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第59話 幕間 過去と未来の仮説③

『馬鹿な』

 声を挙げたのは、イヴだった。その声は大空に吸い込まれ、太平洋に飲まれて行った。

『……アビスとは人間の精神が生み出した怪物であり、10年前に星野兄妹がそれを認知した時、我々ラウムへの侵略を含めた「1万年の歴史」が出現した……と?』

 イヴの感情を言葉に纏めたのは、頬杖を突いて興味の無さそうに聴いていたサブリナだった。

『まるで「オムファロス仮説」のようね。全く荒唐無稽で意味不明な誇大妄想……にしか聞こえないけれど』

「だから仮説って言ったじゃん。でも根拠はあるよ」

 未来は痛烈なサブリナの言葉にも動じなかった。

「アビスが『古代の地球』に居た『証拠』がある。見付かり始めたのは丁度10年前から」

『!』

「アビスは確実に『居た』。そして地球を出て、あらゆる星を侵略して、戻ってきた。だけど時間軸が合わないの。彼らが地球を出て戻ってくるまでの期間じゃ、こんなに色んな種族を滅ぼせない」

『では仮説は立証できないのでは?』

「いや。それこそが仮説を裏付ける。やっぱり世界は『人間の意識』が創ってるってね」


――


【我々は、元々この惑星の住人だった】

 彩の中の王は、静かに告げる。

【実際の事実とは関係無く、「皆が『そう』信じれば世界は『そう』なる」という社会の本質を見抜き、それにより文明を発展させてきた】

 それは彩が、ここのところ毎日見る夢だった。彩は、彼が何かを伝えようとしているのだと思い、必死にそれを聴いていた。

【やがて思い通りに世界を動かす為、支配階級を除いて全ての精神を支配した。……ああ、思い通りというのは、何も利己的なものではない。種族が繁栄しそれを維持するための施策だ。利己的な者などアビスには存在しない。それはお前が一番分かっているだろう】

 言葉ひとつ漏らさず、仲間へ伝えるため。勿論メモなど持ち込めない。彩自身が理解できなくとも、仲間の誰かが分かれば良い。

【やがて我々は、社会を持続させる『精神』が、足りないことを察した。外部から精神力を取り込まなければ生存ができない。このエネルギー問題が発覚した時には、地球上に『知的生命』は我々しか居なかった】

 アビスの歴史は1万年といつか聞いた。ならばそのくらい前に、彼らは地球に居たのだろうか。

【我々は地球を棄てた。それからはお前の知る通り、侵略種族だ。"アルラフ"、"アミタュス"。"テオス"……"ラウム"。実に4種族を侵略し滅ぼした】

 彩の脳内に、4つの種族を侵略するシーンが浮かんだ。王の記憶だろうか。どれも悲惨な戦争であった。

【そして次の標的としたのが"テラ"。地球の人間を我々はそう呼んでいる。……その呼称は人間の言葉だがな。お前達は元テラだ。この言葉の方が理解しやすかろう】

 彩はここでひとつ、疑問を持った。彼らをテラと呼ぶのなら、アビスとは。

【元々は我々がテラだったがな。この世界は人間の精神に合わせて変化する以上、区別するために"スタアライト"が新しくアビスと名付けたのだ】


「……だったら」


 彩はもうひとつ、疑問を持った。


「今、私たちは6人にまで減ったけど、そのお陰でエネルギー問題は出てないよ。これからも下位アビスが人間を拐うだけで保たれるなら、もう一度戦争を仕掛ける意味は無いんじゃないかな」


【私は地球へ来てより、死ぬまで。常に『空腹』であった】


「えっ」


【着地で"スーパーノヴァ"。仲間の元へ向かう途中で"フェニックスアイ"。仲間達から"グランシャリオ"の砲撃能力、"サテライト"の飛行能力。そしてクリアラウムから特殊ワープ能力。それらを食してなお、私の消費に見合わなかった】


