閑話 それぞれの1ヶ月!
その① たまには休もう!リーダーの休日!
「……驚いたな」
博士は眉を上げて驚いた。ひかりの復活会見の後、アークシャインには入隊希望者が殺到したのだ。博士はそれが纏められたレジュメの束をめくって、溜め息を吐く。
「何人だ?」
「15000人を越えました。取り合えず一次募集は締め切ります」
ひかりはその隣で、資料を整理する。ここは会議室。ひかりと博士の他に、間宮グループから転属してきた職員が数人、同じように資料をさばく。
「この件はわしは詳しく聞いとらんが、この後どうするんじゃ」
「まず筆記試験。そして体力テスト。これだけで9割減る見込みです」
「厳しいな」
「そうですか? ついこの前までのアークシャイン就職より何倍も簡単だと思います。それに、今回は冷やかしも多いでしょうし、そもそも一般職員ではなく戦闘員の募集ですので、適性はとても大事です。間違っても、『戦場で迷うような小娘』を入隊させてはなりません。隊全体に負担が掛かりますし、何より本人にとっても苦痛でしょう」
「……ふっ。よく分かっておるな」
ひかりは自嘲ぎみに言った。いつも仏頂面の博士が笑ったのを見て、満足したひかりは本題へ戻る。
「戦士としての適性と、『宇宙科学』への適性も重要です。精神エネルギーという『現代社会では誇大妄想と言われる代物』を受け入れなければいけない。ここでさらに半減するでしょう」
「……まあ、本気で他人のために命懸けの戦いができる人間は、特に日本にはあまりおらんだろうな」
「それから最終面接です。それは私とかりんちゃんでやります」
――
当然だが、人間はずっと働き続けることはできない。短期間ならまだしも、いかに忙しくても切羽詰まっていても、人間には休息が必要だ。
「……あ」
長谷川ひかりは鏡を見た。正確にはその向こうに映る、壁掛けのカレンダーを。
振り返って日付を確認し、今日が休みであることを思い出した彼女は、髪を解くのを止め、途中だった着替えを脱ぎ、途中だった化粧を流した。
「そうか……なにしよう」
今日は指令室へ行く必要が無い。資料室も行かない。来客も無いし、今日中に片付けなければならない仕事も無い。緊急連絡用に備える必要はあるが、基本的には自由だ。
最近、これが多い。気付いたら休みの日で、何も考えていない。毎朝、仕事のことを考えて起床してしまう。
「……彼らは何してるんだろう」
休みにすることが無い。ならば他の人はどうしているのか。気になったひかりは朝食を済ませた後、同じく本日休みであった、辰彦に電話を掛けてみた。
「おっ。ひかり。どした」
彼が言うには現在、ひかり以外のシャインジャーは毎日トレーニングルームに籠っているとのことだった。
「シフトじゃ毎月8休貰ってるがな、アークシャイン壊滅前と同じで、基本的に俺達に休みは無いし、怪人がこなけりゃ毎日休みだ。んで、安全で暇な日は備えて寝てるか、トレーニングって訳だ」
トレーニングルームには、辰彦を始め修平、浩太郎が居た。彼らは朝から、筋肉トレーニングやスパーリングなど、いつ怪人が現れても良いよう準備をしているようだった。
「お前とかりんちゃんの選考が終われば、俺らは指導者だろ? それについてのメニューとかも考えてる。流石に格闘技未経験者とかは来ないだろうが、一応それ用のやつもな」
「……みんな頑張ってるのね」
「いやいや、一応報告してるだろ。許可も得てるぜ?お前から」
「そうだっけ。確かいつも通りって」
「いつも通りだろ」
「……いい加減な報告は止めてよね……」
ひかりはリーダーとなってから忙殺されており、戦闘訓練はできていない。太陽がこうであったかと言えば違う。太陽はシャインジャーのリーダーとして隊の指揮を執っていたが、ひかりはアークシャインのリーダーと成り、組織運営をしていかねばならないのだ。太陽が居た時にはそれらを担う幹部陣が上層部に居たが、基地がエクリプスに乗っ取られた事件の責任を負いその全員が辞職している。
「ひかりも汗流してくか?」
辰彦が誘う。
「……良いわね。相手してちょうだい辰彦」
「げっ。……シャインアーツの?」
「勿論」
気分転換は重要だ。精神を良い状態に保つことは、ラウムやアビスと対する際に特に重要である。
次の日のひかりが晴れ晴れとしたとても良い表情で出勤してきたのは言うまでもない。
――
その② 作戦会議!足りないものは……!?
