第71話【無能力転生者】――七海 歩(ナナミ・アユム)の算段
「皆さんに伝えなければいけないことがあります……」
ガルド、ライエル、アーヴィング、レオニード。
全員が息を呑む。
「私は辺境の村の出身。剣を学び、安定した職に就くためこの王国を訪れました」
突然の告白の始まりに、一同は目を丸くする。
ただ一人、ライエルだけはいつもの調子。
「おいおい……こんな時にどうした、自分語りとは。主人公気取りかセブン」
「……ライエル、今はよせ。俺だってそんなつもりはない」
セブンは深く息を吸い、続けた。
「俺に関わることなんだ、さっきラザルスから聞いた、
“何度やっても偽真の禁書が利かない”
“やはりお前、この世の者ではなかったか”
という言葉……」
「なんじゃと?」
「セブン……お前が、この世の者ではない!?」
「ああ……今まで誰にも話してはいなかったが……俺は転生者」
その告白に同期のライエルがいち早く反応する。
「テンセイシャ……天の聖者……か!?天からの使い!天界から来た聖者!!」
ライエルはセブンの手を掴み、高々と掲げた。
「天は我々に味方した!これで勝てる!ラザルスの陰謀に!!」
「おお、セブン!俺はお前が牢獄に入れられた時から、なんとなくわかっていたぞ!」
近衛兵たちは物分かりが良すぎた。しかし、それは盛大に間違っている。
「ちょ……違います、転生者です。ココとは別の世界から、生まれ変わって来たんです」
「紛らわしいこと言って期待させるんじゃないセブン!」
勝手に盛り上がって勝手にがっかりするガルド。
「えぇぇ……」
「なんじゃと、他の世界からの生まれ変わり……ということはお前、元はミジンコか何かだったのか?」
「なんでそうなるんです、ちゃんと人間ですよ」
「に……お前が、人間じゃと!?」
それぞれ驚いてざわざわし始める。
「さすがに失礼だぞお前たち」
「じゃがのうセブン、そんな突拍子もないことを急に言われても、信じられる奴がおるか。
何かその証拠でもあるのか?」
「証拠ですか、なんだろう……ええと、掛け算ができます」
「カケザン、なんじゃそれは!?」
「9人の近衛兵が、それぞれ7つのリンゴを持っています……合計は全部でいくつですか、ガルド隊長」
「それはだな、えーと……我々、近衛兵はだな……」
ガルドは指を折り数え始める。
横でアーヴィングも同じく指を折っていた。
「答えは63個!これが『掛け算』です。『暗算』の掛け算」
「カケザン……アンザン……!なんという能力じゃ!」
「セブンお前、特殊能力があるではないか!!警備以上の職を与えねば!!」
「俺は知ってたぞセブン、お前が前室警備におさまる器じゃないってことをな」
なぜか熱くなるガルドと、なぜが得意げなライエル。
その陰で、レオニードは地面に石を並べてまだ答えを探している。
「えーと……9人が……7個で……」
「してセブン、そのカケザンで相手を翻弄し、アンザンでとどめを刺すというわけじゃな!!」
「ちがうちがう、掛け算はどうでもいいんです。証拠見せろとか言うからですよ!」
「俺は元いた世界で、事故で死んだんです。それでどういうわけかこの世界に転生したと言いたかったんです」
「つまり、やっと人間になれたということじゃな……元はカニかなにかか?」
「話の腰を折らないでください!最初から人間です!なんなら今よりイケメンだった!」
空回りするセブンを見てライエルが一言。
「セブン……ノリが悪いな、みそこなったぜ」
「ライエルお前の場合、顔はいいがちょっとだけおバカだから、どこまでがノリなのかわかりにくい」
「ええい、早く続けろ!」
「まったく……俺は前の世界では『七海 歩』(ななみ・あゆむ)という名前だった。セブン・ウォーカーというのはこの世界に来てから決めた名前だ……」
「で、何が言いたいんじゃ、さっぱりだぞ……ただの痛い自分語りか?」
「お前が変なこと言うからだろジジイ!俺が別の世界から来た人間だから、禁書が効かないって言ってるの!!」
「だからなんじゃ、”禁書効きません自慢”でもしておるのか!?」
「なんで俺がここで”禁書効きません自慢”しなきゃいけねーんだよ髭ジジイ!!俺には効かないから、活躍できるかもっていってんの!!」
