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馬車は進む

 隊列を組んだ馬車の群れが、人気の少ない街道を進む。

 煌びやかな馬車を中心にして馬車が幾つか並び、周囲を馬に乗った騎士らしき者達が展開し護衛にあたっていた。


 護衛の動きに拙さは見られず、発する空気は歴戦の猛者と呼ばれる者が纏う気迫そのもの。それだけの情報から、彼らが相当な実力者であり、そんな者達が守護している人物がどれほどの地位にいるのかは見当が付くことだろう。


 馬車の豪華さから見るに、よっぽどの商人、あるいは貴族……といったところか。


「誰かいるかい?」


 馬車の窓から、入れ込む風で青い髪を揺らしながら豪華な馬車の主が少し顔を覗かせる。まだ若く、仕立ての良い服装や当人の纏う雰囲気もあって、どこかの御曹司という言葉が実に合っている。その佇まいといい、腰に提げた剣といい、彼が只の「お坊ちゃま」でないことは明白だろう。


 青年にとって周囲を警戒している騎士達は、己を守ってくれる存在であると同時に忠実な部下である。そのために自身の手足の如く扱うことに躊躇いはなかった。


「はい、どうなさいましたか?」


 呼びかけに気付いた近くを走っていた騎士の男は、馬を巧みに操って馬車に近づき用件を尋ねる。言葉は丁寧で、青年に対する畏敬の念が感じ取れる。男は心から彼に忠義を尽くしているのだろう。


「西に森があるだろう?」

「? ええ、ありますね」


 青年が何の脈絡もなく言う。

 主が突拍子もないことを言い出すのは何時ものこと。そういう認識が出来上がっていたために、男は意図の分析を早々に放棄して相槌を返した。


「モンスターの集団が、こっちに向かってきている」


 そして続いた言葉に男はようやく異変に気付く。主が突飛なことをする前に浮かべる楽しそうな笑みが、先程から見られなかったことに。


 主である青年の表情は真剣そのもので、冗談の色は一切見受けられない。


「!? ……直ちに人を遣ります。ご安心を」


 男はほんの一瞬思考を止めるも即座に立ち直る。事の重大さをしっかりと認識しているためだ。

 仕える身として主の様子の違いを察知できなかったことを心底恥じたが、それどころでないと素早く仲間と情報を共有して件の森へと数人派遣する。


 そんな男の様子を眺め安心した青年は窓を閉じて中に戻っていった。



     *



「俺の騎士団≪幻嵐騎士団げんらんきしだん≫は精鋭ぞろいだ。これで問題はないだろう」


 騎士の男に警戒を促した青年、名をニコル・フォン・トレス。数々の種族がいるなか主に人族が生活している大陸<人界>、その東にある魔法大国【トレス王国】の国王の第一子。


 ようするに、一国の王子様である。


「お兄様の切り札の一つ、≪幻嵐騎士団≫ですか。でしたら安心ですね」


 そんな彼を兄といい、信頼が滲んだ笑みを返す少女。ニコルの妹であり、【トレス王国】の第一王女であるリリア・フォン・トレス。


「ああ、あの『ニコル教』の狂信者共か……」


 そんな重要人物がいるなか、まったく物怖じせず毒を吐く一見凡庸な少年。髪色が多彩で鮮やかなこの集団で唯一の黒髪である彼の名は、レン・カシワギ。先日、この<イデア>に召喚された日本人である。



 異世界召喚。そのシチュエーションは多岐に渡るが、今回行われたのは「勇者召喚の儀」と呼ばれるもの。呼び出す「召喚主」と召喚される「召喚者」、この二者がいるタイプであった。


 レン達が呼び出された異世界<イデア>。

 科学という概念がない代わりに、『スキル』や『魔法』といった超常の力が日常的に存在するファンタジーな世界であり、地球にいたような野生動物に加えて、モンスターなんて怪物共が闊歩する危険と隣り合わせの世界でもある。『人族』、『魔族』、『神族』、『竜族』と様々な種族がこの世界では暮らしているという定番設定に、ケモノミミや尻尾の生えたロマン種族『獣人』もいるという。

 この展開は、オタクにはこれ以上ないご褒美といえよう。

……といっても、初回ならばいざ知らず。実質、三回目のような感覚を持つレンにとって、あまり新鮮味はなかったが。


「レン、頼むからその『ニコル教』だけはやめてくれないか?」


 ニコルが苦々しい顔をしつつ言ったが、レンはそれを「事実だろうが」と流すだけ。


 異世界人や王子・王女を乗せた馬車は、好きにしてくれと項垂れる王子様となぜか勝ち誇ったような態度をとるレン、それをニコニコと見守る王女様……といった具合で、中々にカオスな空間が構築されていた。

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