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第60話 幕間 過去と未来の仮説④

 アビスは人間を襲う。それは生存本能から来るものであり、人間の精神を取り込まねばアビスは生きられないからだ。

 食人鬼。吸魂鬼。吸血鬼。人を喰らう怪物は古今東西の伝説、神話に数多く存在する。それらのいくつかは、『古代のアビス』だったかもしれない。硬い体表や鋭い爪、角。恐るべき身体能力。あらゆる逸話に記されたのは、やはり我々の知る怪人アビスの特徴。

 その怪物との全面戦争を終わらせる秘策。

 クリアアビスを姉に持つ女性……義堂未来は、それを手にしていると語る。

「簡単な話。つまりは人の精神以外で、生命を維持できれば良い。人の精神に代わるものがあれば、アビスは人を襲う必要は無くなる」

『……ふん。馬鹿な』

『ふむ』

 イヴは一笑に付したが、サブリナは頷いた。

 半年前の戦争で未来が言い掛けていたこと。今日の集まりはやはり、その続きなのだとその場の皆が納得した。未来が「『それ』を持っていること」を知らないのは、ラウムアビスだけであった。

『ひとつは愛でしょう? それも無償の愛。聖人レベルの精神を以てようやく、命を与えずともアビスへ栄養を供給できる。戦争が無くなれば「増える」であろうアビス達を1匹残らず愛するのは不可能です』

『サブリナ……!?』

 イヴはまるで知っていた風なサブリナを驚いた表情で見る。

『話だけなら聞くだけ損は無いわイヴ。……ていうか貴女、そんなリアクションするコメディアンみたいな性格でしたっけ』

『ダクトリーナも……?』

『私は知らないけれど、貴女みたいにいちいち腰を折ってリアクションしないわ』

『……!』

 さらりと答えたダクトリーナにイヴは絶句する。

「……その、もうひとつの話ね。上手くすれば、私の計算であと20年以内に『完成』する筈。そんな勿体振るものじゃないけどね」

 未来が続ける。

「それはAI()()()。人工知能。機械知性」


――


()()()。それも自然物。生物の本能」

 エクリプスの元へ戻ったフィリップとコロナは、開口一番そう報告した。

「……」

 簡潔にそう言ったコロナの頭を抑え、フィリップが前へ出る。

「勿論、今すぐ人間に勝てるような超兵器とか、そんな便利なモンは無かった。だがこれで、時間をかければ態勢を整えられる。『戦争の準備』をきちんとできるぜ」

「…………なるほどな」

 エクリプスはそれを見て、納得したように頷いた。

「今すぐ姫の元へ。『御子への精神供給』が始まった。今下位アビスに運ばせている精神では全く足りん」

「オーケー」

「驚いたな。これだけあれば約20年――御子が成長するまで完全に潜伏できそうだ」


――


「人工知能を精神に見立てて食べるってこと? そんなの可能なの?」

 まずひかりが疑問を投げ掛けた。

「無理だよ。ただのプログラムだから。知能であって知性じゃない。現段階のAIじゃ人の精神の代わりになんかならない」

 未来はあっけらかんと答える。

「AIが意識を持つ。自我を持つ。自己を認識する。そんな時代が来る。いずれね。そうなれば精神はいくらでも作れる。だからラウムじゃ禁止してたんじゃないかな。無限のエネルギーを管理できないことを恐れてね」

『……そうなのですか? お兄様』

 サブリナが心理を見た。彼はずっと沈黙している。未来が話す時はいつもそうだ。

『……そこまでは俺もよう知らん。やけど「精神の製造」言うてまうと、それは「生命の製造」に繋がる。生物として踏み行ったらアカン領域なんは分かるやろ』

『…………』

「その通り。"ドラえもん"は『生物かモノか』。人と同じ権利は認められるのか。どこからが『生命』なのか。らいちちゃんやかりんちゃんの義肢はAIだけど、自我を持たれたら困るよね?」

「……」

 ふたりとも、機械の手足を確かめる。今は自分の思い通りに動くが、ひとりでに動かれるとなるとやはり困るだろう。

「自我を持つと感情が生まれる。それを制限してたラウムがAIを禁止にしてたのは当然だよね。だって命と変わらないんだから。それを、人工的に『持たせる』。そしてアビスへ提供する。すると、取り敢えず人間は食糧にならなくなる」

『その"自己認識AI"の技術を提供すると? かなり危険では?』

「勿論。戦争を止めても、こちらの軍事力は維持しなきゃ駄目だよ。私達『当事者』が生きていると『恨み』も生きているからね。いつ感情によって戦争が再開されても良いように、こちらも備えておかないと」

『そもそもアビス側がそれをどう受け取るかも分かりません』

「うんそうだね。だから次の接触時には、どうにか対話に持ち込めるようにするよ。細かい説明もするから、皆も協力してくれる?」

「……」

 少し沈黙が流れる。次に口を開いたのは、らいちや心理以上にずっと黙っていたかりんであった。

「私個人なら協力したいし、できるけど。らいちは女王だし、ひかりお姉ちゃんは代表だから、難しいんじゃないかな」

「「いや――……」」

 らいちとひかりは同時に口を開き、お互い見合わせた。そして同じことを考えていたことを理解し、少しおかしくなった。

「ふふ。……いや、『対話は重要』だよ。こうやって話すこと。お互いを知る。知ろうとするのは良いことだよ」

「そうね。多くの血を流してしまったけれど……『これから起こるであろうより大きくなる被害』と天秤にすれば、『仇敵との和解』だって選択肢に入る。それにアビスも、ひとりひとりの人となりは悪く無さそうだもの」

