第37話 個vs.数!皆の力を合わせて……!
【……佳境か。遅れたようだ】
「どうでも良いですけど、こっちの精神減るんでその威圧モードやめてください、先輩」
崖の上では、フィリップとコロナがダウンしていた。フェニックスアイは紛れもない強者であったのだ。
『分かった』
圧倒的精神力を振り撒いていたアビスは、ハルカのジト目を浴びてそれを抑えた。しかし口からは声を発することなく、アーシャや他のラウムのように、機械のような感情の無い音声で精神に直接語りかけるように喋る。
『いくさだな』
「はい。基本的にはラウム同士の、王を決める戦争です。ですが『個体アーシャ』の息が掛かった人間も加わっています。現状互角ですが、女王の眷属の居る人間側がやや有利ですね」
ハルカはその場に座り、説明する。やれやれと手を広げ、疲労をアピールした。
「こっちの障壁を破る矢を放つわ火だの雷だのに化けるわ、煙を焚いて位置を掴ませないわで、あのフェニックスアイ相手に籠城はミスでしたね」
『判断を誤ったか。お前もまだまだだな』
「ま、目的を達成できたんで良しとしましょう。帰りますか?」
『そうだな。できればあと少しばかり補給したいが』
「補給?」
アビスの言う補給とは、つまり食事の事だ。知的生物の精神を食らい、生命を維持すること。
『なにせ全速力で来たからな。相当消耗している』
「……じゃ、待ってますよ。戦争はこの南でやってますんで」
ハルカはマントから水筒を取り出し、水分補給を始めた。
『待てサテライト』
「はい?」
アビスもその横に座り、水筒を奪い取った。
「ちょ……」
『疲れた。お前が獲ってこい』
そうしてハルカと眼も合わせず、中の水を飲み始めた。
「……はぁ?」
『たかがラウム兵ひとりとの戦闘と、全力恒星間移動。どちらが疲労するか計算してみるか?』
ハルカは、アビスを睨み付ける。
「…………出たよ、暴君。古いんですよ、そんなポージングする王は」
『旧体制派だからな。ほら行け。王は空腹だぞメイド』
「むかっ。メイドじゃないし。だとしても先輩じゃなくて彩ちゃんに仕えるし」
『行くのか? 行かないのか?』
そこで初めてアビスはハルカを見た。底の見えない海底の暗闇のような黒い瞳。それを見たハルカは自分の粒子に宿る遠い記憶に、彼に忠誠を誓い、彼から剣を与えられた光景が甦った。
「……はぁ」
溜め息が出た。なんだかんだ、この人は私達の王なのだと。この無茶振りも、信頼から出る茶目っ気なのだと。彼も久し振りに私に合い、テンションが上がっているのだと。獲物を獲ってきた時、この王は子供のように喜び、それを見た自分も満足感と達成感を味わえるのだと。
そう思い、仕方無く、ハルカは立ち上がった。
「行きますけど。間接キスは地球でセクハラなんで、後で殴らせてくださいね」
『好きにしろ』
クリアアビス同士では、支配は無い。その代わり信頼があるのだ。決して千切れない絆がある。この、一見喧嘩に見える会話は、その確認でもあるのだ。
「……"精神解放"」
呟いたハルカの周りに、超小型の銀河の様な、輝く無数の精神力の星々が散りばめられた。強大な精神力を持つハルカの、戦闘体勢である。
水筒を片手に、アビスが逆手を振った。瞬間ハルカはアークシャイン基地へ目掛け、一条の流星の如く光に尾を引かせて飛ぶように駆け出した。
「……ていうかスーパーノヴァとフェニックスアイの精神喰らってまだ空腹なのね」
――
「……くそっ!」
修平は気を失っていた。素早く起き上がり、周囲を警戒する。キャプテン・ラウムと名乗った星条旗の盾の男の攻撃で、森の方まで吹き飛ばされてしまった。樹がクッションになり、致命傷は避けているようだ。特殊スーツはボロボロだが、戦えない訳ではない。
「戦況はどうなった!? 応答しろ、間宮!」
通信には誰も答えない。修平は気絶中も手離さなかった愛銃アクアブラストを構え、アークシャイン基地へ走り出す。
