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勇者氏、魔王宅に転がり込む

思いつきで書きました。二番三番煎じもいいところですが自分がにやにやするために好き勝手書きたいと思います。楽しんでいただけたら幸いです。

 ――プシッ。

 プルタブを引く音が六畳間に響き渡る。


「それじゃ、これからヨロシクということで」

「うむ……」


 部屋の中央、男と女が缶飲料をコツンとぶつけ合った。

 部屋の中にはひとり分の家財道具。それに加えて、ニポリやヨドガシで本日買ってきたばかりの商品の段ボール箱などが積み上げられている。

 ただでさえ狭いアパートの部屋を、それらがさらに狭くしていた。


 見たところ男の方は、特筆すべきこともない一般的な日本人の青年。

 一方、女の方は特筆すべき外見をしていた。

 毒々しくも高貴で、人を惹きつけてやまない紫の髪。西洋風の顔立ちの、最適解のような位置に開かれた眼窩には、真紅の瞳が妖しく輝く。街を歩けば十人中十人が振り返るような目立つナリ。それが鼠色のスウェットを着込んで、缶ビールを片手にしていた。

 ただ、ご自慢の真紅の瞳は現在とある事情によって伏せられている。


「そんなに落ち込まないでよ魔王」

「いや、本当にすまん……勇者よ」


 男と女は、互いのことを勇者、魔王と呼び合った。


「いまさらしおらしくされても反応に困るよ。あんなに殺しあった仲じゃない」

「あれとこれとは事情が違う……。第一、あの頃はお互いの事情をよく知らずに使命感だけで動いていただけだったし」

「まあ、お互いさまだったよね」


 そう言って勇者は缶ビールを一口あおった。童顔に見えるその容姿だが、実のところ彼は成人している。


「くぅー、生き返る」


 彼にとっては大荷物の運搬も大した重労働というわけではなかったが、こういうのは気持ちの問題である。


「なん……だと……このお高い麦酒には蘇生(リザレクション)効果があると言うのか!?」

「ないない。そんなの向こうでも超希少品だったでしょ。スーパーで安売りしてるわけないじゃない」


 魔王の勘違い発言に、勇者が笑いながら手を振る。


「そうだったな。まあ蘇りといえばアンデッドなら容易に生み出せたが」

「やめてよね。そういうのこっちじゃ大パニックになっちゃうんだから」


 ショッピングモールなんかに発生させたりしたら、阿鼻叫喚の地獄絵図の出来上がりだ。


「あれは攻撃対象から自動的に眷属を増やしてくれるから、数の管理さえしっかりしておけばかなり有用な手駒だったな」

「別ジャンルのお話になっちゃうよ」


 懐かしむように語る魔王に、勇者は苦笑いをした。

 もう一口流し込むとしみじみと味わう。


「こっちのはこんな味だったんだなあ」


 工場で管理された、画一的で万人受けしそうな味がした。


「向こうではよく飲んでいたのか?」

「まあね、周りの冒険者とかも飲んでたし、結構昔からね」


 勇者に相槌を打ちながら、魔王もプレミアムな青い缶に口をつける。普段は発泡酒。今日はちょっとした贅沢だ。


「こっちに帰ってからは飲んでなかったのか」

「役所の手続きや、親戚とかへのあいさつ回りで、なんだかんだ忙しかったからね。そういう機会もなかったな」

「すまんな、忙しかったのに色々と世話を焼いてもらって……」

「魔王ともあろう人がそんなこと気にしないでよ。自分のついででもあったしさ」


 勇者がこっちの世界に戻って来たとき、自分は死んだことになっていた。

 そりゃそうだよな、小学生のときから何年も行方不明だったんだから。と勇者は納得しながら、しかし煩雑な手続きに辟易しながら自分の戸籍を復活させた。そのついでに魔王の戸籍も取得し、このアパートの手続きなどもしてあげたのだ。

 それから約一月。

 日本での常識なんかを教えたりしつつ、勇者と魔王はお互いの家を行ったり来たりする関係となっていた。


「こっちの人たちとはなんか馴染めなくなってたし、向こうの話をできるのが嬉しくてさ、魔王とはなるべく一緒に居たかったんだ」


 勇者の言葉に魔王の頬は赤く染まるが、言った本人はそのことに気付かない。パーティー開けしたスナック菓子をひとつ摘まむと、口の中めがけて放り込んだ。


「まさかまた、この世界に戻ってくるとは思わなかったよ。こっちとはもう縁が切れたものだと思ってた」


 もともと自分はこちらの世界とは縁が薄かったのだ。戻れなくてもいいと思っていた勇者だった。


「向こうの私たちはどうしているかな……」

「そうだね。僕らみたいに和解できてるといいな」


 勇者と魔王はともに遠い目をした。


 幾万の軍勢を退け、宿敵の本拠地でついに対峙した勇者と魔王。

 すわ最終決戦と思われたその戦いにおいて、常軌を逸したふたりの魔力がぶつかり合ったとき、そこに異常な力場が発生した。

 未知の力は勇者と魔王の存在そのものをふたつに分かち、その片割れ同士を別の世界へと弾き飛ばした。残った片割れ同士が、異世界でどうなったのか、こちら側から知る術はない。