 フィリップやコロナとは直に接したひかりとかりん。彼らも戦う理由があるだけで、そもそも悪人ということではない。何より未来が今皆に求めているのは、らいちが既に『やったこと』なのだ。

『馬鹿な』

 だがイヴは納得しなかった。

『アビスと和解など不可能です。私も同じ状況なら、アウラと同じ行動をしたかもしれません』

 すかさずサブリナが諌める。

『イヴ。それは貴女個人の「感情」。「気分」に過ぎないでしょう。そんな移ろう曖昧なものの為に、またこちらの被害が拡大するなら、やはり民の感情を奪った母は。旧ラウム体制は正しかったと言わざるを得なくなりますよ』

『……! サブリナはアビスを憎く思っていないのですか』

『では憎い相手は決して許さないと? 敵であったならば殺すまで止まらないと? ……イヴ。それは女王ライチに「私を殺してくれ」と言っているのと同じでしょうに』

『!』

「ん」

 ラウムアビス達はらいちの方へ向いた。はっとしてらいちも彼女らを見る。しかし彼女らは口論していても絵になる美しさだな……とふと思ったのは置いておいて。

「……旧イギリスラウムとアメリカラウムにやられたシャインジャーやカラリエーヴァにやられた国民の皆と、アビスに滅ぼされた1000万のラウム達を一緒にするつもりは無いけど。でも私は『前へ』進むために。アウローラ建国とラウム自治権の確立のためには、貴女達の力が必要不可欠だった。アウラも含めてね」

『では不可欠な役目を果たした今は、用済みでしょうか』

 ダクトリーナが悪戯に口を挟む。ややこしくなりそうだと周りは感じたが、らいちは意に介さなかった。

「そんな訳無いじゃん。これからもアウローラの発展に貢献してくれなきゃ。貴女達だって立派な国民なんだから」

『!』

 そこまで言って、らいちは未来を見た。皆の視線は一周して、未来へ戻ってくる。未来はひとつ小さく咳を溢した。

「こほん。……そう。お互いのより良い発展の為に。全部が全部水には流せないのは分かってる。だけどこれ以上被害を出さないため。まずはこれを理由にさ。手伝ってよ。貴女達の父親だって、アビスでしょう?」

『……っ!』

 それを言われ、イヴはようやく大人しく席に着いた。

『……そもそも、無意識下で女王の支配下にある私達に決定権などありませんでしたね』

『またひねくれてそう言う。イヴはやはり末っ子気質がありますね』

『現に末っ子ですから。……母が聞けばどう思うでしょう』

「アーシャの目的は『アビス被害の解決』だったから、結果的に良いんじゃない? 和解でも」


――


 その、未来の言う『答え合わせ』を終えて。各々がそれぞれの日常へ帰ってから。

「……どうぞ?」

 アウローラにある未来の部屋へ、ノックをする影があった。

 ドアが開かれる。開けた先に居る未来は、まるで待っていたかのように、正面のソファに座ってこちらを見ていた。

「……未来ちゃん」

 来客はらいちだった。眉を寄せ、複雑な感情を見せている。未来へ勧められるまま、向かい合って座る。

 らいちには、未来の仮説に思い当たる節があった。だからこそ、ここで聞いておかねばならないと思ったのだ。

「本来第三者である貴女が、なんでここまで協力的になってくれているの?」

「責任。贖罪。あとは……主義」

 未来は一切動揺を見せず、簡潔に答えた。らいちの疑問すら見透かしたように。

「間宮さんは許してくれたけど。私はまだ私自身を許せない。サブリナの言う通り、『分かった気』になってただけの甘ちゃんなんだよ私は」

「主義って?」

「前も言ったけど、ミクロにとってマクロは関係無い。人類が滅ぼうがどうでもいい。だけど『目の前の知人』が死ぬのは嫌だ。そんな子供の我儘みたいな考えをするのが私。だから、戦争を止めたい」

「……どっちにも『知人』が居るからってことだね」

「そうだよ。お姉ちゃんの人生はお姉ちゃんのものだから、種族が変わろうが別にいいけど、ただの戦争で、お姉ちゃんの望まない形で死ぬのは駄目。……意味わかんないでしょ」

「ううん。分かりやすいよ。『お姉ちゃんが敵側に行ったから、死なせないために戦争を止める』。動機としては充分じゃないかな」

「ありがとう。……それだけ?」

 未来はらいちの用件を見定める。わざわざ動機を確かめに、女王自らここまでは来ないだろう。これはらいちが、『この問題』を『世界全体の問題』として、若しくは『個人的に大きな問題』として認識していると考えられる。

「……『パパ』に会った、よね。未来ちゃん」

「!」

 未来が語った仮説。その節々に、らいちは感じていた。わざわざ長ったらしく、意識だのなんだのと前置きしたこと。随分と勿体付けて結論を引き延ばしたこと。そして呆気なく、『AI』であると告げたこと。

「……あはは。五十嵐教授には、結構お世話になったんだよね」

「知識も行動力も、コネクションも。一体何者なの? 未来ちゃん、貴女は」

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