第25話 邂逅!カルト集団、中国ラウム!
間宮家は、元は重、軽工業を主とする企業が母体である。現在はそれだけでなく、病院から飲食店、警備会社、コンビニまで幅広い業種の企業を経営している。
『それ自体が国であり軍隊』。間宮家を知る者はこぞってそう囁く。
アビスの存在を、10年前から知っていた知識階級は間宮家だけである。それに備えていた者も。
――
アークシャイン基地は、いくつかの区画に別れている。研究区画や居住区画など。そして、現在ひかりが居るのが、医療区画。つまり基地内の病院である。
「…………」
その部屋のベッドには、ふたりの男が眠っている。池上太陽、そして西郷修平。シャインジャー5人の内、攻撃力トップ2のふたりだ。修平は手術を終えたばかりでまだ眼を覚まさない。太陽に至ってはいつ眼を覚ますか分からない。
ひかりはただ、その部屋に居た。
「おはようございます、ひかりお姉さま」
「……うん」
そこへゆりが入室する。彼女はひかりの隣に椅子を持ってきて、備え付けられたテーブルへ食事を並べる。
「……ありがとう」
「いえ。これくらいどうということはありません」
「……? もしかして、ゆりちゃんが作ったの?」
「はい」
ひかりは顔を上げる。ゆりの顔は、ミスコン1位が台無しになるほどやつれ、目の下には隈もあった。
「……ゆりちゃん……大丈夫?」
「お姉さまに比べれば大したことはありません。さあ、召し上がれ」
「…………」
ひかりはゆりの普段を知っている。ワープやその他の『兵器開発』主任として現場指揮を取り、その傍ら資金調達に各方面への営業を行っている。そして先日負傷した修平の治療にも進んで当たり、さらに出撃したブラックライダーのサポートもこなしている。
その上自分を気に掛け、料理まで作ってれた。
「……格好悪いなあ」
「え?」
ひかりは自分を戒めた。らいちとかりんに啖呵を切った手前、こんなところでめげていられない。
「……私が頑張らないと」
用意してくれた『栄養食』を掻き込み、ひかりはすっと立ち上がった。
「お姉さま?」
「うん。ありがとうゆりちゃん。もう大丈夫。らいちちゃんの様子、見てくるね。ゆりちゃんもしっかり休んでね」
「……はい」
ゆりも気合いを入れ直した。あと少しで、一段落着く。大丈夫。これこそがやりたかったことだ。もう迷わない。良夜の為、ひかりの為。延いては地球の為に。
――
「おはよ……あら」
「お姉ちゃん。おはよー」
隣の病室では、らいちが入院している。"衛星"ハルカとの戦闘は、四肢欠損という深い傷を残した。らいちはもうこの先、自身の両手を使って何かをすることは出来ない。
「おはようかりんちゃん。……らいちちゃんはまだ寝てるのね」
「うん。寝顔が可愛くて起こすのが勿体なくて」
らいちには、かりんが付きっきりで居た。昼夜問わず側に居て、あれやこれやと世話を焼いている。
「……ふふ。そうね」
ひかりはすやすやと眠るらいちのおでこを撫でる。幸せそうによだれを垂らしているらいちからは、時折食べ物の名前が呟かれる。どんな夢を見ているのか。微笑ましい光景である。
こうして見れば、普通の女の子である。周りより元気で活発な、どこにでも居るような13歳相応の女の子の寝顔。
こんな子達を戦いに巻き込んでいるのは、大人として情けなく思うひかり。
しかし、パニピュア当人にとっては、その気持ちは失礼に思われる。彼女らは自分の意志で戦っているのだから。
『長谷川。指令室まで来い。もう起きとるじゃろ』
そこへ、基地内のあちこちにある拡声器から、博士の声が響いた。彼女は何かと、博士に呼ばれることがある。まるで助手のような扱いであるが、ひかりは寧ろ苦手な戦闘以外で仕事を貰えたようで、元OLとしては嬉しかった。
「あらら。じゃあ、らいちちゃんによろしくね」
「うん。行ってらっしゃい」
ゆらゆらと手を振るかりんに見送られ、ひかりは医療区画を後にする。
「……強いなあお姉ちゃん。私達も頑張らないと」
