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万朶の桜か恋の色

 茜がかった空の下、花を散らす満開の桜。


 私はする事も無く放課後の教室から眺めていた。


 自分の名前が霧島『春奈』なのが理由か、私はこの季節と桜が好きだ。


 でも、少し私は他の人の感性とずれているらしく、散る桜よりも残る桜の方が好きだ。


 他の花が散ってしまう中、咲き続ける意志の強さ――いや、一種のしぶとさに私は惹かれてしまうのだ。


「あ、いたいた。春奈~」


 誰かが私を呼ぶ。


「ねぇ、訊いた?赤城くんが春奈に話したい事があるらしいよ」


「アイツが?何を?」


 親友の山城深雪やましろみゆきの問いに私はいまいち飲み込めてない反応をしてしまった。


「もう、鈍感なんだから。春奈と赤城くんとの関係的に考えられる事って言ったら一つしかないでしょ?」


「だから何?」


 まどろっこしいのはあまり好きじゃない。勿体ぶる深雪に私は少し語気を強くして訊き返した。


「こ・く・は・く、でしょ?」


「告白!?」


 告白――その単語を聞いた私は素っ頓狂な声を上げた。


 私とアイツ、赤城大和は家も近所で、幼稚園の頃から高校二年生までずうっと一緒……そんなテンプレな幼馴染の関係を10年近く続けている。だが、大和が私を異性とかそんな風に認識しているようには到底思えない、仲が良い友人に取る態度で私に接してくる。


 本人がどう思っているか解らないが、私の中では、あいつとは友達以上恋人未満の関係が近いと思う。


 まぁ、アイツはアホみたいに明るい奴で、女の子と友達以上の関係を築こうとする奴には思えない。それは10年以上の付き合いでそれを良く知っている。


 だけど……私はそんな大和が好きだったりする。そんな風に飾り気が無く明るいアイツに恋愛的感情を抱いていないというと嘘になる。


 だから、深雪の言葉を聞いて私の胸は高鳴ってしまった。


「んん~?顔が赤いですぞ、春奈殿?満更でもないのでは~?」


「ば、バカ!!そんな訳……無いじゃない」


「顔は正直だね。真っ赤になってるよ?」


「う、うるさい!!私、そんな風に思ってないし……」


 更におちょくりにかかる深雪に私は必死の弁解を無意識にしてしまった。


「ま、私は春奈と赤城くんはお似合いだと思うから、くっつけば?」


「深雪~!!」


「じゃ、予備校があるから失礼させていただきますよ」


 そう言って小躍りするように深雪は教室を後にした。そして、教室に私は一人取り残されてしまった。


「ったく……深雪の奴、他人事だと思って言いたい放題なんだから……」


 静かになった教室で私は短い溜息を一つ吐く。


「私も帰るか」


 何もせずにこのまま時間を無駄に過ごすのもアレなので、私は深雪と同じく帰る事にした。


――ヴヴヴヴ


 スマホのバイブ――何だろう?


 制服のポケットにしまってあるスマホを取り出し、画面を確認。通話だ……


「大和!?」


 通話元は大和からだ。スマホの画面に映ったアイツの名前を見て私の心臓は一瞬、驚きで跳ね上がりそうにった。


「もしもし、大和?」




 返事が無い。電波が悪いのかな?


『……春奈』


 しばらくの沈黙ののちに帰って来た大和の声ははっきり言って、アイツらしくは無かった。どこか強張っていて、本当に緊張しきっているような声だった。


「どうしたの?」


『……お前に、その……話したい事があるんだけど……』


「へ……?」


 大和の言葉を聞いて脳が理解した刹那、私の胸はさらに高鳴ってしまった。



『今、学校前の桜並木にいるんだけど……来てくれるか?』


「え……あ、うん。行くね」


『待ってる』


 そう言って大和は電話を切った。そして、教室に再びの静寂。


「……」


「えぇえええぇえぇえぇ!?」


 春の風情ある静寂は私の上げた、素っ頓狂な声でぶち壊された。


 深雪の話は本当だった。深雪にしては珍しく本当の事を言っていたみたい……でも、もし万が一の事があったりしたら……


 私はたまらずに鞄を掴んで、教室から駆け足で出て行った。



 何だか落ち着かない。心臓がドキドキいって、体中が熱くなる。自分でもどうかしてるくらい緊張しながら、私はこの桜並木を歩いていた。


 そんな慌ただしい私と対照的に桜は静かに咲き誇っていた。穏やかな春風に撫でられて、揺れる万朶の桜……私ははやる気持ちを抑えようとしたのか解らないが、桜の花を仰ぎ見た。


―――ここ最近の大和はどこか変だ。


 私はここ最近の大和の事を思い出して、アイツの様子が最近おかしいと思う。


 いつもはバカみたいに明るいアイツは最近、クラスで物思いにふけるような素振りを度々見せたり、どこか物静かだ……まるで何かを悩んでいるかのように。


 私は直感的に、大和が私に話す内容がアイツの『悩み』についてだと理解した。


 悩みって何?あの能天気で、元気が取り柄のような奴にある悩みって……?


