第58話 幕間 過去と未来の仮説②
まず前提をひとつ。これを念頭に置いておいて。
①哲学的な話では無いこと。
②全ては私(未来)の仮説の域を出ないこと。
③私は昔、予知夢を見たことがあること。
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初めに、人の精神が世界を創るという話。
銃で撃たれた夢を見ました。その衝撃で、目が覚めました。
外では、向かいの家の奥さんが布団を叩く音が聞こえました。
ああ、そうか。あの音を銃と勘違いして夢に出てきたんだ。そう思いました。
これは至って普通だよね。似たような経験あるんじゃないかな。目覚ましの音が教会の鐘として夢に出たとか。
でも考えてみたらおかしいよね。
私はね。『銃で撃たれるまでのストーリー』も夢に見たの。誰かが来て、ホルスターから拳銃を抜いて、それから撃たれたの。
でもさ、『銃で撃たれる』というストーリーは、確実に『布団を叩く音』から始まったよね。すると、寝ている私が『音』を聞いた『後』にストーリーを構築しないといけない。だけど『音』で私は起きた。『音』が鳴る『前』からストーリーはあったのに。これはおかしい。
これは、『後』で正しい。『音』を聞いて、それからストーリーを一瞬で構築して、目が覚める頃にはそれを『記憶』している。あたかもずっとそんな夢を見てたかのように。
人は脳内で世界を一瞬で構築できる、という話。飛躍して、精神が世界を創るということ。
まあだからって、全知全能で全部できるって訳じゃない。多少思い通りにできるってくらい。
その、『多少思い通りにする力』を、超能力とか、魔法とかって言葉で、世界中で、大昔から語られてきたんだよね。
その力を使うには、高度な精神力が必要になる。物事の因果関係を理解して、『するとこうなる』という結果の想像を正確に行えなくちゃいけない。そうしないと、この現実世界では影響を及ぼせない。夢の中だとルール無用のなんでもありだけど、現実世界じゃ『物理』とか『力学』ってルールがあるからね。それに則った結果しか現実に反映されない。
それを高度に理解して、発展したのがアビスとラウムの種族。私たち人間もいずれはそうなってたのかもね。
次に『精神力』をエネルギーとする話。
今言ったように、精神は物理に影響を及ぼす。それは確実にエネルギーであり、なんらかの力が働いている。
これは『精神』を使うのが知的生命である以上、『欲』から来ている。よく原動力、とか言うけどその通り。『何かを欲する力』はまさしくエネルギーとなる。
では『欲』とは何か。これは『意思』だよ。
人は誰しも、『欲』を持って生きている。生きるということは欲を満たすための行動ということ。お金が欲しいとか恋人が欲しい、旅行へ生きたい、遊びに生きたい。死にたくないとか食べたいとか。
それは『自由意思』によるものなんだよね。人は自由に考えて生きている。
すると、考えが合わない人が出てくる。『この料理を食べたい』という欲があった時、欲の持ち主がふたり居ればどうなる? 料理はひとつしかない。
そう。『争い』が生まれる。譲り合えば良いって? 短期的にはそれで争いは避けられるよ。だけど、次は? 次も譲る? ずっと譲る? そんなの無理でしょ? じゃあ交互に譲る? 全人類がそのルールを守れるかな? 毎回違う料理(状況)だとしたら、やっぱりどこかで衝突しない?
