異世界転職エージェント ~前職が魔王軍で幹部というご経歴でしたら、勇者パーティでも即戦力が可能です~
会社の個室に相談者を案内して、俺は名刺を取り出した。
「リクルートキャリア、転職エージェントの六道代人と申します。本日はお忙しい中、お時間を作っていただきありがとうございます」
丁寧に名刺を差し出す。
いつもと変わらない、いたって普通の名刺交換だ。
しかし、相手の声が途端に聞こえなくなった。名刺の文字がぐにゃりと歪み、目の前の風景が溶けていく。
「……え? なんだ?」
ブレーカーが落ちたみたいに、視界が真っ暗になった。
「おお、成功した!」
威厳のある声が響く。
足下に魔法陣が描かれたかと思えば、途端に風景が色を取り戻した。
だが、ここは会社じゃない。足下には赤い絨毯、周囲には鎧を着た兵士、そして目の前には玉座。そこに王冠をかぶった王が座っていた。
「よくぞ参った。異世界の者よ。余はアルガント王国第七九代国王ケネス・デロ・アルガントである。そなたを召喚したのは他でもない、アルガントの勇者として、世界征服を企む魔王を倒してほしいのだ」
異世界? 勇者? 魔王? つまり、これは――
口元に手をやって、俺は今言われたことの意味を吟味する。
「概ね意図はわかりました。つまり、私の業界でいうヘッドハンティングですね?」
「ヘッドハンティング……?」
「私は今、リクルートキャリアという会社で転職エージェントの仕事に就いております。勇者というのは職業だと耳にしたことがありますが、ということは、このお話は転職の勧誘ということでしょう?」
「おお……まあ、そうなるであろう……」
ケネス王は曖昧に肯定した。
「魔王は強く、恐ろしく、残忍なのだ。このままでは世界は闇に飲み込まれ、アルガントの民たちは奴隷として生きる他なくなってしまう。だが、異世界の者は特別な力を持つと伝説にある。もはや、そなただけが希望なのだ! どうか頼む、この通りだ」
ケネス王は深く頭を下げた。
その言葉には悲壮な願いが込められている。
「この世界を救ってくれ、勇者よ!」
「お話はよくわかりました。では早速交渉に入りたいのですが、条件面はどうお考えでしょうか?」
「じょ、条件面……?」
ケネス王は意味がわからないといった顔をしている。
「率直に言えば待遇です。給料や、支給品、業務の支援体制などは?」
「お、おおう。勿論、容易しておる。おい」
ケネス王が言うと、兵士の一人が宝箱を持ってきた。それを開けると、中には金貨と棒のような物が入っている。
「ひのきの棒と金貨100枚じゃ」
「貨幣価値がよくわかりませんね。このアルガント王国での毎月の生活費はいかほどですか?」
「生活費は、そのぉ……」
ケネス王は目を泳がせている。国王だから、よく知らないのだろう。
「平民の月の生活では金貨30枚ほどです、お父様」
そう口にしたのは、身なりの良いドレスを纏った少女である。お父様とケネス王を呼んだということは、姫なのだろう。
生活費は月に金貨30枚。大体、1日1枚か。
「では、姫様、ケネス王の毎月の生活費はいかほどになりますか?」
「その月によって変わってきてしまいますが、間を取れば金貨3万枚ほどでしょうか」
3万枚。ということは、1日300枚か。
見たところ、王国が困窮しているような状態でもなさそうだ。
これは話にならないな。
「ケネス王。申し訳ございませんが、このお話しは見送らせていただきます。すぐに元の世界にお返しくださいますか?」
「なっ! いや、それでは我が国が滅びてしまうっ! どうすれば、勇者になってくれるのだ?」
引き留めてきたか。
誰でもいい、というわけではなさそうだ。
「私が勇者にならなければ、このアルガント王国が滅びてしまう。だとすれば、勇者という職業に支払われる金額は国の値段であるべきでしょう」
「……あ、う……」
痛いところを突かれた、といったようにケネス王は息を呑む。
「で、では、金貨30万枚でどうだ?」
「アルガント王国の国庫の1割。これを毎年いただく、というのはいかがですか?」
