3-勇者戦争 前編
今回は魔の勇者視点です
勇者を捨て、魔族となった魔の勇者。
何事にも冷静、を通り越して無関心に思える態度。
そんな彼女の心中は実のところ穏やかではなかった。
その胸中には複雑な思いが渦巻いている、それはどれも負の思念で、光の勇者に対するものだった。
崇拝する魔術、この世界の数少ない娯楽である芸術。それらを壊した怒り。
理不尽なスキルを持ち、いずれ自分すら追い詰めかない力。それに捕まってしまえば猟奇的に犯され、殺されてしまうという恐怖。
自身の快楽のために国を滅ぼし、人々を虐殺する常軌逸した思考と、女性を物以下にしか見ていない事に対する嫌悪感。
殺すしかない。私はそう決心し、行動を起こした。
しかし殺せなかった。
能力は私のほうが圧倒的に高い。だが光の勇者のスキルはこと生存ということに置いて異常だった。
一撃必殺の攻撃以外は受け付けず、その攻撃も1割しか体力を削れない。
私は魔法を使って戦うために、連続して一撃必殺となる攻撃を放つことはできない。
戦いは常時私の有利でありながら、光の勇者を倒すことはできなかった。
単独では光の勇者を殺せなかった私はすぐに星の勇者の元に向かった。
彼は最も有名な勇者の一人。光の勇者とは逆に良い意味で名声を響かせている。
そして魔法を理解し、芸術を理解できる人間だ。
私に貴重な魔道書を提供してくれた恩もある、数少ない頼れる人間。
しかし光の勇者を倒す事は彼にも無理らしい。だが希望はあった。
星の勇者である彼は情報の収集と分析、占いに長けていた。
その彼によると剣の勇者ならば、正確には剣の勇者の協力を得れば光の勇者を討ち倒せるらしい。
実の所、最初は剣の勇者にはあまり期待していなかった。
一番最初に身勝手に離脱し、今でも勇者らしい名声などない。
呼んで来るかわからないし、来たところで戦力になるのだろうか?
しかし、そんな考えは一目会って変わった。
雰囲気、オーラとでもいうのだろうか、剣の勇者のそれは歴戦の戦士。
そのレベルは2000程度であっても、私よりもスキルの数は多い。
理由はわからなかった、今この状況ではどうでもいいことだ。
努めて冷静な態度をとりつつも、内心では興奮していた。これはいける、と。
話し合いもスムーズに進み、星の勇者の指揮の元に私達は光の勇者の討伐に向かった。
光の勇者が作った、否、乗っ取った絶対神聖ヒカリ超勇者帝国。
この国は大義名分など一切なく他国を侵略していく。
その戦術は光の勇者の単独戦闘。その後で兵士による蹂躙、略奪。
単独の状態の光の勇者を迎えうつのはそう難しいことではない。
私と星の勇者、および剣の勇者は聖教国、国境付近にて光の勇者と退治した。
「てめえら、俺の邪魔しにきたんだな?特に魔の勇者、今回は逃げられるとは思うなよ。特に魔の勇者、今度こそ絶対正義の俺様が捕まえて、犯して、改心させて、犯してやる」
光の勇者は、開幕から低知能で下品だった。
「もうやめるんだ、光の勇者。こんな――」
「うるせえよ、俺様の邪魔をしやがって。ちょっと人から持ち上げられただけで俺様と対等だとか思っちゃっているの?死ねよ。まぁ俺に献上するための国と物作ったのはいい事だからさ、早く死んで全部俺に寄越せよ。お前の作った最高の装備も、お前の国の食いもんも酒も、あとお前の女もな。俺様は超優しいからさ、汚ねえお前が触れた女でも愛してやるよ」
光の勇者は、一通り吐き捨てた後に、今度は剣の勇者をにらめつける。
「ていうかなんだよお前、最初に勝手にPT離れやがって、まぁ男だしいいけどな。それで今ごろのこのこ戻って俺様の絶対正義を邪魔をしやがる害虫野郎が。死ねよ、っていうかなんで死んでねえんだよ、死ねよ。お前は何ももってねえしな、完全に害悪じゃねえかよ屑が。しかたねえから俺が殺してやるか。」
勇者の言動に、多少は説得するつもりもあったらしい星と剣の勇者も理解しただろう。
