第29話 らいち奮起!神とは、王とは、統率者とは
宗教によくあることだが、『教祖』が死ねば、それは神となる。某テロリスト達の元代表が、死刑判決を受けたにも関わらず長年執行されなかったのは、そういった背景も理由のひとつである。神と成られては困るのだ。
人が神に成る。それはこの日本では不可能では無い。何故なら、『八百万』という考え方は、『信仰されればそれ即神』という考え方であるからだ。
例えば。学生時代こんな会話が無かっただろうか。
A「ごめん! ノート貸して!」
B「良いよ」
A「まじで! ありがとう! マジ神!」
――
この場合、『B』は神である。ふざけても冗談でも無い。『Aからの信仰を一時的に受け、この瞬間だけは間違いなく「ノートを貸す神」なのである』。神とは、人に認知されることで神と成る。人に神だと認められれば、神と成る。菅原道真が良い例だろう。彼は死後『学問の神』として実際に信仰されている。彼は空想上の人物ではない。実在した人間である。
神とはこのように、意外と簡単に生まれ、そして人知れず消えていく。少なくとも日本では、『唯一全知全能の神』は存在しない。そして一神教では、『天使』や『伝導者』がこの『八百万』に当たる。つまりは呼び方の問題で、同じようなものは世界中に存在している。
神となる条件は『信仰』だが、信仰される条件は『功績』である。ある分野で世紀の発見をした、あるスポーツで歴史的快挙を達成した、ある学問に於いて深く貢献した、など。教祖にすれば、『迷える人を導いた』ことが貢献であろう。
キリスト教の『神』のような概念的神はさておき、人が神と成る場合であれば『行動』によって神と成る。初めから神であることは無い。『代打の神』は代打で活躍した『後』でなければ神には成らない。
つまり『信仰』とは『評価』である。これは、単なる『何か難しい宗教の話』ではない。日本人の生活に根付く根本的で簡単な話である。我々は太古の昔から、『神』の存在を知っていたのだ。目の前の『ノートを見せてくれる友人』こそが神なのだから。
つまり『全知全能の神は物理存在として確認されてないけど』『神って言えばなんでも神になるから、八百万の神は実在してるよね』という、馬鹿げた話でもあるのだ。
因みに当たり前だが、『ノートを貸す神』はその分野以外では全く神では無いので、何でもお願いするのは筋違い、もとい神違いである。また、何らかの理由でノートを貸してくれなくなれば、それはもう神では無くなっている。神とは簡単に消え行くものなのだ。
もうひとつ補足すると、信仰が無ければ神には成れず、信仰が他者からの評価である以上、『自称神』は存在し得ない。周りから認められなければ神ではないのだ。
――
『……殺さないのですね』
アークシャイン基地には、捕らえた敵を拘束する場所は無かった。アーシャの正義には、そのような考えは無かった。
だから、アーシャの死後に博士が作ったのだ。彼女は確かに優秀な協力者であるが、『愛』と『無謀』は違うし、『慈悲』と『過信』も違うからだ。
「……アーシャの子どもでしょう? 敵でも、そんなの殺さないよ」
その部屋では、アウラは鉄の拘束具を付けられ、壁に貼り付けられていた。さらに目隠しをされ、許された時以外発言も禁止されていた。
『優しいのですね。流石、母の作った組織』
「何を勘違いしてるか分からないけど、あなたを拘束するのは『優しさ』でも『甘さ』でも無い。現実的に考えて妥当だと判断したからだよ。殺せば彼らは手が付けられなくなるから」
『……そうですか』
独房の前には、らいちが居た。彼女はアウラから情報を引き出すという任務を与えられていた。彼女を付けるのが最も成果に繋がると、博士は判断したのだ。ラウムによる精神支配を受けず、アーシャによる教育を経た大人のような子供。そして、負傷者であるため前線にも出なくて良い。他のメンバーはそれぞれ忙しいため、適任である。
「ラウムが地球へ固執する理由は何?他の惑星にでもなんでも行ったら良いじゃん。アビスと違ってワープあるんだから」
『……信仰は「人」からでなければ得られない。知性無き獣には「現実以外の事」を「想像」するのは不可能なのです』
「あなたが神に憧れるのはもう分かったから、じゃあ他のラウムのことを教えて」
『「想像」とは「創造」なのです。母が常に眼を閉じていた理由をご存知で?』
「……別に、命を絶たなければ多少の『お仕置き』は許可されてるんだからね?」
『女王の眷属自ら、私に「試練」をお与えになって下さると?』
