勇者氏、魔王と契約をする
勇者が魔王宅に転がり込んだ日――つまり勇者の実家が爆散した日の午後。午前中を警察や消防への説明に費やした勇者と魔王は、新生活に必要なアレコレを揃えるために街へ買い物に来ていた。
ちなみにふたりが無傷だったことに関しては、『奇跡的に』のひとことで強引にかたをつけてきた。
「何度見ても便利なものだな、勇者の『倉庫』は。いったいどのくらい入るんだ?」
安売り家具店の駐車場の死角で、買ったばかりの衣装ケースなどが勇者の左手に吸い込まれていくのを魔王は腕組みをしながら感心して見ていた。
大量の荷物をカートに乗せ、当然車に積んで帰る――と見せかけて、ふたりは徒歩で店に来ていた。
異世界へ召喚されたときの後遺症で発現した勇者の特殊能力、『倉庫』を使うからである。
「地球でも異世界でもない、別の空間につながっているからいくらでも入るよ」
「なっ……反則だろう。道理でその能力に何度も煮え湯を飲まされたわけだ。当時はどういうトリックなのかさえ分からなかったが……」
魔王軍を翻弄した勇者のチート能力も、今や単なる買い物袋である。
「さすが勇者といったところか」
「別にこれ勇者の特殊能力じゃないんだけどね。召喚の副作用というか」
勇者を異世界に呼び出した召喚術の誤作動により、次元の穴が左手に定着することとなったのだった。
「まあ便利なんで随分と助けられたよ。旅の荷物も少なくて済んだし」
「結局、向こうでも道具袋的な使い方に違いはなかったんだな……」
魔王は複雑な顔で、自軍を幾度となく壊滅に追いやった勇者の左手を見つめた。
「さあ次は家電量販店に行こうか」
◇
「何度見ても面妖なものだ」
魔王は薄型テレビのコーナーに釘付けになっていた。
「いやテレビくらい魔王の部屋にもあるでしょ」
魔王がアパートに引っ越す際もこうしてふたりで買い物に来ており、勇者は安売りの液晶テレビを魔王に見繕ってあげたのだった。
日本語の分からない魔王に、テレビを見て言葉を覚えたらいいと思ってのことだ。が、そもそも言葉が分からなくては番組も楽しめるはずがなく、魔王は三日で飽きてしまった。
いまでは電源コードも抜かれて部屋の隅で埃をかぶっている――ということを勇者が知るのは、この日の夜のことである。
「こんな狭くて薄い場所に首だけにされて……苦しくはないのだろうか。同胞にこのような仕打ち、魔界でも聞いたことが無いぞ」
画面に映るドラマの登場人物に顔をしかめながら、魔王は魔族語で呟いた。勇者も流暢な魔族語でそれに応じる。
勇者は異世界に召喚されたと同時に、ご都合主義的な力で共通語の言語能力を獲得していたのだったが、魔族と対話するのだと言って魔族語も独力でマスターしたのである。
さらにここ一か月の魔王との交流により、その言語能力は飛躍的に向上していた。
「ったく、何度も説明してるのに……お約束にも程があるよ」
毎度のことなので勇者も説明が面倒になってきていた。
とはいえ、彼も小学生のときに異世界に召喚されてからこちら、地球の知識はストップしている。詳しいテレビの仕組みなど理解もしておらず、正直説明にも限界があるのであった。
「つまり、そういうものなの!」
「さっぱり分からん!」
と、いつものやり取りで議論は終わりを告げる。
端から見るとふたりは外国語で痴話喧嘩をする国際カップルにしか見えなかったのだが、当の本人たちはそんなことを知る由もない。
「えーと次は目覚まし時計かな……」
買い物リストに目を落としながらカートを押していた勇者は、ふと美顔器の前で足を止めた。
スチームが吹き出してきて、それを顔で受け止めたりするようなやつである。
「魔王もこういうの持ってたりするの?」
「私には必要ないな」
三百年近くの長きに渡り、人間どもを滅ぼすことだけを考えて過ごしてきたのだ。
容姿のことなど顧みることはなかった。そういうつもりで魔王は答えたのだが。
「そっか。魔王、何もしなくても綺麗だもんね」
綺麗なお姉さんについての嗜好性を問うキャッチフレーズのポスターの前で、勇者はさらりとそんなことを言った。
実際、齢三百年以上を数えようかという魔王の小麦色の肌は水も弾くようなぴちぴちした十代のそれをしている。
すれ違う男性の店員や買い物客も皆、釘づけになっていた。
「なっ、なっ、なっ……」
小麦色の頬を真っ赤にする魔王だったが、勇者は買い物リストとにらめっこしたままカートを押し進めていく。
「これであらかた揃ったかな。必要なものが出てきたらまたその都度来ればいっか」
買い物リストをピシッと指で弾いてから勇者はレジに向かう。
現金払いで決済を済ますと、再び駐車場の死角におもむき、買ったばかりの家電製品を文字通り手中に収めた。
いざ帰還せん、と魔王は薄手のコートを翻して店に背を向けたが、「あ、ちょっと待って」と勇者がそれを呼び止めた。
「もうひとつ用事があったんだ」
◇
「ありがとうございましたー」
店員に見送られながら今度こそ魔王と勇者は家電量販店をあとにする。
ふたりの手には色違いのスマートフォンが握られていた。
「これでいつでも連絡が取れるね」
「…………」
魔王は手の中のハイテク機器をしげしげと見つめていた。
(なんだこの箱は……魔法の品?)