「そこまで遠くじゃないな。……おい浩太郎!」
修平は同じく倒れていた浩太郎を発見する。彼はよろよろと立ち上がり、同じように辺りを見回す。
「ぐ……。修平か。どうなった?」
「急ぐぞ。基地が心配だ。キャプテン・ラウムを殺さねえと」
「合点」
浩太郎が返事をした瞬間。
「誰を殺すと?」
「!」
衝撃か修平を襲った。横から壁に激突したかのような感覚を覚え、吹き飛ばされる。それがキャプテン・ラウムの盾だということを理解したのは、見ていた浩太郎である。
「うあああっ!」
バキバキと、木々を折りながら吹き飛ぶ修平。浩太郎は彼の心配より、強敵へと意識を向けた。
「お前だよ、アメリカラウム」
「……貴様らは勘違いをしている」
「はあ?」
キャプテン・ラウムは攻撃の構えを解き、語り始めた。
「何故イギリスラウムとアメリカラウムを相手取ることを理解しながら、そんな『アビス用の武器』しか用意していないのだ」
「!」
「我々はアビスより強い。だから貴様らは勝てない。以上だ。死ね」
語り終わるとキャプテン・ラウムは再び瞬時に浩太郎へ迫り、盾を振り回した。
「おおおっ!」
ワープではない。ワープは妨害装置により使えない。素のスピードで、彼を追えないのだ。速すぎるのではない。疲労と傷、ダメージにより修平達の身体がとうに限界だという話である。
「がぁはっ!」
浩太郎のアークアーマーごと、キャプテン・ラウムに蹴り上げられる。パワー、スピード。単純だが、だからこそそれに劣ると最早手も足も出なくなる。
「…………!?」
絶体絶命。だがここで、追撃をしようとしていたキャプテン・ラウムの動きが止まる。
「ぐぅ!」
浩太郎がそのまま地面へ落ち、即座に受け身を取って体勢を整え、キャプテン・ラウムと距離を取る。
「……ちっ!」
キャプテン・ラウムの脚から血が流れた。それは浩太郎でも修平の攻撃でもない。
「……厄介な」
「遅くなってごめん!」
忌々しく、それを睨んだ。起き上がった修平は、それを希望と見た。
「ひかり!」
シャインヴィーナス。アークシャインリーダー。勝利の女神。
そしてその背後には、シャインマーズこと辰彦を筆頭に、光線銃撃部隊の姿があった。
「最大限距離を取りつつ、光線銃で削る! 奴に遠距離攻撃が無い限り、こちらが優勢よ!」
ひかりは状況を素早く判断し、指示を出した。
「「ラジャー!!」」
そして彼女の背後から、大量のシャインジャーが並ぶ。総勢、40人。
「散開っっ!!」
全員が、光線銃で武装している。それは文字通り光の速さで敵を狙い、直後に衝撃が穿つ。強靭な精神力で防がれるが、全くの無傷では無い。『狙えば当たっている』亜光速の銃の乱射で、決着を付ける。
「この……人間がぁぁ!」
「……ははっ」
森の中で、見えない所から四方八方に散ったシャインジャー。光線銃の乱撃により、キャプテン・ラウムは消耗していく。
時折、盾を使った突進を行うが、被害は最小限。ひとりやふたり倒した所で、あまり意味が無い。緻密な連携を前に、『一騎当千』など話にならない。
シャインジャーから余裕が生まれる。
「はっは。侵略種族? 一騎当千? そりゃ、強いわな」
「独裁? 支配? いや、怖いわ」
「があああああ!」
修平と浩太郎も、アクアブラストと光線銃で加勢する。この戦いは、訓練で死ぬほどした、『人間の戦い方』であった。
「だが忘れんな。俺達人間は。特に日本人は――」
キャプテン・ラウムは、単騎で攻め込んだ。完全に油断と過信だ。ラウムにとって人間は弱いものだろうが、『大の大人でも集られれば蟻にも殺され得る』ことを知らなかった。
「古代から『狩猟民族』ってこと。自分より強い獲物を『狩る』のが私達人間。元が人間だろうが、最初から最強のラウム様には理解できないようね」
「あぁああああ!!」
暴れまわるキャプテン・ラウム。浴びる幾百の光弾。動きが止まれば、さらに攻撃は苛烈になる。だが。
「あああ!」