「まさか本当に?……いや、ありえないでしょ」


 頭では解っている。


でも……


心の底のどこかでは、その『可能性』も捨てきれずにいた。期待、緊張……様々な要素が混ざって、穏やかな春の風景に相応しくない、ごちゃごちゃした感情が私の中で湧き上がる。


「あ……」


 いた。


 桜並木のベンチにアイツ――赤城大和は、どこか憂鬱な面持ちで腰かけていた。本当に何かあるように黄昏ていた。


 本当にアイツのあんな表情を見るのは初めてだ。あんな知的な悩みをしているような大和の顔なんて、知り合って一度も見た事が無い。


 本当に私に話すことって重要なんだな……黄昏る大和の表情は私に、そんな事をしみじみ思わせた。


「どうしたの?私に話したい事って」


 私は項垂れている大和の隣に腰かけて、おもむろに問うた。普通に声をかける事も出来たが、大和がこちらに気付く気配も無いので、私はこうしたのだ。


「あ、春奈……」


 私に気付いた大和は弱々しくこちらを見上げた。


「どうしたの?」


「いや、その……何つうかな……」


「らしくないじゃない。大和がそんな風にはっきり言わないなんて」


「……あぁ、そうだな。いつもと違うんだ、俺。解ってたかな?」


「うん……ここ数日様子が変だった」


「だろうな……」


 大和はそう言って苦笑い。そして、気まずい静寂が桜並木に戻った。


 空気が重い。息がつまりそう……何より、私の胸もドキドキしてしまっている。微塵もない事を期待しているせいで……。


「で、私に話したい事って?」


 気まずさと逸る気持ちに負け、私は大和を急く。


「……ちょっと待ってくれ。気持ちの整理を少しだけさせてくれないか?今……俺、この事をお前に伝える度胸が無くて……」


「え……?」


 ドクン。心臓が高鳴り、顔中が熱くなるのを私は感じた。まさか、大和……本当に?いや、自分の早とちりかもしれない。私は何も言わずに大和が言いたい事を言うのを待つことにした。


 それは数十秒間かもしれない。いや、数十分……数十時間かもしれないような時間が流れた。風に吹かれ散り行く桜と共に、重く長い瞬間は去っていった。


「春奈――俺、実は……!!」


 この一言で私は何かを悟った。霧のようにモヤモヤしていた何かは確信へと変わる。


 そして、待つ……彼がこの続きの言葉を紡ぐのを……


 言える事は一つある。この時間は今の私、これからの私にとって過ごした一番長くて重い時間になるだろう……。




「俺、病気になったみたいだ……」


「え……?」


 私の頭は大和の話す言語を一瞬だが理解できなかった。


「何言ってるの?冗談でしょ?」


「いや、マジ。先週さ、白血病だって医者に言われた」


 いや、大和の言葉が嘘なのかもしれない。照れ隠し?


 でも、妙にリアリティがある。


 先週くらいから大和はぼーっとするようになっていた。それに、こんな真剣な口調で何かを語る大和の言葉を嘘だなんて思えない。


「ゴメン、俺も訳解んないんだ……突然、こんな事になってさ。だから……怖くなって、誰かに打ち明けたくなったんだ」


 弱々しい大和の表情。私はそれを見て彼の言葉は事実だと確信した。そして、死にたくなるような自分に対する嫌悪感が体中を駆け巡った。


 勝手に舞い上がって、ドキドキ甘酸っぱい青春ラブコメのヒロイン気分に浸ってしまった自分に腹が立った。いや、そんな事より大和が、病気の事で苦しんでいたことを恋煩いか何かかと勝手に決めつけていた自分に腹が立った。



