一話
初投稿です。
よろしくお願いいたします。
※投稿当日、いきなり誤字を発見したので修正しました。
ここは太陽系から数光年離れたところにあるアリアナ星系第3惑星のレスティアーナ王国。惑星レスティを統べる惑星国家である。人類が宇宙を開拓して早五〇〇〇年の時を超え、人類は深宇宙へとその歩みを進めている。ここアリアナ星系はそんな人類が地球から三〇〇年をかけてようやく見つけた居住可能な星だった。大気成分も地球と同じで水もあり海もある、まさに地球とほぼ等しい惑星だった。人類はすぐにこの惑星に入植したが、猫や虎等の頭と体毛や尻尾を持つ獣人が暮らしていた。人類は彼らと話し合い、戦争ではなく獣人との共存という道を選んだ。先住民の獣人は未だ文明と呼べるものを持っていなかったため、この地に文明を築き、そして王国を作った。初代王は人類ではなく虎族の獣人であった。しかし好戦的な深宇宙の人類との戦争から獣人では太刀打ちができず、地球からの渡来人がこの戦争に参加し勝利を手にした。以降、王は獣人満場一致で人類となった惑星である。
そんな惑星国家レスティアーナ王国には、国王を頂点とした王侯貴族と平民が存在する国家である。貧富の差がそこそこにあり、けれども憲法と諸法によって奴隷は違法行為であり奴隷を作った者は人類であろうとも獣人であろうとも極刑に処せられることになり、「バレなければ良い」という安直な考えで奴隷を売買するような者はほぼ駆逐したのであった。
時は変わって現在――アリアナ星系第三惑星レスティの静止衛星上にレスティアーナ王国宇宙港が浮かんでいる。星系惑星国家、衛星国家、地域国家を含めた世界中のハブ港としての機能も有しているため、その広さは尋常ではない。シャトル駐機場が二〇〇を超えているため、チケットに埋め込まれた電子チップがホログラフ発生装置となっており、宇宙港内の案内をこのホログラフが担っていたりする。また、宇宙港と地上を結ぶシャトル駐機場を降りて出国手続きを済ませてゲートを超えたところからチケットのホログラフによるナビゲーションによって、利用者を搭乗時間一〇分前までに定められた駐機場搭乗口まで案内するようにできている。
明後日はお隣の第四惑星バンジェロの第三衛星ラゼリオを統治する衛星国家で永世中立国でもあるラゼリオ共和国の建国記念日であるため、今日のラゼリオ共和国行きの便はどれも満席だったりもする。満席であることはシャトルを運用する宇宙航空企業にとって嬉しい悲鳴ではあるのだが、それだけにハイジャックやテロには十分注意する必要がある。その警備のために客室乗務員を装った星間刑事警察機構、通称SAAPの刑事が紛れ込んでいたりもする。
空港内を関係者以外立ち入り禁止区域に入ってエレベーターで四五階まで上がり、突き当りを左に行ったところ、そこにこの物語の主人公が所属するウォルター宇宙航空株式会社の空港内事務所がある。事務所のだだっ広いロビーには備え付けのコンピューターが壁に沿って五〇台ずらりと並んでいて、ロビー中央には現在各地を飛んでいる宇宙シャトルや地上を飛ぶ航空機、地上からこの宇宙港への連絡シャトルが今どういう状態にあるのかが外周に沿って貼り付けられているモニターにパラパラと切り替わりながら表示されている。その表示塔の上部には赤と黄色のランプがある。今は赤も黄色も消えている状態にあるが、これが一つでも点灯すると、どこかのシャトル、航空機等で問題が発生した事を示すようにできている。これが最近点灯したのは一〇年前の夏季だった。星間航行シャトルが突然太陽フレアを浴びてしまい、電子機器がすべてアウトした事故だった。その時はたまたま近くの亜光速航行ゲートからゲートアウトするウォルター宇宙航空の補給船がいたため、急遽その補給船が機体回収と応急整備にあたり、近くの宇宙港で別便に乗り換える形とした。到着時間は現地時間で一日ずれてしまったものの、大きな被害、乗客、乗員の怪我、クレームがなかったのが何よりも救いだった。それ以前も太陽フレアの観測状況等についての情報受信の仕組みはあったものの、常に最新の太陽フレア観測状況を取得できるように改善された。以降、太陽フレアに関する被害は出ていない。
