第72話【定められた運命】――それに抗おうとする者たちの作戦
王の間――
その奥の書斎で、黒い霧がゆらりと集まり、気を失って倒れていたアルベルト王の胸元へ吸い込まれていく。
シュパン……
王の体が跳ね、閉じていた瞼がゆっくりと開いた。
そして、首がゆっくりと持ち上がる。
その瞳は、もうアルベルトのものではなかった。
「フフフ……ナナミ・アユム……お前に“劇的な最期”を与えてやろう……主人公気取りの活躍を望むお前にふさわしい最期を!!」
影の王、ラザルスはゆっくりと立ち上がり、机の上に置かれた黒革の本へ手を伸ばす。
『偽真の禁書』
ペンを手に取り、革の表紙を開く。
ページが勝手にめくれ始める……
パラ……パラパラパラ……
そして、まだ使われていない白紙のページが現れた。
ラザルスは、そこに迷いなく文字を書き込む。
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Narrative Puppet Cipher
ナナミ・アユム
ガルド・ヴァン・レオン
レオニード・アシュフォード
アーヴィング・ハミルトン
――仲間同士、殺しあえ。王の前で悲劇を演じろ。
Narrative Invasion
王の間にて、近衛兵と魔術師らは互いに傷つけ合い、命を奪い合う。
何人も王へ近づくことはできない。
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「フフフ……」
「これで運命は定まった……ナナミ・アユム、お前は“物語の死”を迎える……」
禁書はひとりでに動き出し、背表紙がパタリと閉じた。
ページの小口が薄暗い赤い光を帯び、まるで血管のように脈打つ。
一度……二度……そして、すっと光が消えた。
その瞬間、禁書が黒い光を放ち、王の体を包む影が濃くなる。
ラザルスはペンを手にしたまま、禁書を脇に抱え、王の書斎からゆっくりと歩き出した。
向かう先は――王の間。
そこには、“書かれた運命”を迎えるための舞台が待っている。
「さあ、ナナミ……お前の“最期の章”を始めようか……」
◇◇◇
「くそっ……出遅れた……もう完全にラザルスを見失ってしまった」
「瓦礫の中をあの速さで動かれては無理ですよ」
瓦礫と巨大なクレーターと化した王宮中央区を大きく迂回し、一行は王の間へ向かっていた。
「ライエル、レオニードの拘束を解け」
「……よいのですか!?」
「決戦だ……少しでも人手が欲しい。それにこいつもここで死なれては困る」
「わかりました!」
ライエルはレオニードの拘束を解き、“死ぬなよ”と言わんばかりに背中をポンと叩いた。
「ひぃ……」
「しかし今日は走るのう……老体にはきつい」
「たしかに、走りますね今日は」
「なんだ、走り込みが足らんぞお前ら」
隊長だけがこの瞬間だけ生き生きしていた。
そして――豪華な装飾の王の間の入口が目前に迫る。
「準備はいいか」
「隊長、作戦は?」
「ない!」
「ちょ!ちょ!ちょ!!ちょっと待ってください!!」
セブンが隊長を後ろから抱えてブレーキをかける。
全員が通路に留まった。
「さすがになんか考えましょ!ね!?最終決戦なんですよね?考えなしはまずいですよ!」
「こんなもの!影なんか、ガーっと行けば終わりだろう。相手は一人だぞ」
「隊長……アルベルト王を斬るんですか?その剣で」
「…………」
「ほら……何も考えてない」
「セブン、隊長に失礼だぞ。考えてないわけがないだろう」
「そうだ、ガルドは戦いで武勲を上げてきた猛将だ。侮るでない!」
「お、おう……そうだとも」
「わかりました。じゃあ、いったん整理しましょう」
もう先行したラザルスに追いつくことはできないだろう。
セブンは全員を落ち着かせる。
「1つ、陛下を傷つけてはいけない。
2つ、禁書を傷つけるのもダメ。
3つ、影は実体がないので物理攻撃は効かない。」
「…………」
「以上を踏まえて……隊長!作戦をお願いします!!」
「…………」
ガルドは腕を組み、目を閉じ、深く息を吸い――そして言った。
「……ない!」
「マジか……」
「お前……本当に何も考えておらんかったんか……」
「隊長……さすがに今回は脳筋すぎる……」
「ひぃ……」
「もう俺が作戦立てます!!」
「まず、影だけではなにもできません。ペンを持つこともできない」
「うむ、実体がないからのう」
「だからこそ、すでに影は王と一体になって我々を待ち構えているはずです。
偽真の禁書に“何か”を書き込んで」
「ということは……もう我々の運命は定められているということじゃな」
「そういうことです。そして影……ラザルスはこの王国の滅亡を望んでいる」
「我々がここで止めなければ、魔王の復活がありうると?」
「おそらく……それが王国の滅亡には一番近い」
「不死の魔王の復活……それだけは阻止せねばならんのう」
セブンは腕を組み、深く考え込む。
「戦わずに逃げたいと思っていたが……」
「セブン、さすがにお前今回は無理だ。最終決戦だぞ。お前の望んでいた“活躍”の場だ!」
「お、おれは“活躍”とか望んでないです!それに、どっかの大声バカのおかげで俺の名前が禁書に書かれてるんですよ!おそらくすでに!!」
「よっ! ナナミ・アユム!!」
「やめろ、お前のせいだぞ、ふざけるな!!」
「いや、お前だけ禁書が効かないとかズルいだろ」
「俺だけが希望だったの!」
「セブン……おまえ相変わらず恥ずかしい奴じゃのう……
“俺の活躍”だの“俺が希望”だの……」
「国家の存亡危機です!恥ずかしいとかないです!」
「まぁまぁ落ち着け。セブン、続けろ」
セブンは深呼吸し、全員を見渡す。
「影には実体がない。禁書を使うには“王の体”が必要。つまり――」
全員が息を呑む。
「王を傷つけずに、影だけを引きはがす必要がある。 そして禁書を“閉じさせる”か“奪う”かしなければならない」
「うむ、難易度が高すぎる……」
「王を傷つけず、禁書も壊さず、影だけ倒す……?そんなの無理じゃないか」
「セブン、お前……何か策があるのか」
「一つだけ……あります」




