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君に出会うまで  作者: 桂木イオ
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02 鷲の羽根の天使

 太陽の国は今日も快晴である。アクルはギンジを追いかけようと急ぎ足で宿屋を出ると、彼は宿屋の軒先で煙管の煙をくゆらせていた。

「検討はついた?」

「なんとなくはな。前世が魚じゃあ、悪事もできなかっただろうし、おそらく小神のパシリしてる天使だろう。外れたらわからん」

「小神って?」

 太陽の国を、海へ向かうように歩く。通りすがりの黒猫が、髪も服も真っ白なギンジに驚いて動きを止めているのが面白い。

「神様の中でもしたっぱの神様のことだ。アクル、頭の中で三角形を上から3等分してみろ」

「うん」

「神様には3つの階級がある。三角の先は大神。主に海の大神と空の大神を差す。真ん中が準神。これはわんさかいる。遙か昔にいたらしい白い樹木の女神は準神に該当するな。で、小神はその一番下。俺等に溶け込めるくらいにはたくさんいる。ここまでは大丈夫か?」

「わかった。神様多くない?」

「小神は条件さへ揃えば俺等でもなれるからな。結構居るんだよ。それで、その手伝いをするのが天使。羽根を生やした翼人族だ。それぞれ大神、準神、小神についていて、神によって羽根の形も違う。大神につかえる天使の羽根は六枚羽根で純白、準神に使える女神の羽根は4枚で白または灰色。そして小神は二枚羽根で、そのほとんどが鷹や鷲などの鳥の羽根だ」

「それで、ギンジは生まれ変わりの誰かが小神だと考えた」

「おう。天使は後からなれるものじゃない。死後、善行を積んだ者、穢れることのなかった者が天使になるらしいからな。魚に悪行はできないだろう?」

 煙管の煙が青い空に登っていく。その煙が、いつか燃えた1匹の魚の命を弔っているような気がして、アクルはほんの少し胸がざわつくのを感じた。

(僕も、サティのようにどこかの世界で一度死んだのだろうか?)

 だとすれば、死ぬ前の家族や兄弟には会えないのだろうか? この世界には家族がいるのだろうか?

「アクル、おい。アクル」

「あ、ごめん。聞いてなかった」

 ギンジが隣で何かいっていたらしい。不穏な考えを振り払うように、アクルは軽く頭を叩いた。

「お前って時々ぼんやりしてるよな。まあいい。もしサティの会いたいっていう奴が天使に生まれ変わっていたら、問題はどうやって地上にやってこさせるかだ。天使は滅多に空から降りてこないからな」

「...そうなの?」

「ああ。一生姿を見ることなく死ぬ奴だっているんじゃないか? 珍しさじゃあ、人魚と同格だよ。海の世界と空の世界は、同じ大陸にあっても別の世界だ。つまり人魚に会えた俺は今日ツキが回ってるわけだから、賭場にちょっと行けば大儲けできる」

 げたげたと下品に笑うギンジを見ながら、アクルは朝会った鷲の羽根を持つ少年を思い出した。

「ねえ、ギンジ、今日サティちゃんを拾った時、鷲の翼を持った男の子がサティちゃんの側にいたんだ」

「まじか。そりゃ天使だぞ」

「僕をみたら逃げた」

「天使が人間に会うなんてのは、あまり聞かないからな。突然お前が現われて驚いたんじゃないか?」

 ポケットに入っていた鷲の羽根を太陽に翳す。もし朝会った天使がサティの会いたがっている人なら、これは彼女が持つべきだろう。

 街の喧騒から離れ、海岸に出ると、ゆるやかに吹く風が潮の匂いを運んできた。

 あの天使はなぜ、サティを見て立ち尽くしていたのだろうか。ほんとうに、眠い目をこすりながら歩いていた自分に驚いて逃げたのだろうか。

「あのときの天使の顔」

 砂浜を歩く足を止める。先を歩いていたギンジの銀髪が揺れた。

「彼が見せた顔は、驚いているというよりは、まるで過ちを犯してしまったとでも言うような顔だった」

 不安と焦りを浮かべた少年の顔が脳裏をかすめる。ギンジは何も言わず、代わりに腰にかけていた横笛を出すと、青い海に向かって音を奏ではじめた。

 どこまでも響く、素朴なメロディだ。この曲をアクルは知らないが、暗闇なか静かに泣いているような寂しさを感じる曲だった。

「俺の母国、ナズナの国は竜が何匹か暮らしていてな。友人の1匹に教えて貰ったんだが、異国には人魚姫という話があるらしい」

 演奏を終えたギンジは、地平線をみながら語る。

「船に乗っていた王子に恋をした人魚は、難破した船から王子を助けると、声と引き替えに海の魔女に人の足を手に入れ、刺さるような足の痛みに耐えながら、王子の宮廷へ向かう。そして人魚は、王子の宮廷で保護され、一緒に暮らすことになる。王子は声を出さない人魚をとても可愛がったらしい」