「ばーか。どれだけ怒らせても、その手には乗らないからね」
宗教者に拷問は通用しない。らいちはアーシャからそう習っている。どんな痛みも苦痛も、信仰を試されていると自分に酔うことで、喜びへと昇華させてしまうのだ。
そして、死ねば『神』。もはや尋問は無意味かとも思われた。
「ねぇ、教えてよ。警戒する必要も無いよ。私だって、同胞を手に掛けたくないもん。この戦争が終われば、ラウムにも一定の地位と権利を主張するつもりだよ」
『…………』
「パニピュアの『功績』を背景にね。わたし達はもう、人間としては生きていけないから」
『……現在ラウムは地球に友好を示していますが』
「そんなの、すぐひっくり返るよ。あなたのせいで。分かってるくせに」
『…………』
「予想はできるでしょう? 教えて。一体『何万人を感染させた』の?」
『……暴動の規模は?』
ようやく、らいちはアウラとの『会話』を成功させた。
「中国当局の発表だと、山間部で10万単位、都市部で万単位。主張はほぼ『日本と戦争しろ』『我らの女神を取り返せ』って感じ」
『……そうですか』
「全員が『ラウムの戦士』だとすると、警察や軍隊じゃ抑えられない。内戦になるよ」
『各国の対応は?』
「ラウム受け入れ国だと、イギリスは沈黙。ロシアは不干渉を表明。アメリカはこれから会見」
『……滅ぼされますね』
「まあ、だろうね。あのアメリカのラウムはやるでしょ。寧ろ中国との開戦の切っ掛けを得て喜んでるかもね」
『……サブリナはそういう子です』
「そう言えば、あなた達の愛称って国民が付けたんだよね。どうしてあなただけ、『中国語じゃない』の?」
『私が「自ら名乗った」からです。どうでも良いでしょう』
「……『支配』し直せば、まだ止められるんじゃない?」
『不可能です。一度自我を得れば、「抗う」。10人100人ならまだしも、純血のラウムで無い私に100万の戦士の支配はできません』
「……見切り発車」
『そうですね。貴女達ふたりと、アークシャインの実力を見誤った私の責任です』
「100万ね。おっけ」
知りたいことを知ったらいちは、その場から離れようとする。
『どこへ?』
「サブリナを止めなきゃ。放っといたら核撃つでしょ。どうせ軍と繋がってるし」
『……シャンヤオは』
「別室だよ。大丈夫、怪我も無いよ」
『……!』
らいちは笑った。アウラの本音を聞き出せたからだ。アウラも、らいちに少し心を開いた。母の面影を見付けたからだ。
『……ありがとうございます……』
小さくこぼしたそれを、らいちは聞こえない振りをして去った。
――
中国ラウムが日本を攻撃し、そしてアウラと戦闘員シャンヤオは拘束された。その事は公表された。今やラウムは、単純な『人間の味方』ではなくなっていた。
アウラが感染させた眷属は100万に上る。これは個人が支配しうる人数を異常に逸脱している。サブリナもダクトリーナも、1000の兵を指揮するイヴでさえ、そんな暴挙はしない。ラウムの戦士となった彼らは、戦闘能力はラウムと同等になるからだ。ひとたび支配が緩まればもう手が付けられない。そんなリスクを冒すメリットは、彼女らには見付けられなかった。
『……つまりラウムも、侵略種族であると?』
『可能性は高いですな。感染と支配。これが日常的になっているとしたら、アメリカやイギリスで「志願」して戦士と成った方々は、もう人間でないかもしれない』
ニュースや新聞では、日夜ラウムについて取り上げられている。頭を失った中国ラウム達の暴動を受け、世界は再び恐怖に包まれていく。
『現在アジアに出現した怪人の対応は、残る3ヶ国のラウムが分担する形になっています。しかし、ラウムが日本を襲った事実を鑑みれば、果たしてこのまま彼らに地球の命運を託して良いのか、疑問は残ります』
そしてこの日、この件についての会見が、アメリカで開かれる。
『今、ホワイトハウス前です。大統領との会談を終えた「サブリナ」氏が、会見場へ来られました』
美しい長い金髪。きめ細かな白い肌。神々しい翼。その姿は見れば見るほど、人間の頭の中の「天の使い」そのものであった。
『……中国ラウムは、失敗しました』
サブリナがマイク越しに話し始める。
『敗北により支配が薄まり、指揮系統が破綻し、自我を得た眷属が暴れています。これは我々ラウムが最も忌避すべき事態です』
「……?」
この時まで、報道陣を含めた一般の人間達まで、知らなかった事実がある。関係者にすれば常識であるが、サブリナははっきりと、『支配』『眷属』と口にした。
