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梅色ごよみ  作者: 風速健二
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八月になれば

 八月はお盆の季節だ。東京は七月に行う。夫の実家がそうだった。この時はわたしも夫と一緒に出向いて仏壇に線香を添える。

 既に夫の両親も他界しており、今は義兄が跡を取っている。夫が実家に行くのは正月とお盆だけなのだ

「実際、親が居なくなると行き辛くなるものだよ」

 そう理由を言う。確かにそうなのかも知れない。わたしは兄弟が居ないので判らないが、そんなものなのだろう。わたしの親と暮らしてくれる夫には密かに感謝している。

 わたしが子供の頃は未だ近所に笹が植わっている藪が沢山あったので、そこから二本失敬してお盆の飾りに利用した。今では宅地化が進みこの辺りに藪は存在しなくなった。だからお盆の飾りも簡素化してきている。

 ウチの近所でも新しく越して来た家はやらないだろうし、実際迎え火を焚いている家も数えるほどしか見ない。

「よくねえ『旧盆』って言うでしょう? あれ間違いよ。本当に旧暦でやったら八月の終わりになってしまうのよ。実際は農家の人がやりやすい様に月遅れでやったのよ。だから『月遅れのお盆』って言うのが正しいのよ」

 これは母の言葉だ。毎年、飾り付けや盆提灯を出しながら言う。聞き役はいつもわたし一人。仕事が休みの夫はこの時ばかりは不思議と何時もいない。

 十三日は夫の運転で母と三人で菩提寺に出向く。住職に挨拶をして、色々なものを収める。

 以前は檀家を廻ってくれたのだが、数年前足を悪くして、歩くのが困難になった。それでも息子さんに運転をさせて廻っていたのだが、その辛さを見て檀家で相談し、お盆の時期にお寺でお焚き上げみたいにして檀家の先祖の霊を供養してくれれば良いとなった。息子さんが修行を終えてこちらに戻って来て新しい住職になる間はそうしてくれて構わない、となったのだ。だからその分の御経料も収める。

 その後はお墓参りをする。お墓を掃除して花と線香を添えて祈る。祈る事はその時その時で違うが、大抵は「健康でいられますように」とか「家内安全」とかである。

 帰ろうとすると母が

「わたしも、もうすぐここに来ることになるのね」

 あっけらかんと、とんでも無い事を口にした。

「お義母さん、バカな事を言っては駄目ですよ。未だ未だ達者じゃないですか」

 夫が驚いて言うと母は

「でもね、歳に不足は無いし、それに最近良く死んだ家族の夢を見るのよ。なんか懐かしくてねえ」



 わたしは、お盆なので感傷的になっているのだろうと、その時は思ったのだ。

 夕方、辺りが薄暗くなり始める頃に迎え火を焚く。以前は遠くまで行っていたのだが、最近は玄関の前で行う。

 この時は大抵家族皆が集まっている。大学が休みの息子も、会社が休みの娘も参加する。きっとご先祖様も皆が達者なので安心するだろうと思うのだ。

 夜になると夫が御経を上げ始めた。

「住職さんが来られないので、下手だけど、せめて俺が上げるよ」

 そんな事を言って上げてくれる。実は夫は御経には詳しく、結構上手いし、般若心経なら空で唱えられるほどだ。

 お盆の提灯の回廊の灯りに照らされて家中に夫の御経響きき渡る。こうしてお盆の夜は過ぎて行く。

 お盆も実際はあっと言う間に送る日が来てしまう。我が家は十五日の深夜に送るのだ。他所の家は十六日の朝だったり、夜だったりするのだが、この理由を以前母に尋ねた事がある。

「だって、十六日は藪入りよ。お嫁さんや使用人は朝から実家に帰って居ないのよ。だからウチは十五日に送るのよ」

 夏も藪入りってあったのか! と驚いた記憶がある。もしかしたら我が家だけなのかも知れない。だって、前に誰かに尋ねたら

「藪入りは一月十六日だけじゃないかな?」

 と言われたからだ。でも、母の

「他所は他所、ウチはウチ!」

 その言葉に納得してしまった。我が家は、昔は大きな家だったそうだ。結構な資産家で使用人も幾人も使っていたそうな。

 今は何処にでもある平凡な家だけど、今夜向こうに帰るご先祖様はどう思っているのかとふと思っておかしくなった。

「何もお構い出来ませんでしたが、また来年もどうぞ」

 決まり文句だが、母はこの言葉を心の底から言う。何故判るかと言うとわたしも同じ気持だからだ。

 出来れば、この気持を息子や娘にも伝わって欲しいと思う。

「ひいばあちゃん。この世を楽しんでくれたかなぁ」

 焚き上がる炎を眺めながらいきなり息子がつぶやいた。

「大丈夫だと思うわよ。きっと来年は何処に行こうか? とか思っているかも知れないよ」

 娘がそれに答えて言うのを聞いて、この子達なりに何かを感じているのだろうと思うのだった。

 こうして今年のお盆は終わりを告げる。秋の気配は未だ感じないが、きっと確実に傍までやって来ているのだろう。


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