第15話 彩の正体!アーシャの身に迫る悪意!
「……は?」
何が起こったのか、彩には分からなかった。だが背後で遅れて響く、ガラスの割れた音と、前方に見える破壊された壁を見て。
そして何より、手に持っていた筈の包丁が無く、池上太陽を刺してもいない現状を確認して。
「……っ!」
『防がれた』と、彩は気付いた。
「きゃああああ!」
ここは病院である。突如爆発した部屋と、衝撃と、破壊された壁を見て、廊下に居た看護婦の叫び声が響く。
「…………っ!」
しかし、その隣で余裕の無い表情をしていたのは、彩ではなく寧ろ『かりん』であった。
「今の……死んでた! 間に合わなかったら、殺されてたっ!」
ピュアピースこと南原かりんは、窓から高速で突撃し、即座に彩の手から包丁を奪取し、そのまま勢いを殺しつつ余波で壁を破壊し、現在廊下で滑りながらようやくストップしていた。
「……パ……パニ……っ!」
それを見た看護婦が口を抑える。かりんはすぐに体勢を整え、彼女へ告げた。
「早く避難を! 患者さんもさせてください! 怪人です!」
「……!!」
看護婦は固まってしまった。現状の整理がまだ着かないのだろう。しかしかりんがそれを待つことは出来ない。
まだ池上太陽は病室、即ち彩の手の中だ。すぐに走り出す。
病室では、納得できずとも現状を理解した彩が、割れたガラス片を使って再度、太陽の首元を狙っていた。
「(何故パニピュアがここに!? 基地へ乗り込んだ筈! しかもひとり!? どうなっている!? けど暗殺はきっちりやる!)」
「させないっ!」
「!!」
そこへかりんが突撃し、彩へ迫る。
「……あ……!」
「……えっ」
彩は見た。かりんの目を。かりんも見た。彩を。
ここでひとつの疑問と確信が生まれる。読み取った原因は、彩の表情。そして『匂い』。
「(……人間だ。怪人じゃない)」
かりんの思考は高速化された。アーシャがこの場所にてアビス粒子を感知したことは一旦置いておいて。そして記憶を辿る。何故、エクリプスと通信を取る際に電子機器を使っていた? アビス同士なら精神相互干渉で済む筈だ。何故、人間を殺すのにわざわざ包丁を持ってきた? 人型のハーフアビスと言えど巨大な爪は瞬時に出せる標準装備の筈だ。……何故、そんな顔をしている? まるで人を殺すことに対して罪悪感があるような……。
瞬時に彩が人間だと見切った彼女は、『このままでは殺してしまう』と悟った。アビスをも打ち砕くパワーとスピードをただの人間に行使すれば、それこそ象が蟻を踏み潰すが如く瞬時に死に絶える。
「……っ!!」
咄嗟に身体を捻り、なんとか彩を『躱した』かりん。だが勢いは簡単に殺すことはできず、彩を太陽ごと吹き飛ばした。
「……ぐ……うぁ!」
「きゃあっ!」
不意な体勢変更で重心がぶれ、壁に叩き付けられたかりん。すぐに顔を上げると、反対側の壁に叩き付けられた彩が、一緒に飛ばされた太陽を下敷きにするようにして、重症を回避していた。
「……!!」
彩は一瞬手放した意識を根性で取り戻し、太陽を抱えて首筋にガラス片を突き立てた。
「待って!」
かりんが叫ぶ。現状、彩が太陽を人質に取っている形になった。敵と保護対象が近すぎる。不用意に攻撃しては太陽をも殺しかねない。
「……げほっ! ……なによ!」
咳き込みながら彩も叫ぶ。
「殺さないで! あなた人間でしょう!? どうして怪人の味方をするの!?」
「人間じゃない! あたしはアビスよ!」
「嘘! だってあなた、普段はアーシャに感知されないじゃない! アビスが発生したらすぐに分かるのに!」
「……す、ステルスよ! あたしの能力!」
「なら私が今ここに居る筈がない! そうでしょ!?」
「!」
彩は口を閉じた。そうだ、そもそも何故暗殺がバレたのか。包丁を手に取り殺意を持った時に。粒子が活性したのだろうか。
「……粒子には感染しているけれどあなたは、アビスとして覚醒はしていない。そうでしょ?」
「……パニピュア、もうひとりはどうしたのよ」
「言わないっ」
ふたりでパニピュア……その片割れは今どこにいるのか。かりんは言わなかった。情報は出来るだけ渡さない。アーシャから言われていたことだ。
「……星野彩さん、だよね? スタアライトの妹。でもまだ、アビスじゃない。ねえ、無理矢理協力させられているとか……」
「違う! 馬鹿にするなっ!」
「!」
彩は激怒した。太陽も暗殺も、瞬時に彩の頭の中から飛んでいった。
「あたしはアビスよ! おにぃの、スタアライトの妹! スタアライトの姫よ! 望んでしてるに決まってるでしょ!? アビスなんだから! 感染しても覚醒しない『例外』だからって何よ! 馬鹿にしてっ!あたしはもうアビスなのっ! 馬鹿に……」
「『姫』?」
「!!」
情報は出来るだけ渡さない。それは彩も同じである。しかし、今。
「~~っ!!」
自分は感情に任せて、何を言った? どこまで知られた?
