ひおうぎ(虹色幻想33)
あの花の名前はなんだっけ?
オレンジ色の小さな花が今年も綺麗に咲いた。
名前を教えてくれた彼女は、あの花の下で眠っている。
彼女が死んで、どれ程の時間が流れたのだろうか?
数えることも忘れてしまって、もう自分がどれ程長く生きているのかさえ分からない。
そうして長い間ずっと彼女を待っている。
「いつか必ず生まれ変わってくるから待っていて」
そう告げた彼女はまだ現れてくれない。
コンコンと書斎のドアがノックされる。
「お客様がご到着です」
男が告げた言葉に頷いて、書斎を出た。
久しぶりに帰ってくる娘。
この家を出て二十年ぶりらしい。
そんなに時間が経っていたのかと驚いた。
「お久しぶりです。靖明さん。相変わらず、お綺麗ですね」
居間で待っていた娘は老けていた。
「久しぶり。元気そうで何よりだね」
はい、と頷く顔に昔の面影はあまりない。
人はこんなにも早く老いていく。
自分だけを残して。
「それで?今日はどうしたの?」
「…私の娘のことでお話があります」
「娘?生まれていたんだね。
いくつになったの?」
「もうすぐ二十になります。
あの子が生まれ変わりかもしれません」
その言葉に驚く。
「生まれ変わり?彼女の?」
「はい。胸元に鱗の痣があります。
それで今日、連れて来ました」
「…分かった。彼女のことは僕が面倒みよう」
「よろしくお願いします」
泊まっていけばいいのに、帰ると言って娘は帰って行った。
たくさんの人が流れては消えていく。
彼女が死んで、子供が死んで、孫が死んで。
それでも僕は永らえる。
永遠の時を待っている。
あの花の下で眠る彼女を待っている。
「鱗の痣を持つ娘、か」
彼女にも鱗の痣があった。その痣は名残だ。
彼女が人ではなかった証。
その痣を持つ娘が現れたのなら、彼女かもしれない。
自信は持てなかった。
本当に彼女が現れたのだろうか?
現れたのなら、何故すぐに会いに来てくれなかったのだろうか?
無意識にあのオレンジの花の元へと向かっていた。
そしてそこに佇む娘がいた。
娘が振り返る。
そうして微笑む。
「どうしたの?変な顔して」
呆然としている僕がおかしかったのだろう、面白そうに微笑む。
ああ、その笑顔が同じだ。
やはり、彼女は生まれ変わってくれたのだろうか?
「…この花の名前を知っているかい?」
問いかけて、答えてくれたら確実になる。
「やだ、忘れちゃったの?」
ひおうぎでしょう?
そう言って微笑む姿が過去と重なる。
ああ、やっと会いに来てくれた。
「待たせてごめんね」
謝る彼女を僕はそっと抱きしめた。