「セシリアさん、聞いてくださいよー……」
「セシリアさん、聞いて聞いてー……」
「セシリアちゃん、ちょっといいかしら……」
プシュっという小気味良い音を立てて自動ドアが開くと五人の男女というか四人の女性に一人の男性というより青年が入ってきた。先頭で入ってきたキラキラと光る美しいブロンドをなびかせてモデル並みのスタイルで歩くその顔もとてもキュートな女性、彼女の左腕に抱きつくようにして腕を巻き付けている三つ編みの少女。その反対側で手帳をチェックしながら歩いているメガネを掛けたクールビューティの女性。その後ろをテテテ……と小走りについていっているシルバーブロンドの少女。更にその後ろを歩く青年。先頭の女性と腕に抱きついている三つ編みの少女と最後尾の青年はみなパイロットの制服を着ていて、ブロンド女性の肩章には四本線。三つ編みっ子と青年は三本線がある。そこからわかることはブロンド女性が機長で、三つ編みっ子と青年は副操縦士であることがわかる。
「はいはい、あとで聞いてあげるからね――」
と、ブロンド女性はロビー中央のモニター群を見渡し何も異常がないことを確認すると、「2213」とアラビア数字で書かれたコンピュータの前に立ち、首から下げていたケースからその女性の顔写真の付いたカードを取り出してモニター横のスリットに通して、カードを胸元に下がっているケースに収納した。カードを収納するのとモニターに情報が表示されるのはほぼ同時だった。ブロンド女性は肩口にかかった髪を後方へかきあげながらモニターの情報を読んでいく。周りにいたスタップたちもその女性に目が釘付けになっている。
「今日も大丈夫そうね」
一通りモニターの情報に目を通した女性は、そう言ってくるりと回れ右をする。その動作にその美しいブロンドの髪が彼女に巻き付いて、首から下げているカードがその胸元で跳ねる。すべてがシャッターチャンスのようなそんな存在感が彼女にはあった。
「さて、今日は満席だからみんな頑張ってね!」
彼女は目の前の四人にそう言ってにっこりと微笑む。その瞬間関係のない男共の鼻の下が伸び切った。そして最もその鼻の下を伸ばしたのが彼女たちと一緒に入ってきた副操縦士の肩章をつけた青年だった。
「アンタ、なに鼻の下伸ばしてんのよ! セシリアさんには絶対に近づけさせないんだからね!」
三つ編みっ子が青年を睨む。
「い、いや。俺はそんなつもりは……」
「どうだか! フン!」
「痛ってー!」
三つ編みっ子に足を盛大に踏見つけられた青年が飛び上がって悲鳴をあげる。
「いつもの光景ね」
そう言いながら彼女たちに一人が背中までまっすぐに伸びる漆黒の髪の女性が近づく。
「おはようございます部長。毎回お騒がせいたしまして申し訳ございません」
ブロンドの女性が優雅に、そうとても優雅に謝罪をする。その優雅な動作に対しても男共の鼻の下は更に伸びてしまっている。
「まあ良いんじゃないかしら。今日も事故なく安全にお願いするわねセシリアさん」
「はい、承りました」
と、優雅に笑顔を交えてお辞儀するセシリアと呼ばれた女性。彼女こそこの物語の我らが主人公であり、彼女を取り巻く4人の女性と一人の青年が主人公御一行様である。
