三話
連日投稿です。
この調子で書けるといいのですが、四話は仕事の関係上少し遅くなるかもしれません……m(__)m
※2018/11/11 誤字修正しました。
ここはギャレー――客室乗務員がドリンクやお酒、機内食の準備をしたり、機内販売品管理をしたりするところであり、その中でもここはエコノミークラスのギャレーである。
このシャトルにはSAAPメンバーを含む客室乗務員が二七人が乗っているのだが、全員が一度にキャビンで仕事をするわけではなく、このギャレーで準備をしてキャビン担当に渡す者、自分の担当時間まで待機する者といる。そしてこの客室乗務員を取りまとめるのがパーサーであり、そのトップがチーフパーサーの仕事である。
そのチーフパーサーがパトリシア・ブロシャールであり、その補佐を行う副パーサーがソフィア・マーティンだ。この二人、パトリシアが身長一六九センチあるのに対してソフィアは一四五センチと二六センチの身長差があるので、この二人が並んでいると親子みたいに見られることもある。
子供に見えてしまうソフィアではあるがパーサーをやっているということを見てもそれだけ統率能力も高く、指導力も高いのである。ソフィアの実家は一五〇年前の大戦時において軍事ビジネスで財閥の地位を確固たるものにした家であり、幼い頃から統率に関しての教育を受けてきたことが今のパーサーという地位を築いているといっても過言ではない。
ソフィアを知らない人は、ソフィアのことを悪く言う人もいる。子供みたいでもあるし社内でも大人気のセシリア専属のパーサーでもあるのだから、そういうことでの嫉み辛みはあるのだろう。しかし誰にだってセシリアの専属スタッフになるチャンスはあったのだが、セシリアが求めるスタッフ像にかからなかっただけのこと。
これはなにもソフィアだけに限ったことではない。
パトリシアだって、元は王立ペリア宇宙航空高等学校の教師だったのだが、ウォルター宇宙航空のパーサー不足から急遽ウォルター宇宙航空に派遣されてきたのである。なので当時はパトリシアもかなりひどく言われていた。出身は極貧の家庭だったのだが、底から努力に努力を重ねた結果王立の高等学校教師の職に就き、更にパーサーと選抜されて派遣されてきたのだ。それがどういうことかパーサーを務めていた者は理解していたし、実際仕事はすぐに覚えたし、元々が教師だったこともあって指導力もあった。このことからもパーサーとしての能力が低いとは誰にも言わせないほどの実績を彼女は残してきているのだ。
そしてそれはソフィアにも同じことが言える。大学卒業したてでパーサー候補として入社してきて、毎日夜遅くまで努力し、その結果幼い頃からの教育で培っていた統率力も相まって入社たった二年目であるものの今に至っているのだ。実際急遽チーム入りした客室乗務員の評判もかなり良い。ルックスだけではなく、口だけでもなく、自ら率先して仕事をし、それを新人に教える能力が備わっているからこその評価なのである。
このエコノミークラスのギャレーでは、主に新人が実地を経験しその実力を磨く場所でもある。では新人の彼、彼女たちは一体何をしているのかというと、はじめのうちはギャレーでの食事やドリンク、機内販売物品の用意が主になる。そして機内に慣れたところで実地となる。
もちろん学校や社内訓練等で実地は数え切れないくらいしてきてはいるのだが、やはり見知った人たちへのサービス実地と実際のサービス実地では大きな違いがある。そのために出港してしばらくは機内と実際の空気に慣れることが必要だというのがパトリシアもソフィアの同じ見解であるので、こうしてギャレーで淡々と仕事をしているのだ。
「ソフィアさん、オレンジジュースってどこにあるんですか?」
宇宙空間とはいえ、まだ重力発生装置によって床が下、天井が上となっているのでジュースを出しても問題はない。もちろん航行中、重力発生装置の切り替えが必要になる場合もあるので、その時間帯はドリンクが玉状になって飛び出さないように客室乗務員がキャビン内を回って処置を行う。今のシャトルは完全防水が施されていて、人類が地球から新天地を求めて飛び出した頃のようにすべてが宇宙食というわけではない。
