第57話 幕間 過去と未来の仮説①
意識とは、認識である。
自分を認識し、世界を認識し、生存と言う目的に向けて行動する。また世界の認識から自分を認識し、それが意識となる。
人の精神は世界から影響され、また世界は人の意識に影響される。『赤色のクオリア』を全人類が失えば、火は実際は赤いのにも関わらず、世界から赤は無くなり、それに誰も気付かない。世界には『炎は灰色』だと信じる人間のみになり、否定できる人間が居ないためそれは真実となる。
記憶とは体験である。生まれてから今まで体験した全てが記憶である。そしてそれは事実とは限らない。記憶を都合良く塗り替える能力は、人間にしか無い。人間の記憶により、過去は容易く変えられる。
【私を信じろ】
彼は彼女にそう言った。
「うん。信じるよ」
彼女はそう答えた。
【ここで、お前の意識にはいくつかの思考プロセスが生まれた。「純粋に信じる」という素直なプロセスと、「信じることで私に判断を委ね安心し、精神的衛生を保つ」という打算的なプロセス。また「どうせ信じるしかない」という思考放棄のプロセス。他にもあるだろう。どれが真実か、最も強い思いかは余り関係ない。もう一度言うぞ。私を信じろ。これはプロセスではない。「事実」「結果」「信じた」という「そのこと」「そのもの」のみを感じろ】
「…………」
彼の説明は次第に理解できなくなっていく。
【信じることでお前に利がある。それだけ理解しろ。必ず幸せになる。そして、私は「生き続ける」】
人間の思い込みの強さは近年話題になっている。プラシーボ効果が有名だろう。人工精霊というものもある。人は思い込みひとつで『世界を変える』。本人の認識と意識により、世界が変わる。現実を改変する能力は、多感な幼少期でなくとも人間に本来備わっている能力であるのだ。
――
「自己を認識することはとても大事だって」
彩は起き抜けにメンバーを集め、そう語り始めた。
「自分達が何者か、『実体験』を以て知る。丁度時間があるから、良い機会だって」
「……彩ちゃん」
「うん」
ハルカが恐る恐る口を開く。その焦る表情とは逆に、彩の表情は曇りひとつ無かった。
「彼……ランスさんがね。私の中に居て、夢に出てきてくれるの」
「!」
動揺が走る。既に死んでいる者が、他人の精神に入り込めるのか? そんな疑問が生まれる。
しかし疑問符を浮かせていない者がひとり居た。彼女は場の雰囲気自体に首を傾げる。
「……? 別に普通じゃないの?」
コロナである。
「私だって、覚醒するときに前任(?)の"光冠"の声を聞いたよ。その人はもう肉体を捨てて死んでるでしょ?」
「……そうなの? フィリップは?」
コロナの説明に、ハルカがフィリップへ確認する。
「いやだから、俺は全く無いって。てか他にも居るのかよ、"七星"」
「居る」
「ん」
その疑問に答えたのはエクリプス。
「俺の存在が証明だ。基本的にお前らハーフアビスの能力には上位互換であるクリアアビスが居る。寧ろクリアアビスには、ハーフアビスへ降ろしていない能力持ちの方が多い。能力を粒子にして『自分』が量産されたら自分自身の価値が無くなるからな」
王の勅命で、数人の能力を粒子にしただけだと、付け加えた。
「死んだのか?」
「ああ。早急に地球へ送る必要があったから、粒子に『意識』を乗せてないのと、内戦から逃げるという意味もあった」
「……だったらあんたは、死んでないし、精神体でもない。だけど"日蝕"のハーフアビスは」
「俺は俺の能力故に生き延びた。粒子に『意識』を乗せることでな。尤も、その方法はサテライトも使ったが。意識を乗せるのは他のアビスでも可能だからな」
「……自己複製」
「精神を支配され、『狂うこと』すらできなかったアビスじゃ普通のことさ。んで、コロナは少しだけ前任の意識を乗せられたんだろう」
エクリプスはコロナを見る。彼女は頭に手を当て、その時の記憶を思い出していた。
「……ということは、彩のは『王の意識』が未だに彩の中にあるってこと?」
「そうなるな。尤も、『そう』思い込んでいるだけの可能性もある。だがそれで支障無い。重要なのは『姫の中の王』が『俺達に何を見せようとしているのか』だからな」
「私は動けないし、ハルカにも護衛任務がある。エクリプスさんには地上の情報収集と食糧調達の仕事がある。だからふたりに任せたいの。後で詳しく説明するね」
彩はフィリップとコロナを指名した。世界から身を潜めている今、純戦闘員と補給兵であるふたりの仕事は無い。
「今まで当然で、気にしなかったけど。お兄がなんで『深淵から来る者』って名付けたのか。深淵はどこなのか。私たちは意外と、私たち自身のことを知らないんだよ。これは私も良い機会だと思う」