キャプテン・ラウムがひかりの視界から消えた。急に消えたのだ。
「!? 高速移動? そんな精神力残ってない筈!」
「ステルスも無いぜ。『シャインマーズの探知』が居るんだ」
「じゃあ……!」
森の奥に、衝撃が響いた。遅れて風が吹き、キャプテン・ラウムが『吹き飛んだ』方向が分かった。
「! 探知したぞ! こっちだ!」
辰彦が叫ぶ。ひかりの指示で陣形を組みながら、慎重に森を進み始める。
――
森を抜けた先に崖があった。地響きにより崩れ、粗い岩肌が露になっていた。穴が空いている。それは丁度、森から飛び出して崖に突っ込んだようだ。
その中心。
「……がはっ!」
キャプテン・ラウムは血を吐いた。内蔵が潰れている。吐いた血は宙を舞い、返り血として彼女の顔に付着した。
「…………」
砂煙が晴れていく。遅れて到着したシャインジャー達は、崖が光っているのを見付ける。
「あれはなんだ?」
ひかりの会見以降に入隊したシャインジャーは、彼女のことを知らない。きらきらと瞬く星のように、『彼女の精神力が目に見える』。
「……義堂――っ」
「――!」
それを見たひかりは一瞬だけ、思考停止になった。
「ひか……?」
辰彦が憂慮する。ひかりと影士の関係は勿論知っている。しかし、ここでひかりの判断が鈍ってはいけない。前回はひかり自身が、言わば正気ではなかった。だからこれが、初の対面である。
「……っ」
ひかりは口を半分開けたまま、言葉を出せずに居る。だがここで指示が遅れれば、一瞬で仲間が全滅しかねない。相手は影士の面影を残す特別な存在。そして倒すべき敵。最も重要な最強の敵。
「……囲めっ!」
ひかりの口から出たのは、アークシャインリーダーとしての判断だった。
シャインジャー達は即座に動き、崖の崩壊点を囲みつつ、距離を取った。
「……撃えええええ!」
躊躇いが無かったとは言えない。しかしここは戦場。元より対話などありえない。対話は、戦場で決着が着いてから、上層部が交渉の席でやるものだ。
20、30の銃口が、一斉に光を放った。
「……」
命令を下したひかりは、時間が停まった錯覚に陥った。ハルカが、こちらを見たのだ。……『光線銃』は文字通り、光の速さで射出する。『引き金を引いてからハルカがこちらを見て、さらにそれを自分が知覚する』など、絶対にあり得ない筈だ。
気のせいと言えばそれまでなのだが。
「! 止めっ!」
ひかりの指示はリアルタイムでシャインジャー全員の通信機へ届く。小声で呟くだけで、数キロ離れた仲間へも伝達される。
全員が光線銃を上へ向け、静止した。
――
シャインジャーの使う光線銃は、弾丸というものを撃ち出している訳では無い。ざっくり言うとパニピュアのビームの劣化版である。光の速さで敵まで届くが、その威力は光速が産み出すエネルギーとは比較にならない。改良したとは言え、以前は下位アビスの甲殻でも防げてしまうものだった。
だが撃ち続け、当て続ければキャプテン・ラウムをも打倒する。強者から見ても決して無視して良い威力ではない。
ひかりが何故攻撃を中断させたか。
「……」
ハルカが、両手を挙げて降伏を示したからだ。
「…………おいっ。ひかり。分かって――」
「分かってるわ。その上で」
今のひかりに容赦は無い。だがシャインジャーとして、無抵抗の相手は攻撃できない。これは個人的感情ではない。『アークシャイン』としての『理念』である。
「対話を」
前回とは形勢が逆転しているが。ひかりとハルカは改めて、お互いを視界に認めた。
――補足説明⑦――
ハルカはこの場から、獲物を置いて飛べば一応逃げられます。
誰かを連れて飛ぶには、中国へ来た時のようにコロナと"精神統一"して精神力を増大させないといけないのです。彩くらいなら軽いので大丈夫ですが。
いざとなれば逃げるでしょうが、上司からのパシリもできないなんて絶対馬鹿にされる! と、多分彼女は内心焦っています。着地点ミスりましたね。