「なぁっ……!! そんな法外な……!? そんな給金を要求する者などどこにもいないぞっ! 金貨100万枚でどうだっ!?」
「国を守り、あげく世界までも救う職業に、国庫の1割の価値もないと? ではアルガント王国は、この世界の常識を知らない異世界人を移民として強制的に連れてきて、安い労働力として使い倒し、命さえかけさせる。そういうお国柄ということでしょうか?」
「そ、それは違うっ! 偉大なる勇者、真なる英雄と、国中で賛美し、その活躍を後生に残す。子々孫々に至るまで、感謝の気持ちを忘れることはない! 違う世界の勇者に永久に続く栄光と友愛を――」
「私の国では、それをやりがい搾取というのです」
「や……やりがい搾取……」
ケネス王は驚愕の表情を浮かべている。
俺は静かに頭を下げる。
「本日は貴重なお時間をありがとうございます。貴国の発展を心より、お祈り申し上げております」
くるりと踵を返した。
「わかった!! 国庫の1割だっ! 言う通りにしよう!」
苦渋の決断とばかりにケネス王は言った。
「では、次に福利厚生についてですが」
「……ま、まだなにかあるのか……?」
「ええ、交通費、宿泊費、出張費、備品至急、消耗品至急、有給休暇、それと慣れない世界ですので、異世界出張手当をつけるのが妥当かと思います。それから業務内容についてですが……」
「……わかった。ぜんぶ、言う通りにしよう。ナターシャ、勇者様の話を聞いておいてくれ。余は少し休む」
「わかりました、お父様」
姫はそう返事をすると、俺の前まで歩いてくる。
「座れるところで話しましょうか。私はナターシャです。よろしくお願いしますね、勇者様」
ナターシャは別室に案内してくれる。彼女に異世界の事情を聞きつつ、福利厚生など、必要な待遇面での要求をした。王は白紙の契約書にサインをしたようなものだったので、話はスムーズに進んだ。
最終的な俺の待遇は以下の通りだ。
給与 年間国庫の1割 約金貨5億枚(前年度試算)
勤務時間・休日 裁量労働制
(労働者の判断で業務の進め方、勤務時間、休日を決定)
旅費・宿泊費全額支給/装備品至急/アイテム至急/希少アイテム・装備優先売買権/業務中の犯罪免除/その他魔王軍との戦いに付随する経費
「では、こちらが条件面などを記した魔法労働契約書になります。血判をいただきますと、この契約を違えることはできません」
ナイフで親指を軽く切り、滴る血で魔法労働契約書に血判を押す。これで契約完了だ。
「ナターシャ姫、まず最初になにをした方がいいですか?」
「はい。今現在、アルガント王国と国境を接している魔族領は、港街リージュンです」
ナターシャは地図を広げた。
「元々はアルガント王国領でしたが、先の大規模な戦いで魔王軍の幹部クラス、四天王まで参戦した末、敗れました。今現在、港街リージュンは魔族が支配しつつ、人間も暮らしています。この街を取り返すのが勇者様の最初のお仕事になると思います」
港街リージュンを取り返せば、立地的に魔族がすぐにアルガント王国に侵略するのは難しくなる。
「それ以外にはありますか?」
「それ以外ですと……勇者パーティの仲間でしょうか。やはり、勇者様でも一人で魔王軍を相手にするのは難しいです。最前線で体を張る戦士、数多の敵を一掃する魔法使い、重傷を瞬時に癒やす神官など信頼できる仲間がいれば、リージュン奪還にも光明が見えてきます」
「確かに魔王軍に比べて、アルガント王国は人材に劣ると言わざるを得ません」
俺はあくまで一介の転職エージェントだ。異世界に来て勇者の力が備わっていようと、自分の適性を信じた方がいい。
転職エージェントには転職エージェントの戦い方がある。
「まずは人材を募集します。転職はこの世界ではどこでなさるのですか?」
「いえ……転職ができる場所というのは聞いたことがありませんが……それだと駄目でしょうか?」
「むしろ、都合がいいかもしれません。新しく作りましょう。名前は、そうですね。転職斡旋ギルド『クラスエージェント』で」
「わかりました。王都でしたら、すぐに場所が見つかると思います」
「いえ、作る場所は王都ではありません」
俺は地図の街を指さした。
「港街リージュンです」
◇