こいつはだめだと。そう、こいつは話をするだけで害悪。殺すしかない。
「クックック、言葉を交わすだけ無意味だ。いくぞ」
「うわ、問答無用かよ。まじで勇者失格だなてめえら。でも安心しろ、俺様っていう絶対正義で超最強の勇者が残ってるからな!」
全員が武器を構え、4人の勇者の戦闘が始まった。
「タウロス・サイン!プラネット・ウェヌス!白照!」
まずは星の勇者が支援スキルを展開。
「甘い甘い甘い、絶対最強超勇者ディスペル!」
それに対して勇者はすぐに解除魔法を使う。最上級の解除魔法によって3つの支援効果は全て消え去る。
これは一見して冷静な判断なようで、全くの悪手である。
解除魔法の直後、私は剣の勇者に攻撃支援魔法をかける。
「クックック、暴虐の牙、タイラントウェポン」
「はあ!!」
同時に剣の勇者が飛び込み、光の勇者に斬りかかる。
「ぐあああぁぁ!!な、何――!?」
こちらは3人なのだ、悠長に支援効果を解除していればこうなるのは自明。
そして剣の勇者の刀は、光の勇者を切り裂き、たしかにダメージを与えた。
つまり本来であれば一撃必殺の斬撃だ。
たしかに剣の勇者と光はレベル差がある。しかしそれは私の支援魔法で帳消しになっている。
これも当然だ、剣の勇者と光の勇者の差など問題にならないぐらい、私のレベルは高い。
そして剣の勇者は他の勇者よりかなり多くのスキルを持ち、それは攻撃面に偏っている。
ドドメに剣の勇者の持つ武器。この刀は元々剣の勇者が持っていたものではない。
この戦いのために星の勇者とその領民、強力者全てが総力を結集して創り上げた最高の一振りだ。
今の剣の勇者は世界にいるだれよりも強い近接攻撃を放つことができる。
「美しいものだな。守護を、タートルプロテクション。クックック」
光の勇者が怯んでいる隙に補助魔法を重ねていく。
私も上級魔法で攻撃すれば光の勇者にダメージは与えられる。
しかしそれでは剣の勇者も巻き込みかねない。
今回の私の役割は2つ。
1つはやっかいな勇者スキルを妨害すること。
体力を回復させるヒール系もそうだが、何より妨害するべきは転移だ。
これをやられてしまうと作戦が崩壊してしまう。
光の勇者はほぼ全ての状態異常、ほとんどのマイナス効果を打ち消してしまう。
本来ならスキル封印や沈黙の状態異常にしてしまえば楽なのだが、それはできない。
光の勇者がそれらのスキルを発動した時に、私が動いて発動を遅らせるのが精一杯だった。
2つ目は剣の勇者の守護。
剣の勇者は攻撃能力こそ優れているものの、防御能力は並である。
補助魔法を使っても、一撃で2~3割は削れてしまう。
回復や妨害系の魔法で彼を生存させるのも魔の勇者の仕事だった。
だが、結果的に私はそういった行動を起こすことはなかった。
「っふ!」
「ぎゃああああああぁぁ!!」
剣の勇者がまた光の勇者を切り裂く。
一方で光の勇者も剣を振るうが、剣の勇者は全てをいなし、避けていく。
3回、4回。
剣の勇者の刀は鋭く、光の勇者の大量を抉っていく。
スキルもレベルも関係ない。剣の技術の差。
それは強力なスキルに胡坐をかいた者と、この世界の一員として戦い抜いた男の差だった。
剣術レベルはその差を埋めてくれない。それは剣での攻撃に追加のダメージを加え、剣の術技を与えるスキル。
何もしなくても一流の剣士になれる、そんなおいしいものではない。
そして剣の勇者のなんと美しく、光の勇者のなんと無様な事か。
剣の勇者は魔の勇者に守りを任せ、多少強引になっても攻めていく。
そうでありながら光の勇者は攻撃をかすらせる事もできない。
「ふざけるなあぁ!!ぎああえええ!?」
光の勇者はただ罵声と悲鳴を上げるのみ。
10回の攻撃を身に受け、たいした抵抗もできずに全ての体力を失う。
故に、第1ラウンドは終了。作戦は次のステップへと移る。
そのために私はある魔法を発動させる。
「飛翔の扉、ポータルゾーン」