馬車のなかで1
「少し、話を整理をしよう」
ニコルの凛とした言葉が馬車の弛緩した空気を引き締めた。
これは「場を誤魔化します」という降参の宣言であり、会話を、姿が見えない襲撃者達の発覚によって中断された話へと戻す合図でもあった。
だからこそ、茶化していたレンや様子を眺めていたリリアも表情を真剣なものへと変える。
「先日、この世界で『勇者召喚』が行われた。これにより召喚された勇者たちは現在、一人を除いて勇者を呼び込んだ召喚国【帝国】への所属を表明している」
ニコルの語る内容は、この場にいる全員が知っていること。話の整理という言葉の通り、ただの状況確認に過ぎない。
話に出てくる帝国、正式な名称は【ヴァルナ帝国】という。
当時世界最強だった冒険者によって興されたとされる<人界>内陸部にある軍事大国だ。他に帝国を名乗る国家がいないため、「帝国」という呼称は一般に【ヴァルナ帝国】のことを指す。
「帝国」とはいっても、その統治形態は他国とさほど変わりない。絶対や専制といった細かい部分は国によって異なりはしても、<イデア>にある大抵の国々は君主制を採用していた。【ヴァルナ帝国】もその例に漏れず、国の頭が皇帝で、その倅が皇子・皇女……皇族の尊号くらいしか違いはない。
敢えて特色を挙げるならば、専制を採ってはいても皇帝の握る権限が諸外国の王達と比べて若干強く実質独裁に近い形である程度だ。
次は≪勇者≫の活動拠点、所属国の話。
過去の経験から≪勇者≫の思考をトレースして状況を分析すると、だいたい以下のようになる。
まず、≪勇者≫の将来性を鑑みて自国に欲しいと考える国は非常に多い。迎え入れるのがどこの国だろうと、「国家」らしい財力と人材、その他諸々の面で手厚いサポートをしてくれることだろう。結局のところ、【ヴァルナ帝国】だろうとそれ以外の国々もサポートを受ける≪勇者≫側にとってそれほど違いはない。
生活に不安がないとなれば、次の審査基準は国の特色。有り体に言えば、その国に所属するメリット・デメリットだ。だがこの場合、大抵のデメリットは考慮には値しない。強かに開き直ることも出来ずついつい遠慮してしまう彼らは、召喚されたばかりで地盤のない自分達がある程度不利益を被るのは当然、便宜を図って貰っているのだから仕方がない……程度の差こそあれ、そんな風に考えてしまうがために。
故に、メリットこそが決定的な要因となる。
<イデア>には、モンスターがいる。一度街の外に出てしまえば、そこは怪物達が頭領跋扈する危険極まりない世界。なにより街のなかですら決して安全とは言えず、常にモンスター襲来の危険性を孕んでいる。──安全な日本との違いを脅されるように繰り返されれば、戦闘経験どころか脅威に曝される経験すらない普通の高校生に危機感を抱かせるには十分。そして、その話の後に【帝国】から提示される、現皇帝が世界に名を馳せ<今代最強の冒険者>とも言われている猛者であるという情報。
世界レベルの傑物が身近に居り、生活のサポートも資金も潤沢な国家レベルともなればこれ以上ない好待遇。……召喚されたばかりで未熟な≪勇者≫達には大層魅力的に映ったらしく、今回もこの大国に根を下ろすこととなったのだった。