ぼそりとかりんは呟いた。仲間を本気で大切にし、自分達の暴走も止めてくれた。今度もすぐに立ち直った。優しくて強い、正にヒーロー。彼女らの目には、ひかりは全く『情けなく』など映って居なかった。
――
『……繰り返す。ワタシ達は「中国ラウム」。共にアビスを「月にかわってオシオキ」する為に、遙々海を渡って来ました』
指令室に着いたひかりがまず聞いたのは、そんなふざけたような音声だった。
「……来たか長谷川。『これ』どうにかしろ」
「え……」
巨大モニターに映っている女性は恐らく中国人だろう。彼女は基地の入り口となっているオフィスビルの玄関先で、『月にかわってオシオキ』と繰り返していた。
「アホみたいじゃが、ワープゲート以外の『入り口』を特定されたのは初めてじゃ。ラウムとしての実力は疑うべくも無い。……対応しろ長谷川。わしはああいう手合いは疲れるから好かん」
「……は……ぁ」
ひかりは困惑した。だがわざわざ訪ねてきた、敵意の無い人物を無下にはできない。基地には入れられないが、話くらいは聞く必要がある。
「……じゃあ、行ってきます」
――
黒い髪をふたつの団子にした、チャイナ服を来た女性。つり目がちな瞳はどことなく猫を思わせ、しかし達人のような隙の無い佇まい。
ひかりは思った。『絵に書いたような子だ』と。
「(……まあ私達も言えないけど)」
「アナタ達『人間側』の勢力は、目的の一致したワタシ達と共に戦いなさい」
「……『人間側』?」
ひかりとシャンヤオは、近くの喫茶店へ入った。遙々訪問してきたとは言え、正体の分からない相手を基地へは入れられない。そもそもワープかある以上『遙々』とも言いがたいのだが。
「ある日、突如地上に現れた『悪魔』。それと戦う『人間』。見かねて降りてきたのが『天使』。ワタシは『天使側』の人間ということ」
「…………んん?」
ひかりは首を傾げた。いまいち、この女性の言葉が理解できない。
「確かに、『天界』は今、新たな神を決める為に競っている。『最も多く悪魔を倒す』という簡単なこととは言え、悪魔出現が減ったいま内輪揉めをしているのは事実。でも物事の本筋は、まず『人間界』を平和にすること。それが『天界の総意』」
「…………」
『こいつは何を言っているのか』。ひかりは真面目に考えた。本人は恐らくふざけている訳では無い。ここまできてふざける動機も無い。だが余りにも。
「だから協力。一刻も早く『悪魔』を滅ぼす。それで『人間界』は平和になる」
ひかりは、優雅に紅茶を傾けるシャンヤオを見て、こう思った。
『余りにもふざけすぎている』。
「宜しいな?」
「よろしくないわよ。ちっとも」
「……えっ?」
即答したひかりに、今度はシャンヤオが小首を捻った。
「眼を覚ましなさい。ただの比喩かもしれないけど、ラウムは天使なんかじゃないし、アビスは悪魔なんかじゃないわよ」
「……??」
「どちらも『地球を支配すること』が目的の侵略者。貴女がラウムに何を吹き込まれたのか知らないけど、私達はラウムアビスと協力はできない。だって既に、『貴女のような被害者』が出ているんだもの」
「……??」
シャンヤオは、まるで理解できていないようだった。言語の問題ではなく、ひかりの言っていることの意味が理解できない。それこそ『言語が通じていない』かの如く。
だがひかりには分かっていた。『これ』は、ラウムアビスによる精神支配なのだと。
「……違う。『人間界の平和』が天使の理想」
そして辛うじて『自分の考えを否定された』ことは理解したシャンヤオは抗弁する。
「何故?」
「?」
「何故、『天使』の理想が、『人間界の平和』なの? それで何のメリットが、その『天使』とやらにあるの?」
「……??」
シャンヤオは眉根を寄せて必死に考える。『今自分は何を訊かれているのか』。『それが全く分からない』。この人は何を知りたいのか。協力をするという話だったのに、どうしてこんな話になったのか。
「……『そういうもの』だと教えられて、それ以上考えないように『納得されられた』のね」
「えっ?」
