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生まれ変わったら、今度はあなたと

作者: ししおどし

 記憶の中の彼女は、儚げに笑う人だった。



 前世の記憶がある、と言い出せばきっと、思春期に発症する病だと思われて、生暖かい目を向けられるだろう。

 実際少し前の俺なら、周りのやつがいきなりそんなことを言い出したら、ああ厨二病ってやつかって納得して、なるべく触れずにスルーしてたと思う。いちいち付き合うのも、めんどくさいし。

 だけど残念なことに俺には、前世の記憶がある。断じて妄想じゃない。

 奇しくも中学二年の入学式当日、甦ってきた前世の記憶を最初は全く受け入れられなくって、気のせいだと忘れたふりで流してたけれど、日に日にリアルになって脳内に広がってく光景に、一ヶ月もすればそれを前世の記憶だと認めてしまっていた。

 だって明らかに、俺の知らない単語がいっぱい出てくる。

 日本とは明らかに違う、むしろ地球とは全く違う貴族やら魔法やら王様やら、ファンタジーだらけのその世界は、俺の無意識が妄想したにしてはあまりにも設定が細かくって、辻褄が合いすぎている。

 特に人の名前が全部、横文字な響きなのが決定打だった。

 なにせ俺は、カタカナを覚えるのが苦手だ。世界の偉人の名前は勿論、プレイ中のゲームのキャラですら名前がカタカナだとなかなか覚えられない。適当に雰囲気で名前を勝手につけて進めるせいで、たまにイベントの会話で出てくるキャラの名前が、一体誰のことだったか分からなくなるくらいには、横文字な響きとは相性が悪い。

 だからもし、俺の秘めたる厨二力が爆発して、勝手に前世の設定なんてものを作り上げたのなら、絶対に自分の名前は漢字にしている筈だ。赤神紅蓮(あかがみぐれん)とか、そんな感じの。いかにもって感じのやつ。


 けれど記憶の中で俺は、アロイジウスと呼ばれていた。

 アロイジウス。

 絶対に俺が自分じゃ思いつかない名前。

 他にもいろいろとポイントはあったけれど、急に湧いて出た記憶を前世だと思う一番の決め手になったのはそこだ。


 アロイジウスの記憶は、かなり偏っていた。

 おそらく五十そこそこまで生きたみたいなのに、その辺りのものは水で薄めたように、微かなものしか残っていない。

 反対にはっきりとしているのは、アロイジウスが十五歳から二十歳までのもの。思い出した記憶の、大半がそこに凝縮されているといっていい。

 その五年間こそが、アロイジウスの人生の中で最も、鮮やかに色づいていた時だった。



 王家、とまではいかないけれど、そこそこ身分の高い家に生まれたアロイジウスには、一人の兄がいた。

 ハインリヒという、その八つ上の兄に一人の女性が嫁いできたことにより、アロイジウスの世界は大きく色を変える。

 エーリカ。

 兄が連れてきた女性の名前。

 アロイジウスの、義姉になった女性。

 兄より七つ年下で、アロイジウスより一つ上の女性。


 アロイジウスが十の時に両親は揃って事故で亡くなり、若くして家を継ぐことになった兄は、それまで誰に持ち込まれた縁談も全て、にべもなく撥ね付けていた。跡継ぎをと急かされても弟がいると宣言し、暗に自分は誰も娶らないと匂わせていた。

 その兄が、何の前触れもなく唐突に連れてきた女性。

 身分は、到底兄には釣り合わない。平民ではなかったようだけれど、殆どそれと変わらぬ暮らしをしてきたことが、一目みて分かる姿をしていた。金色の長い髪は艶を失い、腹の上に重ねた指はひどく荒れていた。くすんだ肌は家の使用人たちよりも色が悪い。顔立ちは整っているけれど、街で評判の歌姫には幾分劣る。美しくはあるけれど、地味な女性だった。

 けれど、それでも。

 アロイジウスは、一目で恋に落ちた。

 義姉となるべき存在。兄の伴侶である女性。

 明らかに抱いてはいけない、感情だった。

 すぐに消してしまわなければならないものだった。

 抱いたとして、けして叶わない不毛な想いだった。

 なのに、理性が諌めても灯った熱は消えてくれない。

 その日、少年だったアロイジウスは。

 生まれたど同時に失った恋を痛み、ベッドの中でひっそりと涙を流した。


 所詮は、一目ぼれ。外側に恋をしただけ。

 同じ屋敷で暮らすうち、その中身を知ってゆくうち、兄と並ぶ姿を目にするうち、いずれ抱いた想いは薄れてゆくだろうと思っていた。そうであってほしいと、願っていた。


 しかし、思うようにはゆかない。

 使用人にも気を遣い、いつもどこか所在無さそうに佇む義姉は、多くを口にせず儚げに微笑んでみせるだけ。

 義姉につけた侍女が、義姉の元の身分が自分より低いからと、あからさまに侮った態度をとってみせても、けして怒ったりはしない。悲しげに目を伏せて、侍女の遠まわしな嫌味を受け止める。