 勇者が目覚めたとき辺りは暗く、そこはかつて住んでいた家の、近所にある公園だった。


「ベンチに寝ていたのを起こしたとき、取り乱した魔王を落ち着かせるのに苦労したよ」


 と勇者はいまでもそのときのことを笑い話として語る。



「ここで決着をつけてやる、勇者!」


 トンネル山の上で仁王立ちをしながら魔力を高める魔王を、勇者はあわててとりなした。


「ちょっと待ってよ、ここは戦場じゃないんだ! こんなところで魔力を放出したら被害が甚大に――」


 すでに穴ぼこだらけになった公園を振り返り、勇者は青ざめた。


「知ったことか!」

「ここには魔族と争う人間の軍勢も居ないんだよ。僕もこんな状況で君を殺すことなんて考えていないし」


 勇者は必死で敵意のないことを示した。


「僕は魔王と会ったら最初に聞こうと思っていたことがあるんだ。さっきはいきなりだったから聞けなかったけど、ねえ、魔王は何のために人間と戦っているの?」

「私は――いいだろう、私が何のために戦っているのか教えてやる!」

「じゃあ家にあがってってよ。すぐそこなんだ。まだあれば、だけれど。お茶でも出すから、ね?」

「オチャ……?」


 自宅の鍵を魔法で開け、勇者は魔王を招き入れた。


「母さんは寝ているのかな」


 勝手知ったる自分の家。

 ダイニングのテーブルに魔王を着かせ、勇者は手ずから緑茶を淹れた。


「不思議な味わいだ……」


 同じ物を自分から飲んで見せることで、ようやく魔王は湯のみに口をつけた。


「落ち着くでしょ。それじゃ僕の方から話をしようかな。なんで僕が魔王を殺そうとしていたのかを――」


 勇者と魔王は夜が明けるまで互いの境遇について教えあった。


「にわかには信じられん……だが、そう考えると合点のいくことが幾つも思い当たる」


 勇者の話を聞いた魔王は目から鱗といった面持ちで朝日を迎えていた。

 勇者はというと、それほど魔王に対して先入観もなかったため、あまり抵抗なく彼女の話を受け入れていた。もともと人間側の勢力――特に教会関係者に対して懐疑的だったこともあり、なおさらだった。


 その後、朝になり起き出してきた母親と遭遇し、「数年前に行方不明になったはずの息子が女を連れ込んで茶を飲んでいる!」と騒動になるのだが、それもいまはいい思い出である。


 そこから戸籍を取得したり、魔王のアパートに必要なものを買い足しに行ったりという日々が過ぎ、こちらの世界に帰って来てからそろそろひと月が経とうとしていた、ある日のことだった。


「なかなか着かないなあ」


 勇者はいつものように、魔王に茶を淹れてあげようとしていた。


 カチッ、チッチッチッチッチ――


 やかんをかけたガスコンロに、なかなか火がつかなくて勇者は首を捻っていた。


「僕がこっちに住んでたときから変わってないし、このコンロそろそろ壊れたのかなー」


 何度も試してみるが、火は着かない。

 ツマミを回すたびに、シューという音だけが虚しく響く。

 勇者は少し嫌な予感がしてきていた。

 魔王が席を立ち、勇者の横に回る。


「どれ、私が手を貸してやろう。――深き闇より出でし炎よ……冷たき水湛える器にその力を示せ……燃えよ! 『インフェルノ』!!」

「ちょ、待って、やめ――」


 勇者の言葉は衝撃波によってかき消された。


 ――爆発。


 ふたりの視界が真っ白に染まる。

 原因は老朽化によるガス漏れだった。


「よもやあのような爆発魔法(エクスプロージョン)が仕込んであるとは……こちらの魔法の品(マジックアイテム)も侮れぬ……」

「違うから。文明の利器だから」


 母親が出かけているときでよかった、と、全壊した実家を見ながら勇者は胸を撫で下ろした。

 勇者と魔王は無傷であった。

 着ていた物が爆発の凄まじさを物語っていたが、中身については傷一つついていない。


「知らないうちに僕ってかなり人間離れしてたんだなあ……」


 世界の常識が違うから気付きにくかったのだが、勇者のフィジカルは随分なことになっていた。

 存在が二分されたにもかかわらず、元のステータスは少しも損なわれてはいないようだった。


「私と張り合うのだから当然だろう。と胸を張りたいところだが……すまない、私のせいで勇者の根城が……」


 邪智暴虐の王とは思えぬ、しゅんとした顔で魔王は謝った。


「まあ仕方ないよね」


 魔王討伐の旅のせいで、勇者は大抵のことでは動揺しなくなっていた。

 一方、存外温室育ちの魔王はかなり動揺していた。一同に会したパトカー消防車救急車を見て興奮したのも一瞬だった。


「母さんは田舎の実家に帰るって言ってるけど、僕は常識がない魔王がこっちでどうなるか心配だし……」


 常識のなさによる弊害はたったいま証明されたところである。

 田舎の実家に連れて行くということも考えたが、話がややこしくなりそうだった。


「ごめんなんだけど少しの間、魔王の家に住まわせてくれないかな」


 勇者は手を合わせて魔王を見上げた。


「謝るのはこっちの方だ勇者。その、本当にすまなかった。いつまででも住んでくれて構わない」


 沈痛な面持ちで魔王は勇者を迎え入れた。

 白いセーターが爆発でボロボロに破れ、小麦色のセクシーな肢体を惜しげなく晒していた。


 こうして勇者氏は、魔王宅にいりびたる運びとなった。

魔王の魔法をこっそり修正しました。

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