第61話 かりんの見聞録 その①「五十嵐禅」
「じゃあ、これで」
「ええ。ありがとうございました。チーフ」
アークシャインは、特殊な形ではあるが、基本的には営利目的の企業と同じ組織体制であると思って問題ない。つまりは怪人との戦闘において勝利を収めることで、その国から報酬を貰う。軍事会社と似たようなものであるが、こちらは国際社会と連携して、開かれた市場で展開される。一時はその信頼も地に落ちていたが、怪人被害が日常となった今では、地球のシンボルとして認められている。ラウムアビスの暴走を防ぎ、アビスを沈黙させた今、再び英雄となったのだ。
アークシャインは組織であるから、役職や部門がある。トップは勿論、長谷川ひかり。それは周知の事実だ。
ではその下はどうなっているのか。
ひかりの下に、『作戦指令室』という部署がある。アークシャインの一番の肝となる、対アビス戦闘作戦の立案、戦闘員への指示と連携。これが主な業務である。その『作戦指令室』室長の席に、間宮ゆりが座る。つまりはゆりは、事実上アークシャインのナンバー2ということである。
作戦指令室の隣に、『管理統括部』がある。こちらもひかり直属である。ここは組織のあらゆることを管理する。人員配置や備品管理、諸々の書類管理や、給与管理など。ここの部長は空席であり、暫定でひかりが兼任している。アークシャインはひかり体制となって間も無く、吸収された間宮家の社員以外はまだ人材も育っていない。
その、『管理統括部』部長ひかりの下に。『人事採用課』がある。ここの課長も当然のようにひかりであるが……そこの主任として『今日まで頑張っていた』のが、
「もうチーフじゃないよう」
藍色の髪を腰まで真っ直ぐ伸ばした、この春から中学三年生。
らいちの影に隠れがちだが、こちらも間違いなく天才児。
南原かりんである。
彼女は新たな戦闘員の獲得を主な業務として、その聡明な審美眼を以て採用課を任せられていた。ラウムとの戦争後も戦士を増やしていった事実を踏まえれば、彼女の実績は大きなものである。
しかし彼女には、彼女の人生があった。普通に学校へ行き、受験をし、進学し、就職するという道がある。またひかりとしても、この幼い少女の人生を戦争で束縛したくは無い。いくら戦闘力があっても、今はそれに頼らずともシャインジャーだけでアビスと対抗できる戦力を、かりん自身の成果によって得た。
かりんはアークシャインを去ることにした。無責任に放ったのではなく、しっかりと引き継ぎをして。もう彼女が居なくとも採用課は回るし、何よりパニピュアが居なくとも、アビスには勝てる。元々、パニピュアはアークシャインと別行動をするという意図でアーシャにより生み出されたのだ。
「でも、何かあったらすぐ言ってね」
「大丈夫。安心して。ありがとう」
最後の出勤日。かりんはひかりと固く握手を交わした。
――
現在春休み。自由になったかりんは早速行動を開始した。彼女はアウローラ国民では無いが、『ラウム』という種族であることには変わらない。そして大親友のらいちが治める国だ。気に掛からない訳は無い。
アウローラは今、とある問題に直面していた。
「……エネルギー問題?」
ある夜。かりんはらいちと電話をしていた。週に1回、彼女らは交流している。
「そう。アビスじゃないけど、『精神力の不足』が深刻でね。アウローラが墜落するかも」
「えっ! 墜落??」
「あはは、今すぐじゃないけどね。計算外って言ったらそうなんだけど……間宮家の人達は勿論悪くない。彼らはラウムの社会なんて知らなかったし、私達も、心理さんさえ知らなかった。ラウムの社会なんて、アーシャしか知らなかったんだ」
「どうしたら良いの?」
「外部から精神力を得る方法を模索してるところ。そのひとつとして、未来ちゃんの言った『仮説』を、確かめる。彼女はAI専門じゃないから」
「……分かった」
ふたりはお互いに、お願いもしない。確かに今アウローラの国民は国外へ出られない。らいちも女王として、気軽に出ることはできない。
だがこれはお願いでも依頼でもない。報酬も無いし、かりんもそれを要求などしない。
何故ならふたりは『ふたりでパニピュア』であり。
「よろしく……は、あんまり言わなくて良いよ」
「あはは。おじさん嫌われてるなー」
大親友であるからだ。
――
某県、某所。
緑の豊かなこの地方に、ひとつの研究所がある。それは大学の中にある、ひとりの教授がいる研究所。
「…………」
「おはようございます。お待ちしておりました。南原かりんさん」
最寄りの駅からタクシーで大学の正門前まで来ると、白衣の女性に出迎えられた。物腰柔らかそうな、眼鏡の女性だ。
「『五十嵐教授』の、助手をしています。新正恵です」
「……よろしくお願いします」
新正の案内で研究所へ向かう。道中学生らの注目を浴びたが、かりんは適当にあしらう。戦闘服でなければただの中学生である彼女はらいちより目立たないためパニピュアとは気付かれこそしなかったが、ただの中学生が大学へ来ていることへの興味の視線と、その白き両義肢への視線は受けていた。
「あの、私詳しくは知らないんですけど、おじ……五十嵐教授はどんな研究をされてるんですか?」