港街リージュン。
廃業になった酒場を借りて、転職斡旋ギルド『クラスエージェント』を作った。
またクラスエージェントのビラを大量に用意し、街中に配ることにした。
魔族が支配する街のため、人間の肩身は狭い。だが、地獄の沙汰も金次第といったもので、一定の資金を投入することでどうにか目的は達成できた。
これも福利厚生に『その他魔王軍との戦いに付随する経費』が入っているため、アルガント王国が払ってくれる。
続いて俺は港街リージュンの様子を見て回った。街を歩いていると、意外と転職をしたいと考えている人材を見かけることがある。しかし、彼らはどうやって転職に結びつければいいか、ノウハウがないことが多いのだ。
そんな彼らに俺はさりげなく、「クラスエージェント」と囁くようにしていた。日本にいた頃、俺の会社のCMでよくやっていた手口だ。業界未経験者はアレを見てギャグだと思うかもしれないが、実は後々効いてくるのだ。
そもそも、いきなり良い話があると見知らぬ人物が持ちかけたところで、話に乗る者は滅多にいない。
少しずつ、しかし知らない間に「クラスエージェント」という言葉を、人々の意識の中に浸透させることが大事なのだ。
いよいよなれば、「クラスエージェント」で転職すればいい、といった具合に。
なので、勿論、普通の転職斡旋もした。武器屋から道具屋に転職したい。道具屋から兵士になりたい。兵士が宿屋に転職したい。そういうことはけっこうあるのだ。
俺は地道に転職エージェントの仕事をこなしていく。気がつけば、港街リージュンに移動してから、一ヶ月が経っていた。
「代人さん、今日の夜は相談のご予約入っていませんよね?」
ナターシャはなぜか王都を出て、仕事を手伝ってくれている。王宮にいても、特にやることがないからだそうだ。
「はい。どうかしましたか?」
「お手紙が入っていたんですけど、相談したいので今夜12時に開けておいてほしいって。でも、さすがにこんな時間、変ですよね」
「いえ。開けましょう」
「いいんですか?」
「待っていた人材がいらっしゃるのかもしれません」
その日は早い内に一旦店を閉めて、仮眠をとった。
深夜12時。
営業中だとわかるように外に明かり灯し、客が来るのを待っていた。
やがて、馬の蹄の音が聞こえてくる。
段々とそれは近づいてきて、止まった。
コンコン、とノックの音が鳴る。
「どうぞ。開いています」
と、俺が言うと、ぎい、とドアが開く。
姿を現したのは、首のない漆黒の騎士である。
デュラハンだ。
「グレイザード……様……」
呆然としながらも、ナターシャは言った。
「お知り合いですか?」
「いえ、その……魔王軍幹部の方で……四天王の一人、断首公グレイザード様です」
怯えを毅然と隠しながら、ナターシャは言う。
「そうでしたか。グレイザード様。私はクラスエージェントの六道代人と申します。本日は貴重なお時間をいただき、ありがとうございます」
「オレの名はグレイザード。こちらこそ、このような時間に応じてくれたことを感謝しよう。立場上、他の者に知られるわけにはいかなかった」
やはり、そうだったか。
それに礼儀のしっかりした方だ。
「本日は転職のご相談ということですが、魔王軍を退職される予定があるのですか?」
「そうだ」
「グレイザード様は魔王軍を幹部になるまで勤めていらっしゃいます。傍から見ても立派なご職業ですし、待遇も良い。四天王と呼ばれるようになるまで、並大抵の努力ではなかったでしょう。それを捨てて、一からやり直すことに不安はありませんか?」
「えっ……それじゃ、まるで引き留めて……」
「ナターシャ」
俺が言うと、彼女は「す、すみません」と頭を下げた。
「申し訳ございません、グレイザード様。転職していただいた方が、私どもも商売ですから勿論助かります。しかし、私が一番重視するのは相談者様のお気持ちです。もしグレイザード様が転職された後に後悔されるようなことがあれば、次の職場も長続きはしないでしょう。それは誰にとっても不幸なことです」
丁寧に、誠意を込めて、合理的に説明する。
