第51話 それから……。
『……支配権移譲……サブリナ→ライチ・イガラシ』
目を覚ましたサブリナは、絶望していた。全て絶たれた。用意していた全てのスーパーノヴァが討たれた。もう策は無い。最後の誤算は、未来と心理だ。ワープ妨害無視のワープ使いと無傷の人間であるが、戦士でないことはイヴからの情報で得ていた。まさか純ラウムとただの人間に敗けるとは、夢にも思っていなかった。
そして、らいちの国……元中国ラウム『支配の無いラウム国』の暫定王府前の広場で、女王……こちらも漸く目を覚ました、両腕を失った全身包帯まみれのらいちと相対する。
行われたのは、後に『支配権移譲宣言』と呼ばれる行為。人間同士の戦争後よりずっと簡単に、完全に降伏したという保証になる。
「オオオオオオオオオ!!」
広場には埋め尽くすほどの国民が集った。サブリナの宣言と我らが女王の勝利に、叫んだ。
終戦から1週間後のことである。
――
「全員?」
「はい」
ひかりは訊き返した。中国領土とイギリスに残る、敗残兵の処理のことだ。
暫定王府にて、同盟軍であるアークシャインのリーダー、ひかりは今後についての諸々を決めるためにこの国へ留まっていた。
因みにアークシャイン前線基地はそのままに、負傷したシャインジャーや職員は全て日本へ帰還した。これもワープ技術の為せる技である。
「一先ず、全て帰します。そして女王の『再招集』が掛かるまで、自宅待機とします」
ひかりに語るのは『支配の無いラウム国』の副将の女性。女王らいちの側近のひとりだ。
「それで大丈夫なの? 再招集って?」
「ええ。なんでも、女王は初めから考えていたようで」
「何を?」
「……我々の『国土』の問題を、です」
中国大陸におけるワープ妨害装置は撤去された。サブリナとイヴの支配下にあったラウム兵達はワープを使い、自国へ一時帰国する。しかし彼らの内にはしっかりとらいちの支配が行き届いている。勝手なことはできなかった。
「こちらにはサブリナ、イヴ、ダクトリーナ。そしてアウラ様が揃っています。女王の考えを実現することは容易いでしょう。後は人間側が『認める』かどうか」
「……なるほど」
ひかりは彼女から資料を受け取り、頷いた。そして驚いた。『これ』を初めから予定していたのであれば、らいちは本当に天才児なのだろうと。
「ですが、まず最優先は女王の快復です。今はまだ、あの方が居なければ何も回らない。文字通り空中分解してしまう。昨日までは、ただ外敵を追い払っただけ。未だ『法』も『軍』も無く、『土地』も借り物。我々は『国』の土台すら、まだ出来ていないのです」
「……そうね」
ひかりは自身の、手首の無い方の腕を見た。この戦争で傷を負った者は多い。だが『ラウムアビス』という地球の脅威を退けたのは、間違いなく前進だ。利はらいちの国だけにある訳ではない。
「私達は何をしたら良いかしら」
「国内外の警備、巡回です。アビスがいつ攻めてくるか分かりませんし、女王が全快でない以上、彼女の直接支配による絶対的警察能力は万全に機能しません。『軍』と『警察』。アークシャインのシャインジャーにはしばらくこれをお願いしたいのです」
「分かったわ。任せて」
「頼りにしています。シャインヴィーナス。勝利の女神」
「……えっ」
ひかりはそう呼ばれて、驚きの声を挙げた。
「インターネットではずっと前から言われていますよ。慣れていませんか?」
「……いえ。それもそうだけど、貴女達がアウラ以外をそう呼ぶなんて」
「ふふ。神が『他者への貢献』によって成るならば、貴女も立派に女神です。それだけのこと」
副将は改めて、ひかりへ頭を下げた。
「今回の件、アークシャインの協力は不可欠でした。本当に、ありがとうございます」
「……」
ひかりは少しこそばゆかったが、受け入れた。
――
「本当にいいの?」
『おう』
病室では、まだらいちが入院していた。とにかく無理をした1週間だった。これ以上はもうダメだ。休まなければならない。
その傍らに、心理が居た。彼はひとりで、らいちに会いに来ていた。
『俺は王にはならん。そもそも俺は放蕩息子や。そのお陰でアビス侵略を回避したってのもあるねんけど。玉座に興味はあらへん。それにこの国はらいちちゃんが拓いたモンや。横取りする権利は誰にもあらへんよ』
「でも、じゃあ」
『ああ。やけどここに住まわせてくれ。技術協力ならできる。「ラウムの国」ちゅうモンを、やっぱ見てみたいねん』
「……それは良いけど、未来さんは?」
『一緒や。この国の全てが、あの子の研究対象やからな。その交渉材料としてサブリナを捕まえてきたんや。抜け目の無い子やで』
「……でも、ハルカ・ギドーは日本だよ?」
『関係あれへんよ。好きに生きるんがあの姉妹らしいからな』
ふたりの滞在を許可してもらい、心理が立ち上がった。
『ほなな。押し掛けてすまんかった。よう休みや』
「まって」
だがらいちは引き留めた。
「もっと教えて。心理さんの口から。アーシャのこと、ラウムのこと。私知りたいな」
『……ほぉかい』
心理は嬉しくなった。母が生きていたらどう思っただろうか。自分やらいちに、何を言っただろうか。ふとそんなことを考えた。
――
「本当によかったの?」
「なんで?」
日本。戻ってきたかりん達は、英雄凱旋の称賛と、もうひとつの側面を持って帰った。それが今、やっと終わった所だった。