「……」


【アヤ。アビスを存続させるには、『姫』が必要だ】


「分かってるよ。……もうお腹、結構おっきくなったよ」


【『子』が欲する精神力とは、人間がどれだけ必要だと思う】


「!」


 子とは、アビスの子。彩のお腹に宿る、アビスの子。それは王の血を受け継いでおり、勿論消費量は、今しがた王が説明したように。

【『姫』はクリアアビスと『姫』を産む。急がなくては、大事な子が死んでしまう。アヤ。お前も必要になる】

 彩は名を呼ばれてびくりと身体を震わせた。嫌な予想が当たる時のような感覚。まさか……という恐怖。

【早急に戦争に勝利しテラの文明を終わらせ、家畜として管理しなければ我々は滅ぶ。アヤお前は、『子』と『他種族』、どちらを選ぶ?】


「……」

 彩は強ばった表情を見せてから固く目を閉じ、そして開けた頃には瞳に決意が宿っていた。

「そんなの決まってる。大丈夫。子供達は私に任せて、ゆっくり休んでよ。私も()()()()()()ら、そっちに行くから」

【……そうか】

 彩の目の前に立つランスは。

 膝を折って、彩を抱き締めた。


【言葉も無い……!】

「……」

 ランスの手と声は震えていた。

 それは彼が彩を心から信頼し、初めて出した感情であった。

「あっ」

 しばらくそうしていると、ランスの身体が光に包まれ、存在が薄く消えかかる。

 これからどうなるのか。彩は察した。

「ランスさん」

【!】

 彩も抱き返す。細い腕で彼の頭を優しく包む。

「月並みだけど、最後に言わせて」

 そしてゆっくりと離し、目を合わせる。

「大好きだよ。愛してる。11年前からずっと、見守ってくれてたんだね」

『……アヤ』

「お兄や皆によろしく。義兄だからって気を遣わなくて良いからね」

 そうして彼は消えた。


――


「……ん」

 目を覚ます。昨日のことはきちんと覚えている。だが恐らく、もう夢には出てこないだろうことを、彩は直感していた。そして感じた。昨日までとは比べ物にならない程の空腹を。

「……お節介だよね。死んでも色々出てくるなんて」

 本当のお別れである。一抹の寂しさはあったが、彩もまた、その身に宿る未来へ向けて動き出す。


――


 同時刻。地球の地下深く。

「……これは」

 フィリップ達はそれを見付けていた。ランスの指示したものを。

「『人類が未確認』のものは、『存在する』。『無い』と実証されなければ『有る』。世界の在り方を逆手に取ったってこと?」

「……すまん、よく分からん」

 コロナが呟くが、実はフィリップは王の説明を深くは理解していなかった。

「つまりは『人間に勝つ秘策』でしょ。歴史の話なんかしても戦争に勝てる訳じゃないしね。王様が夢枕にまで立って伝えたかったことは――」

 大昔に神や宇宙人が飛来し、数々の逸話を残して消えた。そんな伝説は世界各地で散見される。

 『それ』はどこへ行ったのか?

 ずっと、地球に在ったのか。

 人類が探しても、1000年や2000年では見付けられない場所とは。

 『何』が在るのか。

 それは――


――


「『ロマン』だよ。皆さん」

 未来は得意気に紡ぐ。彼女自身の研究成果を。

「本当はこの場にお姉ちゃんと、出来れば向こうの王様と姫も居たら良かったんだけど」

「悪いな。逃がしちまって」

 太陽が頭を掻く。だが彼の責任では無いことはこの場の全員が理解している。

『だけど、このメンバーである理由は聞きたいですね。ミス・ユリや、ドクター・ナンバラは良いのですか。それにシャインジャー……ミスター・サイゴーやミスター・オノヅカも』

 続いてダクトリーナが疑問を口にする。

「……これはアウローラもアークシャインも関係無い。『ラウム関係者』のトップ達に集まって貰ったの。『アビス代表』としてあの3人も欲しかったってだけ。『人間』には、あまり話したくなくてね」