前職のキャリアエージェントで、俺は転職成約数1700件、満足度92%の実績を積んだ。その中で肝に銘じていたのは、エージェントが主体になろうとしてはいけないということだ。
あくまで転職するのは相談者だ。
「グレイザード様も、転職先の職場も、そして私たちも、全員が幸せになる、それが私どもクラスエージェントが考える理想の転職です」
そこまで言うと、グレイザードは語り始めた。
「オレはな。一兵卒からの叩き上げだ。斬って、斬って、斬りまくって、この剣一本で成り上がった。剣技なら魔王軍最強、誰と戦おうと後れは取らぬと自負している。現にこの港街リージュンでの大戦で、最も戦果をあげたのがこのオレだ」
俺が視線を向けると、ナターシャはこくりとうなずいた。
彼が一番戦果を上げたのは、王国側からしても明白のようだ。
「そんなオレに対して、他の三人はあろうことか四天王の中で最弱と嘲ってくるのだっ!!!!」
「それは日常的にですか?」
「毎日だ。今日も言われた。四天王会議でも、魔法通信でも、ことある事にだ」
「日常的に先輩からのパワハラですか。それは悪質ですね」
「だぁぁぁろぉう!!!」
同意を得たことで、グレイザードはずいぶんと機嫌が良くなった。
「黙らせてやろうと思ったが、あっちは三人だ。さすがのオレも、三対一では勝ち目がない!!!」
悔しそうにグレイザードは拳を握る。
「なにか、実質的な暴力を受けましたか?」
「四天王に相応しいか確かめるとかなんとかで、奴ら三人がかりでオレに魔法をぶちかましやがった。ありゃ、正直、オレじゃなかったら死んでた。ふざけやがって」
「劣悪な職場環境と言わざるを得ませんね。魔王軍の人事は魔王にあることを確認しています。先輩とはいえ、役職が同格の四天王が暴力で人事をしようというのは、職場の体をなしていません」
「そぉぉぉぉだよなぁっ!」
心の底から溢れた同意の声であった。
「グレイザード様としては、四天王のお三方に対して、たとえば正々堂々、実力を認めさせたい。そういう思いもあるということでしょうか?」
「無論だ。奴らに吠え面をかかせてやりたい。だが、今はルール上、オレが一番槍。どれだけオレが強くても、負けるとすれば一番最初だ。そうなれば、奴らは待ってましたとばかりにオレが四天王の中で最弱と言ってのけ、既成事実にしようとしている!! オレが一番槍なら、そりゃ最初に負けるだろうよっ! これが四天王最弱のからくりだっ! ふざけやがって!」
「よかったです。グレイザード様。あなたにぴったりの職場を紹介することができます」
「……それは、なんだ?」
「アルガント王国が出資する勇者パーティでございます」
「なっ……!?」
さすがのグレイザードも、驚きを隠せなかった。
「いわゆる同業他社ですから、なんといっても経験を活かせます。そして、勇者パーティであれば、魔王軍幹部に格として見劣りいたしません。その上、パワハラや暴力事件などが多い魔王軍と違い、勇者パーティはとてもホワイト。仲間同士で支え合い、絆を重視する職場でございます」
「き……絆を重視……一人で戦ってきたオレが、絆を……? いや、そんなことはオレには……」
絆なというワードに、いたく反応している。
彼が転職に求めているものがわかってきた。
「グレイザード様。キャリアアップの時が来たのです。あなたはこれまで仲間に恵まれなかっただけ、絆というのは一人で育めるものではございませんから」
「できると思うか? こんな根無し草のオレに、勇者パーティで絆を作るなどということが」
「少なくとも、私から見えているグレイザード様は正々堂々戦い、理不尽なルールをそれでも守り、耐え難きを耐え忍ぶ、立派な武人でございます。どんな職場も求める優秀な人材です」
誠意を込めて俺は伝えた。
「だ、だが……だがオレは殺しすぎた。アルガント王国の兵を殺しすぎたのだ。受け入れられるはずがない」
「いえ、それは転職条件に問題ありません。伝説では、勇者は魔王の手先を味方に引き入れたケースがあります。たとえ闇の中にいようとも、心に光があれば再び輝くことができる。これが伝説の勇者の言葉です。ですよね、ナターシャ」
と、話題を振る。