「問題提起!」
アビスのアジト。彩の別荘だ。テラスのテーブルを囲み、立ち上がりながら手を挙げて意気揚々と切り出したのは彩だ。
「……なんだ、どうした? お姫様」
ストローでドリンクを啜る、向かいに座ったフィリップが驚く。
「私ら『悪の組織』なのに、なんか足りないものがある!」
「…………」
フィリップは困った。そしてキョロキョロと見回し、ハルカの不在を確認すると、やれやれと観念して向き直る。
「何が足りないんだよ」
「ずばり、『悪の科学者』だよ!」
彩は人差し指を立てて迫る。そしてどや顔で席に着く。
「……おう」
「やっぱりね。必要だよそういうキャラ。『げへへへ』みたいな笑い方の、太っちょの、白衣のやつ! もうね、一発で『あ、悪の組織だ!』ってなるようなやつ」
「おう」
「そう思わない?」
「……えっとな」
フィリップは困った。意見を求められたからだ。視線を泳がし、なんとか考える。
「そもそも『悪の組織』ってなんだ?」
「そこから!?」
「定義が分からん。通常の社会活動してないって点では、確かに悪かもしれんが」
「世界征服を目論む組織だよっ」
「目論んでないだろ俺たち」
「がーん!」
フィリップは困った。なんだこの茶番はと。彩は衝撃を受け、テーブルに沈む。
「そもそも悪だ正義だの価値観は人間のものだろ。俺たちには関係無いし、人間目線で自称したくないな。俺たちは俺たちだ。対立してる相手の規模が大きいから『悪』とされてるだけだろ」
「むむむ……そんな理論聞いてないしー」
「じゃなんだよ」
「次の仲間は『げへへへ』って笑う太っちょの科学者にして」
「無理難題すぎるだろ。そんなアビスは居ない。『笑う』とか『太っちょ』『科学者』の線引きや観念も地球の人間のものだ。俺たちは元人間だから通じるけど、その会話クリアアビスには通じないぞ」
「うん。なんだそれは? って言われた」
「話したのかよ……」
「あっ! じゃあさ、フィリップが太って、笑い方変えて、科学覚えて! 教えるから!」
顔を上げた彩の目は輝いていた。
「……それで次の作戦に支障が出たら?」
「……出ないようにして」
「無茶言うなあ」
フィリップは少し笑った。ふざけて無茶を振ってくるほど、このお姫様には余裕ができたのだと感じた。初めに会った時は悲壮感が漂う、薄幸の少女という感じだったが、ハルカと共に仲間を増やす内に、徐々に明るさを取り戻していた。
「そろそろハルカが戻ってくる。そしたら全員集合で作戦会議だ。次の仲間を探しに行くんだ」
「うん」
仲間を多く失ってきた彩にとって、仲間を増やすことは喜びである。フィリップも彩の話を聞き、同調している。彼もまた、もう仲間を失わないという彩の願いを同じく抱いていた。
「(なんだかんだ、良い女王になるだろうな、このお姫様は)」
フィリップはアビスとなったことに後悔は無い。寧ろ今までの人生よりよほど充実していた。
――
その③ 女人禁制、男子トーク!?