「"技"はご存知ですか?」
「"精神集中"のこと?」
「ああ、いえいえ。精神戦闘に限らず……あらゆる"技"という概念について」
「……どういうことですか?」
「技には『理念』があります。『こうやって倒す』とか『こうして逃げ延びる』とかですね。その理念に基づく動きを"技"。それを扱う能力を"術"。そしてそれらを探求することを"道"と言います」
新正の説明に、かりんは頭を捻った。この話が、これから会うらいちの父親と関係するのだろうか。
「精神戦闘って?」
もうひとつ、かりんは聞き慣れない単語を質問した。
「おおよそこれまでの『人間同士』の戦闘では存在しなかった戦闘。具現化する精神を使う人智を越えた戦闘を指します。……まあ、私達が勝手に呼んでるんですけど。そして、その精神戦闘を根幹とした『種族間の戦争』を」
説明の途中で、新正は立ち止まった。目の前には、巨大なガラス板に囲まれた大きな建物があった。ここが目的の研究所なのだろうかと、かりんは建物を見上げる。
「"精神戦争"と呼んでいます」
言って、新正は中へ入っていった。かりんも招かれるまま、ガラス板の門を潜った。
――
かりんは、どんな人物であるか、あまり知らない。小さい頃に会ったきりだ。そもそも遠出をしてやっと会える距離に居る。らいちすら、たまにしか会えないのではないか。
五十嵐禅という男を。かりんは知らない。少なくとも、あの100万のラウムを統べる女王たるらいちでも『あまり話題にしたくない』であろう男。
「私がパニピュアに成る話の時。即答したんだよ。どうでも良さそうに。『いいんじゃない』って。そんな人だよ。パパは。博士とは違う。私には興味が無いの。あの人は『私じゃない方の娘』に、ずっとご執心なんだから」
電話ではそう言っていた。聞く限りではらいちにとって理想の父親では無いのだろう。
――
「よく来たね。まずはお茶でも出そう。恵」
「はい。もう準備してますよ」
出てきたのは、物腰の柔らかそうな。そう、丁度助手と名乗った新正恵と似た雰囲気を持つ男性だった。かりんは驚いた。娘に興味の無さそうな『悪い』人には見えなかったことと、もうひとつ。
自分の父と比べて『若すぎる』ことに。
「さて。自己紹介からだな」
男性はかりんを休憩室に案内した。妙な形のオブジェのような椅子と、幾何学的な模様をしたテーブルがある、なんとも奇妙な部屋だ。
「私は五十嵐禅。ここの準教授をやっている。と言っても受け持つ授業は少なくてね。専ら独りで研究してるんだ」
「……南原かりんです」
かりんは短く名乗る。
「警戒されてるなぁ。飲みなよ。この辺はもう暖かいから、喉乾いているだろう」
「……それより、貴方が本当に――」
「ああ。らいちがお世話になっている様だね。ありがとう」
「!」
禅は柔らかな笑みを弛めない。これはポーカーフェイスなのだとかりんは察する。
「不思議だろう。大方らいちは、私のことを『娘を愛さない』とか『放任主義が過ぎる』とか『いくつの時の子供だクソガキ』とか言ってただろう」
「いや、そこまでは」
「私はね。勿論らいちを愛していない訳は無い。ただ伝わらないのさ。娘はこう思っている。『私をお母さんの代わりにしようとしている』とね」
「!?」
「『だからパニピュアに成るのに反対しなかった』ってね。彼女は……美紀は、正に『正義の味方』だった。私なんかの子を産んでくれたのは奇跡としか言えない」
「……??」
禅はふっと笑い、かりんを見た。
「君に『お使い』を頼んだ子へのお土産だよ。『新正美紀』という名前を、覚えておくと良い」
「新正……?」
かりんは首を傾げた。そして振り返る。つい先程、あの女性が名乗っていた苗字だ。
「他に質問は無いかい? あっそうだ。南原博士は元気かい? 彼、まだまだ現役らしいじゃないか。私も見倣わないとね」
この男は『心理学者』だ。
口から出る言葉は全て嘘と思って良い。この問答も全て、かりんを動揺させるものであると考える。
「AIに意識を持たせるのは可能なのですか?」
「おっ?」
禅の話を突き破り、かりんが問うた。流石の禅もそのワードに反応する。
「……例えばだ。色紙で『紙飛行機』を作るのに――まず『飛行機』の形を知らなければ作れないと思わないかい」
「……??」
急に真面目に語り出した禅。かりんは注意深く耳を傾ける。
「ああ、勿論初めからだ。作り方を知っている紙飛行機じゃない。つまり『機械に心』を持たせるには、『心』を知らなければならないと私は思う」
「……それで心理学を?」
「そうだね。サンプルは『本物に近ければ』近いほど良いんだが……本物は中々難しくてね。つまりは『妻には逃げられてね』」
「……!?」
「さて、今日君がウチを訪ねてきたのは『それ』だったね。恵」
「はい教授」
禅は立ち上がった。ずっと部屋の端で表情を変えずに待機していた新正も続く。彼らは休憩室を出ていく。
「紹介するよ。私の今の研究対象を」
「…………」
振り向いた、笑みの絶やさない禅の後を追い、かりんも部屋を出た。
頭の中に、らいちの言った『私じゃない方の娘』という言葉が浮かんだ。