『我々は中国ラウムを駆逐します。無用に人間の命を奪うことは罪です』
その麗しい唇から紡がれた言葉は、何より残酷であり、その場の誰をも戦慄させた。
『今しがた、大統領より「戦術核ミサイル」の使用許可を与えられました。被害を最小限に抑えるため、中国ラウム本拠地を制圧します』
明らかに、越権であり、国際人道法違反である。その場の報道陣は誰もがそう思った。しかし。
『相手は「エイリアン」です。エイリアンに対する法は存在しません。よって、「核攻撃でなければ自国を守れない状況」であると判断します。ラウムはワープを使い、世界中どこへでも攻撃できる。その使用者が「頭のいかれた宗教者」です。余りにも危険すぎる』
サブリナはその後、何も言わずにその場からワープによって去った。その姿勢を批判する声は挙がったが、あのサブリナが焦っていると取られるほど、事態は切迫しているのだと大多数は理解した。
一刻の猶予も無いのだと。
――
『何が「神」。……馬鹿な姉め、勝手に自滅するなら構わないのに、こちらまで迷惑を掛けるとは』
「私が行って、殲滅して来ようか?」
事務所にてサブリナが歯噛みしていると、スーパーノヴァが陽気に部屋へ入ってきた。
『100万ですよ? いつもの雑魚アビスではありません。訓練されたラウム兵がです。正面戦闘で敵う相手はイヴの空中艦隊くらいでしょう。それでも、勝てるかどうかは分からない』
100万という数字に実感が沸かないスーパーノヴァに、やれやれと溜め息を吐く。
『1000人のラウム兵を想像しなさい。全員がワープを使い、光線銃で武装している』
「……んー……補給次第でなんとか」
『その1000人の部隊が、「1000個」あるのが100万という数字です。スーパーノヴァ。貴方は最強の出力を持ちますが、その分消費が激しい。奴等を皆殺しにするまでに必要な補給を、私は行えない』
「……な、なるほど……OKだ。理解した」
余りにも、余りにも膨大すぎる数。本当に、「ミサイルでしか対応できない」事態なのだ。
『こういう時の為に姉妹を核保有国に回しておいて良かった。ラウム軍事同盟1条「共通の外敵に対し戦術核ミサイルの使用を許容する」に当てはまる。イヴとダクトリーナに繋ぎなさい』
ラウムアビス達は、核ミサイルに関する取り決めを事前にしていた。人間の発明で唯一『自分達が敗北する』可能性がある兵器である核を、使わせないようにする取り決めだ。その為にNPT批准の保有国にラウムを配置し、その他の保有国へはラウムの武力による牽制を持って対処していた。元より、ラウムを得たこの五大国に核戦争を仕掛ける無謀な小国は存在しない。
『それと、アークシャインにも繋ぎなさい。間違ってもアウラを「神」にさせないよう――』
「丁度良かった。わたしも、貴女に話があったから」
『!』
通信には、らいちが出た。
『……ごきげんよう。その左腕は――』
「挨拶は抜きだよ。今すぐ核攻撃を止めて」
『…………何故?』
「中国は混乱してるから。今アメリカが核攻撃をすれば、今度は『中国軍』から核報復が始まる。これは貴女達ラウムだけの問題じゃないの。世界大戦になる」
『ではどう収拾を付けると? 愚かなエイリアンの不始末を。あなた方が責任を取れるのですか?』
「取れる」
『どうやって?』
らいちは、アーシャから教わっていた。彼女が王であった頃の『ラウムの人口』を。
「わたしが『支配』する。精神じゃない。物理的に」
『……?』
サブリナは怪訝な顔をした。だがらいちの眼には既に、未来の光景が映っていた。
「わたしは自由意思を持つラウムの国家を作る。今回はその足掛けにする。アーシャが従えた『10分の1の人口』くらい、すぐに統治してみせる」
『……』
サブリナは、統治者であった頃のアーシャを知らない。自分の父親はアビスであるからだ。
しかし、言葉だけで伝え聞いた『王』に焦がれた時、より母を意識したのは事実である。
らいちのその表情は。
恐らく女王時代のアーシャと同じであっただろうと、サブリナは自身の血が告げたことを心で理解した。
――補足説明④――
もう少し詳しく言うと、『功績』とは『他者への貢献』です。誰かの為に、どれだけ働けるか。その結果を残した人が、尊敬され、信仰され、場合によっては神と成りうるのです。『世界を救った』となれば考えうる限り最大の功績でしょう。勇者が凄いと言われるのは『そこ』なのです。そして行動が評価を決める以上、世界を『救わなければ』厳密には『勇者では無い』のです。
がんばれらいち。