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第30話 平和に話し合い!戦争なんてさせないぞ!

 アビスは語り掛ける。耳を傾けるのは星野彩。彼女は自身の兄の能力を移植させた、腕時計型の通信機を片手に、自室のベッドに寝転がる。

『……お前はいずれ我々の「女王」となる。今はまだ人間の高校生で良いが、いずれは我々を統べる存在になる。つまりは「(まつりごと)」をやってもらわなければならない』

「あっ。子どもを授かるだけじゃないんだね」

『当たり前だろう。家畜ではないのだ。本来侵略した種族の王族は奴隷だが、お前は人間でありアビスだ。母であり王にならなければならない』

「でも私、政治なんて分かんないよ」

『それをこれから教える。なに、簡単だ。王とはつまり「群れのリーダー」だからだ』


――


 らいちは中国へ降り立った。目の前には怒りの感情を顕にする「アウラの眷属」達が、何十万の波となって、それぞれが不満を叫んでいる。暴動は既に起きている。だが彼らは「適性」が低いことにより、「ラウムの戦士」としての力はパニピュアやスーパーノヴァより遥かに劣る。中国軍がその気になれば最終的には勝てないため、中国に対する致命的な破壊行為はしていなかった。

「この中に! 代表者は居る!? 話をしたいの!」

 らいちは叫ぶ。リーダーが居るのであれば、その者へ指示すれば無用な流血を避けて事態を沈静できる。


――


統治者(リーダー)に必要なものはなんだ?』

「……皆を引っ張ってく力!」

『そうだ。「群れの方針と行動を決める判断」。群れが外敵に襲われるなら護るか、逃げるか、戦うか。それを判断する』

「……私そこまで深く言ってないけど」

『ではその判断をしたとして、皆をその通りに動かすにはどうする?』

「命令ってこと?」

『それをどうやって実行させる? 例えば、命令しても聞かなかった場合だ。即位した瞬間は特に、王としての影響力は低い』

「信頼が無いねそのリーダー。……うーんと」


――


「私の話を聞いて! お願い――!」

 らいちは叫ぶ。勿論彼女に中国語は分からない。だが精神に訴えるラウムの「会話」ならば、伝わる筈だ。

 相手が聞く耳を持ってさえいれば。

「国民の意見を聞き入れろー!!」

「女神を返せ小日本!」

「差別だろうがなんで弾圧だ!」

「殺せ! 殺せ! 殺せ!」

「中国政府は臆病者だ!!」

「お前ら漢民族だけが中国じゃねーんだよ!」

「受け入れろ! 受け入れろ!」

 怒号が飛び交う。現在この場所は中国軍により包囲され、彼らは叫ぶしかなくなっている。長距離をワープするには精神力が足りないのだ。サブリナの警戒より、実際は脆弱な民衆であった。


――


「……怒鳴る、とか?」

『そうだ。まずガツンと言わなければ話にならない。武力を以て制圧しなければ。相手に話し合いを選択させる程度の武力がなければならない。何故なら、民の暴動、横暴を許せば国は潰れるからだ』

「いや、だからそこまで言ってないって。合ってると思ってなかったし」


――


「聞け――――――!!」

「!!」

 ぐしゃりと天井が落ち、潰れた。そんな錯覚が起こる。女王アーシャの血を承けた『眷族』であるらいちによる『精神支配』、その一端を以て、彼らを押さえつけたのだ。

「ぎゃぁぁぁぁぁ!」

「頭がぁぁあ!」

 肉体は精神によって動く。つまり精神を支配することは、肉体を支配することだ。

 らいちは彼らの正気を保ったまま、肉体のみを支配した。

「……」

 すう、とらいちは息を吸う。これから話す全ては、彼らの耳を越えて魂に届く。完全支配をしなかったのは、「理解」をさせるつもりだからだ。そうしなければ、らいちが支配者となったところで彼女が死ねばまた、アウラの時と同じように暴徒と化してしまうからだ。

【私達はラウム。だから私がリーダーになる。アウラは女王の娘だけど、アビスが無い分私の方が『血』は上だから】

「…………!」

 彼女の言葉はビリビリと彼らの脳内へ直接響く。らいちは大声を出していないが、だが「うるさい」。ラジオの音量を上げるように、普通の声量でもとても大きく聞こえる。精神を無理矢理干渉させているのだ。


