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神域は和風だった

──パリンッ──


 頭の中にあった『蓋』のようなものが、ひび割れそのまま砕け散った。酷く耳障りでありながら爽快でもある音色が響く。


 破砕音が響くと同時にすべてを取り戻した蓮は、満ち足りた感覚に浸る。


 『時間』という、生物が到底超えることの出来ない絶対不可侵の壁。蓮も人間であるが故に、それは自然が織り成す拒絶不可能の拘束となる。

 だがしかし。蓮が飛ばされたここは、その〝時間〟の概念が存在しない上位の世界だった。そのために天然の枷は瓦解し、封じられていたものは解き放たれた訳である。


 例え、この充足感が長続きしない仮初めのものであったとしても、〝憶えている〟というのはそれだけで気分が良いものだ。


 少しして、レン・・はゆっくりと目を開いた。


 最初にレンの目に飛び込んできたのは、風情ある和の一室とそこから見える自然豊かな庭園だった。教科書に載っていそうな典型的な『和室』と、まるで慈照寺(=銀閣)の銀沙灘のように見える砂利の庭だ。


 「日本家屋というやつだろうか」と考えたが、生憎とレンにその方面の知識はなく、ただのイメージが先にきただけの感想のようなものにすぎない。


「……どういう、ことだ」


 だが、重要なのはそこではない。いや、そこではあるのだが、そうではない。

 目前に広がっている光景の異常さに(軽く?)混乱し、顔が強張る。


 すべての物体が色を失くした冷たい空間でもなく、目に映る空間がただただ真っ白な神聖な不思議世界でもなく、足が踏みしめる大地が連なった雲海から成る天上の世界でもない。


 そしてどんなに記憶を掘り返そうが、こんな経験は一度たりともなかった。それこそが一番の問題だ。


「転移した先が和風のお屋敷って何なの、新手の虐めですか?」


──なので、この場にいるであろう存在に問いかけてみる他になかった。


「……ほぅ。どの未来でも、この世界に招いたことはないはずなのじゃがの。パニックにはならんか」


 いつの間にかそばまで近寄ってきていた、斑模様の猫に話し掛けられた。

 猫が人の言葉を話した。それも動画投稿サイトに上げられるような“真似事”ではなく、人と比較しても遜色ない明瞭な発音で。


 そうなれば驚くわけで、


「キェェェェェェアァァァァァァシャァベッタァァァァァァァ!!」


 レンは某奇怪な叫び声を上げた。まるで、思い切りはっちゃけて混乱を吹き飛ばそうとするかのように。


「なんじゃ騒々しい」


 <地球>ではそれなりの知名度を誇る奇声を、猫は冷徹にも即切り捨てた。


 レンも騒いで不満を吐き出したお蔭か頭が冷えたようで、この場で尤もな疑問を口にする。


「で、何なのお前?」


 ストレートに。


「吾輩は神である」


 猫のほうも端的に答えた。


 惜しい、そこは『猫』だと思った人も少なくはないだろう。

 で、この猫様は神(自称)らしい。いや、一部愛好家からは神(もしくは姫)のように扱われているが。


(猫なのに中二、しかも邪気眼……)


「不正解だ、エセ漱石」


 少し同情した。あの、ある意味で致死に成り得る不治(個人差があります)の病を、まさかまさかで猫が発症しているなんて……と。

 レンは憐憫の目差しを向ける。だからと言って、辛辣な評価を発言することを躊躇するか、と訊かれれば一切関係はないが。


相も変わらず・・・・・・失礼な奴じゃの、お主は。もう少し、礼儀正しくしてはどうじゃ?」

「余計なお世話だ。礼儀正しく猫かぶるのは、昔に腹いっぱいになって胸焼けするくらいやったよ。……久しぶりだな・・・・・・


 ちなみにだが、ここまでのくだりは普通に茶番である。互いに面識があったが故に発生した掛け合いだ。


 そして、なんの脈絡もなく(『返事の前の儀式』と考えればある、かもしれない)、猫の周囲を包み込むように光の奔流が発生する。変身時のライトエフェクトのようなものだと思えばいい。


 光の嵐が収まると、そこには『女神』がいた。

 美しい金色の髪の、儚げな雰囲気を纏った少女。彼女は浮世離れしたヒラヒラの衣服を身に着け、煌びやかなティアラを頭にのせている。


「うむ。そうは言うても、この世界には時間の概念は無いがの。まぁ……久しぶり、じゃ」


 呆れ半分の態度で、少女は苦笑を浮かべながら挨拶の言葉を口にする。


「ところでネイシス様? こんな世界に来た経験は、一度としてないんですがね?」


 レンは慇懃無礼な感じに尋ねる。

 その質問が、多少責め立てるようなものに感じるのは、選択した言葉遣いの特徴故か。それとも、レンの内に抱えられた感情が滲み出たのか。


 「様」と敬称が付けられているのは、皮肉ではない。この少女が、転移した先の異世界<イデア>に君臨する神々を統べる≪神皇≫であらせられるからだ。ちなみにだが、普段は付けない。


 当のネイシスはその疑問を受け、悪戯が見つかった子供のような──それ以上の疚しい気持ちを含んだ笑顔を浮かべる。


 今回の異世界転移、その初っ端からイレギュラー発生という先が思いやられるスタートだったことをしっかりと理解しているからだろう。


 ちなみに、未来が終わったとき・・・・・・・・・なら、レンはこことはまた別の『上位世界』とでも表現するべき時間の入り交じった空間に招かれたことが何度かあったのだが。


「いや、そのな? 此度の件は誠に遺憾だったというか、≪神皇≫である儂には従わざるを得ない案件だったというかの。色々と、複雑な事情があるのじゃよ……」


 そう、ネイシスはアンニュイな表情で語る。言葉通りの不本意な行動なのか、自虐的な雰囲気で溢れていた。


 レンはそれを半眼で見詰めていた。説明になってねぇ、と。

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