「つーかさ」
良夜から切り出した。アークシャインでの訓練の合間のことだった。
修平、辰彦、浩太郎はロッカールームで着替えながら、良夜の話を聞く。
「5人仲良しでひとり女って……何もない訳ねーよな」
「……なるほど。その話か」
初期シャインジャーの5人は、元々行動を共にしていた仲間であった。実際はスタアライトこと、敵幹部であった星野影士を含めた6人だったが。
良夜の視線を受け、シャインマーキュリーこと修平が応える。
「俺は太陽、ひかり、影士とは中学から一緒だ。あ、影士ってのはスタアライトな」
「敵かよ」
「その話はその話で長くなるから次回な。んで」
「次回ってなんだよ」
「あはは」
一応はスタアライトのことを聞いている良夜は、少し突っ込んで修平の話を待つ。
「辰彦と浩太郎は高校からだから、初期のアレコレは知らない」
「アレコレってなんだよ。なんかあったのか」
探知能力の辰彦と、タンクを任される浩太郎。ふたりはどちらかというと、5人の中では1歩引いた視点を持っていた。
「俺らの中心はまあ、ひかりだったなあ。マドンナって訳じゃなかったが、そんな感じだった。クラスでは完全にマドンナだったがな」
「まあ普通に美人だもんな。昔からか」
良夜も頷く。女優とかアイドルだとか、そういうほどでもないが、ひかりの容姿は恵まれていると誰もが思うだろう。
「中学ん頃はやんちゃだったんだよ。お転婆ってのか。いっつも太陽と影士は振り回されてた。俺はそれを端から眺める係だったよ」
「へえ」
「今だから言えるがな。アレは完全に三角関係だった」
「よくあるやつだな。取り合いか? 一直線か?」
「一直線だな。太陽→ひかり→影士だ。だが中学時点で告白したのは太陽だけだったな」
「勇気出したか。さすがヒーロー」
良夜にとっては、太陽も影士もまともに会ったことは無い。どころか影士に限っては自分が殺した相手である。それはシャインジャーの中では既に気持ちを切り換えているが、以前ひかりが影士の墓参りに行ったことを受け、少なからず思うところもあった。今回はそれを含めての質問であった。
「で。結局ひかりちゃんは誰とくっついて、誰とヤッたんだよ」
「ははっ。ずばっと訊くなお前。前置きは必要だろ」
「要らん。寧ろひかりちゃんが処女かどうか。まあほぼほぼあり得ねーだろうがこれだけが重要だ」
「ぶっ! ……お前、面白すぎるだろっ」
「くっくっく……。ゆりちゃんに聞かれんぞ」
「だからロッカールームで訊いてんだろ。さあ話せ」
良夜が修平へ詰め寄る。
「何がそんなにお前を駆り立てるんだよ」
「ていうかそのふたりって訳もねーだろ。お前らはどうなんだよ」
「俺は当時別に好きな子が居たし、辰彦には元から彼女いたし、浩太郎は……」
修平は浩太郎を見た。浩太郎は、やれやれと手を振った。
「俺はマドンナの取り巻きのひとりだったよ」
「ええっ!! まじか!」
「まあだから、好きは好きだったが。そういう、普通の『付き合いたい』とか『ヤりたい』って感情は無いとは言わんが……もっとこう、崇拝というか、神聖な生き物だと思ってたよ。ガキの頃だからな」
「…………」
皆黙ってしまった。
「や、ガキの頃だからな?ていうか、ひかりは影士と許嫁じゃなかったか?」
「そんなことはどうでも良い。気持ちの問題だ。あと事実だ。俺らの勝利の女神は、正しく『聖女』なのか?」
「……良夜、お前さ」
「あん?」
修平は良夜の目を見て、既に目的が刷り変わっていることに気付き、溜め息を吐く。
「もうすっかり俺らの仲間だな」
「!」
思えば、良夜は基地では、常に「素顔」で居た。異形……ハーフアビスの成れの果てである灰の髪に赤の眼。以前まではコンプレックスであった。だからこそヘルメットで隠していた。
「……ああ」
彼はシャインジャーではない。アークシャインの精神技術の兵器は、彼には扱えない。許可が無いのもそうだが、適性が無かったのだ。アーシャの作った兵器に、アビスの粒子を持つ彼は拒否される。よって彼は、間宮グループ謹製の兵装のみを扱っている。
だがそれはあまり関係無い。
「戦いはずっと独りだったからな。俺も嬉しいわけだ」
ブラックライダーはシャインジャーの盟友として、後世にその名を刻む。
「……ふっ」
それはそれとして、修平の目論み通りに話をはぐらかすことが出来た。その勝利の笑みを浮かべながら、彼はロッカールームを後にした。
――
その④ 人間として、ラウムとして、王として
鍬。鋤。そして鎌。後は人間。トラクターは無い。ドローンなどある筈も無い。
「……ふぅ」