 現場を見つけるたび、止めに入って後から兄に私情を交えぬよう報告すれば、やがて義姉の周りから、そのような存在はなくなったけれどそれでも。

 義姉が浮かべる儚げな笑みが、明るく綻ぶことは一度も無かった。

 その、今にも消えてしまいそうな、淡い笑みを見るたび、ずくりと胸が痛んで、想いが刻まれてゆく。

 薄れてゆくどころか、ぐつぐつと煮詰まってゆく。

 どうにか義姉を笑わせたくて、拳を握りしめる。


 兄は義姉に、何もさせなかった。

 社交界には決して連れてゆかず、外出も禁じて屋敷に閉じ込める。

 或いはそれは、兄なりの優しさだったのかもしれない。

 物心ついた頃から貴族として恥ずかしくないよう躾けられてきたアロイジウスにとっても、様々な人間の思惑が行き交う社交界でうまく立ち回るのは、ひどく骨の折れる事だったから。

 最低限のマナーしか身につけていない義姉にとっては、荷が重かったろう。

 けれどそれならば、せめて屋敷の中では義姉が快適に過ごせるように、使用人たちともうまくやってゆけるよう、取り計らってやるべきだったのに。或いはせめて彼女がその術を得る手段を、与えてやればよかったのに。


 兄は、義姉に冷淡だった。なのに、ひどく執着もしていた。

 必要以上の会話はしない上に、話しかける時はいつも辛く当たってみせる。

 彼女が屋敷でうまく立ち回れないことを責めるくせして、彼女が学ぶことは許可しない。

 けれど彼女を侮った侍女は、容赦なく屋敷から追い出してみせた。逆に彼女に親身になろうとした侍女も、同様に切り捨てた。

 アロイジウスが彼女に近づくことも、兄は嫌った。屋敷から追い出されはしなかったけれど、気分転換にと庭に誘い出すことすら、認められなかった。許されるのは、偶然会った際に、一言二言言葉を交わす事だけ。