「オレンジジュースはG-7とG-8のボックスに入っていませんか?」
ソフィアは自分の仕事をしながらも聞いてきた新人に応える。
「ありました! ありがとうございます!」
とその新人がメモを取っていく。
が、この新人、ブリーフィングでセシリアが説明したこともメモしておきながら何度も聞いてきていた。
「ミサキさん、あなたはメモを取ることだけに集中しているから覚えられないんですよ」
ソフィアはその新人、ミサキ・ナカムラのメモ帳をとり、ページをめくり戻していく。すると数ページ前にも何度かオレンジジュースの在り処がメモられている。
「ほら、ここにも書いているでしょ? メモは学校でノートを取ることとは違いますよ。どうしてもメモを取る場合は、わかりやすいように図にするとか、同じページで箇条書きにするなどして付箋を貼っておくと良いですよ」
とソフィアに注意されるミサキは申し訳なさそうにしているが、「図にする」や「付箋を貼る」というアドバイスをもらったことで早速工夫をしている。他の新人もフムフムとソフィアのアドバイスをメモに取っていた。
そんな時だった――
ベテランの客室乗務員ジュリア・アンダーソンが血相を変えてギャレーに駆け込んできた。
「ソフィアちゃん、レナって今ファースト担当だったよね?」
「どうしたんですか?」
「お客様にアレルギー反応が出てしまったみたいで……」
「わかりました。すぐに呼びます。私も症状を見ますからジュリアさん案内してください」
「わかった。こっちよ――」
ソフィアは手にタブレットを持ちインカムでファーストクラスを担当しているレナ・ブリンガムをエコノミークラスのキャビンに呼び、新人の一人を操縦室まで伝令で走らせると、ジュリアに引率されて現場に向かった。
ジュリアに案内されたのはエコノミーのA区画中程の窓側にある「A35」のシートだった。その客は猫族の白髪の老婦人で顔や手に蕁麻疹が出ていた。
ソフィアはすぐにタブレットでこの客のデータを開く。データには客の氏名等の個人情報に加えアレルギー情報欄もあったのだが、そこは空欄になっていた。
ソフィアはそのお客の前に膝をついて、客にアレルギーを持っていないかを尋ねると、
「ごめんなさい。タッカにアレルギーがあって入っていたみたい……」
客は苦しそうにそう答えた。
その時、レナがカバンを持って現場に到着した。
「遅くなりました。いかがされましたか?」
「タッカのアレルギーのようです。希少アレルギーですよね?」
ソフィアはレナに状況を説明した。
このレナ、実は医師の資格を持つ客室乗務員である。宇宙航空業界も突発的事案に対し、客に医師や看護師を求めるのではなく自前で有資格者の客室乗務員を確保するべく動いてきた。そしてレナは王立レスティ医科大学病院出身の医師をしていた経験をしていたが、元々宇宙シャトルの客室乗務員に憧れも持っていたため入社試験に合格し、晴れて医師資格を持つ客室乗務員となったのである。
レナはゴムに対するアレルギーがある可能性を考えゴム素材を使っていない手袋をして、猫族老婦人を診察していく。
「とりあえず、抗アレルギー剤を飲んで様子をみましょう」
レナは猫族老婦人にそう優しく言うと、カバンから抗アレルギー剤の一錠出すと、緊急用のコップにミネラルウォーターを注いで飲ませた。
「ありがとうございます。そしてご迷惑をおかけいたしました」
薬を飲んで精神的に落ち着いてきたのか、猫族老婦人はレナたちに謝罪した。
すると周囲の客が拍手でソフィアたちを讃えてきた。その拍手の波はソフィアとレナがギャレーに下がるまで続いた。
「すぐにあんな指示ができるなんて凄いですソフィアさん!」
「レナさん、お医者さんだったなんて知りませんでした!」
ギャレーに下がったら下がったで、新人客室乗務員からの称賛が待っていた。
しかし今は仕事中である。
「はい、そこまでです! 皆さん仕事に戻ってください」
