花火大会の思い出
七月も学校が夏休みに入ると各地で花火大会が開かれる。都内でも数多くの花火大会が開かれ、テレビ中継される所もある。
わたしの家がある街でも花火大会は開かれる。但し、有名な所が終わった後に開かれるのだ。
「もう散々他所で見たからいいよ」
息子や娘は子供の時期を過ぎて思春期になると、地元の大会の日は東京に遊びに行くようになってしまった。
残された母とわたし、それに連れ合いと三人でスイカを食べながら家の縁側に座って眺めていた。
それが、この頃、娘が会社の友達を呼んだり、息子が学校の仲間を連れて来たりして、のんびりとスイカを食べてはいられなくなった。
「どうしたの? 地元の花火なんか興味あったの?」
娘に、そう憎まれ口を利くと
「うん、何だかいい場所で見るにはお金も掛かるし、それに、毎回おんなじ場所じゃ飽きちゃってね。それと、これは内緒だけど、お祖母ちゃんと一緒に見る事が出来るのも、そう何回もある訳じゃないと気が付いたの。あ、これ絶対秘密だからね」
「未だ大丈夫よ。それにお祖母ちゃんは花火好きだから」
「確か、実家が両国の近くだったのでしょ?」
「うん、駒形よ。わたしも小さい頃は毎年見に連れて貰っていたけど、途中で一旦廃止になってね」
「どうして? 何かあったの?」
「公害が酷くてね。隅田川が臭うようになったの。臭いのに花火でもないでしょう」
「そうか、そうだね。それでおばあちゃん、昔の事言わないのかな?」
そう言えば、この娘は母から昔の隅田川の川開きの事は、全く教わっていないと気がついた。
「いい機会だから今年は尋ねたらどう?」
「うん、そうしてみる」
そう言いながら娘は仕事に向かった。
朝の後片付けをしていると息子が起きて来て
「今年も達也を連れて来るから何か食べさせてね」
そんな事を言っている。
「皆と同じものだったらいいわよ」
「それでいいよ。じゃ俺、図書館に行って来るから。夕方には帰るから」
オレンジジュースだけを口にすると、時計を確認して急いで出て行った。恐らく達也くんと待ち合わせているのだろう。
片付け物をしていると、十時を過ぎていた。奥の部屋で何か作業をしている母に
「ねえ、お茶にしない?」
声を掛けると喜びを含んだ声で
「いいわね~ わたしはアイスティーがいいわ! レモン入れてね」
「判ったわ」
このところの母はアイスレモンティーがお気に入りだ。たまにその中に、梅酒をひとたらし入れる。本人曰く
「レモンと梅って相性が抜群なのよ。試してみなさい」
そう言って勧めてくれるのだが、わたしは正直アイスティー、そのものが余り好きでは無い。コーヒーそれもホットで銘柄はモカと決まっている。
「変な所はお父さんに似たのだから」
母としては、そう言っては呆れているが、その実、わたしの中に父を見ているのかも知れないと思う。
「ねえ、昔の川開きってどうだったの?」
昔、話してくれたかも知れないが、この際尋ねてみる。母は遠い目をしながら
「わたしが良く見ていたのは終戦後間もない頃だったけど、隅田川もまだ綺麗でね。泳げたのよ。泳いでいる魚なんかも良く見えたしね。それに花火師さんたちも暑いと川に飛び込んだりしていたわ。良い時代だったのかも知れない。それに、花火って余りにも近くだと、音が凄いのよ。耳を塞いでいないと鼓膜がおかしくなってしまうほどだったわ。遠くだと音は後から来るけど、直ぐ傍だったでしょう。だから同時なのよ。それに風向きによっては花火の燃えカスが降って来る事もあってね。晴れているのに傘持って見た事もあったわ」
わたしの幼い頃の記憶では傘を持って見た事はなかったが、音が凄かったのは覚えている。
「もう一杯頂戴! 今度は梅酒入れて飲むから」
突き出されたグラスの氷が「カラン」と音を立てた。
数日後の地元の花火大会。天候にも恵まれて、近隣から結構人が集まって来た。なんせ田舎だから、どこでも見物する事が出来る。それなのに今日は、私と夫と母の他に娘の会社の同僚、それに息子とその友人が縁側に陣取っている。
娘は始まった花火もろくに見もせずに、母と色々と話している。きっと、昔の事なのを訊いているのかも知れない。こうして、母の記憶も少しは伝えられて行くのだろう。
息子が、用意してあった五目寿司を盛り付けながら
「やっぱり家で見られるって良いよね。距離も丁度良いしさ、それに今日の五目寿司、錦糸卵が沢山乗っていて好きだな」
息子なりに何かを感じているのだろうか、桶に冷やしておいた缶ビールを手に取ると夫に渡した。
「父さんも呑もう」
言われて夫も目を輝かせて
「おう! 呑むか!」
そう言って缶ビールの口を開けた。白い泡と花火が重なって見えた。きっとあすも良い天気だろう。お月様が笑っているような気がした。