第47話 コロナの悲しみ!物語は佳境へ!
「いと高き女王。貴女は美しいが、これには劣る。いと賢き女王。貴女は強いが、これには劣る。見よ。見ずとも、聞け。聞かずとも、見よ。これこそ、私が新たなる女王足る器である、その証明」
氷点下の世界が、迫る。地平線に見える雲の壁から、あらゆる温度を際限無く奪う死の風が吹く。
無慈悲な地獄を周囲約100キロに展開しながら、カラリエーヴァとダクトリーナは飛んでいた。
『……それはなんですか?』
広げた翼で滑空しながら、カラリエーヴァを抱くダクトリーナ。聞こえた謎の言葉に首を傾ける。
「呪文よ。知らないの?」
ぶら下がるカラリエーヴァはあっけらかんと答えた。
『必要なのですか?』
「もちろんよ。これを唱えることで、テンションが上がる。すると現実に、吹雪の威力が上がる。何故なら、高揚した精神力はそのままエネルギーになるから」
『……テンション……』
ダクトリーナは聞き慣れない言葉を反復する。
「あら馬鹿にした? 『唱えることで実際に強くなる』のよ? 最早魔法と言って良いと思うわ」
『いえ。人間の精神とは、不安定なものなのですね』
「そうね」
吹雪を背中に、さらに加速する。らいちの国まではもう少しだ。
――
遺伝、というものがある。親から子へ受け継がれるもの。身体的特徴であったり、一芸の才であったり。
瞳は宝石のような蒼色。白人や、ラウムとそっくりの色合いの瞳。海のように真っ青な瞳。
その丸い眼で見詰めると、相手は必ず自分へ注意を向けた。好奇、不審、侮蔑、羨望?
名も無き少女が、彼から受けたのは同情であった。
肌は砂のような浅い褐色。小麦色の健康的な肌。これを見て特に反応する人は居ないが。
当然、英国人である彼とは反対の色。彼はこれを見て、目のやり場に困ると顔を背けた。
"光冠"。彼女にそれ以外の名前は無い。父親は先進国の金持ちだったかもしれない。お忍びの旅行でふらりと立ち寄ったのだろう。母親の店に。それ以上のことは分からない。
産みの母親にはすぐ捨てられたらしい。底辺の屑だが、人を殺めるほどではなかったのか。
育ての母親も、少し立場が上なだけで、産みの母親とやっていることは変わらない。だが育ての母親は優しかった。子供が好きなようだった。しかし自分では産むことができないらしく、養子を欲しがっていたらしい。なんでも教えてくれた。仕事の仕方まで。丁寧に。
どこで恨みを買っていたのか、育ての母親はいつしか居なくなった。あるいは病気か。少女はとうとう行き先が無くなった。
ささいなことである。
光冠の粒子が、アビスの先祖が。こう言ったのだ。
精神とは、欲であり、生きるとは欲であると。
「それ」しかしらない幼い少女は、生きるために当然「仕事」をした。手術は麻酔も無く死ぬほど痛かったが、死ぬよりましだった。そう思うくらいは、生きる欲があった。産みの親ではなく、育ての親の真似だった。
欲とは、何かを欲すること。特に……誰かを。
ささいなことである。
またしても育ての母親のように、知らず知らずに恨みを買っていた少女は、ついに追い詰められていた。
そこへ丁度やってきて、助けてくれた。その程度である。もし彼でなく別の男性であったなら、その男性に恋していただろう。
しかし彼だった。
【良いかしら。新たな"光冠"。最も精神を放出するのはね。……『恋』なのよ。人間だアビスだ、なんてささいなこと】
「大丈夫か?」と言ってくれたのは。同情し心配してくれたのは他の誰でもない、フィリップ・ライト=フィリップスなのだ。
――
「ああああああ!!」
フィリップは全速で走っていた。既に変身済み。ブラックライダー2号となり、炎の矢となり駆けていた。
「……コロナ……!」
雄叫びを挙げながら、東へ。『変身ベルト』は思った以上に、コロナの精神を効率よく供給していた。
即ち彼女の精神が、そのまま彼へ流れていた。
――
「……なんだって?」
彼はいつかの、ハルカとの会話を思い出していた。コロナを仲間にしてすぐの会話だった。
「……さあ。あとは勝手に自分で調べて。これ以上説明すると私が気分悪いから」
ハルカはコロナの境遇を知り、あからさまに気分を害していた。フィリップはこの時まで、全く知らなかったのだ。
「とにかく、あの子は。私達が来なくても、既に人間には受け入れられていなかった。『こういう』女の子は世界中にいくらでも居るらしいわよ。……私も平和な日本人だから、知識でしか知らないけど」
「……」
