「かぐや姫の物語とかぐや姫の物語」
「かぐや姫の物語」と「かぐや姫の物語」
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[Ⅰ]プロローグ
おかしい。狂っている。壊れている。どの言葉もこの状況を言いえているが、不足している。正しいのに不正解なことばが頭をかけめぐる。
部屋の奥に少女がいる。3歳程だろうか、虫のように生きているのに死んでいる目をしており、額には殴られたような傷がある。重傷だ。奪われつくした少女を前にかけることばはない。
少女の前には腐敗した男性の死体とそのう上に重なるようにして死んでいる女性。そして女性の手には金属バット。娘を守るために差し違えたのか、否か。
なんてことだ。仲の良い母子を拐かし、壊し、なにもかも奪っていく。そんな狂った奴がいたのか。
狂気を継承させてはならない。こんな世の中は狂っている。
この少女を救いださなくては。
[Ⅱ]
わたくしは姫路赫映と申しますわ。赫映と書いて、かぐや、と読みますの。敢えてわたくしからいわせて頂きたいのですけれど、とても「かぐや姫」を連想させる名前ですこと。ええ、本当に。亡き両親は何を思って赫映という名前をつけたのかしら。まだわたくしが幼いころに肉親すべてを失っているらしいから、知る由もないのだけれど。
わたくしは10歳までを孤児院でくらしましたわ。それまでは所謂みなしごだったわけで小学校ではいじめの対象でしたわ。でも小学校4年生のときに今の父、姫路邦夫という男がわたくしをひきとったのですわ。わたくしも驚きましたわ。水がおいしいくらいしか誇れるところがない田舎町に暮らしていたのに国会議員に引き取られるんですもの。その時はペドフィリアかしら、とそれは疑ったわ。今思うととんでもないことを考えていたものね。だからこそ今のわたくしがあるんですけれど。それといじめのリーダーのあの女の子、名はなんといったかしら、わたくしが引っ越すと聞いたときは悔しそうな顔をしていたわね。それとわたくしをいじめからよく守ってくれていた男の子が泣きながら、手紙書いてね、と頼んできたけれどもう12年も経ってしまったわ。今からでも遅くないかしら、12年の時を経て感動の再会を演じてみたいわ。
嘘ですけれど、なにか?
[Ⅲ]
近頃、お父様の伝手という企業の御曹司や政治家の息子の方々、この間は海外からいらした方もいましたわね、とお見合いをさせられていますわ。それも毎週のように。
率直に言わせて頂きますと、疲れますわ。ええ、本当に。そしてこれはという殿方には出会えませんわね。ええ、本当に。あらこれ口癖なのかしら。気づきませんでしたわ。わたくしが相手に求めるのは純粋な狂気だけですのに。わたくし狂気に打ち震える人間ほど美しいものはないと思うのですのよね。同意して頂かなくても結構ですわよ。同意される方はわたくしと入籍いたしましょう。
狂気というのは感情にも理性にも本能にも支配されない存在ですわ。崩壊した自我と思考のなかで生まれる唯一、生きることに意味を与える望み、それを求める姿が狂気。なんの躊躇いもなく無邪気に望みを追い続ける姿、素敵じゃありませんこと?幸福には翼があってつなぎとめておくのは難しいんですもの。これはなんの戯曲の一説だったかしらね。忘れてしまいましたわ。いえ、そんなことより、幸福をつなぎとめるのに多少の犠牲は仕方ありませんわ。ええ、本当に。
[Ⅳ]
今日、公家の方から求婚されました。いや、本当にどうしたものかしらね?いままで多くの方に狂気の提供を結婚の条件にしてきたけれど、誠意を見せて頂いたのは一人のみ。その方も狂気を示す途中で亡くなられてしまいました。幸せそうな顔で亡くなったと聞いたけれど、死んだ甲斐はあったのかしら?わたくしとしてはあったと思っているのですけれど。愛のために狂気に染まる可能性を示してくれたもの。
さてこの方ですけれどわたくしと同じ系統の人間に感じますわね。昆虫を思わせる眼もそっくりなんじゃないかしら。それ自体は天然のドッペルゲンガーに出会っただけだから問題ないのだけれど、皇室に入った場合、束縛を受ける可能性が高いわね。それが考えものだわ。狂気の探究に集中できなくなってしまいますから。そのあたりも含めてお話ししてみましょうか。
「素人考えで申し訳ないのですけれど、皇室に入った場合は公務などはあるのでしょうか?」
「ええ、ゆくゆくはしなければならないと思います。」
あらやっぱり。
「そんなことより、姫路さんはあの18年前の誘拐事件の唯一の生存者ですよね?」
え?なにを言っているのかしら?
