第42話 ハルカ、遂に戦意喪失!そして未来登場!
「……俺はアーシャの眷族だけど、眷族じゃない。血と一緒に、あの時彼女の精神力を全て貰った。だから、肉体が死んでも、精神体として生きてる。……君が星影の後継者と言うなら、俺はアーシャの後継者だ。遺志を継ぐ者」
太陽はまず、自分の事を話した。ハルカはじっと聞いていた。話には、影士も出てきたからだ。
「……ボルケイノは貴方を殺していた」
「ああ。暗殺は成功していた。肉体だけは、だけど」
その事実を知れた。彼は浮かばれた。その上で彩を守った。誇り高い戦士だと、ハルカは思った。
「さあ次は、君の話を聞かせてくれ」
「……大した話は無いわ。……就活で、間違えてアビスに就職して、影士さんから粒子と精神力を貰っただけ」
「就活?」
「そうよ。私、アークシャインの最終面接まで残ってたのに」
「へえまじか! じゃ仲間になってたかもじゃん」
「そうね。そうだった場合、今どうなってるかは想像できないけど」
「へぇ~」
「……」
ハルカは警戒していた。まるで友人のように接してくる太陽に、不信感を抱いていた。
「星影の最期はどんなだった?」
「私のファーストキスを奪って逝ったわ」
「はは! あいつそういう所あるなぁ~!」
「……」
ハルカは。
ハルカは想像してしまった。もし。もしである。
想像してはいけなかった。敵の術中である可能性が高い。だが。
思い出した。就活というワードから、彼女のアビス入りの初めの記憶を。
もし。
アビスが本当に悪い化け物しか居ないただの害獣で。
自分は普通にアークシャインに入社し。
そこには頼りになるシャインジャー……憧れの長谷川ひかりと。この面倒見の良い、後輩から慕われるリーダーと。
心優しい、星野影士が居て。彩も卒業後入社して。天才だから推薦などではなく一般から就職できて。
フィリップも入ってきて。彩の言っていたエドワードも居て。コロナも付いてきて。
皆で力を合わせて怪人と戦って。やがてアーシャの娘達もアビスから逃げてきて。匿って、そして協力して、怪人を遂に打ち倒して。
皆で笑って、勝利に酔いしれて。ラウム達と地球で同盟でも結んで。彼らの国を作って。
自分は思いきって告白して…初めは困った顔をしていた影士とも、やがて結ばれて。
幸せに。
――
「……!」
「え」
立ち上がり、力強く、怒りを込めて睨み付けた。太陽は驚いた様子を見せた。『この男は危険だ』と、直観がハルカへ警笛を鳴らしていた。
「……!」
光を失ったソーラーブレードを握る手がわなわなと震える。
「ふざけないで!」
視界が僅かに霞んだ。いつの間にか泣いていた。ハルカは想像してしまった。もう今からどれほどの努力をしても、どれだけの対価を支払っても、決して叶うことの無い、実現する筈の無い『ハッピーエンド』を。
「後悔なんて、ある訳無いわ! 私は……っ!」
「お、落ち着けって……」
何故。
戦っているのか。
死に物狂いで、死と隣り合わせで。必死に。こんなにも必死に、何故?
「……ふ……ぅ……!」
どこで間違えたのか。どこが間違っていたのか。何故この目の前の、人の好さそうな青年と『仲間ではない』のか。
ばきりと音が鳴った。ソーラーブレードの柄を握り潰した音だった。
「……ぅ」
ハルカは限界だった。クリアアビスと言えど一日中戦い通し、精神的に参っていた。
「おい、大丈――」
ふらりと後ろに倒れた。
その身体は、ぽふんと、背後の男の胸に寄り掛かった。
『話は終わったか?』
「……アビス――」
『貴様、私の部下を籠絡しようとしていたな』
「……いや待て、俺は」
『交渉決裂だ』
「!」
言うや否や、アビスは一直線に太陽に突進した。そのまま森へ突っ込む。透明なベールを破壊しなかったのは、『だからハルカにも危害を加えるな』という、抑止であった。
「……! この馬鹿! 話を聞け!」
突進を杖で受け止め、焼けた森を貫きながら太陽は歯軋りした。
戦闘再開である。
――
「ぅ……ぅぅ……」
ハルカは、精神力が高い。単体で最強である。量で順位を付けるならば、太陽、アビス、コロナに次いで4番目。強さで順位を付けるなら太陽、アビスを差し置いて1番である。
強い精神は、揺らがない。確固たる意志を持ち、常に冷静である。
よってどんなに動揺をさそおうが、心理誘導をしようが、決して揺らがない。ハルカは最強なのである。
しかし。『強くとも』。
『弱らせれば』話は別だ。
生物である以上、強さで最強だろうが、『あらゆる全てに於いて最強』ではない。ハルカは今日、その最強たる戦闘力を駆使し、フィリップとコロナを守りつつ相性の悪いフェニックスアイと戦った。