 まるで籠に閉じ込めた小鳥の羽をもぐように、兄はじわじわと義姉を追い詰めてゆく。

 義姉の世界を、小さく小さく削ってゆく。

 見かけるたび、一層儚くなってゆく彼女に、想いは募る一方で。

 たまらなくて、偶然を装って何度も彼女に話しかけた。


『何か出来ることはないですか』

『せめて庭に、お好きな花を植えさせましょう』

『仕立て屋を呼んではいかがですか』


 いつも義姉は、困ったように小さく笑って、首を振るだけだった。

 だけど、一度だけ。


『海が、みたいのです』


 ぽつりと呟いたことがあった。

 思わずその手を取ったアロイジウスは、ありったけの想いをこめて囁いた。


『あなたが望むなら。私が、あなたを連れてって差し上げましょう。兄の目の届かないところまで。あなたのためなら、何もかも捨ててみせる』


 けれど義姉は、握った手を柔らかく外して、儚く微笑んで首を振る。

 アロイジウスの想いにけして、頷いてはくれなかった。


 義姉が体調を崩したのは、屋敷に来てから四年目の冬。

 流行りの風邪にかかったのをきっかけに、急激に弱っていった。

 兄は腕利きの医者を手配したものの、義姉への態度は変えないまま。

 閉じた部屋の中、確実に死に近づいてゆく義姉から目を逸らし、仕事に没頭していった。

 アロイジウスも与えられた仕事をこなしつつ、月に一度だけ、認められた日には必ず義姉を見舞った。

 立ち会う医師が席を外した隙に、細くなった手を握り、逃げようと誘ったことは一度や二度ではない。

 結局、最期まで彼女が頷いてくれることは、なかったけれど。


 いよいよ、義姉が危なくなった夜。

 ようやく彼女を見舞った兄は、やつれきっていた。

 死の淵にある義姉をみて、ようやく何かを自覚したらしい兄は、今までの態度をかなぐり捨てて義姉の体に縋った。

 いやだ、死ぬな、置いていくな、愛している。

 散々冷たくしておいて、今更何を言っているのだと、冷めた目で兄を見つめる一方で。

 何を憚ることなく、誰の目を盗むことなく、彼女に愛を告げられる兄が羨ましくてたまらなかった。

 義姉は兄の言葉に、応えることはなく静かに、その生を終えようとしていたけれど。

 命の灯が消える、間際。

 うっすらと目をあけた義姉は、弱々しく口を開いて、そして。

 擦れた声で、囁いた。


『生まれ変わったら、今度はあなたと、きちんと……』


 それが、義姉の最期の言葉。

 宙に伸ばした手を、握り締めた兄はおうおうと声を上げて泣いていた。

 その手を握ることの出来ないアロイジウスは、兄の後ろでぐっと拳を握る。


 何で、こんな男に、あなたは、最期まで。


 彼女を失った悲しみと共に、抑えきれない激情が胸を支配する。

 何もしなかったくせに、彼女の心を捕らえた兄が、憎くてたまらなかった。



 アロイジウスの鮮明な記憶は、そこで途切れる。

 あとはまるで細切れの無声映画のように、ぼやけて流れてゆくだけ。

 アロイジウスにとって大事なのは、義姉と過ごした五年間だけだった。


 馬鹿だなあ、ってのが、前世の記憶に対する、俺の素直な感想。

 そんだけ好きだったなら、強引にさらっちゃえば良かったのに。

 もっと兄貴に反抗して、エーリカを守ってやれば良かったのに。

 兄貴のハインリヒも、馬鹿だ。

 明らかにエーリカの事が好きだったみたいなのに、思春期拗らせたツンデレ、なんて可愛いもんじゃないひっでえ態度取り続けちゃってさ。後悔して泣くくらいなら、もっと優しくしてやりゃ良かったのに。

 兄弟揃って、馬鹿すぎる。


 しかし、そんな馬鹿の記憶を持つ俺もまた、馬鹿だったらしい。

 なにせ記憶の中にしかいない彼女、エーリカに。

 気づいたらすっかり、惚れ込んでしまってたんだから。



 エーリカに惚れたせいで、前世の俺が不甲斐なさ過ぎて馬鹿すぎて情けなくってたまらなくって、だけどそのおかげで一つだけ、気づいたことがある。

 前世の俺、アロイジウスはエーリカの最期の言葉が、兄のハインリヒに向けられたものだって思ったみたいだけど。

 もしかしてあれは、アロイジウスに向けた言葉だった可能性もあるんじゃねってことに。

 だってあの時のエーリカが、周りの人間を認識できていたとは思えない。つまり傍にハインリヒが居たから、呟いた言葉って訳じゃないように思える。

 それにハインリヒはエーリカと最低限の言葉しか交わしてなかった。

 まあそれでも最初のうちは、むかつくことに一応、やることはやってたみたいだけど。

 後半はあいつ多分、浮気してたし。やけに気の強そうな女が屋敷に押しかけてきたこと何回かあったし。

 いくらエーリカが優しくて儚げで繊細な女性だったとしても、そんな男をいつまでも愛し続けるだろうか。

 こっからは俺の希望も入ってるけれど、エーリカの言葉は、けして頷けなかったアロイジウスの気持ちを、生まれ変わったら受け入れたいって意味だったんじゃないか、と思うわけだ。冷たくて横暴で、浮気までしてたハインリヒに対するものってより、エーリカのことを気にかけて想いを告げてたアロイジウスに、いつのまにか気持ちが移ってて、最期の最期でそれを口に出来たって思うほうが、辻褄が合うんじゃねって。


 この希望的観測は、記憶のアロイジウスの気持ちを救うだけじゃない。

 もっと大きな意味がある。

 だって俺が、前世の記憶を持って生まれたのなら。

 来世を願って亡くなったエーリカもまた、記憶を持って生まれ変わってる可能性もゼロではない、はずだ。

 エーリカの願いを聞き届けた神様が、粋な計らいで今度こそはってアロイジウスとエーリカを、この時代に生まれ変わらせてくれたんじゃないかって。

 だとしたら。

 もしかしたら俺は、いつか、エーリカに会えるんじゃないだろうかって。

 考えるのは、そこまで突拍子のないことじゃない、と思いたい。

 願望が九割だとしても、残り一割には希望が詰め込めると信じたい。

 だってエーリカに惚れて以来、他に全く気持ちが動かないのだ。

 学校で一番美人だと噂の女子も、テレビの向こうのアイドルも、エーリカより魅力的には思えない。

 気持ちが動かないだけならまだいい。

 問題はもっと現実的だ。

 なにせ、エーリカ以外だといまいち鈍い。なにって、ナニの反応が。

 エーリカ以外でも一応、それなりにやる気にはなってくれるものの、やっぱりいまいち。

 エーリカなら、脱いでなくても一瞬なのにさあ!

