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第32話 目指せ!決戦の舞台は中国大陸!

「……次の感染場所は……」

『中国だ』

「!」

 日本。星野家の別荘。アビス最後の隠れ家である。

 この日、クリアアビスと通信していたのは彩ではなく、ハルカであった。

 いつもビールを空けるテラス。洋風の装飾が施された円形テーブルの真ん中に、腕時計型の通信機を囲み、数人の男女が席に着く。

「……よりによって、今、中国?」

『こればかりはどうしようもない。純然たる運だ』

 当然、彼女らも中国の騒動は耳にしている。できれば今は近付きたくない場所である。

「……分かった。フィリップ、コロナ。行くわよ」

 ハルカの号令で、立ち上がったふたりの人物。ひとりは"七星(グランシャリオ)"フィリップ。『砲と砲台、砲弾、その他補助装置を精製できる能力』を持つ火力トップクラスのハーフアビスだ。クリアアビスからの支配を受けない例外固体であるが、状況を受け入れ彩達に協力している。

「オーケー。……しかし、中々進まないモンだな。仲間集めって」

 彼は自身以降、1ヶ月間でひとりしか増えていないことを憂慮する。その目線の先には、露出度の高いアラビアン風の衣装を着た少女が居る。

「私は少人数の方が良いけどねー。人混み嫌い」

 浅い褐色肌に、宝石のような蒼い瞳の彼女は、彩より少し年齢が低いがパニピュアよりは大人びている。

「その格好で人混み嫌いは嘘だろ」

「そうかな? 可愛くない? これ」

 少女はくるくると陽気に回り、踊り子のような衣装を見せ付ける。

「……目のやり場に困る」

 発達途上の身体を、無自覚にも惜しげ無く晒す彼女に目を剃らしながら、フィリップはそう答えた。

「あっはは。彩にハルカに私。ほぼ女所帯でフィリップハーレムだもんね」

「はぁ……次の仲間は男でありますように」

『ああ、あと。今度は「感染」ではない』

「?」

 アビス一同、中国へ発つ。


――


 基本的なことだが、『ラウム』自体、世間では批判の対象である。特に『そうなってしまった』中国では、それが顕著だ。

 アメリカは、サブリナが周到に根回しして回避している部分。たった5人という「被害」の少なさから、問題にはなっていない。

 イギリスは、純然たる志願兵であるため、通常の軍隊ほどの摩擦しか起きていない。本人の意思を尊重するため、家族の理解も多少はある。

 だが中国は違う。

 元々軍人でもなんでもない、殆どが農家の者だ。徴兵の名の元に父親や兄や、息子が連れていかれるならばまだ理解できただろう。

 だが中国は違う。

 『母や姉や、娘』まで、果ては幼子に老夫婦までもが『見境無く』ラウム兵に『された』。ある日突然、家族が、恋人が、隣人が、『人間ではなくなっている』。そんな大事件が、『中国全土で起きた』。洗脳され支配された家族は、恋人は、隣人は、1ヵ所に集められ、隔離され封印された。

 意味が分からない。

 許せる筈が無い。100万の実被害者と、その家族を計上すれば、総被害者は一体どれだけの数に上るのか。

 前代未聞のテロリスト『アウラ』を巡り、中国は揺れていた。即ち、ラウム兵達はアウラを神と呼び、人間を思想誘導する。人間はアウラをテロリストと呼び、その処刑を望む。

 中国政府は『アウラを殺せば洗脳は解かれ、人間に戻る』といった主張を国民に述べ、彼女の身柄引き渡しを日本へ要求していた。

『まあ無駄ですね。彼らの洗脳は既に解かれています。だから暴動を起こしたのですから』

「ならばなぜ、彼らは人間に戻らない? ああ、肉体ではなく、精神的にだ」

 基地ではらいちの代わりに、博士が尋問していた。

『人間とラウムでは精神力が違う。最高級のビーフを食べればもうスーパーの安物は受け付けない』

「……ではこの問題をどう解決する?」

『その「人間の家族」に面会させたら良いでしょう。こちらから何か訴えるのではなく、本人同士で語り合えば良い。結果憎悪が私に向くとしても、「彼女の国」と中国で摩擦は減る筈』

「……やけに協力的になったな」

 博士はやや驚いた。何を言っても通じないと思っていたからだ。だがアウラは、らいちと話して以降、「会話」ができるようになっていた。

『ええ。……やはり「器」ですね。悔しいけれど、サブリナもイヴもダクトリーナも、彼女には敵わない。「民を想う」のが王であり、既に彼女のひとり勝ちですから』


――


 この1ヶ月、らいちは特に目立った動きをしていない。実際は寝る暇も無いほど働いていたのだが、行った政策は、アウラのアドバイスによる「家族面談」を除いてはひとつ。

「……ふう」

 市民館…もとい『王宮』の目の前に設置された、石畳の舞台があった。1m四方のタイルが整列されて敷き詰められた、50m四方の舞台。四隅には柱が建てられ、中国の伝統的な装飾が施されている。

 その中心に、らいちは立っていた。ピュアホープの金の衣装を中華風に改造した、新しいきらびやかな『戦闘服』を着て。

 そして舞台の端には、ひとりの青年ラウム兵が倒れていた。

『勝負あり! 女王の勝ち!』

 四隅の柱に備え付けられたスピーカーから、女性の声で勝鬨が上がる。それを合図に、『周囲から拍手喝采が上がった』。

 ……舞台の周りには、今や数万人の観客が押し寄せていた。

「……ぐ……やっぱつええ……」

 倒れた青年がどうにか起き上がろうとし、らいちが手を差し伸べた。

「ハオランさん。良い勝負だったね!」

「! ……俺の名前」

「私はらいち。よろしくね!」

「……」

 らいちは正に太陽のような笑顔を咲かせる。名を呼ばれたハオランは、無意識にその手を取って立ち上がる。

「……あんたまさか、これ100万人分やるつもりか?」

「あはは。流石に無理だよ。ひとり10分、1日18時間戦ったとして25年掛かっちゃう。……地域や家族の代表とだけ、あとは個人で希望者が居れば。それでも2~3年は視野に入れてるよ」