「...人魚は、幸せになれたの?」

「―――人魚は、王子と結ばれることなく、泡になって消えた。王子は隣国の姫君と結婚したんだ。魔女からもらった薬には、愛を貰わなければ泡になって消えるようなしかけがあってな。王子は人魚が命の恩人であることも、人魚が王子に恋をしていたことも知らぬまま、国王として生きたのだろう。その後人魚の魂は風の精になって、人魚の死に悲しむ王子に微笑んだらしい」

 風が凪ぐ。暖かな風が頬を撫でる。ギンジはまた煙管を吹かしはじめた。

「さっきの曲は、この話を聞いた時に作ったものだ。それで思ったよ。王子がもし人魚姫の素性を知ったら、この物語はどう進んだのかってな。アクル、お前がもし物語の王子で、人魚姫のことを知ったらどうする?」

「僕が?」

「そ、お前が」

 アクルは瞳を閉じて、もしものことを考えた。目を閉じると、今まで気にしていなかった波の音がよく聞こえる。

「...僕だったら、悲しむかもしれない。だって、僕を知ったせいで、僕を好きでいてくれる人魚姫が、苦しい思いをしているんだから。愛を与えなければ泡になって消えてしまうことを知っていたなら、真っ先に結婚すると思う。でも、僕だったら彼女を傷つけてしまったことや、苦しい思いをさせてしまったことと、命の恩人であるっていうことに縛られて、ほんとうの意味で愛せるとは思えないよ」

 鷲の羽根を持つ天使の少年は、サティの事情を知っているのだろうか。もし知っていたなら、あの表情の理由もわかるような気がした。

「ギンジ、もし僕が出会った天使がサティの会いたがっている人物だったなら、サティをここに連れてきて、さっきの曲を演奏してみるのはどうかな?」

「構わんが、天使がくるとは限らないぞ?」

「別にいいよ。そもそも確かな方法はないんでしょう?」

「まーな。よし。そうと決まればサティの嬢ちゃんのとこに戻るか。昼すぎだ。嬢ちゃんの服ももう乾いている頃だろ」

 ギンジの後につくようにして、海を後にする。潮の香りを背にしながら緑の道をあるくと、すぐにひまわりの国に返ってくる。

 ちょうど客寄せの頃合いなのだろう。街は朝以上に活気に満ちあふれていて、通行人の数もかなり増えていた。

 白い着物を見失わないように気をつけながら人混みをかき分けていると、太陽の下で黒い外套を身に纏った集団が、真横を通り過ぎようとして、アクルとぶつかった。

「あ、すみません」

「――」

 黒い集団は何も言わず、竜の渓谷の方角へ去って行く。去り際、最後尾にいた小柄な人物から、磯の匂いがした。

(磯?)

 どうやら、磯の匂いの正体はその人物が背負っていた茶色の革袋からのようだった。袋の下から、青緑色の液体が漏れ出ている。

 一体何を運んでいるのか疑問に思ったアクルは、その人物の背をじっと観察していた。

「いたいた。おい、途中でとまるなよ。はぐれるぞ」

 アクルが後ろにいないことに気づいたのだろう。先に歩いていたギンジが戻ってきた。

「ごめん。ねえギンジ、あの人達は一体?」

「ああ、あの向こうにいる奴等? あれはイベリス国の奴隷商人だな。たまにああやって各国をあるいて、ホームレスの子どもをさらってくんだ。太陽の国は孤児院や太陽神信仰の教会が多いから、子どもが1人でいるなんて滅多にいないけどな」

「じゃあ、あの人が背負っている革袋は...」

「今日の収穫だろうな。あのままイベリスに送られるだろう」

 ギンジの言葉を聞いて、アクルは悪寒がした。あの一瞬の内に感じた磯の匂いと、青緑色の液体が、不穏でしかたがない。

「ギンジ、速く宿屋に行こう。なんだか、すごく嫌な予感がするんだ」

 アクルが固まった足を動かすと、足元におちていた何かを踏みつけた。

「...?」

 奴隷商人達が落としていったものだろう。それを拾い上げたアクルは、戦慄した。

 黒い革の、手記。声をだせないサティにアクルが渡したものだった。


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