「は、はい。様々な経緯で魔王軍になってしまった者を、味方にすることはあったと言い伝えられています。勇者様は種族や経歴に囚われず、心にある光を大切になさいました」
「転職条件は問題ありません」
「しかし、パーティメンバーは勇者次第なのだろう?」
「勿論そうなりますが、前職が魔王軍で幹部というご経歴でしたら、勇者パーティでも即戦力が可能です。私どもクラスエージェントに交渉はお任せください」
感銘を受けたように、グレイザードは固まっている。
最後の一押しだ。
「グレイザード様。勇者パーティの一員として、実力勝負で正々堂々と四天王の三人に吠え面をかかせてみたくはございませんか?」
「話を進めてくれ! オレは魔王軍を辞める!!!」
即断、即決だった。
なにがあろうとパワハラ野郎にやり返す、それが彼の一番の転職動機だ。
「ありがとうございます。ただ一点だけ、ご相談がございます」
「なんだ? なんでも言ってくれ」
「グレイザード様の首は、見つけることができますか? 勇者パーティで戦う以上、それなりの見た目は気を遣った方がよいかと思いまして」
「なるほどな」
グレイザードは腕を組んで考える。
「オレの首はあるにはあるのだが、デムナ様に預けている」
「デムナ様……?」
と、ナターシャを見る。彼女は答えた。
「……魔王デムナ……様です」
「忠誠の証だ。辞めるとなった以上、返してはもらえないだろう」
「かしこまりました。そのままでいけないかも含めて、こちらで交渉してみますので、少々お待たせすることになるかもしれませんが」
「多少の条件は構わん。代人、オレの剣をお前に預ける」
「ありがとうございます」
深く俺は頭を下げた。
細かい待遇面の条件を決めて、その日の打ち合わせは終わった。
翌日、グレイザードが魔王軍を辞めた、という噂が広まり始めた。彼がなにかを言ったのか、それとも誰かが店に入るところを見ていたのか、詳しいことはわからないが、少しずつ魔王軍の兵が相談に来ることが増え始めた。
勇者パーティに入れられるほどの人材ではないものの、城の門番や砦の防衛など、紹介できる職場が多い。人となりを見極めながら、転職の斡旋をしていくと、クチコミがクチコミを呼び、転職と言えばクラスエージェントと言われるぐらいに認知度が高まった。
そんなある夜のこと。
店仕舞いをしていたナターシャが、入り口の鍵を閉めたところだった。
「下がれ、女」
と声が響いた。
次の瞬間、黒い雷が落ちてきて、天井と床が破壊される。店に火がついて、黒煙が上る。
その中に人影があった。
「な、何者ですかっ?」
ナターシャが問うと、その人影は歩き始める。
「手荒にしたな。我が名はデムナ」
「……え?」
黒煙の中から、人影の姿があらわになる。
血に染まった目をした男だった。黒衣を身に纏い、頭には四本の角。背には鋭利な翼を持っている。
「魔王デムナだ。女、勇者はどこだ?」
ナターシャがはっとする。だが、すぐには答えなかった。ここで転職を斡旋していたのが勇者だということに気がついている。俺の身を案じているのだろう。
「隠せば殺す」
「私にご用でしょうか?」
別室から、俺はデムナに姿を見せた。
「貴様に良い話を持ってきた。断れば、殺す」
「あまり良い話ではなさそうですが、お聞きしましょう」
「勇者よ。我は貴様を認めた。戦わずして、グレイザードを無力化した手並み、見事としか言いようがない。ゆえに――貴様は我の転職相談に乗るがよい!!」
一瞬、理解が追いつかなかった。
「……え? 転職……?」
ナターシャが疑問に染まった目で魔王を見ていた。
「そうだ。我が魔王軍から転職するのだ。お前たちにとっても悪い話ではあるまい?」
驚きはしたものの、条件反射で俺は返事をしていた。
「ありがとうございます。まさか魔王軍の魔王まで勤め上げた方から、ご相談をいただくとは。色々とお伺いしたいのですが、デムナ様はどのぐらい魔王を勤めていらっしゃったんですか?」
「我は500年生きた。ゆえに、500年間魔王であった」
「勤続500年ですか。これだけ、継続する力がある方はなかなかいらっしゃらないですね」
「ちょ、ちょっと待ってくださいっ!」
