第23話 激突!パニピュアvs.ハルカ!
同時刻、アークシャイン基地。巨大モニターを前に、南原博士は頷いた。
今日は奇しくも、実験の日だった。
「成功じゃが……緊急事態じゃな。まさか実験中に」
「ええ。そのまま『維持』しましょう。取り敢えずは有利……に見える」
ワープとは。最強の移動手段である。これひとつあれば戦争に負けることはありえない。補給、退却、奇襲。他にもまだまだ利点はある。どこからでも攻撃でき、物資を運搬する必要が無く、確実に逃げることができる。
それを相手も持っていたら。どんな戦争になるだろうか。
常にワープを警戒し、常にワープで奇襲する。否。『攻撃』は、するメリットより、されるデメリットの方が、通常は大きい。『攻撃する』となると相手を確認できているという前提があり、その時点で優位なのだが『攻撃される』となると不意打ちも含まれる。被害しか無いのだ。
つまり、ワープ攻撃をされないよう『常にワープして位置を掴ませない』という立ち回りが基本になり、攻撃の機会が減っていく。
人と人との戦闘ならばこうなるが、戦争となるとどうしても移動できない重要拠点が出てくる。『国』であれば当たり前なのだが。
ワープ能力者を相手にすると、世界中全てが相手の攻撃範囲になり、全てが『弱点』となる。それを防ぐにはどうしたらよいか。
今までは、ワープを持つ人類側は、国を持たない『アビス』の拠点を見付けられていない。よって発生したアビスへ向かうという、後手に回ってしまっていた。アビスへ『攻め込む』ことができないのだ。
そしてワープを手に入れたアビス側は、単純に戦力が足らず、迎撃される可能性を考えて容易に奇襲が出来なかった。成功したのは太陽暗殺の際の副産物、アーシャ殺害のみである。現在『ボルケイノを犠牲にしてでも殺したい相手』はパニピュアかブラックライダーであり、どちらもワープ能力持ちなため暗殺は困難である。
またアビス側に遠距離攻撃手段が無いことも、奇襲の成功率を大幅に下げている要因であった。遠距離から攻撃できなければ敵に近寄ることになり、危険性が跳ね上がる。
「ラウム登場以降、『ワープ戦』が基本になった。時代は変わったのじゃ。それに乗り遅れてはいかん」
「核開発ならぬ『ワープ開発』の競争が激しくなる時代ですか。怖すぎです」
博士は、間宮家技術者の責任者とモニター越しにそれを見ていた。
『異星間侵略戦争』の最前線を。
「ワープするには、移動後の位置を正確に把握する必要がある。装置であればその複雑で膨大な計算を機械がやってくれるが、能力者が自身でやる場合、『ワープ能力』だけでなく相当な計算能力が必要になる」
「その計算が出来なければ、まずワープ自体が発動しない。ワープを防ぐのではなく、『計算を妨害する』ことによって、結果的にワープをさせないことができる」
それが、間宮家の考えた『対ワープ妨害装置』である。南原博士の協力により、それは実現した。
「そもそも、確認された『ワープ』は『移動』ではない」
「はい。超光速で移動しているなら『たかが音速程度』の機動で戦闘する意味が無い」
「ならば実現したワープは『通常推進型』ではない。『ワープ』の語源通り、『空間を限定的に歪曲させる』ことで『移動した』という『結果』を現実に生じさせている」
「あくまで仮説ですがね。『こうすればこうなる』ということは分かっても『それが何故か』は未だ全て仮説の域を出ない。アークシャインの基安全は確定しているので運用していますが」
「じゃが充分じゃ。わしらは一刻の猶予もない『戦争』をしているのじゃからな。人類史でも、大昔から『刺せば死ぬ』から戦争をしていた。『何故刺されると生命活動が停止するか』が科学的に判明したのはもっとずっと後の時代じゃ」
『ワープの妨害装置』自体の開発は、必然であった。人類が開発した訳では無い、外部から持ち込まれたオーバーテクノロジーであろうと、取り込み、解明し、利用する。『ワープ時代』はやがて現実のものとなる。