このセシリア。フルネームをセシリア・スサナ・ボルトンといい、豪傑と名高いボルトン男爵家の長女だったりする。なのでぶっちゃけ働かなくとも貴族として何不自由なく暮らしていけるのだ。セシリアもそれを嫌がっていたわけではないのだが、とにかく「シャトルのパイロットになりたい」その一心で国内の宇宙航空学校の中でも国内大学の中でも最難関と言われるバーズ王立宇宙航空技術大学を主席で卒業し、ウォルター宇宙航空株式会社にパイロットして入社したのだ。しかも入社後の研修で即戦力となることを示し、異例ではあったが入社3ヶ月後には副操縦士として大宇宙を駆けセシリアはシャトルパイロットになるという夢を叶えた。しかしそれだけでは終わらなかった。なんと入社わずか三年で機長昇格を果たしてしまったのだ。もちろん機長というのは絶対的な責任がついて回る事もあって、いくら男爵家息女であったとしてもそうおいそれとは昇格できないものなのである。また、レスティアーナ王国にはこの民間企業であるウォルター宇宙航空株式会社の他に貴族専用シャトル企業でもある王立ラスティア宇宙航空株式会社もあり、そちらからのヘッドハンティングもあったのだがセシリアはウォルターで働くことを譲らなかった。そしてこのセシリアの前代未聞ともいうべき超速機長昇格劇はセシリア入社時以上にワイドショーのネタにされ、なんと一ヶ月もずっとセシリアの機長昇格の話題で持ちきりだった。それもそのはずで、ただの貴族息女だけでならこんなにも話題になることもなかったのだが、セシリアの場合、功績にくわえてその優雅さとこれぞ清純と呼べる程に可憐で美しいその美貌にスラっと背も高く女性らしいボディラインのスタイルの良さがワイドショーにウケたのだった。「天は二物を与えず」なんてよくいうけれども、セシリアには天は二物どころか三物も四物も与えていたようである。豪傑男爵家息女に加えて、頭の良さにその美貌、そしてもう一つ、第一王女シンディ、そして公爵家長女マリア姫と友人関係にあるという点も世間を賑わせた理由でもあったのだ。
まあそんなこんなでネット上にも王族なんて比較にならないほどのセシリアの画像で溢れかえっているばかりか、セシリアのコックピットでのフライト映像を販売すれば重版が相次ぎ、映像円盤だけで大ヒット映画興行を上回る金額を叩き出していた。そのため我も我もと映像会社が押し寄せてきたので、ウォルター宇宙航空としても通常業務に支障をきたすことになる事を鑑み、社内にセシリア専用の広報部を設置。各フライト状況映像も社内保全用カメラと社外用カメラとを用意し、要請があれば社外用カメラで映像を録画。インタビューも事前に受付けて広報スタッフが同乗することで映像会社に変わって広報がインタビューするという手法を取ることにした。こうすることで映像円盤を出すにも広報に依頼することになり、セシリアも本来の業務に専念することができるようになったのである。しかしセシリア熱は社外だけでなく社内にも――。社外には公式ファンクラブが存在しているのだが、実は社内にもセシリアファンクラブなるものができてしまったのだ。そしてこのファンクラブ、男性ファンの数もかなり多いのだが、それ以上に女性ファンの比率がとんでもないことになっていたりする。その男女比はなんと『三対七』。女性ファンはセシリアを「セシリア様」「セシリアお姉さま」もしくは単に「お姉さま」なんて呼んでいたりもする。これにはシンディ王女もマリア姫もご満悦な様子だったりもするのであった。
話を戻そう――
