『レン』
お久しぶりです。
いつものように怠惰でしたはい。
……ほんと、すいません。
染み渡るように鈴の音色が広がる。
その音が鳴ったかと思えばレンの姿はその場から搔き消えており、エスレビヌの正面に斬りかかった形で移動していた。両手には緩やかな反りのある刀が握られ、その刀身はエスレビヌを護るように存在する『不可視の障壁』とせめぎ合い刻々と火花を散らす。
レンの顔は憤怒や憎悪など暗い感情に染まり、全身からは突き刺すような鋭い殺気を放っている。対照的にその気迫を受けたエスレビヌはというと、楽しそうに顔を綻ばせているだけだ。
そんな些か冷静さを欠いた様子のレンだが、己の刀が容易く受け止められている光景を冷静に認識していた。癇癪を起し斬りかかるほど頭に血が上っていても、状況が理解できないほど平静さを失う素人でも、肉体の反応が鈍ってしまう弱者でもなかった。
仮にレンがその程度で終わってしまうような人間だったのなら、エスレビヌの言葉は激怒する要因になり得なかっただろう。
「──斬り裂け、【鈴音】」
その短い一声をキーに、刀からオーラのような光が立ち上る。
それから事態の進行は早かった。長いことレンの刀の進撃を阻み続けた障壁は、まるで最初からなかったかのようにあっさりと切り裂かれた。障害がなくなったことで振り抜かれた刀はエスレビヌのいた場所に牙を剥くが、すでにその頃にはバックステップで退避しており掠りすらしない。
「さすがは日本魔術師を束ねる名門≪柏樹≫の宝刀【鈴音】だね。僕の神威をこんなにも簡単に剥ぎ取るなんて」
己の守護を破られてもエスレビヌの態度は変わらずだ。
……それも、当然といえば当然ではある。相手が一定の実力を持つと分かっていて、序盤から自身にとって有力な手札を投入する愚か者はいないのだから。
「……魔法魔術魔力霊力魔素瘴気妖気……どれも違う?」
次々と頭に浮かぶ超常候補を挙げていくが、そのどれもパッとしない。
過去でも、幾らかの未来でも、レンの知識に似たようなものはあれど該当なし。
だがレンの勘は、先の障壁が格の高いものが無意識に発する気の塊みたいなものだと告げていた。漏れ出る魔力や霊力、ただそこに在るだけで発してしまう瘴気や妖気のような『なにか』だと。
向こうの世界には、ドラゴンを筆頭として高ランクのモンスターが魔法の威力を軽減する結界を無自覚に纏っているケースが多い。学者によれば、内から漏れた力が持ち主に恩恵を与えた結果の一つだとかなんとか。
モンスターとして格の高い怪物共でそうなのだから、そんな生物以上の次元を行く存在でこれなのだとしても納得のいく話である。
的外れではないだろう自身の考察に心底嫌気が差す。
──なぜならそれは、存在としての格が圧倒的なまでに違う。そう小さくであれ心のどこかで認めているということなのだから。
怒りや憎悪といった感情に不快感が加わり、レンの精神がより掻き乱される。
「神様に知られているとは光栄ですね」
レンはそう皮肉気に吐き捨て、【鈴音】の柄から手を放す。
「でも、前見たのと同じ状態じゃないんだね。ここは過去と、いくつかの未来の上に成り立って──………」
宙に放られた宝刀は、そのまま重力に捕まって地に落ちる──かに思われたが、まるで魔法のように柔らかな光を放ちながら消えてなくなる。
「【無命の剣】の二振りを使わないのは理解るよ? あれは未来のものだから──………」
レンの視線は消失していく武器には向けられておらず、その両目はエスレビヌの姿をしっかりと見据えていた。初撃を制されてもレンの瞳に諦めの色はない。
「でもさ。魔術やその刀の契約精霊は、過去のもので──………」
エスレビヌの──≪神≫の声など、ただの思考を遮ろうとするノイズでしかない。聞く価値など無い。
レンは、静かに瞳を閉じた。
『相手は腐っても≪神≫。僕に、神に関する知識はない。能力は不明、力の底も全く見えない』
──そんなこと、対峙してる俺が一番解ってるさ
『それなのに、抗うのですか?』
──決まってるだろうが
『【鈴音】の精霊刀としての使用は無理でしたが、僅かながら力を扱えただけ上々……ですが、届かなかった。奴が把握してないだろう魔術も、誠に遺憾ながらブランクにつき制御不可で没。勝てる見込みは、まったくと言って良いほどにありません』
──知るかよ
『そもそも、癇癪で斬りかかった時点で悪手だった。僕はそんな短慮な行動をする人間ではない。何故です?』
──俺なら分かってるだろ
『ええ。分かるし、最初から知っている』
──だったら、少し付き合え
『勿論です。過去の柏樹花蓮は現在の柏木蓮で、同時に柏木蓮は柏樹花蓮だ』
──じゃぁ、しばらく借りるぞ
「過去や未来なんてのは関係ないさ。俺達は、俺は──『レン』だ」
──こいつは『敵』だ
──全力で潰すのみ
どの時間軸のレンも、敵に情けなどかけない。記憶が失われようと、力が封じられようと、知らない場所に飛ばされようと、裏切られ絶望に暮れても………その性質は一切変わらない。
それが『レン』という人間なのだから。
「〝種族変化・赤竜〟!」
変化は劇的だった。レンの日本人らしい黒髪が紅く染まり、頭部には一対の獣耳が生え、背と臀部の間からは毛並みの良い尻尾が伸びる。
本来なら成長の限界まで至った混血種しか得ることのないはずのユニークスキル『種族変化』。それを使ったレンは、己の種族を人族から竜族へと転じたのだ。
「さぁ、静かな『神殺し』を始めようか…!」
今度こそ、平穏な日常を取り戻すために。
深夜テンションです。
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