アークシャイン基地の近くにある町。皆の住む町。その片隅に、墓所がある。
手を合わせる未来へ、かりんが訊ねた。未来はきょとんとして訊き返した。
「これは心理たっての願いだからね。この人も、文句無いんじゃないかな」
彼女の正面の墓石には、『Princess Arc Shine』と彫られていた。
「激動の人生で、長い長い旅だったんだろうね。ラウム式の葬送は知らないけど、これで良いと思うよ」
アーシャの遺体は基地に保管されていたが、親族の願いにより、地球に埋葬されることになった。「シャインジャーと同じ」場所の方が安らかに眠れるだろうとのことだった。
そしてその奥には、記念碑が建てられた。今回の戦争で失われた英霊達の名前が刻まれている。
そこには、『宍戸辰彦』の名もあった。
「……戦争は、多くの命を失う。分かってはいるけど、実際知ってる人が死ぬと、すごく悲しい」
かりんがぼそりと呟いた。アーシャの死を経験してなお、この痛みは慣れることは無い。
「そうだね。私も『お義母さん』に、一度くらい挨拶したかったな」
「……」
「ん?」
かりんはじっと未来を見た。視線を感じて振り向く頃、かりんはやはり「そういうことなのだ」と理解した。
「初めては、やっぱり痛い?」
「ぶっ!」
真剣な表情から、小さな口から飛び出した言葉に未来は吹き出した。
「あっはは! ぶっ飛びすぎ! さすが中学生!」
そして大笑い。
「……不謹慎かな」
「いや、そんなことないよ。かりんちゃん。『命』の話は、こういう時こそすべき。死に直面すると生物の本能が、ってやつだね。世界は生者のものなんだから、産まれてくる命が最優先だよ」
そう言って、未来はかりんの『車椅子を押し始めた』。
「そろそろ戻ろっか。皆もう行っちゃったし」
「……こんな身体で、貰ってくれる人いるかな」
「大丈夫大丈夫。かりんちゃん可愛いんだから」
「えーそうかな? らいちの方がモテるよ」
かりんはもう、自分の足では立つこともできない。氷点下50度以下の世界を裸足で数100キロ走ってきたのだ。寧ろ国へ辿り着いただけでも奇跡である。例えラウムの身体でも、生物である以上どうすることもできない。
「……未来ちゃん達の子供は?」
「……そうだねぇ」
そよそよと優しい風が吹く。未来は空を見上げた。いつもの癖である。
「らいちちゃんの国が、もう少し落ち着いてからかな。私もまだバリバリ仕事したいし。……確率的には、そろそろ授かってもいいんだけどね」
人間とラウムでは子は授かれない。だが今回の件で、ラウム側が『血を操作できる』と判明した。これを使えば、異星間友好の結晶は近い内に現実となるだろう。
「ぷっ。なにそれ。えっち」
「生き物は皆えっちなんだよ。それが『真理』ってね」
未来は得意気に答えた。
――
さらに1週間後。
撤収された中国のアークシャイン基地跡地に、彼らは現れた。
「よう」
「おう」
未だ瓦礫で埋め尽くされた一角。そこには男がふたり立っていた。
ひとりは黒いライダースーツを着た男。もうひとりは黒い学生服を着た男。
脇には数人のシャインジャー、そしてひとりの少女の姿があった。
男ふたりは瓦礫の山の上で向かい合い、お互いの姿を認めた。
「武装はしてねぇな。いい心掛けだ」
灰色の髪をした男は片方の口角を吊り上げて言った。
「お前こそ、兵隊引き連れてんじゃねえよ。罠か?」
黒髪の男は冷や汗を垂らして言った。
「んな訳ねえだろ。保険だよ」
彼らは敵同士である。しかし戦争は起こらない。敵国と言えど、ここで始めるほどお互い愚かではない。ようやくひとつ、戦争が終わったのだ。今は休む時である。
「……ほらよ」
黒髪の男が無造作に取り出したのは、黒いベルトだった。
ただのベルトではない。先の戦争の局面をひとつ終わらせた、英雄の武器である。
「確かに」
それを奪い、灰髪の男は手に取って調べる。間違いなく、彼の物であると判断した。
「着け心地はどうだった?」
「……悪くねえが、ありゃ俺には向かねえな。肉弾戦は苦手だ」
「そうかい」
男ふたりは笑っていた。彼らはお互いを敵と見定めつつ、『友』のような感覚を共有していた。
「ほら、行きな」
灰髪の男が黒髪の男から視線を逸らし、背後に控えていた、踊り子衣装の少女へ向ける。促された少女は静かに前へ出て、黒髪の男の元へ歩み寄る。
「あっ」
途中、瓦礫に躓いた少女が体勢を崩す。その華奢な身体を受け止めたのは、黒髪の男である。
「……ありがと」
そこで初めて、少女が口を開いた。
「次に合う時には――」
構わず、灰髪の男が語りかける。黒髪の男は少女の肩を抱きながら、また目を合わせた。
「ああ」
そしてお互い、両側の口角を吊り上げて狂ったような笑みを作った。
助かった。感謝してる。またどこかで。
……そんなことは『言う訳は無い』。このふたりは敵同士なのだから。
例え灰髪の男のベルトのお陰で戦えたとしても、例え黒髪の男が国を守ったとしても。『それ』と『これ』が交換条件だったとしても。よしんば少女の無事を保証させたものだったとしても。
そんなものは『今、ここ』には必要無い。
「「戦争だ」」
ふたりの男は狂暴な『戦士』であるからだ。
男達はお互い背を向けた。そしてそれぞれの帰る場所へ向かって歩き出した。