ソフィアはワイワイとやってくる客室乗務員たちを止め、指示を出す。しかしその頬は赤くなっていて「そこがまた可愛いですソフィアさん」などと茶枯れてしまった。
「私はチーフと機長に状況を説明してきますから、ここをお願いしますね。あとレナさんはしばらくこちらにいてもらいますから、ジュリアさんが代わりにファーストクラスに上がってください」
とソフィアは指示を出し、パトリシアのいるファーストクラスのギャレーにスタッフ用階段で上がって説明。そのまま操縦室へ向かった。
ソフィアが操縦室に入ると、そこには休んでいるはずのアランまでいた。
「良かった。でもアレルギーの申告はしっかりやってもらわないといけませんね。ソフィアちゃんありがとう!」
「本当にそうですね……でも大事に至らなくてよかった~!」
「でもまあ、一応これで今僕が出る必要もなくなったんだね」
三者三様だが、確かに大事に至らなくてよかったのは間違いない。
もしここで大事に至った場合、ここは宇宙なのでおいそれと近くの空港に降りるなんてことはできないため、シャトルに搭載している緊急用小型高速シャトルで近くの病院船に緊急搬送ということになる。今現在は第二衛星ラウガの重力を使ってスイングバイしたばかりなので、近くの病院船となるとラウガを周回する第六病院船にアランが小型シャトルの操縦士として、そしてもうひとり客室乗務員が臨時ナースとして同乗して搬送となる。またシャトル二二一三便の航行にアランが抜けたままにはできないので、最悪HG12ゲート入口でアランを待つということになる。
「私もジュリアさんが駆け込んできたときには心臓バクバクでした」
とソフィアが小さな胸に手を当てて言う。しかしその仕草がなんとも可愛らしくて、そして貧相とはいっても「ちゃんとあるよ!」と主張している膨らみにアランの鼻の下が微妙に伸びる。
「どこ見てんのよ、このスケベ!」
とアリシアがアランの頬をつねる。
「いひゃいですよ、アリシアさん……」
「そりゃ痛くしてるんだから、痛くなきゃだめでしょ」
「あらあら、いつも仲良くて良いわね~」
とセシリアがアリシアとアランにニッコリ微笑むと――
「仲良くないです!」
「仲良くないです!」
とアリシアとアランがハモった。
その後猫族老婦人のアレルギー発作も収まり、ウォルター二二一三便はHG12ゲートに到着した
ゲートによるジャンプ間は事故防止のために無重力状態にする必要がある。かつて重力を発生させたままゲートに進入したシャトルがゲート内の亜空間で消息を絶った事故が発生した。以降ゲートでのジャンプ間は無重力での航行が義務付けられている。
「機長からお客様へお知らせ致します。当機はこれより亜光速航行ゲートに入ります。そのため機内は無重力とさせていただきますので、テーブルの上のものはシート下のボックス内に入れていただき、シートベルトを着用頂ますようお願い致します。またドリンクやお酒をお飲みのお客様はお近くの客室乗務員までお知らせください。無重力でもお飲みいただけるよう専用カップへ移し替えさせていただきます」
セシリアがシートベルト着用サインと無重力注意サインをオンにして船内放送で伝えると、パトリシアとソフィアが客室乗務員へキャビン内の確認と飲み物の移し替えの指示を出した。また休憩中であったアランも呼び起こした。
この無重力状態、シャトルを利用する客の中では一つのイベントとして捉えられている。先の大戦前のアリアナ星系のシャトルは基本的に無重力状態であった。そのため他のより進化した星系では「発展途上星系シャトル」などと蔑まれていたのだが、先の大戦後に同盟を結んだ星系間では技術交換等が行われた結果、アリアナ星系にも重力発生装置の技術が入ってきた。元々アリアナ星系には小型化する技術に長けていた事もあって、重力発生装置が入ってくるとすぐに解析、そして小型化へのチャレンジが始まった。
そしてアリアナ星系内でも屈指の技術力を持つレスティアーナ王国が小型化に成功。その後シャトルも小型化され、レスティアーナ製星系間航行シャトルの光速航行は最高の速度と安全を出せるようになっている。