 だから俺は、半ば縋るような思いで、エーリカとの再会を願い続けた。

 俺の初恋と純情と、下半身のために。



 そんな俺の願望は、やがて現実となる。

 高校の、入学式の日。

 クラス分けの掲示の前で、込み合う生徒たちの中。

 エーリカを、見つけた。

 記憶の中の彼女とは、似ても似つかない。

 うなじの見えるショートカットの黒髪も、真っ直ぐに前を見る瞳も、艶のある唇も、どれもエーリカが持っていなかったもの。

 だけど、分かった。彼女がエーリカだって。

 やっぱり俺と彼女は、出会う運命だったんだって。

 今すぐにかけよって、抱きしめてしまいたい。


 ただし近くに邪魔なものも見つけてしまったから、ぎりぎりで思いとどまった。

 こちらも一目で分かってしまった。ハインリヒのやつがいる。

 残念ながらフツメンの俺に対してあっちは、かなりのイケメン。周りの女子たちからの視線を集めまくっている。

 そしてやつもどうやら、記憶があるみたいで、最悪なことにエーリカを見つけてしまったらしい。

 熱心にエーリカを見つめ、彼女が気づくのを今か今かと待っているように見える。やつより少しエーリカから離れた場所にいる俺には、まだ気づいていないようだ。

 やつまで記憶を持っているとすれば、俺の仮説が少し崩れてしまう。エーリカが望んだ相手が、やつである可能性が出てきてしまう。

 どうか俺であってくれ。祈るような気持ちで、エーリカの横顔を見つめる。


 やがて、その時がやってきた。

 振り返ったエーリカが、何かに気づいたように目を見開いて、嬉しそうな笑顔を浮かべた。記憶の中の儚い笑みとは違う、アロイジウスが見たいとずっと願っていた、満面の笑顔。

 彼女が歩く先には、ハインリヒの姿。ハインリヒはすっかりそれが自分に向けられたものだと思ったのか、とろけるような笑みを浮かべているけれど、しかし忘れてもらっては困る。俺だって、その直線上にいるのだ。


 どうか、どうか。やつの胸には飛び込まないでほしい。俺のところに、来て欲しい。


 必死に願ったからだろうか。

 やつに近づいたエーリカは、声をかけようとしたやつをあっさりとスルーして、俺の方へと近づいてくる。笑顔のままぴしりと固まってしまったやつの姿は哀れそのものだったけれど、同情してやる余裕はない。

 あと三歩、エーリカが俺のところへやってくる。

 晴れやかな笑みと共に。

 願って願ってやまなかった彼女が、現実になる。

 二歩、一歩。


「エー」


 リカ、と彼女の名前を呼んで、その笑顔を受け止める準備は万全だった。両手を広げて待ち構えていた。

 しかし。

 彼女が、俺の胸に飛び込んでくることはなかった。


「アルマ!」


 ……あ、あれ?


 俺の元に来てくれた、と思っていたエーリカは、その名前を呼ぼうとした俺の隣をも、やつの時と同じく、俺を一瞥もすることなく、あっさりとすり抜けてしまって。

 ハインリヒでもアロイジウスでもない、アルマって名前を、嬉しそうに呼んで、俺の後ろにいた誰かに、勢いよく飛びつく気配がした。


 ……え? え? え? 俺じゃないの?


 固まること、しばし。

 ようやく硬直がとけた俺は、おそるおそる後ろを振り返った。

 するとそこには、涙を浮かべて笑うエーリカが、同じように泣き笑いをしている女子に抱きつく姿。

 エーリカ、アルマってお互いに呼び合ってるから、やっぱり彼女はエーリカ、みたいだけれども。

 正直、目の前の光景に理解が追いつかない。


「……アロイジウス、だよな?」

「あ? ああ、うん、そう。そっちはハインリヒ、であってるよな?」

「ああ。……で、あれはどういうことだ?」

「……分からん」


 同じように何が何やらな表情のハインリヒに声をかけられ、目の前の二人を見つめつつこそこそと囁きあう。正直前世の記憶の中のハインリヒに思うところはありまくりだが、今はそんなこと言ってる場合じゃない。不本意ではあるけれど、同じ立場に立った境遇の男同士。彼女たちが落ち着くまで、どうにもやり場のない気持ちを共有することにした。