「……」

 国民と戦い、名を覚える。邪気の無い無垢な少女と正面から相対することで、国民は新しい女王への警戒心を解き始めていた。

 1ヶ月前に始まった、らいちの最初の国策。血の気の多いラウム兵を相手取り、暴動や内乱にせずに無力化し、懐柔する。実力を以て国民から信頼を得る方法である。『ここまで強い者が王なら、少なくとも外敵からは守ってくれる』という安心感。そしてひとりひとり顔と名を覚えようとする『国民への関心』。話せば明るく笑う『花のような少女』。戦う姿はまるで踊っているようで、そして大の大人でも敵わない『最強』。

 国民と理解を深める『女王演武』は、エンターテイメントと化して人気を博し、挑戦者以外からも評判を集めていた。

『本日の演武はこれまで! なお次回開催は未定である! 解散!』

 高らかに銅鑼が鳴り響き、その日のらいちの公務は終わった。


――


「お疲れ様です、らいちちゃん」

「うん」

 王宮へ戻ると、間宮家の専門家達が挨拶もそこそこに怪訝な表情をしていた。

「……避けられなかったようで」

 らいちも理由は知っている。

「分かってる。明日休んで、備えるよ」

 イギリスラウムの進軍に対し、らいちは真っ向から抵抗するつもりだった。

「おひとりでですか?」

「勿論。ていうか、まだ軍も無いんだから、私しか戦闘員いないし」

「ハルカ・ギドーと互角に渡り合った『サンダーボルト』を相手にですか。……片腕で」

 心配する彼らを余所に、だがらいちは覚悟を決めていた。

「うん。……といっても、勝算はあるよ」

「……?」

「勝算というか、打算だね。前に『お姉ちゃん』が言ってたから」

「……お姉ちゃん?」

 首を傾げたところで、らいちへ通信が入る。精神干渉だ。らいちは頭に手を当て、にやりと笑う。

 その通信相手は、勿論。

『――……』

『……――』

 彼らには分からない通信を終えたらいちは、振り返って会話を続ける。その表情は、申し訳なさそうにしつつも、嬉しさを隠せてはいなかった。

「『困ったら大人を頼れ』ってね!」


――


 ラウムの国と、中国の西の『国境』。元は中国の土地である。その国から西側は、ほぼ未開拓の不毛の大地が続く。畑にも影響せず、人的被害も無い。正に、『戦争』にうってつけの場所だった。

 国境には、特に塀があるわけでもない。ただ街が途切れているだけだ。水汲みに使う道はあるが、舗装はされていない。

 街の住民…らいちの言う『民』達は、基本的には人間の時と同じ生活をしている。王が替わっただけでは生活は変わらない。だが人間とラウムの違いだけは、普通ではない生活に変わっている。

「……ふう」

 その農家の男性は、畑仕事にキリを付け、息を吐いて街の外を見た。

「……なんだかんだ、やっぱり俺らは農民なんだよな」

「不満かよ」

 突然、目の前にもうひとり男性が現れる。隣の農家の者だ。向こうからワープしてきたのだろう。

「まあな。王っつってもガキだろ。そんな急に世の中は変わんねえべ」

「ま、中央の奴らと俺らでまた考え違うしな」

「何が『演武』だよなあ。ようするにガキ大将じゃねえか」

「アウラ様を奪って、独裁して、次は喧嘩ってなあ……。頭おかしいよな」

「んだんだ。シャンヤオも捕まっちまったし、もう何を信じたら良いかわかんねえよ」

 彼らの視線の先には、『スーツ姿』の『日本人』が、何やら大きな機械のようなものの前で作業をしている。畑には触らないということで、彼らはそれを承諾したのだ。

「女王が日本から呼んだ技術者だな。何かすんのか?」

「さあな。女王は『まず国防』とか言ってたから、砦でも建てるんじゃねえの」

「でもここ、中国から借りてる土地だろ?」

「いや、元は俺らの農地だろうが。国とか関係無く」

「そうだね。あなた達の土地だよ」

「!?」

「うわっ!」

 彼らは心臓も飛び跳ねるかと思うほど吃驚した。つい今の今まで貶していた女王が、目の前に出現したのだ。

「じょ……女王!」

「(き、聞かれた……よな)」

 ただの子供。目の前にしてやはり思う。ただの子供である。しかし、事実として彼らは、彼女に全く逆らえない。精神も肉体も、完全に支配されているのだ。その気になれば今のこの自我さえ奪われる。らいちの「殺したくない」「操りたくない」という『個人の感情』以外のものに守られていない。今自分が生きて、自我を持っている理由がそれだけであることを実感し、ふたりは恐怖した。

「この土地が、侵略されようとしている。それは、私たちの存在を許さない勢力。私たちの国は、私たちで守らないといけない」

「……?」

 らいちの言葉の意味が分からない。ふたりはただ、怯えて押し黙る。なにもされていないのに、身体が動かない。

「説明責任は果たすよ。でも何よりも、優先すべきことがある。『国民の生存』。本当はあなた達全ての声を聞きたいけど、時間が足りない。ごめんなさい」

「…………!!」

 らいちはそう言い残し、スーツ姿の日本人達の元へ向かって歩いていった。

 残された農家の男性は、ただほっと安心した。それは恐怖の女王が去ったからなのか、もっと別の事に、無意識に悟ったからなのかは、本人にも分からない。

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