戦力を見越してない訳は無い。コロナの不安も尤もだろう。散々仲間達を、影士さんを殺したブラックライダーですら、王や太陽の足元にも及ばない。

 だけど問題ない。

「私が殺すから」

「私はさ」

 その答えを遮るようにコロナが口を開いた。

「アヤと一緒。誰かが死ぬのは嫌。アヤは戦争に対して割り切ってるけど、私は普通のハーフアビスだもん。わざわざ勝算の無い戦争を仕掛けて、ハルカが死ぬのが嫌なの。それなら例え短くても、皆でここで、死ぬまで一緒に暮らせば良いのに」

「勝てば誰も死なないわ」

「……それ、ハルカの嫌いな『根拠の無い自信』に聞こえるよ」

「!」

 私は最強。私が勝てばアビスの勝利。私が最強だから問題無い。ずっとそう考えていた。

 勿論違うことは理解している。『太陽』に精神を壊されそうになったし、一時はそのせいで捕まった。全然最強じゃない。

 だから修行しているのだ。

「ねえ、うまく言えないけど……。皆おかしいよ。『戦争』に取り憑かれてる。何も平和と幸せへの道はそれだけじゃないのにさ」

「……考え、変わったわね。コロナ」

「……ん」

 以前は疑問など何も持たなかった。戦争だろうと二つ返事で参加した。彼女をここまで成長させたのは、やはりフィリップなのだろうか。

「コロナ」

「ん」

 手を差し出した。察したコロナがそれを握る。

「「"精神統一(スピリット・ユニティ)"」」

 私達はお互いの意識を共有する。彼女の不安も疑問も私の中に流れてくる。お互いを本当に信頼していないと、そもそも相互精神干渉はできない。彼女は私を信頼した上で、素直に疑問をぶつけれくれているのだ。

『ワープゲート干渉。……精神迷彩起動。2秒後に"衛星(サテライト)"展開』

 共有化された脳内で精神力を使い、能力の処理をする。何をするかは既にコロナにも伝わっている。

『"精神解放(リリースソウル)"』

 私はステルス能力と飛行能力を持つ。コロナはそれを強化できる。さらに合わせ技として、監視衛星を精製し射出できる。

 だから『これ』は私とコロナだけの『特権』である。

『肉体のワープ処理を開始』

 私達はその場から消えた。


――


 光の速さで地上へ飛び上がる。幾重もの地面と岩盤を無重量で突破する。気付いた時には成層圏近くまでやってきていた。

 見渡す限り、黒と青と白の空。頭上では星が瞬き、眼下には海の青。

 正に『陰気な気持ちも吹っ飛ぶ』ような、爽快感のある見晴らしだった。

「…………」

 コロナは景色に見入っていた。文字通り目を輝かせている。

「ずっと地下に居たら、こんな景色は見れないわよ」

 そう言うと、コロナの眉根が寄った。

「感情に訴えるつもり?」

「いいえ? ただ、貴女の意志の強さもここまでじゃないでしょう?」

「…………」

「地下に籠っていたら気付かない…否、忘れてしまう。『世界の素晴らしさ』を。この素晴らしさを、どうしてアビスというだけで、私達が享受できないの? おかしいじゃない」

「……」

「あと言ってなかったけれど。『おめでとう』」

「!!」

 精神が共有されていて、私が気付かない訳は無い。

「『家族皆』の為にも、生き残らないとね」

「…………うん」

 彼女は泣いていた。そしてじっと黙って、景色を見ていた。

 それ以上言葉は交わさなかったけれど、彼女の気持ちはしっかりと受け取った。


――


「絶対に勝たなくてはいけない」

 修行に戻る。コロナと話して気合いが入るということは、『そういうこと』だ。

 コロナは泣きながらも笑っていた。やはり『笑顔が良い』。

「『パニピュア』も『太陽』も『心理』も。全部まとめて私が殺す」

 この世は残酷だ。

 だけどもしかしたら、やっぱり少しだけ美しいかもしれない。

 『思い通り』にするまでの過程と努力にはとても価値があると思うから。

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