セシリアたち一行はというと、今日運行予定の二二一三便のゲートに向けて空港内を歩いていた。その一行の先頭はもちろんセシリア。そのすぐ後ろ右側に赤髪三つ編みっ子の副操縦士アリシア・マイヤーズ、その左には青髪の青年で副操縦士のアラン・エドモンド、更にその後ろには、右手にセシリア専属のチーフパーサー、メガネのクールビューティなパトリシア・プロシャール、左手には副パーサーのソフィア・マーティン。実はこのソフィア、実家は先の大戦で軍事ビジネスで財閥入りを果たしたマーティン家の次女だったりもするのだがその話はまた別の機会に。ソフィアたちの後ろには三〇名弱の客室乗務員が並んでいる。この客室乗務員の中には男性も少ないがいる。これは女性客では対応できない事態への対処のためにいるのだが、機内では男女の区別なく同じように乗務している。さらにこの二二一三便は満席であるため、客実乗務員の中に男性二人女性二人の計四人のSAAPの刑事が混じっているのだが、四人共に客室乗務員と同じ制服同じ姿勢同じ歩き方をしているため、制服の中を見なければ誰がSAAP刑事かなんてのはほぼ区別がつかない。そのように毎日訓練をしているし、時には訓練と称して王立ラスティア宇宙航空株式会社でも実際の客室乗務員として乗務したりもしている。それほどに徹底された刑事たちなのだが、この話もまた別の機会に――。
二二一三便シャトルに到着するまでの間、セシリアファンがキャスター付きのパイロットカバンを引きつつ優雅にそしてモデル顔負けに歩くその姿をウェアラブルで写真を撮り、そのまま「今日のセシリア様」なんていうタイトルでSNSにアップしていたりした。そのつぶやきは五分と経たずに二〇〇〇以上のGoodがつき、その倍近くの拡散がついた。パイロット姿のセシリアの反響もすごいが、なかなか撮れない私服姿のセシリアのつぶやきは軽く一〇〇万以上のGoodと拡散がついていたりもする。それほどに私服のセシリア写真は貴重なものだったりもするらしい。
二二一三便に到着した一行はというと、SAAP刑事を含む客室乗務員はキャビン内の確認と運行中のジュースやお酒といったサービスドリンクや機内食、雑誌や新聞、さらには機内販売、特典用の景品の確認と補充、搬入を、アリシアとアランはシャトルの起動準備に操縦室へ。そして我らがセシリアはというと、宇宙服を着て減圧室にいた。アラームと同時に室内が減圧されていき、「ビー!」というアラームと一緒に「減圧終了」という合成音声がヘルメット内に流れた。壁にあるモニターにも「減圧終了」という文字が赤く点灯していることを確認したセシリアは、腕に付いている小型モニターを開いてスイッチを押した。すぐにコックピットで忙しく作業を進めるアランが映った。
「減圧終了。アランくん、アリシアちゃん聞こえる?」
「こちらアラン、感度良好です」
「こちらアリシア、感度良好です。というか、なにもセシリアさんが機体確認に行かなくてもこのポンコツにやらせればいいのに」
「ポンコツってひどいよ、アリシア」
「アンタなんてポンコツで十分よ」
いつもの仲の良いやり取りにセシリアはクスクスと笑いながら、扉の開いた減圧室の床を蹴って無重力のハンガーに体を漂わせる。
「まあこの確認は機長の仕事だから。アリシアちゃんも機長になったら同じことやらないといけないんだから覚悟しておいてね」
「えー!宇宙服って備え付けのやつですよね!」
「そうね、けど女性用は女性用で別にあるし、いつも清潔が保たれているから大丈夫よ」
と、セシリアはアリシアに答えながらも機体確認を進めていく。途中機体窓に見える客室乗務員に手を降って答えるのを忘れない。手を振られた客室乗務員たちはそれはもう大変喜んでいる。その中には「後で一緒に写真撮ってください」「サインください」なんてのも見受けられる。どうやら今回の客室乗務員の中にセシリアファンクラブメンバーがいるようだ。そんな客室乗務員たちに親指を立てて「OK」とサインを送るとやっぱりかなり喜んでいるようだ。
「セシリアさん、なんかキャビンが黄色い声でいっぱいなんですが……」
「まああの人達にもちゃんと答えてあげないといけないから」
「公私混同は控えてほしいものだわ!」
「公私混同はよろしくはないけどこんなことで士気が上がるのなら安いものだと思うわよ?」