「母親に嬲られたんですよね?その時母親はどんな顔をしていましたか?あなたはどう感じましたか?私そういう境遇の方に一度お会いして見たかったんですよ。そういえばあの犯、どうしました?」
「あああああああああああああああああああああああ、うあぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ、お、かあ、さん・・・」
視界がぼやける。あらいけない。ビタミンA不足かしら。あらら、足に力が、鉄分不足かも、あら倒れ、世界が暗くなって
意識が暗転した。
きんぞくバットを持ったおかあさんが近づいてくる。ようすが変だ。ひるとよるがいつかわからないから何日かはわからないけど、おかあさんのさけぶ声がずっと聞こえていた。わたしはすごくこわかったけど、泣いたりしたらわるい男のひとにいっぱいたたかれるから、じっとがまんしていた。おかあさんがころされてるんじゃないかと思ったけどだいじょうぶだった。でもなんでバットを持ってるんだろう。おかあさんのめはトカゲと虫の間みたいに死んでいて、どこを見ているのかわからない。おかあさんのはずなのにおかあさんじゃないみたいだ。おかあさんがバットを持ちあげる。あの男のひとがするみたいに。あの男のひとはバットでたたくのはひとだけだ。そしておかあさんのバットの先にはわたししかいない。おかあさんは生き物じゃないみたいなきもちわるい動きでバットをふりおろす・・・
[Ⅴ]
どうやら気を失っていたみたいね。でもあの方のおかげで思い出しましたわ。もうお帰りになられたようですけれど。わたくしが正しく狂った理由を。なんで忘れていたのかしら。あんな素晴らしい狂気に染まった人間を目にしていたのに。ああ、お母様にもう一度お会いしたい。だけどお母様は特殊栽培で生まれた高嶺の花でこの世のものとは思えないほど美しいのだけれど、わたくしはその栽培法の選別からあぶれてしまった。なんてもどかしい、なんてはがゆいのかしら。でもお母様にもう一度会うことはできなくてもお母様と同じ系統の人間を作りだすことはできますわ。そうと決まれば支度をしなくてはいけませんわね。でもなにが必要なのかしら、金属バットは必需品ね。それ以外は分かりませんわ。でもやる事は分かりますわ。存外すぐに荷物を詰め終えた鞄を手にわたくしは扉を開く。久々に屋外の大気と日光を浴びましたわね。昔と同じように物理的な殻でひかりをさえぎっていたなんて。
[Ⅵ]
突如終わりを告げられたわたくしの「かぐや姫」はハッピーエンドだった。でも幸せの終わりの後に始まりはないのだから、物語の中にいたいなら自ら物語を紡ぐしかない。
こうして、私の終わりは終わりを告げて、新たな物語が始まりの始まりを告げる。
めでたし、めでたし。
そして
はじまり、はじまり。
[Ⅵ]エピローグ
おかしい。狂っている。壊れている。どの言葉もこの状況を言いえているが、不足している。正しいのに不正解なことばが頭をかけめぐる。
部屋の奥に少女がいる。3歳程だろうか、虫のように生きているのに死んでいる目をしている。奪われつくした少女を前にかけることばはない。
少女の前には腐敗した女性の死体。少女の手には金属バット。導き出される答えは一つだろう。
まただ。仲の良い親子、とくに母と娘一人の家庭を拐かし、壊し、なにもかも奪っていく。そんな狂ったなにかがいる。
18年前のあの時の少女と同じ目をしている。狂気が継承する、伝染する、狂気が狂気を発現させる。不幸が幸福を、幸福が不幸を呼ぶ。そんな世の中は狂っている。
この少女を救いださなくては。