「活躍……」
ガルドの眉がぴくっと上がる。
「え……活躍?」
ライエルがセブンの肩をがしっと掴む。
「お前、なんだかんだ言いながら活躍したかったのか」
にやにやしながらセブンを下からのぞき込む。
ガルドはなぜか機嫌が良くなった様子。
「欲のないようなことをさんざん言ってきたが、やっと本心が出たな。むしろそれでこそ近衛兵だセブン!お前のやる気、しかと受け取ったぞ!!」
「あ、いや……そうじゃなくてですね……」
その騒がしい空気の中で――
レオニードが、ぽつりと独り言のように呟いた。
「禁書に『ナナミ・アユム』って名前を書いたら……どうなるんでしょうね」
「!?」
「!!」
「!!!」
「なん……だと!?」
それまでの和やかな空気が一瞬で凍りついた。
「禁書は“名前を書けば操れる”のでしょう?ならセブン殿の本当の名前を書いたらどうなるのかと……」
「確かに禁書は名前に作用する。ならば、かりそめの名ではなく本来の名前を書けば……」
「もし効くなら、セブンは影、ラザルスに操られる……まずい」
「でも影に聞かれてなくて良かったですね。効くかどうかは別として偽真の禁書に名前なんて書かれたくないですもんね」
――その時。
木陰の奥で、黒い影がゆらりと揺れた。
「はっ!……嘘だろ!影があそこに!!」
レオニードがこっそりこちらの様子をうかがっていた影を見つける。
「木陰に影とか、なんじゃこの小話みたいな展開は」
「冗談言ってる場合じゃないですよ、多分聞かれましたよ!」
「聞かれたって、なにをじゃ?」
焦ったライエルが大げさに説明する。
「何がってセブンの本当の名前が『ナナミ・アユム』ってことですよ!!」
「ライエル!お前!!」
セブンがライエルの首根っこを掴む。
だが――もう遅かった。
木陰の影が、ゆっくりと形を変えながら笑った。
「ナナミ・アユム……そうか……セブン、いやナナミ、これで終わりだ……」
「まずい!影を抑えろ!!」
「いや、影には実体がないんじゃ、捕まえられん!」
「アーヴィング!魔法なら効くだろう!撃て!!」
「効くかどうかは知らんが、やってみるしか――」
アーヴィングが魔法詠唱を始めるが、影は瓦礫の合間を縫い逃げていく。
その時、名前を明かされたセブンだけは冷静だった。
「影は実体がないからペンを握れません!禁書を使うには陛下の体に乗り移る必要がある!!影が逃げる方向に向かえば、そこに陛下がおられるはずです!」
ライエルが影を追っていた足を止めて振り向く。
「陛下に乗り移ったところで……陛下を”始末する”と?」
「!?」
「!!」
「ええ!!?」
全員が凍りついた。
「まてまて、なぜそこで“始末する”という発想になるんじゃ!!」
「だって影が乗り移るって言ったら……そうなるだろ?」
影ラザルスが逃げた方向を全員が注視している中――
ライエルが、なぜか胸を張って更なるトンデモ持論を展開した。
「隊長!影に陛下を乗っ取られる前に陛下を始末しましょう!」
全員がキンキンに凍りついた。
「ライエル……お前、影が乗り移る前の陛下は”ただの陛下”だ、殺してどうする!!まったく誰に仕えてると思ってるんだ……不敬罪だぞ、お前というやつは」
ガルドが痛い部下に頭を抱える。
「では隊長!影の王に使われる前に禁書を燃やしましょう!」
ライエルの勢いは止まらない。
「“影の王”とは言いえて妙じゃが……禁書を燃やせば、中に封印された魔王が出てくると思うぞ……」
ライエルは頭に血が上っている。
「では隊長!――」
そこまで言ったその瞬間、
ゴッ!!
セブンがライエルの後頭部をどついた。
「ライエルは使い物になりません。隊長、とりあえず皆で影を追いましょう」
「いってぇ!なんで俺だけ!!」
「お前の案は全部”ダメな方”に向かっとるんじゃ」
「セブンの言う通りだ。禁書を使われる前に!影を追うぞ!!」
一同は影ラザルスの逃げた方向へと走り出す。
王と王国を救うために。
禁書の暴走を止めるために。
そして――
“ナナミ・アユム”という名前が、
この世界でどう扱われるのかを確かめるために。