そんな『意思の衝突』が、世界中で起きる。全人類が譲り合える訳は無いよね。意地悪な人なんか沢山居る。知らない国の人達より、近くの家族を優先するよね。そうやって、どこかで、巨大な戦争に発展するんだよ。
『人は』『それぞれ』『境遇や状況、考えが違うから』『争いは必然的に起こる』。よく「戦争はよくない」とか「戦争を止めろ」とか駅前とかで演説してるの聞くけど、戦争は良くないのなんて分かりきってるよね。だけど人が人であり、自由意思がある以上、戦争は絶対に発生する。本気で本当に戦争の無い世界があるとすれば、完全に管理された自由意思の許されない独裁社会しかあり得ない。それを実現してたのがラウムだよね。争いを知らないから、どれだけ文明が発達しようとアビスには敵わなかった。元々アビスは『戦争』を生業にしてたんだから。
『精神力』とは、人間が生きるための欲の根源であり、戦争に発展してしまうほどのエネルギーということ。力の源だよ。それを使えばワープだってできる。勿論、多大な努力は必要だけど。
まあオカルトに聞こえるよね。精神が世界に影響を及ぼすとか。じゃあさ、全く意味が無いとしたらだよ。『スポーツで、必死に応援する人達』も無意味になるよね。テレビの前で「がんばれー」が全く意味無いと思う? 違うよね。スポーツマンはよく「応援してくれた皆さんが居たから」とか「勇気を貰って」とか言うよね。それは『本当』なんだよ。『応援したい』という精神がエネルギーとなって、彼らの精神を高揚させ、結果120%の実力を発揮させ、優勝する。全く観客の居ないスタジアムと、超満員のスタジアム、どっちがプレーしてて楽しいかな。どっちがより、最高のパフォーマンスを出せるかな。
実際に選手の力になったのは『声』とか『音楽』だけど、それをさせたのは人の『応援したい欲』だよね。試合までの練習とか鍛練も、苦しいけど頑張れる『何か』があったからだよね。それは絶対、精神的見返りになってる筈。何の目標も無く、自分含めて勝って喜ぶ人も居ないのに、必死に練習して優勝なんてできっこないもんね。
精神は行動になって現れる。『信じれば夢は叶う』って言葉あるよね。あれも本当。だって本気で信じれば、達成するために行動に移して、ちゃんと叶えられるから。『ただ信じる』ということだけじゃなくて、『叶うと信じて努力し続ければ』ということ。「それで叶わなかったら」とか思った時点で本気じゃない。信じてないんだよ。
……ここまで説明すると、勘の良い人は『アビス』の正体に気付くかも知れないね。だけどもう少し説明させて。
次は言葉について。いや、言葉の基準についてかな。
私たちはアビスを『怪人』とか『悪者』って呼ぶけど、それは『人間にとって』『そう』だからだよね。人間にとって良い奴なら良い奴。人間にとって悪いなら悪者。敵。これらは人間基準だね。
例えば、よくファンタジー創作物で『魔界』って出てくるよね。これも人間の基準で言われてる。だって魔界で生まれて魔界で育った人は、自分の世界をわざわざ『魔の世界』なんて呼ぶ筈無い。自分の生まれた世界が全てで、それが普通で基準になるから。『魔』って字はとても悪い意味があるからね。他の世界をそんな呼び方したら、失礼にも程がある。
言葉は全て、私たち基準で作られる。怪人は『私たちにとって怪人』。私たちにとって深淵から来る者。
深淵ってなんだろうね。そこからアビスは来てるらしいけど、自分達の故郷を『世界の端』なんて言わないよね。地球は丸いし、宇宙は無限だもの。よってこれも、『私たち基準』で使われる言葉。
それを自称する彼らは、実は知っているんだよ。自分達が『人間基準』の生物であることを。『人間ありき』で、自分達も存在していることを。
人間という基準があるから、天使や悪魔が『そう』成れる。天使だけの世界なら、天使は天使じゃない。人間が居て初めて、天使は『神の遣い』に成れる。人の心に潜む悪魔は、人が居なきゃ潜めない。存在意義が無い。人が居て初めて、天使も悪魔も存在できる。
最後に、神話について。
例えばとある神話にて、何万年も前から存在する神様が居たとするよ。
で、その神話が作られたのは2000年前としよう。するとどうなる?
神話が語られる前から神が居たという事実が、神話を語った『瞬間』に発生する。語り部が語り始めるまでその神様は存在しなかった。だけど語った瞬間に、『何万年も前に』『既に存在していた』事になった。
神は、人に認識されて初めて神に成る。神は自身のことを神とは思わない。だって言葉の定義としておかしいから。『神』って、人知を越えたとか人を超越したとか、そんな意味だから。『人』が居なきゃ、それを超越なんてできないもんね。
さて。
ここまでの説明と、あとひとつの『事実』があれば、もう皆辿り着く。私たちが『戦って』きたものはなんなのか。
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私たちが『アビス』と呼ぶ怪物は。
太古の昔に地球に存在した。




