第50話 遂に終戦!vs.ラウムアビス、完結!
『さあ、お喋りもここまでや。……いこかいな』
そう言った彼の表情がやけに楽しそうなのが、太陽の印象に深く残った。
――
その衝撃波は、戦場の全ての者に伝わった。衝撃自体は届かなくとも、音に聞き、目にも見た。遥か上空から響くそれは、まるで戦いの終わりを告げる鐘のようだった。
空が裂かれ、大地は鳴き、世界が揺れる。かつて日本にのみ投下された『それ』の、何倍のエネルギー量だったのだろう。
池上太陽。そして心理。
史上3人目と4人目の、パニピュアに次ぐ英雄誕生の瞬間である。
ひかりは、ぺたりと座り込んだ。基地の正面。片手でも銃を撃てると、部下の制止を振り切って戦場へ戻ろうとした時であった。
「…………」
口を開けてしばし放心した。
「うおっ!」
修平、浩太郎はベッドで安静にしながら、その衝撃に狼狽えた。
「…………」
部屋中を見回し、様子を伺った。
シャンヤオとシャインジャーは、丁度元イギリスラウム……現アメリカラウム地上兵を制圧したところだった。サンダーボルトはアークシャイン基地を狙っていたため、歩兵の対処に集中できた。
「……つまり、そういうこと、ね。各員」
各地に散って散発的にゲリラ戦をしていたシャインジャーも、動きを止めた。
そして皆一様に、空を見上げた。
「なんだ、終わったか?」
良夜も、その衝撃と共に、『晴れていく東の空』を確認した。フィリップが変身を解除してしまってから、状況は分からない。自らも回復したので、バイクで向かっている最中だった。
その『支配の無いラウム国』渦中では。
「……痛っ!」
「あっ! ごめん!」
しばらく忘れていた痛みを思いだし、かりんは苦痛の表情を浮かべる。慌ててフィリップも手を離すが、かりんが痛がったのは腕では無かった。
「……完全に凍傷だな。待ってろ」
空は晴れていく。徐々に日が昇り、やがて気温も上がる。
「ありがとう」
「?」
再びフィリップに背負われるかりん。呟いたのは、かりん自身も無意識に発した言葉。
「必死に戦ってくれて。本当は、敵同士なのに」
「敵味方って考え方も人間のものだろ。俺たちは俺たちだ」
「……ふふ。かっこいいね」
「なぬ」
もう力が入らないのか、へたりと項垂れるように身体を預けるかりん。
「……」
見た目完全に子供である、さらに敵である自分に対してとても紳士な対応。そしてつい先程の『砲撃能力』。その集中している時の真剣な表情が、かりんの目に焼き付いていた。
『ちょっと待った』
「!」
不意に精神干渉を受けた。フィリップは良夜と違い、受信だけなら可能である。
『フィリップ、なにそれ』
つまりは、コロナからの通信であった。
「は?」
彼女の精神力は、補給したかりんの中にもあった。そしてフィリップと"精神統一"をしていた彼女は、この戦いの一部始終を見ることができた。
現在の状況も。
『パニピュアは敵。今がチャンス』
「いやいや、それはさすがにねーって」
「コロナ……さん」
『……なに』
「フィリップさん、かっこいいね」
『今すぐ殺して、フィリップ』
らいちは。
天を仰ぎ見た。
「はぁ……はぁっ!」
吹き飛んで地面に転がった、彼女の血みどろの右拳は朝日に照らされ、美しく輝いた。
そして。
「あああっ!」
勝利を叫んだ。
倒れるように、不毛の大地に寝転がった。もう何ひとつ身体を動かせない。
最後の拳は、スーパーノヴァの上半身を吹き飛ばした。だが彼の拳が、らいちの残りの腕を砕き抜いた。
「あああぁっ!」
激痛。左腕を失った時より痛んだ。それは脳内麻薬の分泌が収まったからであり、すなわち終戦の合図でもあった。
今まで蓄積され、強引に無視してきた疲労と痛みが、全身に隈無く襲い来る。
「ああああああっ!! げほっ!」
だが動けない。悶えることもできない。ただ痛みをまぎらわすように、やがて喉が嗄れ、気絶するまで叫び続けた。
大粒の涙が大量に出た。
痛みから来るのか、若しくは国を護った感慨から来るのか、最早判別は不可能だった。
『おはようさん、未来ちゃん』
「心理っ!」
イギリスラウム本拠地には、傷だらけの心理が降り立った。すかさず未来は彼に体当たりするような勢いで抱き付く。
「心配したんだからっ!」
『ははっ。すまんすまん。やけど』
心理は優しく未来を引き剥がし、改めて彼の妹へ眼を向ける。
『君らの負けやで、イヴ』
言われて、拘束されたイヴは、諦めたように溜め息を吐いた。
『……良いでしょう。拷問、処刑、凌辱。好きにしなさい』
『アホ。なんもするかいな。しかも決定権はアークシャイン持ちや。そこで待っとりい』
――
スーパーノヴァは死んだ。カラリエーヴァは倒れた。ダクトリーナも捕らえた。サンダーボルトは不時着した。地上の歩兵も制圧した。落ち着けば遺体の回収も進むだろう。
場は一気に終戦へ向かっていた。
「あい。あい。……了解。一時帰還します」
それは最前線でのこと。
「取り合えず森に墜ちたサンダーボルトの確認と――」
シャンヤオがひかりから指示を受けた時。
『障壁を刃にするのは良いアイデアでしたね』
「!」
機械音声……ではなく、羽ばたきの音が聞こえた。即座に回避行動を取り、不意打ちを防ぐことができた。
『……あなた方は忘れているだろうから……いえ。知らなかった? ……うーん。……「認識してなかっただろう」から、今言いますが』
「!」
