flowersー母子草ー
むせかえるような甘い香り。色とりどりの花が朝日と共に、私の1日の始まりを彩る。
冷たい水に手を入れ、始まる私の朝。指先から伝わるひんやりとした感覚が私に朝の始まりを告げるのだ。
咲き乱れる花たちにじょうろで水をやり、店の前を通りすぎる人々に笑顔で挨拶をする。
そしてたくさんの花の世話をして、お客さんの依頼にあわせて花束をつくって……
こうして繰り返される私の毎日。私が働くのは都会の隅にある小さな花屋さんだ。
ある休日の昼下がり。
時計の針が空を少し傾けて指す頃、店にいるのは私と、ひとりの常連さん。母にプレゼントを、と花を探している男の人だ。
彼はとても優しい人のようで、よくプレゼントを探すためにこの店へやって来る。
よく来るのだから花に詳しくなっていてもおかしくない。
でも彼は特に詳しいわけではなくて、花を選ぶのはいつも店員頼り。
花が好きだからここで働いているのであって、ひたすら花の世話をするのがつまらないというのではない。
しかし、彼に花のことを説明する時間は、わずかながらも充実した時間であった。
この店に来るときはいつでもプレゼントを贈る相手のことだけを真剣に考える目をしていて、その目はとても素敵だ。
喜んでくれるだろうかという不安と喜んでほしいという願いとがうずまいて輝き、花を見つめているその横顔はずっと見ていたくなるほど素敵だ。
花を買って帰るとき、彼はいつも一瞬不安そうに問う。
『喜んで、くれますかね』
「あ、これ……」
私が彼のことを見つめていると彼はそっと声をもらして1つの花に近づいた。
小さな黄色い花だ。
「それは、母子草って言います」
母子草の花言葉は『いつも思う』『優しい人』『永遠の思い』。
彼にぴったりの花。私はそう思った。いつも誰かのことを思っている優しい人。
「春の七草のうちのひとつです。今はよもぎが主流ですけど、昔はこれが草餅の材料だったんですよ」
私は笑顔で一応知っていることを話しておく。
へぇ、とだけ呟くと彼はこれにします、と言って花を差し出した。
「母さん、黄色好きだし。それに、名前、気に入ったから」
私が花束に仕上げるためアレンジをしていると、口数の少ない彼がぼそりと呟いた。
多分、私が言ったのことはなにも関係ない。当たり前だ。草餅の原料になってるからお母さんに贈ろうなんて、思う人はおそらくいないだろう。
……いるとしたら、そのお母さんはよっぽどの草餅好きだ。
お母さんが黄色が好きだから。名前が気に入ったから。
だからお母さんに贈る花は母子草。ほかにはなにも、理由はない。彼はそんな人だと思う。
好きな人に想いを伝えたいから薔薇。ずっと一緒にいたいと伝えたいからハナミズキ。そんな風に。
彼は素直だ。屈折しているところなんてなくて、まっすぐ人のことを考えられる人。
「喜んで、くれますかね」
レジを打つ私に彼はいつものように呟く。
彼がプレゼントを贈り続ける限り、彼が考えることはただひとつ。
それは、永遠に変わらない思い。
『あの人に喜んでほしいな。あの人の笑顔が見たいな』
彼のありふれていてとても小さな夢。でも一番難しくてとても大きな夢。そんな夢を、叶えたいという思い。
「ええ、きっと」
私はいつものようにそっと微笑んだ。
いつか、私にその思いを抱いてくれる日が、来るといいな。
淡いピンク色をした恋心という名の花が、ふいに咲いた。