そしてその後、適合したラウム戦士を完封するシャインジャー40人を相手に正面から戦った。キャプテン・ラウムを喰って少しは回復したところで、彼女にパニピュアのような継戦能力は無い。そして『時間経過』はあらゆる生物の疲労を誘う。
さらにアビスの近くに居たことで、無自覚に精神力を吸われている。太陽と相対したことで、自分より格上の『精神体』に対するプレッシャーもあった。
度重なる戦闘と、無意識にも削られていったハルカの精神は、『ハッピーエンドの妄想』によって遂に瓦解した。
「ぅ……私だって……」
肉体はハーフアビス。精神はクリアアビス。しかし『元』は『人間』である。
「……好きで……人間の敵じゃないもん……」
ひかりは、逆に落ち着いていた。太陽の透明なベールの下に居ると、彼から元気を分け与えられるかのように、暖かい気持ちになっていく。核爆発から護ってくれるが、その実アビスの黒い煙とは真逆の効果を持っていた。
「…………すぅ」
「え」
ひかりは周りを見回した。倒れている仲間達から、寝息のようなものが聞こえた。
見ると、生きている全員が、すやすやと眠っている。致命傷の者もいたが、出血は止まっていた。これ以上酷くはならないようだ。切断された四肢の快復や、既に亡くなった者の蘇生はしないが、治療に間に合わず死んでしまうことは無くなった。……戦いに勝てば、だが。
「…………」
ひかりの心に余裕が蘇った。視界が広くなり、はっきりとハルカを確認した。
「……ぅ」
地に伏せ、泣いていた。敵意など無いことは今なら分かる。ただ悲しんでいた。
運命を嘆いていた。
「……義堂さ――」
ひかりが名を呼ぶ、その瞬間。
「みらい」
「!」
ハルカの呟いた名が遮った。
――
スーパーノヴァが冗談で言った『その装置』を。真面目に開発した者が居た。その者が今の今まで戦争に関与していなかった理由は、いくつかある。
彼女が日本人であり、戦争のこと自体知らなかったこと。
知ってからも、その装置が未完成であり、すぐに来れなかったこと。
彼女は確実に中立であり、人間にすら情を持っていないこと。
彼女には、協力者がいたこと。
その協力者が――『アーシャの』。
『第一子』であり、『アビスに侵略される前に産まれた』――
『現存する唯一最後の"純血ラウム族"であること』
「はいはーい。未来ちゃんですよー」
「!!」
その声に、ひかりが振り向く。何故、どうして。
「……ワープ妨害装置が……」
一番先に、その疑問を持った。アジア系の顔立ち、黒い瞳。話す言葉からも、日本人であろう。その髪は金色に染めており、サイドアップに纏めている。そして白衣を着た、その二十歳前後の女性。
「『ワープ妨害装置妨害装置』。正確には『ワープ妨害装置の効果範囲の内、指定した範囲のみワープを可能にする特殊な地場を発生させる装置』。……ついさっき完成してね。で、試すなら、まず始めに『お姉ちゃん』に生存報告を含めて報告かなと」
「……!!」
唖然とする。しかしそれに構わず、彼女は続ける。
「そしたら爆心地じゃん! イギリス撃ってんじゃん、核! 戦争には興味無いけど、流石に実姉が死にかけてるなら馳せ参じるよね」
「……かりんちゃ……!」
その女性の背後に。宙に浮くふたつの影を見た。通信では勿論聞いていた。ああ、そうか、彼らが。
保護してくれたのだ。
間違いなくこの戦争のMVPであるふたりを。
「……ぅ」
「……んん……」
全身、痛々しくボロボロになっていたが、らいちとかりんは息をしていた。何者かに優しく抱かれるように、ふわふわと浮いていた。
女性はつかつかと、ハルカの元へ歩み寄る。未だ呻く彼女の前でしゃがみこみ、優しく語りかけた。
「ね。……お姉ちゃん」
「……ぅ……」
ハルカはそこでようやく、目の前に妹を視認した。
「ぅぁ……みらい……」
「よしよし。頑張ったねお姉ちゃん」
身体を起こし、抱き寄せ、頭を撫でた。
彼女の名は義堂未来。
「……帰ろう?久し振りに、家に。ね? 私も何年も帰ってないけど、大丈夫だよ」
未来は知らなかった。まさか自分の研究している分野の『直線上』に、姉が立っていたことは。
「……」
胸に埋まる姉を抱えながら、改めて外を見る。とても生物の生きていけない、極限の爆心地。そしてそこで行われている、お互いの種族の生存を懸けた大将同士の戦争。
太陽とアビス、お互いの攻撃がぶつかり合う度、光と振動が伝わってくる。
「終わらせるよ、くだらない『戦争』なんて」
キッと、それを睨み付けた。その言葉に応じたのは、彼女をここへ来させた者。そして、パニピュアを救った者。
『おう』
美しい金の髪、8枚の翼。引き締まった逞しい肉体に、決意の瞳と不適な笑み。
パニピュアのふたりを抱えながら。
未来の前へ出たのは。
『ようやっと俺の出番かいな』
少年のラウムだった。