セシリアの答えにグーの音も出せなくなるアリシアがぷぅと膨れる。「アリシアの負けだな」と余計なことを言ってしまったアランは、アリシアにグーで背中を思い切り殴られていた。
ぐるりと機体を一周りして異常がないことを確認したセシリアは整備主任の持つタブレットにサインをしてそのコピーをチップで貰い、腕につけていたケースに入れて減圧室に戻った。戻る途中整備主任の指示で作業員が外部電源を機体につないだ。
「機体の異常はないから、これから戻るわね。外部電源をつないでもらっているから、二〇秒ほどしたらバッテリー入れて外部電源をオンにしておいてね」
「こちらアリシア、了解です。圧力戻すときに気をつけてねセシリアさん」
「ありがとう、アリシアちゃん。通信切るわね」
「了解。通信切ります」
通信を切ったセシリアは減圧室の圧力を通常に戻すスイッチを入れた。「ビー! ビー!」とアラームが鳴り響いて扉が閉まると減圧室の圧力計が少しずつ元の一Gに戻っていくのを確認した。
セシリアが操縦室に戻った後、シャトルの起動シークエンスを搭乗前の段階にまで進めたところで、セシリアは全員をキャビンに集めた。もちろん今回のフライトにおけるブリーフィングである。今回のフライトはフライト番号「ウォルター二二一三便」のラゼリオ共和国衛星軌道上のラゼリオ宇宙港行き。フライト時間は約二六時間。途中亜光速航行空間を二箇所使うフライトになること、そして今回のフライトはラゼリオ共和国の建国記念日直前であって満席、そのためSAAPから四人が客室乗務員に扮していることを皆で確認。チーフパーサーのパトリシア、副パーサーのソフィアからも注意事項の伝達があり、SAAPの自己紹介も終了。搭乗時間までの間、再度確認をして万全を期すようにセシリアが指示をだしてブリーフィングを終えた。
セシリアがアランとアリシアを伴って操縦室に戻ろうとした時、同乗するSAAP刑事のリーダーである女性刑事ルーシー・クーパーがセシリアを呼び止めた。セシリアはアランとアリシアを操縦室に戻るように指示してルーシーへ対峙した。
「お久しぶりですねルーシー」
「お久しぶりです。セシリアお嬢様」
「私もこちらに来てから家に戻っていないのですが、おばさまはお元気でしょうか?」
「はい、元気すぎるくらいですよ」
実はルーシーの家、クーパー家はボルトン家に仕えている家だった。ルーシーは幼少期のセシリアと共に遊ぶ仲でもあったし、セシリアにほぼ無理やり連れられてシンディ王女のいる王宮へ行ったりしたこともあった。その時の警備兵がかっこよく思えて、ルーシーは警察官になることを決めた。本当は警備兵が良かったのだが男爵家に仕える家の出の者が警備兵なんて就けるはずがないと警備兵への夢は諦めたのだった。セシリアにしてもこうしてルーシーと会うのは全寮制となる王立メルフィア女学院高等部に入る直前以来なのですごく懐かしく思えている。そのルーシーが今はSAAPの刑事として自分のシャトルを警護してくれるのだ。これほど嬉しく頼りがいのあることはないだろうとさえ感じていた。二人は少し昔話をしたところで、ルーシーが刑事らしいキリッとした表情に変わったのを見て、セシリアも仕事モードのスイッチを入れた。
「今回の乗客の中に私達が追っているテロリストらしき人物が入っているとの情報があります。今は詳しく言えませんが、一応そういう人物が搭乗するかもしれないという心づもりをしていただきたく、お声がけさせていただきました」
仕事モードに変わってからかなり物騒な事を言って来るルーシーにセシリアの表情も厳しいものになった。
「詳しくお聞きしたいところですが、それは無理なのですね?」
「申し訳ありません。当方にも捜査上の守秘義務がございまして……」
と、申し訳なさそうにするルーシーに、軽く笑みで返したセシリアはポケットから耳に差し込むタイプの小さなインカムをルーシーに渡した。