姫という単語に反応したのは偶然か? 何を知っている?
「……もしかしてあなた、アーシャと同じ『王ぞ……」
かりんはらいちから、アーシャの話を聞いていた。その境遇と、性質を。
そしてブラックライダーの正体の仮説から、例外のことも。
「うるさい!」
「! やめ……!」
彩は冷静になり、目の前で眠る男を思い出した。こいつを殺さなくてはいけない。例えここで自分が終わっても。例え『兄の親友だろうと』。アビスはまだ負けていない。希望は、まだある。
だが。結果的に、かりんは充分『時間稼ぎ』という仕事を果した。
『ありがとうございます、かりん』
「……!!」
いつから居るのか。気付けばそこに居た。『ワープ』とは、最強の移動手段。パニピュア達の音速機動と違い、衝撃波も出さず、止まるのに勢いを殺す必要も無い。
割れたガラスから入る風で、白い羽根が揺れる。自身の肉体を取り戻したアーシャ本体が、彩の目の前に立っていた。
「かりん、大丈夫?」
そして、らいちもその場に居た。
「……私は大丈夫、だけど」
アーシャは目を閉じたまま、その整いすぎた綺麗な顔を彩へ向けた。
『……太陽を放してください』
「嫌よっ! 今殺す! 近寄らないで!」
彩はガラス片をぶんぶんと振り回す。握り締める力が強く、彩自身の手にも食い込み、血が出ている。
『……例え人型でも、そんなもので傷は付きません』
アビスの肉体は、ビルからの落下にも耐える。その血は、彩が人間だという何よりの証拠であった。
『……』
しかし、既に壁を背にした絶体絶命。いくら人質に取っていようと、この面々を相手には分が悪すぎる。
彩はアーシャを注意深く観察する。異様に整った少女の顔。きめ細かい白い肌、美しい金の髪。眼を閉じたいつもの顔。抱いた白い杖。4対8枚の天使のような羽根……。
「……7枚?」
だがアーシャの背から見える羽根は、右4左3の7枚だった。
『……あなた方が千切ったのでしょう』
彩には見覚えは無いが、怒った様子のアーシャはずんずんと近付いていく。彩の震える手は、太陽の喉元まで来ているが、それ以上は進まない。
『ガラスの破片で人を殺すのに必要な圧力とそれを生み出す筋力を教えましょうか? 因みに貴女では不可能です』
「うるさいっ!」
遂に、アーシャは太陽に触れた。そこで彩は決心した。
感情抜きに、冷静に、自覚して、ガラス片を力の限り突き刺した。
「ああああー!!」
『無駄です。すぐに覚醒し、治癒して……』
そもそものアーシャの目的は、太陽に自身の体液を吸収させることである。それさえ叶えば、例え重症であってもすぐに再生することができる。出血多量で死ぬまではかなり時間がある。
その手は。
太陽へ伸ばしたアーシャの手は。
『なっ!?』
突如視界外から現れた手に掴まれた。振りほどこうとするが、力は強い。
「間に合ったか」
「……!」
低い男性の声がした。
その場の緊張感が一気に高まった。パニピュアのふたりは戦闘体勢を取る。アーシャは……。
「お前が元凶だろう。アークシャイン」
腕を掴まれたまま引っ張り上げられ、ワープする間もなく腕ごと切断された。
「!!」
「!」
「アーシャ!!」
首を。男がひと薙ぎにへし折った。
『……あ……』
それは感情の無い機械音声。だが儚さと切なさを含んだ、呆気なく死ぬことを悟る悲しい声に聞こえた。同時に彼女の羽根が儚い花弁のように散った。