――数十分前、勇者は家電量販店の一角、携帯電話コーナーで隣に魔王を座らせて新規契約の申し込みをしていた。
「いまお勧めの最新機種はこちらの機種からになります」
「別に最新じゃなくてもいいんですけど」
先シーズン出たばかりの最新機種を勧めてくる女性店員に、勇者は渋い答えを返す。
「型落ちのほうが安くなるんじゃないんですか?」
「そうですね、ワンシーズン前のモデルでしたら本体代金ゼロ円でキャッシュバックも付けられますね」
店員はあからさまにトーンダウンした調子で勇者に答えた。
「あ、これなんかキャッシュバックが大きくてお得感あるなあ」
正直、折り畳み式の携帯電話しか記憶にない勇者にとっては、どの機種でも最先端のハイテク機器として大差なかった。
そもそもスペックを比べようにも現代知識が不足している。なにこれ、電話? いつから日本はSFの国になったの?
これがウラシマ効果か……! と勇者は間違った意味で感心していた。
「魔王はどんなのがいい? テレビとか見れた方がいいかな、それとも防水?」
勇者に輪をかけて魔王は選びようがなかった。第一、何に使うものなのかすらさっぱり分からない。
それでも魔王は恐る恐る右手を動かすと、先ほど勇者が示した機種の色違いに指先を持っていった。
「ゆ、勇者と同じのがいい」
「そっか、いろいろ操作とか教えてあげられるし、その方がいいかもね」
と勝手に納得する勇者に魔王はこくんと頷きを返した。
「でも僕もスマートフォンとかはじめてだから、あまり期待しないでよね」
(何話してるのかしら……ていうか何語?)
携帯コーナーの女性従業員は顔に営業スマイルを貼り付けたまま、魔族語で会話する勇者と魔王を観察していた。
(彼女の方が背も高いし年上かしら……)
正解。三百年ほど年上である。
(にしてもえっらい美人。すごい色に髪染めてるけど似合ってるしスタイルも抜群だし、女として同じ生物とは思えないわ。反則よ反則)
実際、同じ生物とは言いがたいのであるが彼女はそんなことを知る由もない。
当の魔王は勝手が分からず、不安そうに勇者の服の端をつまんでいた。邪知暴虐の王と謳われたかつての姿からは想像すらできない体たらくであった。
(いちゃいちゃしやがってリア充め……爆発しろ……)
一週間前に恋人と別れたばかりの女性店員はカウンター下で拳を震わせていた。「悪い、俺、好きな子できたんだ……」などとぬかしやがった彼氏の顔が脳裏に浮かび、心の中で右ストレートを放つ。
「ご契約ありがとうございましたー」
自動ドアが開き、普段の接客の倍は疲れたであろう女性店員に見送られながら勇者と魔王は店をあとにした。
「これでいつでも連絡が取れるね」
「…………」
魔王は手の中のすべすべした物の手触りを確かめた。
これで勇者とつながっていられる。そう考えると悪くない気分だった。