――
「……ハルカ・ギドー!」
パニピュアは構えを解かずに警戒する。何故防がれた?どうして防いだ?全てを焼却し塵も残さない『ビーム』を。際限無い熱と衝撃を。
「…………」
ハルカは周りの状況を見て、把握する。パニピュアはふたり揃い、太陽を除いたシャインジャーが集結。ワープ能力者のボルケイノは脚を切断され、ワープも使えず敵に捕らえられている。
「逃げるわよ」
「うんっ!」
泣きながら彩も強く頷いた。
「させないっ!」
音速で回り込んだのはかりん。らいちと挟み撃ちの形になる。彩の手を引いて立ち上がらせたハルカは、そのままかりんへソーラーブレードを向ける。
「……ここで『決戦』にする? 私なら確実にあんた達の片割れどちらかと、シャインジャー全員を殺せる。変身していない『長谷川ひかり』が私の『間合い』に居る時点で、私に対して『人質を取られた』ことと同義よ?」
ハルカはひかりをちらりと見る。シャインジャーの陰で座り込んでいる。まだ戦意が無いようだ。ハルカは呆れた。1ヶ月前まで『憧れていた人』だというのに、それが『何故』なのか全く思い出せない。『こんなに弱い人間なのに』。
「…………!」
パニピュア、及びシャインジャーは動けなかった。そのハルカの言葉が冗談や単なる脅しでは無いと思わせる雰囲気が、彼女にはあった。
「目的は達成したい。けどひとりも死なせたくない。……人間は欲張りね」
ハルカは歩き始めた。『その武力』が、その場の全員に伝わったのだ。誰ひとりとして動けない。パニピュアも、『動けばひかりが殺される』ことを恐れ、仕掛けられずにいる。それに加え、先程の全力攻撃により、余力がもう無い。
良夜の言っていた『抑止』である。この場の支配者は間違いなくハルカだった。
だがハルカも不用意には仕掛けない。パニピュアが人質を無視して突っ込んできたら、こちらも彩を守りきれないからだ。それだけは避けなければならない。
膠着状態である。
「…………影士さん」
「!」
ハルカは歩いて、影士の眠る墓石の前で止まった。そしてしゃがみこみ、手を合わせる。
そして数十秒。ハルカは目を瞑って祈る。それをただ見るしかできない一同。時間の流れが永遠にも感じた。
――
「……行こう、彩ちゃん」
「う、うん」
しばらくして、ハルカは立ち上がる。彩も彼女に付いて、その場から動く。
彩はハルカの脇に控える。パニピュアはハルカに釘付けになっている。
「……」
この『隙』を、見逃さない者が居た。自分の命を顧みなければ、膠着状態など関係無い者が。
「ぐあああっ!」
「!!」
唐突に響く叫び。その瞬間、かりんは後ろを振り向き、らいちは前方のハルカへ突っ込んだ。『悲鳴を挙げたのがシャインマーキュリー』で、『ボルケイノの爪による攻撃』だということは、後で把握すれば良い。兎に角ひかり達を守り、彩を殺さなければならない。パニピュアはお互いに精神を通わせることが出来る。文字通り心が繋がっている。ふたりの阿吽の呼吸は即座にこの状況に対応する。
「ぅっ!!」
だが、ハルカへ肉薄したらいちの背筋に霜が走った。
今、自分は素手である。近接戦闘では、その拳や脚でアビスの甲殻を砕いてきた。迫る爪や角は躱していた。それは、アビスに対して圧倒的に上回る『速度』があったからだ。
パニピュアは、幹部クラス……アイスバーグより強い『ハーフアビス』と戦った経験が無い。パニピュアとハルカの間に於いて、『速度』『反応速度』は全く同じステージに立っていた。
ステージが同じならば、『素手』に対してリーチと殺傷力で勝る『剣』という武器を持つハルカに対し、当然不利である。今まで格上と戦う機会に恵まれなかったせいで、人類側最強戦力であるという事実も相まって。『なんとかなる』と無意識に油断してしまっていたのだ。