 そして、ようやくこっちに気づいたエーリカといえば。

 アルマ、と呼んだ女子に向けたのとは全く違う、大変冷たい視線を向けてくださいました。はい。


「うっわー最悪、なんであんたたちもいるの……」


 記憶の中の儚げで優しいエーリカとは全く違う、辛辣な彼女の言葉に大幅にヒットポイントを削られて、半分魂が抜けかけた俺たちにエーリカが丁寧に説明してくれたことには。


「あの頃もずっと心の中で悪態ついてたわ! でもこっちは男爵だし、身分差盾にして無理矢理攫われたようなもんだったじゃない。反抗したら家族がどうなるか分かんないし。しかも結婚した後の環境は最悪。自由は無いし周りは冷たいしやろうとしたこと片っ端から潰されて閉じ込められるし。弟も弟で好きだの何だの言うばっかで、頼りになんないし。二言目には好きだ好きだって、何かしてくれるって言われても対価求められてんのかって迂闊に頷けなかったわ! そもそも弟、兄にそこまで反抗してる素振りもなかったし、もしかして兄からの差し金かと疑ってたのよね。頷いたら最後、もっと待遇悪くなるんじゃないかって」


 儚げで優しいエーリカは、幻想でしかなかったという事実と。


「アルマは、ずっと支えてくれてた。あんたたちにばれないように話しかけてくれて、外のいろんな話してくれて。花を摘んでみせてくれて、家族に手紙届けてくれたのもアルマ。家族からの伝言、届けてくれたのもアルマ。何の対価もないのに、遠い所まで行ってくれた。理不尽に解雇通告されたその日だって、自分のことじゃなくって私のことが心配ってずっとそればっかり。そんなの、生まれ変わったらアルマとちゃんと友達になりたいってエーリカが思うの当たり前じゃない。あんたたちとどうにかなりたいって思うわけないじゃない」


 アルマと呼ばれた、どうやら前世で一時期彼女の侍女だった記憶をもつ少女の、手を握ったまま淡々と説明してくれた彼女側の事情により、すっかりと打ちひしがれてしまって。

 ぎろりと親の敵でも見るような目で俺たちを睨み、エーリカを庇うように立ちはだかるアルマによって謝罪することも叶わないまま。

 木っ端微塵に砕け散った恋心と共に、去ってゆく彼女たちの後姿を見つめることしか出来ず。


「……新エーリカ、こえええええ」

「昔のエーリカ、可愛かったよな……守ってあげたくなる雰囲気っつーか……」

「ああ、ほんっとに可愛かったよな、エーリカ……」


 残された俺たちは、現実逃避気味に記憶の中のエーリカの美しい思い出を語り合うしかなかった。


 だってさあ。

 うん、前世の俺たちに非があったのは分かるけれども。

 あちら様の言い分は、よく理解したけれども。


「それでも! 前のエーリカがかわいかったんだよおおおおおお!」

「あああくっそ、美しい記憶のまま残しておきたかった! こうなるって分かってたなら会いたくなかったああああ!」


 そう言われても、今更どうにかできることでもないし!

 俺たちに言われても困るし!

 やっぱり記憶の中のエーリカは可愛いし、好きになっちゃったし!

 運命があるかもなんて勘違いしちゃったのはあれだったけども!

 だってエーリカに会いたかったし! 儚げエーリカに!

 それが跡形もなく砕かれると分かってたなら、会わなかったのに!

 

 等々。

 八つ当たりとは分かりつつ、散々愚痴を吐き出して語り合った結果。


 ハインリヒと、友達になりました。こいつとなら無二の親友になれそうな気がします。

 エーリカ? うん、ちょっとしたトラウマっすわ……。おかげで下半身事情も微妙に悪化したわ……くっそう。

 クラスが同じになってしまったので、なるべく接触しないようにしつつハインリヒと協力して毎日頑張ってます……。

 お互い未だに、儚げエーリカの夢を見ては恋心を燃え上がらせて落ち込んでを繰り返してるので、傷は割と深いようです……。


 あっちはあっちでアルマと楽しそうにやってるし。

 万が一、エーリカが理想のエーリカのままだったら、ハインリヒと友達になることもなかったので。

 まあ、これはこれで良かったのかなって、思うようにしたい。

 つ、強がりなんかじゃないんだからっ!

 

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