「承知いたしました。もし何かこちらに情報をいただける事がありましたらこのインカムをご使用ください」
「これは?――」
「こちらは私とだけ繋がるインカムです。私は特別指示がない限りはいただく情報に対して返事はいたしません」
「よろしいのですか?」
「そうでないとあなたに迷惑がかかってしまうでしょう?」
「お心遣い感謝いたしますお嬢様。それではこちらはお借りしておきます」
会釈をして踵を返したルーシーにセシリアが止める。
「ルーシー、このフライトが無事に終わったらお食事にお付き合いいただけますか?」
「はい。喜んでお付き合いさせていただきます」
と、ルーシーはセシリアに返事してギャレーに戻っていった。それを確認したセシリアはルーシーに渡したインカムの片方を右耳に差し込み操縦室に戻った。
一方、その頃搭乗口ではというと――
満席という言葉が物語るように多くのヒト種、獣人が入り混じっていた。かつてはいがみ合うこともあったヒト種と獣人ではあったが今ではごく普通に会話をしたりしている。
「ウォルター宇宙航空、ラゼリオ共和国宇宙港行き二二一三便のご搭乗を開始させていただきます。まずはじめにお年寄りの方等サポートを必要とされている方にご搭乗いただきまして、その後一般の方にご搭乗していただきますので、ご理解の程よろしくお願いいたします」
搭乗口にグランドスタッフのアナウンスが流れる。先行搭乗の列に白髪の顔に多数のシワを蓄えた、かつてはかなりの美人であった事を物語る品のある高齢の女性に何かを企んでいるようなそんな白髪の男が近づき、その手が僅かに動き片方の手荷物カバンに何かを入れた。その一瞬の出来事は誰の目にもとまっていなかったようだった。老人がその場を離れていった。その老人の後を一人の警備員が追う。老人が搭乗口を離れたところで、警備員は老人を呼び止めた。
「おじいさん、ちょっとご協力いただきたいのですが」
「なんじゃ?」
にこやかに爽やかに声を駆けてくる警備員を老人は睨みつけた。
「いえ、ちょっとそのカバンの中を見せていただきたいのです。ほらラゼリオ共和国の建国記念日が近いですし、その警備のための一環です。ご協力いただけませんか?」
警備員がそう声をかけたところで、老人は年齢を感じさせないしっかりとした足取りで駆け出した。
「そこの老人を捉えろ!」
声をかけた警備員が周囲を警戒していた警備員に指示を出す。あっという間に老人は取り押さえられて、一人の警備員がカバンを老人の手から取る。
そのあっという間の出来事に周囲がざわつく。
「おじいさん、足腰丈夫ですね。なぜ逃げるんですか?」
老人は何も答えない。
「鞄の中を確認させていただいても構いませんね?」
「何も盗っていない!」
警備員の問いかけに老人が叫ぶ。しかし警備員は何かを盗んだかとは聞いていない。そこを突かれて老人は固く口を噤んだ。
「カバンの中見ることの了解をください」
警備員はあくまで丁寧に老人にいうが、老人は目を合わせようともせず返事もしない。警備員は「困ったな……」と頭を掻き、
「これ以上黙るならば私達の権限で鞄の中を強制的に確認せざるをえなくなります。それでもよろしいのですか?」
「勝手にしろ」
老人は未だ目を合わさずにそう返事した。その返事を警備員は了承と受け取りカバンを開けて中身を一つ一つ出していった。カバンの中からは老人が使うとは思えない女性用の財布がいくつも出てきた。さらには電子錠付きの一際高級な白い財布まであった。
その時、二二一三便へ先行搭乗する番が来た老婦人がチケットを出そうとバッグに手を入れたところで財布がないと叫んだ。老人から出てきた一際高級な白い財布が電子錠から老婦人のものであることが確認され、老人はそれを持って警備員に逮捕され連行されることになった。警備員が老人の行為を見逃していたら今頃老婦人は二二一三便に乗ることはできなかったであろうということから、警備員に対する多数の拍手が送られた。
