怪話篇 第四話 仮面
1
「き・た・ざ・わ・くん! お見舞いに来てやったぞ」
「夏子か。入れよ、皆も来てるぞ」
「遅い、遅い。何してたんだ?」
「ふんだ! 折角お見舞い持って来たのに。誰にもやんないぞ」
「まあ、そう言わずに。こっちおいでよ、こっち」
「しかし、北沢もアホだよなあ。自動車と自転車と、どっちが強いかも判らないんだからなあ」
「うるさい! あん時は、急いでたんだよ、急いで」
「でも、大した事なくてよかったねえ。顔に傷でも入ったら、夏子がかわいそうだもんね」
「もう、香ったら。でもね、北沢君が怪我したって聞いた時、もう心臓止まるかと思った」
「はは。そりゃ、悪い事したなあ。けど心配するなよ。俺は、不死身だからなぁ」
「そりゃけっこう。けど、折角入院したんだから。頭の方も直してもらったら」
「そりゃあ、ないだろう」
「……ところで例の件……、おまえが事故ったんで延期するぞ」
「えっ? 何だ、例の件って」
「こら、……大きな声出すな」
「誰かに聞かれなかったろうな……」
「おまえ、忘れちまったのか?」
「なっ、何の事だよ、中西」
「おい、北沢……。おまえ、本当に何も判らないのか?」
「だから何をだ?」
「どうやら、事故で部分的な記憶喪失になった様だな」
「そうらしいね。北沢君、ココでは駄目だけど、……そう、退院したら。それに、それまでに思い出すかもね」
「そうだ」
「そうだぞ、北沢。気を落とすんじゃないぞ」
「気を落とすも何も、俺にはさっぱり判らんよ。何なんだ、いったい……」
2
「北沢君の退院を祝って、乾杯!」
「乾杯!」
「乾杯!」
「どうも、どうも」
「しかし、早く退院できて良かったね」
「本当、本当。先生も、こんなに早く治るなんて人間じゃないって言ってたくらい」
「ははは。俺は、不死身だからなあ」
「象が踏んでも壊れない!」
「バカ。……ところで、なあ横井、……おまえも中西も、変な事言ってたなあ。記憶がどうのこうのと」
「ん? あれは……、ココじゃ駄目だ」
「皆に言えない事か」
「言えないような奴もいるって事さ」
3
「なあ横井。そろそろ話してくれないか? 例の事ってのを」
「ああ……、いいだろう。その前に、もう一度訊くが、……本当におまえ忘れてしまったのか? 自分が何者なのか」
「何者もなにも、俺は北沢芳明だ。偽もんじゃないぜ」
「……やっぱりそうか。じゃあ、話そう。……おまえ、自分が本当に人間だと思っているか?」
「は? おまえ、頭おかしくなったんじゃないのか」
「いや、……。どうやらおまえは、忘れてしまった様だが、我々は人間ではない。遠い宇宙の星から来た宇宙人だ」
「横井~~。あの病院、精神科もあるぞ。俺、紹介してやろうか」
「残念ながら、本当の事よ」
「夏子……。いつ来たんだ……」
「あなたは事故で、自分がユ・ゴス人だという事を、忘れてしまったのよ」
「なっ、何をバカな事を……」
「そうだぜ、北沢。僕達は、地球調査の為に送り込まれたんだよ」
「岡本、……お、おまえまで」
「地球で、人間と交わって調査をするには、正体を隠さねばならん。それで我々は、普段は暗示によって、ユ・ゴス人としての意識をシールドしているんだ。君は不幸にも、事故にあった為に、ユ・ゴス人としての意識が、封印されてしまったんだよ」
「……は、ははは、……わ、悪い冗談だ。……そ、そんな事が……」
「ある訳ないと思うか」
「……」
「おまえ、病院の先生に、人間じゃないって言われたんだろう?」
「だけど、……それは」
「いい加減、思い出してくれよ!おまえの事故の為に、計画が遅れているんだ」
「……計……画? ……何のだ」
「しっかりしてよ。地球人の調査が終わったから、今度はデーターを元にして人類を自然消滅させるんでしょう」
「地球を、侵略しようと言うのか、……おまえ等は」
「駄目だな。全然思い出してくれない」
「どうしたらいいのかしら」
「……お、俺は……」
「仕方がない、素顔を見せるか……」
「……人間……だ」
「駄目よ!彼は、自分が人間だと思っているのよ。ショックが大き過ぎる」
「……人間の……はず……だ」
「もう時間がない。計画の一部には、彼しか知らない部分があるんだ。もうこれ以上、遅らせる訳にはいかん」
「わ、わかったわ。ねえ、北沢君」
「……あ、……お、俺は人間だよな。そうだよな」
「北沢! 見ろ」
「えっ、……」
「普段は皮膚と融合していて、地球の科学力では、全く見分けがつかないいが……」
「……あっ、……ああ、」
「人間の意識のままの君には、多少グロテスクかもしれんが、……見るんだ。ユ・ゴス人の素顔を」
「あっ、……うわああああ……」
4
「北沢のやつ、だいぶ動揺してるぜ」
「そりゃ、そうだろうさ。こんなもん見せられちゃあな」
「ヤダー、横井君。もう、それ取っちゃってよ。気持ち悪い」
「少しばかり、悪戯が過ぎたかなあ。後で謝ろうぜ」
「しかし、岡本も悪人だなあ。あれじゃあ、北沢がちょっとかわいそうだよ」
「何を言ってるんだい。君が、最初に賛成したんだよ。その上、御丁寧にこんなマスクまで用意しちゃってさ」
「そうよ。マスクを二重に被るのって、とっても苦しかったんだから」
「けど、このマスク、どっちもよく出来てるなあ。これじゃあ、北沢が蒼くなるのも無理ないな」
「本当、本当」
「北沢の分も、造ってたら良かったのに」
「おいおい、これ、割と手間かかるんだぜ。四人分造るのがやっとこさでよ。あいつの分なんか、グロ面一つ、余分に造る気にもなれんかったよ」
「ひどいやつ」
「まま、そう言わずに。そろそろ、北沢に種明かししに行こうや。あんまり待たせると、かわいそうだ」
5
「よう、北沢。大丈夫か」
「……」
「北沢、おい」
「……俺は、……俺は、」
「北沢、さっきは悪かったな」
「……俺は、人……間……じゃ、……人間……じゃあ……」
「ごめんねえ、北沢君。ちょっと冗談が過ぎたねえ」
「……」
「ねえ、謝るからあ。皆も反省してるんだよ。だからねえ、」
「……俺は、……」
「なっ、悪かった、北沢。……ああ、そのマスク……。人間そっくりで良く出来てるだろう。欲しけりゃ、やるよ。俺の力作だぜ」
「……」
「北沢くうん、悪かったからあ。だから、下ばっかり向いてないで、……ねっ」
「……人……げ……じゃ、……」
「横井……。僕、人間のマスク……四つとも、」
「……な……い……」
「な、中西。……持ってるのか。……それじゃあ……」
「……俺は、」
「ねえ、うつむいてないでよお、北沢君」
「……ユ……ゴス……」
「ねっ、ゴメン! だからさあ、顔あげてよ。ねっ。……北沢君たら、ねえ、……どうしたの? ねえ、北沢君? ……北……
eof.
初出:こむ 4号(1986年9月12日)