――


『ルール無用だと荒れるのは分かるだろう』

「そりゃ、まあ。皆が皆好き勝手してたら」

『そうだ。ルールが無ければ「群れ」は機能しない。群れとは、生活の為に協力しあう集団だからだ。原則、「群れの為」の行動がルールとなる』

「でも、ルールを守らない連中なんでしょ?」

『ならばどうする?』


――


「くそ……ガキがぁぁぁ!」

 例外だろうか、ひとりのラウムがらいちの支配を掻い潜り襲い掛かる。

 だがらいちは怯まない。次第に、支配を受けない例外が次々と現れ、集団となり、津波となる。

「殺せええええ!」

 100万もの怨念がらいちを突き刺す。彼らにとってらいちはいきなり現れた訳の分からない子供であり、さらにアウラを奪った日本。敵である。

 彼女が彼らを「救おうと」していることなど分かる筈も無い。

【ラウム・コネクト】

 押し寄せる津波は、その一言でまた、ぐしゃりと潰れた。

「ぎゃぁぁぁぁぁ!」

 らいちは黄金のオーラに包まれていた。変身することで、支配力はさらに増す。例外など許さず、全てを押さえ付ける。

【……私が王だ。逆らうやつは殺してやる】

 地響きのように、その声は轟いた。『この少女が支配者であり逆らえない』という事実が、彼らの脳裏に深く刻まれた。

【中国政府は、この地域をあなた達の為に貸してくれると言ってくれた。私達の国が出来るまで、ここから出ないこと。人も襲わないこと。殺し合いをしないこと。……以上。解散】

「…………」

 らいちの言葉通り、肉体の支配は解かれた。しかし、しばらく誰もその場から動けなかった。余りにも鮮烈に残る、幼い少女の圧倒的な支配。

 それは彼らが忘れていた『種族支配』の恐怖を思い出させるのに充分だった。


――


『「罰」だ。ルール違反を罰する武力が必要だ』

「警察ってこと?」

『そうだ。群れの為ではなく個人の為に行動していれば、それは群れとして機能せず、集団は崩壊し、あまつさえ個人にも被害が出る。それを防ぐのがルールであり、ルールを遵守させるために武力がある。「皆が思いやりを持ったいい人」であれば武力もルールも必要ないが、そんな国は「あり得ない」。大半はルールを守るだろうが、必ずルールを破る者が出てくる。ルールを破る可能性のある「最低レベル」に合わせる必要がある。だから警察が居て、軍隊がある。武力とは「言うことを聞かせる」力であり、それを国家繁栄、民の生存の為に使うのだ』

「……私には武力無いよ?」

『武力を行使できる力を権力と言う。「私」や「衛星」を自由に使え』

「…………わぁ」


――


 中国ラウムは、らいちにより沈静化した。暴動は収まり、危険は無くなった。肉体支配により、彼らは彼ら自身が警察となる。これで、アメリカからの核攻撃は防げただろう。


 ……相手がアメリカ「人」であれば。


『マズ過ぎる事態になりました』

 歯噛みするサブリナ。見詰めるのは中国ラウム沈静化の記事。写真にはでかでかと、らいちの姿が映っている。

「何がだ? 奴等が大人しくなったのは良いことじゃないか」

『……当初、アウラは日本を取り込むつもりだった。だが敗けた。そして逆に、パニピュアが中国ラウムを支配してしまった。あんな方法があったとは。私が直接行けば良かった。支配を失ったラウムなど前例が無かったから出遅れた』

 サブリナは爪を噛んで苛立ちを露にする。その表情は会見の時と違い、上手くいかないことに憤る子女のようだった。

『最早「日本ラウム」とも呼べるでしょう。奴等の戦力は「女王の眷属」2にハーフアビス1。科学武装した人間3人と……「ワープ妨害装置」という反則級の技術。……そして新たに「100万のラウム兵」を得た。悔しいけれど、現在あの勢力に勝てるものは存在しない』

「いやでも、中国のラウム兵は封印だろう? 運用はしない筈だ」

 スーパーノヴァの素朴な言葉に、キッと睨み付ける。

『奴等は我々ラウムの目的を知っているんですよ。人間を巻き込む「選王」を止めるため、今すぐに攻めてきても驚かない』

「じゃあ核だな」

『いえ。相手が「日本」に成ってしまった以上、それはできません。大統領にも言われています。……人間界自体はどうでも良いですが、支配する前にそうなってしまうとアメリカの後ろ楯も無くなる』