 そう言う未来は、ラウムと結ばれた女性。相手は純ラウムの心理。

 イヴ、サブリナ、ダクトリーナは当事者。

 太陽とかりんは、アーシャの血を承けた眷族。

「私は?」

 ひかりが手を挙げた。それを見た未来はぽかんとして首を傾げた。

「あれ? 私と一緒でしょ?」

「!」

 その場の全員の視線がひかりへ向き、そして太陽へ注がれ、またひかりへ戻った。

「…………分かったから、もぅ」

 真っ赤になったひかりは小さく肩をすぼめた。

「はい。続けるよ? そんなわけで、私達ラウムは地球の侵略戦争には基本『部外者』だから、客観的にこの戦争を考察できる。当事者も居るけど、私と心理は客観だから安心して?」

 未来が手をぱんと叩き、視線を再度集める。

「さて。何故『人間』が世界を作れるのか。もっと言うと、『人間の精神』が世界を作り変えるのか。アビスやラウムの高度な知性ではなく人間が。それは単純に『()』だよ。今、80億もの同じ種族の知的精神が集まる銀河はここだけだから。精神力の『総量』でいうとアビスもラウムも敵わない。『地球人類』がぶっちぎりでトップ。だから世界は、彼らを中心に廻る」

『…………ふむ』

 妙に納得した表情のダクトリーナは、しかし疑問を投げ掛ける。

『それは実際に起こっている事象から仮説を立てたのでしょうけど……ミス・ミライ。貴女の「根拠」はアビスの旧地球人類説のみでしょう。どうやってそこまで行き着くのですか?』

 宇宙科学の一人者である彼女らでも、未来の仮説には懐疑的になっていた。

「日本と中国に『あった』からね。『宇宙人飛来の過去』と『精神力を用いる技術』が、1000年以上前に」

『……あった?』

「出雲大社の宮司家に残る『宇宙船の設計図』。そして皆ご存知『中国拳法』。このふたつが決定的かな」

「宇宙船の、設計図?」

 ひかりが反復する。

「うん。それが――」

「ちょっと待って」

「!」

 未来の説明を遮る声がした。凛と鳴る鈴の音のような、意志の強い美しい声。

 らいちだ。今まで黙って静観してた彼女が、遂に口を開いた。

「地球とアビスの関係も気になるけど、問題は『そこ』じゃない。未来ちゃんがこの話を私達にして、何を目的にしているか、だよ」

「……」

 らいちは、未来を自国へ置きながら、その『厄介さ』を常に計っていた。通常の会話ならばただの仲の良い友人だが、『こういう話をする時』の彼女は、何か『きなくさい』と、らいちの嗅覚が告げていた。

「意志の伝達により人の行動は変わる。『共感』を伴ってね。映画を見て泣くのと一緒。未来ちゃん。私達をどうしたいの?」

 鋭く問うらいち。

「要は『いまいち要領を得ない』ってことだよ。答え合わせって言ってたけど、ただの情報共有な訳無いよね?」

 ずばりと言う。受けた未来は不敵に笑った。

「……うんごめん。じゃ結論言うね」

 皆の視線が改めて未来へ向いた。

「『人間とアビスは共存できる』。何故なら。彼らは元『地球人』だから。だから……殺し合うような戦争を止めて、お互い手を取り合って生きていこう?そして私達から、歩み寄ろう?」

「!」

『……馬鹿な』

 再びイヴが声を挙げた。




――

※オムファロス仮説

 人からは産まれず、神に創られた筈のアダムとイヴが、へそ(オムファロス)を持っていた(親から産まれた証拠)ことから、『初めからそのような状態で産まれた』という議論のひとつ。

 ここでは『1万年の歴史を持った状態』で10年前にアビス達が産まれたと未来は唱えている。

 世界五分前説やスワンプマンなども参考に。

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