らいちは息を吐いた。額の汗を右腕で拭うと、腕に付いていた泥が額に広がった。
途方もない面積の農地。田畑。水田。継続戦闘を得意とするらいちも流石にこれには参っていた。
ネットで調べた農業と違う、と。
「もう参ったか? 女王様」
「……あはは」
壮年の男性に皮肉られるも、渇いた笑いしか出てこない。
中国の田舎とは、中国の農家とは。
こんなにも日本と違っているとは。
「人は居る。……けど、何もない。学校は?」
「無い。教育などここには。運良く抜け出して都市へ出ても、そこで生きる権利も無いのさ」
その日、らいちは元中国ラウム兵の、ひとつの農家に来ていた。どんな生活をしているのか、身を以て知る必要があると考えたのだ。
農作業を終え、食卓を囲んでさらにらいちは質問する。勿論食卓に並ぶのは質素で少量の穀物類を磨り潰して作ったスープなど。一国の統治者に出すには余りにも場違いな品々。だがこれでも女王を歓迎しているのだと、らいちは彼らの精神へ干渉して知る。
「だが『ワープ』と『精神力』。女神はこれらをくださった。欠け替えの無い宝さ。これで楽になる人はごまんと居る」
「……ワープで都市へは行かないの?」
「都市のイメージができない連中ばかりだからな。あとは、行っても良い生活を送る具体的なイメージもできない。それでも行く奴は行くだろうが、ワープは使えないんだ。何故かな」
この壮年の男性は、昔都市部に居たこともあったのだと言う。だが両親が身体を壊して以来、この田舎町で農業を営んでいる。
「……教養」
「鋭いね。流石日本育ち。こんな幼い子でも知っていること。それが中国へ行けば、大人でも知らないこと。これが中国さ。教養が無いから、都市へ『行くだけ』で終わる。……なあ女王様」
きっとこの人には、もう恐怖も無いのだろう。ここへ戻ってきた理由である両親を、『まだ紹介してもらってない』ことから、彼はいつ死んでも良いと本気で思っているらしい。
「あんたは何故、ここへ来たんだ?」
「えっ」
「日本人の女子中学生だ。普通こんな所興味も無いし、日本の田舎と比べてもまだ桁外れに貧乏な人々など『居ることすら想像できない』年齢だろう?」
「……」
「しかも女神アウラの敵だった。ここが他のラウムに滅ぼされても、日本のアークシャインには痛くも痒くも無い筈だ。百害あって一理なし。違うかい」
可哀想だと思った。アウラを下した責任感から。……そんな回答を、男性は予想していた。それに対する反論の準備もできていた。
「ここは"支配の無いラウム"だからね」
「!」
だがらいちから返ってきたのは、女子中学生らしい感情によるものでも、後ろ向きなものでも無かった。まして利己的なものでも、必然的なものでもなかった。
「アウラを奪った責任とか、同じラウムとしての同情とか、アーシャに頼まれたからとか。全く無いとは言わないよ。それも充分ある。けれど、私は正しく『群れの目的』に沿ってるつもり」
「……生存と繁栄」
「うん。その手段を変える、ラウムという永い歴史を持つ私達種族の、これは大きな転換期だと思ってる。個人による支配じゃ駄目だったと、アーシャとアウラが証明してしまった。今、ラウムにはアビスも人間も交じってる。良い機会なんだよ」
「つまり女王は、『本当に種族を想って行動している』……と」
「えへへ。はっきり言われると恥ずかしいけど」
驚く男性に、頬を掻くらいち。やがて向き直り、らいちの瞳に決意が宿る。
「ラウムはラウムという支配から脱する時。だから今、サブリナやイヴにここを取られる訳にはいかない。彼女達も本当は協力して欲しいけど、このままだと多分殺すことになる」
「!」
男性の頬に、冷や汗が垂れる。『死なせない』や『守る』ということを、今現在のこの国でだけ言っているのではなく、将来を見据えた『種族』のことを言っていることに、驚愕を隠しきれない。
種族が同じだからと言って、関係の無い国へ行き、会ったこともない民を守るなどと言う考え無しの、それこそ中学生かと見下していた自分を恥じた。
彼女は本当に、『本気で』。種族ラウムを憂いていたのだ。
そして『中長期的に見て』目的の為には、同族すら手に掛けると。まるで死刑制度のある『人間社会』のように。
1万年以上の永いラウムの歴史でも、らいちの行うことは全て1度もあり得なかったことだった。
「あと、農業はもっと楽になるのは確実だよ。だってラウムは宇宙科学の先駆者だからね」
「…………女王」
遥か未来を見ながら、地に足を付けて進む女王。初めこそ反対意見は多かったが、らいちは支配の無いラウムの国に、支配せずとも徐々に自然と受け入れられるようになっていく。