「……なら、こちらも戦士を増やすか? 確かに『数』という点じゃアメリカは不利だ。一騎当千だとしても5人しか居ないからな」

『いえ。戦士を増やすのはリスクが大きい。なので癪ですが――』

 そこへ、事務所内に着信音が響いた。オペレーターが即座に対応すると、サブリナへ繋げられた。

「イギリスラウムからの国際通話です」

 サブリナは、溜め息交じりに苦笑した。

『……数には数です。癪ですが、現状で最も危険なものを迅速に排除することが先決。女王()の天才的科学力を色濃く受け継いだ彼女に、手を貸してもらいましょう』


――


「うーん……でも、いきなり怒鳴って言うこと聞かすって、独裁じゃないの?」

『そうだ。烏合の衆にはまず独裁体制を敷かなければ、話にすらならない。何故なら烏合の衆は「集団」としての最優先事項を理解していないからだ』

「最優先事項?」

『「皆が生き残ること」だ。それが全て』

 そう。だからこそ、らいちは独裁者に成った。同胞達を全滅させないために。

 彼女には分かる『対アメリカの脅威』が、彼らには分からない。「自分達は人間以上の武力を持った集団」で、「現在自分達は危険視されていて」「このまま暴れていれば核ミサイルが飛んでくる」ということが「想像できない」のだ。それだけは避けたかったらいちは、無理矢理にでも沈静化させるしかない。まず命あってこそ。どんなに愚かな政治だろうと、そこだけは群れとして曲げてはいけない。

『「どうすれば皆が生き残るか」。通常それを最も把握しているのは群れのリーダーだ。だから、「真に民を想う独裁者」は「正しい」のだ』

「……だから、アビスは支配階級の独裁なんだね。独裁って聞くと、なんか悪いイメージしかなかったけど」

『そうだ。ラウムも同じ理由だが、奴等とは方法論、手段が違う。奴等は常に独裁している。だから件の中国のように、独裁者ひとりを失えば簡単に崩壊する』

「アビスは違うの?」

『違う。我々は「考えた末」「独裁」と結論付けただけで、奴等のように「独裁の結論ありき」では考えていない。まずは独裁と言ったが「どうすれば皆が生き残るか」の判断が民にもできるようになればそれはもう必要ない。場合によっては民主化も選択肢に入る』

「……私、民主国家出身だけど、全然そんなの考えたこと無いや」

『民主国家とは「民が国の主」ということ。つまりは民全員が王だ。政治判断、軍事判断、経済経営、外交、全てを民が自ら考えてこなさなければならない。決して「自分の意のままに国を操れる贅沢で楽なもの」では無い。王に任せていれば良い絶対王政より、成功する可能性は低いのだ』


――


「…………」

 場所は変わり、日本。

 この日はアークシャインの定例会議の日であった。

「……どいつもこいつも勝手しおって」

 南原博士は項垂れていた。もう怒る気力も無いようだ。それを見たかりんは慌ててフォローに入る。

「ら、らいちは同族を放っておけなくて……多分」

 未だリーダーの決まらないアークシャイン。『状況の把握』という点から、一応の決定権は博士が持っていたが、やはり個人で好き勝手になってしまう。良夜が大人しくなったと思えば今度はパニピュアの暴走である。

「……『国家』はな、かりん。当たり前じゃが中学生が運営できるようなものじゃない。例え『判断』は間違っていなかったとしても、実務能力とは別だ。国民の不満が溜まれば暴動は再発する。そもそも恐怖政治しかないのだろうが、永劫に支配できる精神力などらいちには無い」

「……ごめんなさい」

 らいちはもう止まらない。止められない。そもそもワープ使いである彼女に対し、博士が真に「言うことを聞かせる」ことは不可能だ。

「……間宮」

「はい」

 博士の判断基準は、基本は皆と変わらない。人類保護である。だが彼の孫娘が「人間で無くなった」ことで、その価値観が揺らぎつつある。

「確か政界にも手を出していたな、お前の家は」

「はい。政党を無視していくつか議席を確保しています」

「……!」

 その場に戦慄が走る。間宮家とはどこまで巨大な組織なのか。

「らいちを支援できるか」

「勿論」

 ゆりは自信満々に即答した。

「……すまん」

 ラウムは絶滅させるより、共存の道を行ったほうが、人類の被害は抑えられる。アビスと違い人間を襲わずとも良いからだ。だとすれば、戦争に勝った後で難民をらいちの国で受け入れれば、取りあえずは無難に収束するだろう。

「長谷川」

「……えっ」

 続いて、博士はひかりを見た。

「お前がリーダーをやれ」

「ええっ!」

 現在アークシャインは統率の取れない烏合の衆である。それではいけない。団結しなければ、アビスには到底敵わない。

 太陽の回復を待っている場合ではなくなった。




――人物紹介⑦――

・五十嵐らいち

 13歳中学生。元気で活発な女の子。黄金の衣装のピュアホープ。

 父子家庭で母は居らず、父親は大学教授。やや放任主義のためアーシャとの契約にも反対しなかった。

 アーシャの教育により女王の血を分けた者としての責任感が芽生え、ラウム族の生存と繁栄のための判断を常に考えるようになる。

 基本スタンスとして、各国のラウムも仲間にし、人間と協力して侵略者アビスに対抗しようと考えている。だが運命が中々そうさせてくれない模様。

 携帯は持っておらず、かりんからライチの花言葉が「自制心」だと教えてもらい、微妙な気持ちになった。

 趣味は体を動かすこと。

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