成る程、確かに疲れるなと、ひかりは思った。
「人からすると天使のように見えるビジュアルなのは都合が良かったのね。ちょっと向こうの科学を見せてやれば、『奇跡』とか言いながら威圧できる。そんなところじゃないかしら。からくりは」
「ちょっ……ちょっと待てくれ。一体何の話をしてる。『さっきから一体何を言っている』?」
「聞いて。耳と、頭を空っぽにして。良い? ラウム達が今為そうとしている『人類の平和』は、奴等に完全に管理された『独裁』なの。そして、人類の本当の平和は、例えアビスを駆逐しても訪れない。アビスが来る前から、地上で争いが絶えた試しは無いのよ」
「……アナタは何を言ってる? 独裁? あの博愛的な天使が?」
「もし貴女の言う『天使』が。本当に人類の恒久的平和『のみ』を目的としていた場合、『何故人類同士の戦いを止めなかった』の?」
「……!」
「人類史上、殺人が絶えたことは全く無い。争いや憎しみや、不平等、不公平、不条理。何故天使は、それをどうして、『人類誕生から今の今まで』放っておいたの?」
「……なっ」
「『アビス襲来』なんか、永い人類史からしたらトラブルのひとつでしかない。よりによってこのタイミングで現れたラウムの目的は、人類の平和なんかじゃないって、分かるでしょう?」
「………………!」
シャンヤオは黙ってしまった。ひかりの言っていることが理解できたからだ。今まで信用してきた『天使』に対して、疑いの余地を見付けてしまったことに困惑していた。
『可哀想に』
「!」
ふと、聞き覚えのある『機械音声』が背後から流れた。振り向くと、中華風の服装と鋭い佇まいから『アーシャではない』ことに気付き、思い出し、少し悲しくなった。
それほど酷似した、しかし別人。アメリカに居たものとは目元や髪型が多少違っている。
「……中国のラウムね」
『可愛い私のシャンヤオ。「知恵の実」を食べてしまうとは』
どこから現れたのか。いつから居たのか。否…奴等はワープを使う。
その『天使もどき』は、ごく自然な動きでひかり達のテーブルに近付き、シャンヤオの頭を優しく撫でた。
「アウラ! 説明を……!」
『私のシャンヤオ。良い子でおやすみ』
「!」
シャンヤオがラウムへ糾弾しようとした瞬間、ラウムの手がぽうと光り、直後にシャンヤオは眠るように気絶した。
「……結局なんなのよ」
ひかりはラウムを睨み付ける。その一見優しげな表情はアメリカのラウム同様『底が知れない』。何を考え、どこを目指しているのか。
『いえ。「交渉が決裂したのなら」もう何もありません』
ガタタと、一斉に席を離れる音がする。店内の客は立ち上がり、そして『ひかり』へ眼を向けた。
「っ!?」
『「真の平和」を理解しない冒涜者よ。愚かな小知恵の利く貴女は、その半端な知能のせいで巣に帰られない』
「(全員……ラウムの戦士!?)」
10人強の敵が、ひかりを囲む。
それだけではない。すっと立ち上がったシャンヤオも、無言で中国拳法の構えを見せる。
「!!」
その眼に光は無い。完全に操られていると理解したひかり。
『人に救いを。天に光を。悲しいけれど、お別れです』
――舞台説明⑳――
平和とはなんでしょうか。
哲学ではありません。
「どういう状態が平和と呼ばれるのか」を具体的に考える必要があります。
この、アウラと呼ばれたラウムのように、「自分達とは違う考えの者を排除する『平和』」は、本当に平和なのでしょうか。だとしたら、自分以外の80億人を殺せば平和ですね?
それとも、80億人を自分と同じ考えにすれば良いですね?
では平和とは虐殺か洗脳、支配の上でのみ成り立つものなのですね?
そうでなければ『争いが生まれてしまう』のだから。
因みに「自分達とは違う考えの者を排除する平和」は、古今東西様々な創作物の『主人公側』がやっています。王道邪道問わず、あの大人気漫画も大人気小説も。程度の差や表現方法は違えど、本人達の自覚の有無はさておき、『虐殺の上の平和』を目指しているのです。勿論アークシャインもアビスも。