とはいっても、このウォルター二二一三便ではその光速航行システムは搭載されてはおらず三世代前の亜光速航行システムが搭載されてあるので、HG12亜光速航行ゲートを使用するのである。
セシリアがゲート進入のアナウンスを出してから約五分。キャビンと操縦室のホットライン回線でパトリシアからのOKサインが届いた。
「二人共シートベルトを確認!アリシアちゃんは重力発生装置をオフ! アランくんはゲート出口の座標を再確認!」
「了解」
「了解」
セシリアの指示でアリシア、アランが作業を開始する。
アリシアが重力発生装置をオフにすると体にかかっていた重力がなくなり、フワッと体が浮く感覚を覚える。
アランはゲート出口座標を確認、そして座標をロックした。
「重力発生装置オフ確認!」
「ゲート出口確認とロック完了!」
アリシア、アランの作業完了報告を受けたセシリアはキャビンのシートベルト着用サインを四回点滅させ、その発生するサイン音も使って視覚的、聴覚的にこれからゲートに入ることをキャビンへ伝えた。
そのサインが出た後、キャビンのパトリシアは機内放送を使い、これからゲートに進入することとシートベルト着用の注意喚起をアナウンスした。
キャビンの客はというと、無重力で体が浮きそうな感覚に歓声をあげていた。
エコノミークラスB区画の浮いた三人は、文字通り体が浮きそうな感覚にキャッキャと喜んでいた。この時も三人に対する獲物を捉えたようなその視線は続いていた。
丸いゲートの内側に空間がねじれたようなうねる虹色模様の光の中に船体が微速前進しながら入っていき、半分ほど入ったところで急激に速度が上がったかのように吸い込まれていき、完全に吸い込まれるとゲートの内側の虹色模様は消え、何事もなかったかのような丸いゲート装置が浮かんでいるだけになった。
さて、再び操縦室――
操縦室から見る前方は虹色模様がうねって光が高速で後ろに飛んでいく、そんな様子がフロントウィンドウから見えている。この様子は映像としてキャビンへも伝えられている。
今シャトルがいる空間は時空と時空の間にある亜空間である。
「やっぱりこの時だけは緊張するわね」
「僕もだよ」
「あら、そう? 私はワクワクするんだけど、私がおかしいのかしら?」
緊張の表情を浮かべるアリシアとアランをよそに、セシリアはニコニコしていた。そんなセシリアにアリシアとアランが大きなため息をつく。
「セシリアさんに怖いものなんてなさそうですよね」
とアリシアが言うと、セシリアはぷくっと膨れた。
「ひどいよアリシアちゃん、私にだって怖いものあるもん!」
「じゃあ聞きますけど、セシリアさんの怖いものってなんですか?」
「黒光りしていて足と目がたくさんあってネットリしてるもの」
「そんなものあったっけ?」
「黒光りしているっていったら、G……」
「その先は言わないで良い!」
「モガモガ……」
言いかけたアランの口をアリシアが強引に塞ぐ。ところが口だけでなく鼻まで塞いでいたようで徐々にアランの顔が赤くなり、そして青くなっていく。
「あの、アリシアちゃん……そろそろ放してあげないとアランくんが……」
「え?」
アリシアはセシリアに言われてアランを見ると――そこには白目を剥いてぐったりするアランがいた。
「アラン! しっかりしてー!」
アリシアがアランを盛大に揺さぶって、それでも意識を取り戻さないアランに手元にあったマニュアルを使ってビンタを食らわし……
「ハ!?」
アランは無事に意識を取り戻したのだった。
「はぁ、良かった――」
「よくねーよ!」
そんなこんながありつつ、シャトルは亜空間を亜光速航行で突き進んでいく。
亜空間でも平和な操縦室なのであった……。
「どこが平和なんだよ! 僕殺されかけたよ!」
うん、やっぱり平和だ――
「り、理不尽だ……」
アラン、理不尽はつきものなのだよ――
読んでいただいてありがとうございます。
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