シャンヤオは臨戦態勢を取り、それを見た。サンダーボルトから出てきたのだ。
その『天使』は。
金髪碧眼。絵画のような美しい造形。絹のような白い肌。そして8枚の白い翼。
『私達、「ハーフアビス」ですからね』
サブリナはその手に、精神障壁で作った剣を持っていた。それはハルカが、アークシャインに捕らえられる寸前に見せた技である。
『"精神集中"』
「"精神集中"」
サブリナはまだ。サブリナだけは、『無傷』でここまで来ていた。精神力の消費も、たった1回ワープしただけである。
そしてその精神力は、アーシャの娘の中でも最も大きく、優れていた。だからこそ、今の今まで爪を隠していた。
『ふっ!』
「……!」
シャンヤオ渾身の蹴りは容易く受け流され、サブリナはその脚を切り落とした。そしてバランスの崩れた所に拳を入れ、顔面を掴んで持ち上げた。
「がっ……!」
万力のような握力に、シャンヤオは抵抗するもほどけない。
『"精神憑依"』
「ああ……っあああああ!」
サブリナは予め切っておいた掌から、血を流す。それはシャンヤオの口へ注がれていく。必死に暴れるが、やはり振りほどけない。
『……器の差か、中古品だからか……こいつは「スーパーノヴァ」には成れないですね』
「…………!」
血の侵食が進むに連れ、シャンヤオの動きは鈍くなる。だらりと力を抜き、大人しくなるまでサブリナは彼女の顔を掴んでいた。
それから、シャンヤオを放り投げる。彼女は動かなくなった。
『逃げるか……疲弊したアークシャインを攻めるか。しかし私ひとりで100万の軍勢に勝てるか?』
サブリナは障壁の剣できちんとシャンヤオに止めを刺す。こちらの手駒と成らないなら、生かしておく理由は無い。こちらの歩兵より相当強い実力者だ。今確実に殺さなければならない。首を切断し、蹴り飛ばした。
『今動ける者は?』
『地上に降りていた600名は全員動けません。気絶か死亡か捕虜。そのどれかです』
『それで?』
『……サンダーボルトに搭乗していた、後発のものも合わせて約150名は無傷で無事です』
精神干渉でラウム兵に状況を確認させる。最早サブリナの元に残っているのは適合すれど器の小さい、せいぜい下位アビスに勝てる程度の兵であった。
『それでは無理ですね。普通に数で負けている。100万のラウム兵はおろか、アークシャインにも勝てないでしょう』
サブリナは撤退命令を出した。自身もサンダーボルトへ戻ろうと踵を返したところで。
「待った」
『!』
いつの間にか、そこには髪を金髪に染めた日本人女性が立っていた。
今、無傷なのは。サブリナと、彼女だけである。
『……お兄様』
だがサブリナは、彼女のことを知らない。彼女の背後に控える、兄にまず目が行った。
『後はお前だけや』
心理は傷付いた自分の翼を抱えながら短くそう言った。この場の発言権は、彼は彼女へ委ねている。
「降伏する気はある?」
『虫が』
その問いに、サブリナは文字通り虫酸が走った。知らない女。それがお兄様と仲の良さそうにしており、さらに主導権を握っているつもりになっている。
なんだ、その精神力は。戦場に来て良い精神をしていない。ただの人間。しかも、うんと甘やかされて育った民族の子孫だ。子供のように、『全部が思い通りになると思ってやがる』。
「"精神術"」
『なっ!』
しかしサブリナの動きは止まった。その手に構えた半透明の刃は、彼女の首筋に当たる直前でぴたりと止まった。
勿論、彼女にはサブリナの動きなど速すぎて追えていない。
「……私はただの人間だよ。戦闘力はね、高校で合気道やってたくらい。黒帯も取ってないけど、あなたの精神に合わせるくらいは訳無いね」
『貴様……!?』
サブリナは、全く理解ができない。何故動けないのか。
「精神拘束」
彼女は固まったサブリナの額を指でつついた。するとサブリナは糸が切れた人形のように崩れ、力無くへたれた。
『なんだ……これは?』
「ラウムも……アビスも。人間と決定的に違うことがある」
彼女は、動けなくなったサブリナを心理へ担がせ、歩き出した。そうしていつものように、独り言を呟く。
「『他者を受け入れること』。『価値観の違う者から学ぶこと』。『理解し合おうと努力すること』。……だから戦闘員でもない、元いじめられっ子の私なんかに勝てない。精神干渉がデフォだから、そんなこと頭から抜け落ちてたんだろうね」
『……』
「つまり、腕力と知力は同じで、進歩はいたちごっこってこと。巨大な精神力をただぶつけるだけなら、腕力と何が違うの?」
誰も応えない。しかしいつも通りである。彼女は振り返り、サブリナと目を合わせた。
「私は義堂未来。平和主義者で自由主義者で、利己主義者で個人主義者。今回は、心理と『利害が一致』したから来たの。即ち、お姉ちゃんの延命と、貴女達の仲裁。私達、きょうだい想いでしょう?」
『……!?』
その台詞に、サブリナは気持ち悪い違和感を覚えた。だがもう考えても栓無きことだと、思考を放棄した。その様子を見て、未来は満足そうに空を見上げた。雲ひとつ無い青空だった。
「これで戦争は全部終わった。……ねえ心理。この物語の主人公は誰だと思う?」
また独り言。応えなくても続くが、心理は今度は口を開いた。
『んー……。南原幸一やろそんなん』
「ぶっ! あははっ。さすが関西人」
腕を空へ伸ばす。開いた指の間から、日の光が漏れる。
「良い朝だね。今日は何曜日だっけ」
また、心理は答えた。
『日曜日や』