この時フィリップは、人間に対して客観的に見れていた。既に精神はアビスであった。際限無く『欲』を産み出す人間は、なるほどアビスの食糧としてこれ以上無いのだろうと冷静に考えもした。
その冷静さと、新たな仲間である少女への憐憫、そして人間への仄かな怒りは別であった。
――
「あああああ!!」
生物は、繁殖して増える。だがそれを自覚したとき、摂理に逆らうこともできる。旧約聖書にも出てくる話だ。英国人であるフィリップは勿論知っている。
だんだんと、雪の勢いが増していく。気温は既に中国観測史上最低気温を下回っているだろう。熱湯も瞬時に凍る、全ての分子を停止させる世界。
集落に着いた時には、そこは生物の住める環境ではなかった。
「はあ……はあっ!」
息をする度、それが凍っていく。顔のあちこちに霜が張り、唇は割れ、鼻息が凍る。
『よく、来ましたね』
「!」
氷のオブジェと化した建物の上に、ふたつの影があった。薄着の女性と、翼を広げた女性。
「ブラックライダー……。あなたのお陰で、私は王に近付いたわ」
何故か彼女の周辺は、世界から拒絶されたように『吹雪いていない』。この豪雪を作り出した魔女本人が、薄着であるのにまるで肌も睫毛も凍っておらず、白い息すら吐いていない。
「そうか」
フィリップは短く答えた。カラリエーヴァにとっては、この事態を招いたブラックライダーが自分を止めに来るのは予想していた。その中身が良夜でないことは分からなかったが。
「お前に恨みは無い」
フィリップは真っ直ぐ、カラリエーヴァを指差した。
ただ、悲しいだけだ。
恨むべき相手すら、彼女には存在しないのだから。
『あの服装』は……本当は踊り子なんかじゃない。それでも彼女が気に入っているのは、それしか知らなかったからだ。
アビスは繁殖能力が低い。
彼女はもう、アビスでなくとも、既に。
「アイツは母親には成れない」
「?」
小さくつぶやいた言葉は、カラリエーヴァには聞こえない。
『改めて見ると、本当に泣いているような「仮面」ですね。悲しいのですか?』
赤い線が2本、複眼を貫いている仮面を見て、ダクトリーナが訊ねる。
「お前達が『戦争』なんかするから、『貧困』が生まれる。いつだってそのツケは、弱者に回ってくるんだ」
この国にも。きっと。
彼女のような犠牲者は沢山居る。人口が多い国ほど、『そういった』知識や技術は遅れているらしい。
「中国を助ける義理は無え。だが暴れたい気分だ」
『良いでしょう。そもそもあなた方旧体制派は、いつか滅ぼさねばならないのですから』
アビスとラウム。全くの無関係ではないが、彼女の境遇と悲しみとは余り関係が無い。勿論敵討ちでもない。ロシアラウムは敵の生い立ちなど知る由も無い。
しかし戦う理由は、やはり彼女にあった。フィリップは英国人らしく『紳士』であった。
マフラーと触角が反応する。この期に及んで、ダクトリーナは眷族を仕込んでいた。彼女の戦士達が、フィリップを囲む。
「お前を倒せばアイツは助かる」
彼自身がアークシャインと交渉してそう仕向けたとしても。
――
「「ちょうだい」」
同時刻。別々の場所に居たふたりは、奇しくも同時にそう言った。
アークシャイン基地の病棟で、かりん。イギリスラウムの本拠地で、らいち。
「"光冠"ってことは、『他者への精神力供給を効率的にできる大容量のエネルギータンク』能力者でしょ?」
包帯まみれのかりんは、ひかりとコロナの会話に割って入る。
「アーシャの子供ってことは、『宇宙科学兵器への精神エネルギー供給』能力を持ってる筈でしょ?」
傷だらけのらいちは、へたりこむイヴを無視して心理へ詰め寄る。
「「今。私に補給して」」
再び、同時に言った。
受けて、コロナは驚いたように眼を見開き、心理もまた少したじろぐ。
「……今なけなしのエネルギーを使いきれば、私は本当にあなた達から逃げられなくなるってば」
『無茶やらいちちゃん。今補給しても肉体が持たん。死ぬで』
かりんもらいちも、とっくにボロボロである。本来はもう戦えない。そもそも核ミサイルと正面衝突して生きている時点で奇跡だ。
だが。彼女らはそれで満足はしない。
「約束する。あなたも、あなたの大切な人も、私が守る。だから私に、私の大切な人の国を守らせて」
「今サブリナを『射程』に収めているのは私だけだから。私にしか止められない。ただのラウムであるあなたでは、戦闘用適合者のスーパーノヴァには勝てない」
かりんはコロナへ感情で訴える。らいちは心理へ合理性を説く。
「「時間がないの。お願い」」
彼女らは勿論無意識で無自覚だ。だが三度、同じ言葉を同時に紡いだ。
「「私が終わらせるから」」