口を挟んだのはナターシャだ。
「それは、だめですよ。だって、魔王はさすがにおかしいじゃないですか。あなたが始めた戦争、あなたが始めた世界征服ですよねっ? あなたが罪を償わず、逃げるなんてことは許されないですよっ!」
「……確かに、我が始めた戦いである……」
デムナは言った。
「だが、我が始めずとも、始まっていた戦いでもある」
「なにを言って……」
「ナターシャ。確か、伝説にはこうありましたね。勇者が魔王を討った時、そいつは言った。『我を倒そうと、いずれ第二、第三の魔王が現れる』と」
「は、はい。それが……?」
「不思議に思っていたんですよ。どうして、未来のことがわかるのかと。しかし、デムナ様の言葉でわかったような気がします」
恐らく、これが正解だ。
「魔王は魔王軍の経営者ではなく、雇われ店長だったんですね?」
「雇われ店長……ですか?」
「つまり、ただの現場責任者です」
「その通りだ。さすがは勇者」
デムナは言った。
「我は我が父、偉大なる大魔王ヴァルゼンに魔王となるべく育てられた。赤子の頃から人間を殺し、いかに人間が邪悪で、愚かで、絶滅すべき存在であるかということを叩き込まれたのだ」
「赤子の頃から……!?」
ナターシャが目を丸くする。
「完全に就労年齢を満たしていませんね。労働基準法違反。しかし、よくあるんですよ。一族経営というものは」
「なんですか、一族経営って?」
「デムナ様のように、親が創業して所有している職場のことです。この場合、家庭と職場を混同しやすく、外部の目が少ない分、ワンマンになりやすい。コンプライアンス違反をしている会社が増える傾向にあります」
俺は説明する。
「就労年齢を満たしていなくとも、家の手伝いだと言えば済んでしまうような、なあなあな部分がございます」
「だからって、魔族だからって、小さな赤子にやらせることじゃありません……」
「絶対的な権力を持つがゆえに、犯罪行為をもみ消すこともできてしまうんです。これが一族経営の闇です」
魔王軍は一族経営だった。ワンマン、パワハラの温床、コンプライアンス違反、考えてみれば、妙に納得できる話だ。
「我は気がついたのだ。人間を殺したかったわけではない。いや、戦いなど望んだわけでもない。だが、その頃には我は数十万という人間を殺し、数万という魔族を死なせ、四つの国を地図から消していた」
魔王デムナは言う。
「後戻りをしようにも、誰も我を許すことはない。貴様が先程言ったようにな、ナターシャ姫」
ナターシャは目を見開く。
彼女は逃げるなと言った。逃げずに罪を償え、と。
それが世界を巻き込む大戦争を始めた魔王に、誰もが思っていることだろう。
「我は平穏が欲しいのだ。花を愛でて生きたい。料理を作って生きたい。服を編んで生きたい。だが、その術を知らぬ。そんな時、この店を見つけた。クラスエージェントを」
デムナは言った。
「なんでもいい。戦いはもう沢山だ。我に向いている仕事を教えてくれ。額に汗を流し、地道に日銭を稼いで余生を過ごしたいのだ」
彼の希望はよくわかる。
だが、転職エージェントとして、残酷な事実を伝えなければならない時がある。
「デムナ様。残念ながら、今のあなたにご紹介できるご希望の職場はございません。前職を知れば、誰もあなたを雇おうとはしないでしょう」
一瞬、彼は口を閉ざした。
表情は変わらない。それが彼の精一杯の絶望を表しているという事実が、彼の職場環境を物語っている気がした。
「……そう……であろうな……」
「しかしながら、一つだけ実績にプラスになるかもしれない仕事がございます」
僅かに、デムナの瞳に光が宿った。
「それは……?」
「勇者でございます」
「な……んだと……!?」
デムナが驚愕をあらわにする。
「代人さんっ! 勇者は代人さんのご職業ですっ! ましてや、魔王が勇者に転職するなど聞いたこともっ……」
デムナと同じく、ナターシャも動揺している様子だ。
「魔法労働契約書に書いてあります。勇者は自らの業務を他人に代行させることができ、これら一切の責任を勇者が追う、と。つまり、デムナ様がされるのは勇者の下請け業です」