――
【鍵は『精神』だ。そして自己認識。意識。精神の力は世界に影響を及ぼし、現実を改変する。『争い』は複数の自由意思からなる、その副産物でしかない。だが我々はそれを糧とした。理由は聞かずとも分かるだろう。『生きるため』だ】
フィリップとコロナは地下を進んでいく。深く深く進む。彼と彼女の能力があれば、地面を掘り進んでいくのは容易い。それに、何故か異様に進みやすい。まるで招かれるように進んでいく。
「……地下帝国とか言わないよな。ああいや、オカルトは実在するんだっけか?」
「ハルカの妹が言ってた奴? そんなの気にしなくて良いよ。シャンバラでもアガルタでも、あったら事実。それだけ」
「!」
やがて、洞窟の壁へ出た。道は下へ続いているが、その先は見えない。人工にしては不格好だが、自然にしては『不自然』なほど綺麗な洞窟だった。
「……それにしても夢に王様か。ちょっと気持ち悪いな」
「フィリップって普通に失礼だよね。支配されないとか関係無く。彩にとっては愛する人なんだから、フィリップの夢に私が出てくるのと一緒だよ」
「は?」
「え?」
彼らは精神力によって動くライトを使い、さらに進んでいく。
否。進む前に、フィリップは驚いて振り向いた。
「……なんだって?」
「そう言えばあの時の返事聞いてない」
コロナはずいとにじり寄る。フィリップは冷や汗を感じながら仰け反った。
「嫌なら言って? 子を宿せない『ハンデ』は承知だから」
そしてそのまま押し倒す。フィリップは抵抗できずに倒れた。
「……う」
「言っとくけど私上手だよ? それで稼いでたもん」
「……お、おいおい、冗談だろ」
するりと衣服を脱ぐコロナ。ライトは彼の手から抜けて落ち、偶然にも彼女の身体を照らした。
「うっ!」
「駄目なら言って? 割り切るから」
「……!」
コロナはフィリップの胸に手を置き、顔を近付ける。
「……ん」
そして唇を奪ったのは、『フィリップの方』だった。
――
「嫌じゃねえよ」
「えっ」
数秒のキスの後、フィリップは語る。
「いや……これも『姫の中の王』が言ってた思考プロセスってやつか。『普通にお前が好き』って思いと『ま、良いかエロいし』って思いと、『この状況で断れば居心地悪くなるし』って思う俺も居る。確かにどれが本物か俺にも分かんねえ」
「……」
「だけど、やっぱり駄目だ。嫌じゃねえが駄目だ」
既に頬が紅潮したコロナ。彼女の腕を取り、フィリップは上体を起こした。
「何よりお前の為だ」
「……?」
コロナの眉根が寄る。
「『快楽目的』でするもんじゃない。俺達は人間じゃない。生物として正しく交尾するぞ」
「……でも」
「姫様も言ってたろ。『判断』するには『知る』ことだ。まだ絶望かは分かってない。人間の子は無理でも、アビスなら。その答えを知る為にも、先へ進むぞ」
「……!」
コロナははっとした。フィリップは、彼は。本当に自分のことを考えてくれている。そうだ。『これ』を好きになったのだ。自己犠牲と他者貢献。誰かのために何かをする彼の精神を。先の戦争も、自分の為に戦ってくれたのだ。
「……分かった」
小さくそう言って、フィリップへ身体を倒した。
「ん?」
「でも、1回だけ抱いて? 私の『精神安定』のために」
「………………えっ」
その潤んだ上目遣いを受けて、フィリップの血の気が引いた。
逆に、コロナは頭に血が上っていた。『普通にお前が好き』という先程の台詞が、脳内で何度もリピートされていた。
――
「……さて。やるか」
彩がワープ装置を解明してしばらく。エクリプスは立ち上がった。
「……下位アビスを野に放っても、すぐシャインジャーの邪魔が入るわよ。奴等粒子に反応するレーダーを持ってるんだから」
「何言ってんだ。お前は『ステルス能力』持ちだろうが」
ハルカの指摘に対し、彼は右手を挙げた。
「……なるほど。先輩が私を生かす訳だわ」
エクリプスの思惑に気付き、ハルカも笑った。そして右手を出し、彼と合わせる。
「「"精神統一"」」
――
ラウムは天空に居場所を作った。そして種族支配から解放され、『未来』へと舵を切る。
アビスは地下へ追いやられた。そして自らの起源を求め、『過去』を遡ることになる。
「さて。それじゃあ――」
ゆりと和解し、少し元気の戻った未来は、心理他ラウムアビスとらいちを集めた。
それだけではない。この場には、ひかりと太陽、そしてかりんも居る。
「『答え合わせ』と行きましょうか。この世界の、真の謎の」
人間の手の届かない遥か天空で、それは明かされる。




