双子の問題児(3)
「そろそろメルが追いかけてくるかな?」
「さっき、アウリオンの方からメルの声が聞こえたから、今ごろこっちに向かってるんじゃないかな」
ルーチェを連れ出したレコンとメランは、雪道を進みながら木の実を探しつつ、メルに捕まらないよう移動していた。
足跡を逆戻りして追跡を難しくするなど、メルを惑わせるようにいろいろな仕掛けを施している姉弟は、メルが仕掛けに引っかかる様子を想像しながら楽しそうに森を進む。
色々な工具やそこらの自然物を使いながら仕掛けを作る姉弟を、ルーチェは慣れない雪道に苦戦しながらも、感情が読み取りづらい瞳の奥に、確かな興味を示しながら凝視していた。
対メル用の仕掛けを作るのに夢中だった姉弟も、後ろから注がれる視線はさすがに気になるようで、休憩も兼ねて岩の窪んでいる地点に腰を下ろした。
ルーチェもそれに倣って窪みにしゃがみこむが、その視線は姉弟の持っている工具に注がれている。
「……そんなにこの槌が気になる?」
レコンが自分の前に金槌を持ってくると、ルーチェは小さく頷いた。
「これは金槌って名前でね、僕が一番よく使う道具なんだ」
金槌の説明をするレコンに対して、ルーチェは金槌ではなくレコンを指差し呟いた。
「……金槌。金槌持ってる、名前知らない?」
一瞬きょとんとした姉弟は、自分たちがまだ名前を教えていないことに気づき、思わず笑いそうになってしまい、慌てて口を抑えた。
「それもそうだ。レコン、私たち自己紹介してないじゃん」
「そうだよ、しかも今ルーチェが履いてる靴って僕の靴じゃん」
声を抑えて笑う姉弟を、不思議そうな目で見ているルーチェに対して、姉弟は自分達の象徴とでも言うように、レコンは金槌を、メランはスパナを手に持った。
「私の名前はメラン・コロル。このスパナを腰に差してる方がメランだからね」
「僕の名前はレコン・コロル。この金槌を腰に差してる方がレコンだよ」
「双子で見た目も似てるからよく間違えられるけど、私が女でレコンが男だからね」
「もう少し声が変われば、もっとわかりやすいんだけどね」
交互に自己紹介を行う姉弟に、ルーチェはゆっくりと指を向けた。
「……レコン。……メラン。……メルとシオンはどっち?」
名前を間違えずに覚えてもらえたことを喜んでいた姉弟は、そのあとに続いた質問に何とも言えない表情を返したが、ルーチェを保護した経緯と記憶喪失の件はシオンから聞いているため、特に驚くことはなかった。
「昨日の夜キノコをくれた、金髪の人がいたでしょ。あれが僕たちの団長のシオンだよ」
「それと、シオンにすぐバカっていう青い髪の女の人がいたでしょ。あれがすぐに私たちにお説教するメルだよ」
視線を宙に彷徨わせながら、シオンとメルのことを思い描き、名前と顔を覚えることができたのか、心なしか満足気な表情をルーチェは浮かべた。
その表情を見て、シオンとメルを覚えることができたと判断した姉弟は、あの時にもメルにお説教された、シオンは意外と頼りないなどと、ルーチェに語り始めようとした時、岩の窪みを見下ろす形で、話の渦中のメルが現れた。
「やっと見つけたわよ、このバカ姉弟!」
肩で息をしながらも、怒り心頭だということがわかるほどに片目がつり上がっているが、その服装はかなりボロボロだった。服のあちこちがほつれ、髪留めが途中で取れてしまったのか、いつもの一本結びも解けてしまっている。顔には思い切り枝に当たったのだろう、赤い跡が残っている有様だ。
「よくもこんな短時間に、これだけの罠を仕掛けられたものね。いつもながらに呆れを通り越して感心するわ」
姉弟を見つけたことで怒りが多少は収まったのか、髪に刺さっていた枝を抜きつつ軽くため息を吐く。そんなメルの様子を見て、固まっていた姉弟は慌てて手を振りながら釈明を始めた。
「違うよ!服がぼろぼろなのは枝を使った足払いに当たったのかもだけど、髪に枝が刺さってるのは私のせいじゃないよ!」
「そうだよ!新しく作った雪迷彩チクの実を踏んだかもだけど、顔の赤い跡は僕のせいじゃないよ!」
「そうかそうか、あの強烈な足払いとまばらに置いてあった白いチクの実は、あんたらの仕業か!」
しまったと言わんばかりに口を抑える姉弟に対し、メルは怒りを再燃させた。
「まずいよメラン、このままだと捕まる!」
「逃げるよレコン、ルーチェも急いで!」
「メルから逃げる、なんで?…おっ」
メランは首をかしげているルーチェの手を掴み、その隙にレコンは小さな筒をメルに向け、その小さな筒から伸びている紐を引き抜こうと手で掴む。
「待ちなさい!って何その細いの、見たことないんだけど!」
「まだ作ったばかりの新作だからね、よーく狙って発射!」
紐を引き抜かれた筒からは小さな玉が発射され、網状の大きなネットが空中で大きく開き、メルに覆いかぶさるように地面に落ちた。驚きから立ち直るやいなや糸から抜け出そうとするものの、微妙に粘着質であることと、ほつれた服に絶妙に絡みつきなかなか脱出できないようだ。
「ちょっとなによこれ!ベトベトしてるし剥がれないし、ああもうレコン、許さないからね!」
ミノムシのような状態で悔しそうに地面を転がるメルに向かって、レコンとメランは小さく舌をだしながら森を走り抜けようとして、突然目の前に現れた大きな壁に激突した。
2人で鼻を抑えつつ頭上を仰いだ姉弟は、即座に体勢を立て直して逃げ出そうとしたものの、その大きな壁に捕まり空中で暴れることになった。
「おやおや、朝から賑やかですね。これはなんの騒ぎですか」
「……昨日のシチューを作った人?」
姉弟が捕まった拍子に、軽く宙を飛んだルーチェはディグの頭にしがみつく形で着地していた。ルーチェが捕まりやすいようにディグが姿勢を低くしたのだが、その心遣いを知ってか知らずかそのままよじ登り、肩車のような位置に収まった。
「はい、ディグ・リゲードと申します。ルーチェ・メーリオンさんでしたね、よろしくお願いします」
頭の上にいるルーチェに話しかける様子は、さながら親子のようだが上に乗っている子供が全く嬉しそうな表情をせず、さらに両手には1人ずつ子供の襟を掴んでぶら下げているため、なんとも不思議な構図になっている。
「助かったわディグ、早くそのバカ姉弟を連れてアウリオンに戻りましょう」
念の為に仕込んでいたナイフで糸を切り、何とか脱出を成功させたメルが疲れた表情でディグに歩み寄る。両手にぶら下がっている姉弟は、無抵抗のまま脱力しておりもはや抵抗する気はないらしい。
「なんとなく事情は分かりましたよ。とりあえず、帰って朝食を取ることにしましょう。皆さんお腹がすいたでしょう」
ディグの言葉に応えるように頭の上から小さく音が鳴り、その音にメルやディグ、メランとレコンも思わず笑い出し、ルーチェだけがいつもの表情でディグに肩車をされたまま、頭をゆらゆらと揺らしていた。