元々、俺は争いが得意な方ではない。念のため、契約内容に盛り込んでおいたのだ。
「デムナ様。いくら一族経営のブラック職場だったとはいえ、あなたが責任者だったことは変わりません。あなたが悪くないと頭ではわかっていても、パワハラをされた人は許さないでしょう。殺された人の家族もまた許さないでしょう」
誠実に、ありのままの事実を俺は伝える。
「もし、魔族と人間があなたを許す日がくるとすれば、それはあなたが罪を償ったときです。あなたがお父様を、大魔王ヴァルゼンを倒した時だけなのです」
じっと、デムナは考え込む。
どんな仕打ちをされたとはいえ、彼にとって親は親だ。複雑な想いはあるだろう。
「下請けとはいえ、人間は我を勇者として迎え入れることができるのか?」
「魔王を倒しても、次の魔王が現れる。人間は雇われ魔王と永遠に戦い続ける宿命にあるのです。しかし、大魔王ヴァルゼンの存在を知るあなたならば、それを終わらせられるかもしれない。だとすれば、死んでいった者も浮かばれるでしょう」
それを聞き、デムナは静かに目を閉じる。
彼は言った。
「わかった。話を進めてくれ」
「かしこまりました、デムナ様」
俺はすぐに各所にデムナを紹介し、交渉を行った。
俺の誠意と魔法契約書、ケネス王の後ろ盾、そして大魔王討伐の可能性から、晴れてデムナは勇者として認められた。
そして、魔王軍四天王の一人、断首公グレイザードは勇者パーティの戦士として採用された。
魔王デムナが味方になったことで、彼の首が戻ってきたことが大きい。これで魔族を恐れる人間の街を堂々と歩くことができる。
勇者パーティの馬車には俺とナターシャも乗っている。とはいえ、後方部隊だ。
戦闘は勇者デムナと、戦士グレイザードで当面は事足りる。俺たちは馬車の中を移動ギルド『クラスエージェント』に改造して、各地で転職の斡旋をすることにした。
なお、勇者パーティ結成後、即日で港街リージュンは落ちた。なにせ魔王デムナと四天王グレイザードが勇者パーティとして向かってくるのだから、魔族としては白旗をあげる他ない。
まだ新しい雇われ魔王が決まっておらず、デムナのことが魔王軍に伝達されていないことが幸いした。
そうして、港街を開放した俺たちは、船で次の大陸に移動することにした。
到着する頃には、魔王軍も体勢が整っているだろうという予測だ。これからが真の戦いとなる。
「グレイザード。貴様、首が落ちていたぞ。気をつけろ」
甲板でデムナが、グレイザードの首を投げる。
「外れやすくてな」
受け取ったグレイザードは、首を胴体に乗せ、くっつけようとしている。彼の首は、なかなか男らしい顔立ちだ。
「そう言うデムナ様こそ、フードから角が見えていますよ」
「む」
と、デムナはフードを目深に被る。
人間社会に馴染むには二人とも時間がかかりそうだ。
「しかし、代人。我は思うのだが、貴様がいれば大魔王から人材を全て奪いとれるのではないか?」
「おお。そうすれば、全ての拠点が無血開城できるか」
デムナとグレイザードがそう言った。
「誠意は尽くしますが、転職は運もありますからね。毎回、上手くいくものじゃありませんよ」
「そうですか? 私も、代人さんならできるような気がします」
と、ナターシャが笑った。
妙にみんなの期待が大きい気がする。
結局、転職というのはエージェントがどれだけ努力し、交渉し、誠意をつくそうと、最終的には本人次第なのだ。
まあ、魔王軍はかなりブラックな職場のようだから、一定以上は役に立てるだろうとは思っているけれども。
「あの、すまない……」
鎧を着た女の人が声をかけてきた。
「ここで転職相談ができると聞いて、出航前に予約したのだが?」
なんにせよ、俺にできることはこれだけだ。
「はい。私がクラスエージェントの六道代人と申します。本日はお忙しい中、お時間を作っていただきありがとうございます」
俺は作成した名刺を差し出し、いつもと変わらず、転職相談を始めるのだった。
お読みくださり、ありがとうございます。
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