燃えるような赤い角。灰色の髪。角と同じく赤い瞳。
次いでその手は、彩の抱える男の胸に深く突き刺さった。
「標的はこちらだろう」
「…………!」
「「誰よあんたぁぁぁぁぁああ!!」」
パニピュアふたりから、怒気を強く孕んだ精神エネルギーが放出される。病院全体が揺れる。アーシャを殺されたショックは、彼女らを激昂させるのに充分であった。
「姫。『GOサイン』を」
「……!」
彩はまだ号泣していた。だが、ただの人間でありながら天才である彼女は、すぐさま現状に思考を追い付かせる。
「遅いわよ『ボルケイノ』! ここから逃げる時間を稼いで! 出来ればあんたも逃げて!」
「逃げるんだな。承知した」
頷いたボルケイノはすぐさま彩へ手を伸ばした。
「!?」
その瞬間にも勢いよく迫るパニピュア。彼女らの全力の攻撃が当たれば、ボルケイノや彩、太陽どころか病院ごと、街が破壊されかねない。
だがパニピュアの攻撃は、空振りに終わる。
「!!」
本当に、いつの間に現れたのか。アーシャが感知できない筈は無い。確実に、あの瞬間までは別の所に居た筈だ。
そして今もだ。
「……消え、た?」
「はぁ……はぁ……。アーシャ!」
まるで初めから居なかったかのように、彩とボルケイノは消えていた。だが首と胸から大量に流血する太陽と、腕と首と翼をもがれて動かなくなったアーシャの遺体が、起こった惨劇を全て物語る。
「誰か来てっ! 死んじゃう!」
「アーシャ! アーシャぁぁあ!!」
勢いよく吹き飛んだアーシャの首から、人間と同じ赤い血が噴き出す。
その血は部屋中に舞い散った。
――
エクリプスを倒した。
基地を取り返した。
このニュースは人々に喜ばれた。
だが。
合衆国の都市機能が一時破壊された。
アーシャが死亡した。
このふたつのビッグニュースは、地球人を震撼させ、文明の崩壊を実感させるには充分すぎた。
彼らの戦いは、また新たなる局面へ突入する。
さらに、この後一切の情報規制が掛かったため、人々の不安も煽られることとなる。
――人物紹介②――
・アークシャイン(アーシャ)
地球言語で「ラウム」と呼ばれる種族。出身である惑星は地球からは観測されていない。
金髪の白人の見た目で、身長153cm、体重93kg。
4対8枚の翼はひとつ3kg以上あり、それを動かす筋肉が付け根に約20kgほど付いている。地球の環境下では飛べないが、羽ばたきでプロボクサーの全力パンチ並みの威力が出る。また、その翼込みの体重を支えられるよう、腰~腹筋~脚力も発達しており、本気を出せば100m走は10秒を切る(羽根がめっちゃ舞う為本人は嫌がる)。普通にスペック的に人間より強い。
ラウムという種族の王族であり、ワープ能力、探知能力を始めとした様々な能力を持つ。ゆえにアビスに捕らえられた後も隙を突き、地球へ逃れられた。
40kg以上のリュックを常時背負っているような種族であり、それゆえバランスを取る為に前方に重りがある(巨乳である)という半分ふざけた仮説がある。
当然ながら万年肩凝り。
好きな地球の物はチョコレート。
享年約300歳(彼女の主観の体感時間を地球換算したもの)。ワープにより光速を超える(時間を歪める)速度で地球へ来たため、正確な年齢は不明。そもそも彼女の母星の自転、公転の周期も地球とは違うため、この年齢はあくまで目安。