そして『ソーラーブレード』という武器は、ワープとは違う分野に於いて『最強』である。これを防ぐ手段は無く、当たれば即死。パニピュアの必殺技の『ビーム』の威力を制御し小型の棒状に発生させる『ビームソード』と言うべきラウムの兵器。先程の必殺技はこれを駆使して防いだと思われる。
「ぅ……っ!」
危険を感じ取ったらいちは即座に急停止し、後退する。刹那の前までらいちが居た場所にソーラーブレードが走り、慣性で揺れる明るい茶髪の先が斬られた。
「…………!」
らいちの斬られた髪が風に舞う。ハルカは表情を崩さず、その眼光を彼女の命へ一直線に突き刺す。
「…………」
「……ボルケイノ」
再びの膠着。ボルケイノはかりんにより首を踏み潰されて絶命していた。
『逃げろ! 対ワープ妨害装置は解除した!』
そこへ、博士からの通信が入った。相手にはもうワープ能力者は居ない。こちらの被害はマーキュリーひとりで、出血が止まらないようだ。すぐにでも治療に当たりたい。
「……っ! かりん!」
「うんっ!」
かりんはシャインジャーを連れてワープした。
「……へえ」
らいちは残った。こうなれば、らいちに守るものは無い。彩を守るハルカが不利になる。ここで叩く。らいちはそう判断した。
「あなたを自由にしたら、人類の寿命は減り続ける」
「そうね」
一閃。
再度、ソーラーブレードが振り抜かれた。瞬間に衝撃が走る。彩は目で追うことはできなかった。気付けば、半身のらいちは片足を上げており、ハルカが上空へ蹴り飛ばされていた。
「!」
遅れて轟音が響く。墓地の脇に生える木々が揺れる。
「……くそっ!」
歯軋りしたのはらいち。
ぼとりと妙な音がした方を見ると、らいちの左腕が転がっていた。
「かりん! まだなの!?」
叫ぶ。皆を避難させてから戻ってくれば、パニピュアふたり掛かりで戦える。
『……ダメだ! かりんにはもう精神力が無い! お前も逃げてこい! 無茶じゃ!』
かりんの精神干渉の代わりに、博士の通信機が吠える。アーシャを喪ったことで、パニピュア得意の『継戦能力』は大幅に退化していた。
「~~っ!」
かりんより、僅かに精神力が高いらいち。パニピュアでもリーダーシップを発揮するのは彼女である。その勇み足が、いま不要な戦いと被害をもたらしている。冷静に『結果を想定』したことにより、自身の実力を過信してしまったのだ。
らいちは苦渋の決断で、ワープした。直後に剣閃が迸る。落下してきたハルカの攻撃だ。超音速で空間を蹂躙する最強の剣は、地面を深く抉るに留まった。
「……ワープ能力者と引き換えに、人間の戦士ひとりと、パニピュアの腕1本か。……割りに合わないけど、仕方無いわね」
ハルカは周囲を警戒しつつ、剣を仕舞う。らいちに蹴られた腹を確かめるが、特に強いダメージにはなっていないようだ。
「ハルカぁっ!」
緊張が解け、ハルカへ激突する彩。ハルカは受けて、よしよしと頭を撫でた。
「さあ、帰りましょう。もう2度と、ここへお墓参りは来れないけど」
ワープ妨害装置の効果がある内は、全て敵の領域となる。ワープを失ったアビスは、もうここへは侵攻以外で来ることは無いだろう。
ふたりはゆっくり歩き出した。惜しむように、彼女らの兄の墓に再度手を合わせて。
――舞台説明⑲――
最強とは、特定の条件下に於いて相対的に最も秀でているということです。『無敵』とは意味が違います。
例えば「人の範囲」の格闘戦に於いて、ブラックライダーを越えるキックの威力は存在しません。しかし、いくら強いキックでも、「兵器の範囲」の核爆弾には敵いません。そしてどれだけ核ミサイルを撃とうが、ワープで逃げられれば殺せません。その上、皆がワープを使えば、結局はハルカのように接近しての格闘戦で優勢を取るしかありません。
極々限定された状況でのみ、「最強」の言葉は意味を持ちます。
人間が精神的にも肉体的にも不完全である以上、兵器だろうがそれを人間が扱う以上、「あらゆる全てに於いて最強」は存在し得ません(この場合の『人間』にはアビスやラウムも含まれます)。