「え、わた、私……やだ……ゴメン。何だか勝手に勘違いしてたみたい。大和がそんな状況だなんて知らなかった……」


 自分でも何を言っていいのかわからず、訳の解らない自己弁明をしていた。


「いや、俺の方こそゴメン。でも、お前になら話せそうな気がしてさ……」


「え?」


「誰かに同情してほしかったんだろうな……俺。だから、お前を呼び出してこんな事を離したんだろう……情けない男でゴメン」


 自嘲気味に笑う大和の目は笑っていなかった。本当に悲しんでるんだろう。本当に怖い思いをしてるんだろう。


 白血病なんて私でもその怖さを知ってる病気だ。そんな恐ろしい病気に私がかかってたら、こんな風に笑おうとも思えない。


「悪かった……呼び出しといて、こんな情けない話しか出来なくて。じゃあな」


 俯く私を残して、大和はベンチから立ち上がり去っていった。


 去りゆく大和の背中を私はただ、ただ見送る事しか出来ない――はずだった。


 ドクン。ドクン。引いて行った血の気は鼓動と共に一つの衝動となって私の中で蘇り始めた。


 堪えられない衝動。


 私はたぎる衝動の赴くまま体を動かした。


 重い腰がベンチから上がり、私は全速力で桜の舞い散る桜並木を駆けた。


 あの背中……さっていくあの背中を求めて。


「大和!!」


 気が付くと私は大和の背中を後ろから抱きしめていた。


「春奈?」


「私にも勝手を言わせてよ。あんな重い気持ちにさせたんだから、それを言わせてくれてもいいよね!?」


「え、あ……あぁ」


 私は意を決して深く息を吸う。


 そう――待つだけじゃダメなんだ。


「私、大和の支えになりたい……」


「支えって……いいよ。お前の時間を奪いたくないし……」


「最後まで聞いて!!」


 ぴしゃりと大和の言葉を私は遮った。


「私、大和が……大好きな大和が苦しんでるのに、何も出来ないなんて嫌なの」


「え……?」


「は、春奈……お前」


「お節介焼きでも良い。でも、私は苦しんでる大和の為に何かしたい……お願い」


「どうして……どうしてそこまでしたがるんだよ?お前にはお前の時間がある。俺はそれを奪ってまで、何かしてもらえるような人間じゃないと思う……なのにどうして?」


 あぁ~!!もどかしい!!


 なら気付かせよう。私の想い。


「理由は簡単。私……霧島春奈は赤城大和が好き……誰にも渡しくないくらいに!!」


 言ってしまった。自分でも形振りかまってられなかった――こんな非常事態に。


「それと卑下しないでよ。私の好きな男を。もっといつもみたい笑ってよ!!」


 背中越しでも解る……多分、アイツは唖然としてるだろう。それでも良い。自己満足でも良い。私はこの気持ちを伝えたかった。返事がどうあれ、私はそれを受け止めよう。


「良いんだな、俺で?」


「もちろん。好きじゃなかったら10年も幼馴染みなんてやってない」


「同感だ」


 するり。


『同感』の一言の後、大和の体は私の腕からすり抜けた。


そして……大きく温かい何かが私の体を覆う。


「ありがとう。本当に嬉しい」


 温かい何か――それは大和の体だった。私は今、大和の腕の中に抱かれていた。


「何だかほっとした……お前とこうしていると、自分が病気だって事を忘れちまうわ」


「そう――良かった」


「俺頑張る……お前が好きな残る桜みたいにしぶとく」


「うん。頑張ろう……二人三脚で」


 私がそう言うと大和は背筋を曲げ、顔を私の顔に近づける。


 あぁ……キスされるんだ。まぁ、恋人同士だから当然か。


 でも……なのに何でだろう……?


「ふっ……ふふふ」


 顔を見合わせてしまうと、笑いがこみあげてしまう。いや、私だけじゃない……しかけた大和本人も破顔一笑。本当に可笑しそうに笑っている。


「そっちの方が良いよ……大和は笑ってこその大和だよ」


「そうかもな」


 私達は声を上げて笑った。何かが可笑しいとかそういう笑いじゃない……ただ、幸せな気持ちで笑っているのだろう。


 今後、大和がどうなるか解らない……でも、私は彼の傍で笑い続けよう。私は自分がアイツ――大好きな大和に出来る事をするだけ。


 だけど、叶うなら――このままでいたい。このまま大和の腕に抱かれていたいな……。


 でも、時間は止まってくれない。万朶の桜が嵐の水面みなものように揺れ、花を散らす……。


 だからこそ、人は今という時間を大切にする。この幸せな時を噛み締めるために……。まだ見ぬ未来に立ち向かう為に。





 万朶の桜か恋の色。花はこの並木に嵐吹く。女に生を受けたなら、愛する人の傍で笑い続けよう。


『満開の桜並木の下で異性に告白する』

(発案者 ぶらっく様)


ども、初めての方は初めまして、マーベリックと申します。普段はドンパチしている底辺作者ですが、今回は珍しく人が一人も死なない作品を書きました。我ながら四苦八苦しながら書いた作品ですが、めったに触れないジャンルに挑戦できて本当に良かったです。こんな機会を与えてくれたひろた様に感謝します。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 春奈の気持ちが凄くわかりやすくて、読者の私にも彼女の気持ちを理解することが出来ました。 後半の春奈が告白するシーンはかっこよかったです。本当にこんな時間が続いてほしいと思います。 ・・・だ…
[一言] すわ告白……!と思ったあとのどんでん返しにびっくり。そこから先は笑っていいシーンではありませんが、二人の気持ちが二本の糸がより合わさっていくようにひとつになるのにキュンキュンしました。 マ…
[良い点]  全体的に、一文が短いためにリズムよく読むことができて非常に読みやすく感じました。それでいて、必要な描写がしっかりとされているので読み手側にも情景が伝わっている、良い作品だと思いました。 …
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