そんなスリ事件があったことなんて知らないシャトル二二一三便の操縦室ではというと――燃料の最終計算とその確認、荷物の搬入位置と航路の確認が行われていた。
「セシリアさん、この亜光速航行空間の入り口ですが……」
「そうね、この航路で行くと早めに回頭してスライドした方が良いかもしれないわね」
「では管制にそう伝えておきますね」
「いえ、それは近くに行ってからにしましょう」
「そうよ、近くに行かないとその場が混雑していたりしたらどうするのよ。ほんとアランってバカよね」
「あ、言えそうじゃないのよアリシアちゃん」
「ほら、アリシアの方が――」
そんな平和ないつもの操縦室であった。
搭乗が終わったのは、搭乗開始から二五分が経過した頃だった。キャビンのドアがすべて閉じられ、それを船内通話でパトリシアが知らせてきたので、操縦室側でも全ドアクローズであることを確認した。
「さて、これからフライトよ。二人共よろしくね」
セシリアはアラン、アリシアと握手を交わして、エンジン点火に向けての作業を進めていった。整備チームからの「OK」サインでグランドが係留ロックを解除したのを確認するとアリシアに指示して係留ケーブルを収納。ここから発進位置まで各所に付いているトーイング船六隻がシャトルを運んでいく。その間操縦室ではチェックリストを行いながらエンジン点火までのステップを完了していき、すべてが完了したところで整備チームにその旨を連絡。発進位置までの所要時間を確認したセシリアは、その時間で機長挨拶を行うことにした。
「本日はウォルター宇宙航空シャトルをご利用いただきまして誠にありがとうございます。本船はラゼリオ共和国宇宙港行き二二一三便、機長は私セシリア・スサナ・ボルトン。客室のチーフパーサーはパトリシア・ブロシャールが担当させていただきます。発進までもうしばらくでございます。皆様今一度シートベルトの確認をお願いいたします」
セシリアが名を名乗った時にはキャビンからの黄色い声が操縦室にまで聞こえてきたほど、今回の乗客はセシリア目当てであることを物語っていた。その歓声に操縦室の三人が苦笑いしていると、整備チームからタワーに管制が移行したことの連絡が入った。眼の前には一隻のシャトルが発射のカウントダウンをしているところだった。カウントがゼロになったところで目の前のシャトルが視界から消え、真っ白いエンジンの光をだしながら無事発進していくのを確認したところで、タワーから発進位置まで移動させることの連絡が入った。その直後、シャトルはわずかな衝撃とともにアームに固定されてトーイング船がシャトルから離れて安全域まで下がる。その後にアームに固定された二二一三便が発進位置まで前進してストップ。シャトル後方に防護壁が展開される。エンジン点火の許可が来たのでセシリアはブースターををアイドル状態にして、本船エンジンを点火。出力を確認した後、タワー管制にその旨を伝えると、発射まで一〇秒のカウントダウンが始まる。ここで、セシリアがキャビン内にもうすぐ発進することをつたえた。またまた黄色い歓声に包まれるキャビンだったが、固定されていたシャトルが一瞬不安定になりふわっと視界が下降したように感じた直後に若干後ろに押し付けられる感触を感じた。その僅かなショックで、段階的ながらシャトルはすでに光速の四分の一の速度が出ていた。これが地上で行われていたとしたら、操縦室もキャビンもその重力から生存者はいないだろう。それほどに宇宙空間というのは特殊な状態であることを改めて感じさせられる瞬間でもあった。
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