第70話【千年王国の影】――継承された“偽り”の正体
バフォメットが沈黙し、セブンとアーヴィングが話しているその時――
ドタドタドタッ……
中庭回廊の奥から複数の足音が近づいてきた。
王宮中央区からの異様な轟音を聞きつけ、駆け付けたガルドたち。
「セブン!!これは……何があった!?」
王宮中央区の壊滅を目の当たりにし、何が起こったのか理解できない。
ライエルがセブンとアーヴィングに問いかける。
「地震のように揺れたぞ!魔力の爆発か!?」
その後ろには、両手を拘束されたレオニードも連行されていた。
「なんだこれは……」
セブンはアーヴィングに弄られた呼吸を整えながら、ガルドへ向き直る。
「隊長、俺が説明します……」
「頼むセブン。これは、状況がまったく掴めん」
セブンは隊長と別れてからの出来事を、順を追って説明した。
――王妃を探しに中央区へ向かったこと
――祭壇の間、謁見の間を調べたこと
――玉座で王妃を抱えた王を発見したこと
――王が近づく者を拒む“何か”に操られていたこと
――影がラザルスと名乗り、王を操ったこと
――その影が”ギシンの禁書”というものを使っていたようだということ
――そして王妃を利用して召喚されたバフォメットに、王宮中央区が破壊されたこと
尚、どう倒したかについては、あえて言わなかった。
ガルドはセブンから聞いた一連の出来事に、驚きを隠せない。
「影、あの影が!?」
影の目撃情報ははるか昔からあった。
そして目撃者もいた。
だが影は影響のない亡霊、無害な存在であるとされていた。
ガルドもライエルも、王宮内の多くの者が影を目撃したことがある。
それはいつしか王宮の怪談話のように成り果てていた。
「憑依して陛下を操る、だと!?」
知っている話と違う、ライエルは受け入れがたい話に拳を握る。
その隣で、話を聞いたレオニードの手が震えだす。
「そんな……馬鹿な……」
アーヴィングがレオニードを睨みつけて言う。
「馬鹿な話ではない!わしも見た……陛下は明らかに“別の何か”に操られておった」
「影は……俺に“ラザルス”と名乗りました」
セブンの口から出た名前、”ラザルス”
レオニードが震える声で話し始める。
「ラザルス……遥か昔、このアビスガルド王国の王だったお方の名前です」
「王だと!?」
「そうか、王宮魔術師は歴代の王のことも知識として学ぶからな……レオニード、知っていることを話せ」
「はい……アビスガルド王国が千年王国と呼ばれ繁栄していたことはみなさんご存じでしょう。しかしそれは偽りの歴史であったという話があります」
「いや、それはあくまで噂の話じゃろう。現にこの王国は今もこうして繁栄しておる」
「はい……しかし偽りの歴史というのは、歴史そのものが偽りであったという事ではなく、偽りの政治で民をまとめていたという事らしいのです」
「何を言ってるのか理解しがたい……いったいどういう事じゃ」
「アビスガルド王国が永く繁栄をしてきたその陰には、”禁書の存在があった”と、ある時代の宰相が残した日記に記されていました」
「禁書じゃと!?」
「それが……セブン殿が影の口から聞いたという”ギシンの禁書”――”偽りの真”と書いて『偽真の禁書』です」
「そして、その禁書には
『Narrative Puppet Cipher』――物語の為の空っぽの人形
という項目があり、そこに名前と行動が書かれると『その人物は自分の意志とは関係なく、そこに書かれた行動をとる』という禁書なのです」
「人を操る、ということか」
セブンは今まであった出来事を思い出す。
”物語の揺り戻し”、”物語の強制力”、あれが禁書の効果であったのではないかと。
しかし、今は黙って話を聞き続ける。
「つまり……その禁書を用いて政治を行っていたというのか」
「そうです。禁書に名前を書き、人々を操る。それが千年栄えた王国の真実。代々の王は、次の王となる者にその禁書を継承し王国を守ってきました。」
「そんな……」
ガルドは自分が今まで従えてきた王国にあった裏の顔に愕然とする。
皆、同じく言葉が出ない。
「しかし、そんな偽りの王政に終止符を打つものが現れます。ラザルスの父、レオガルドです。レオガルド王は”偽真の禁書”を用いての偽りの政治を良しとせず、自ら最小限の使用で王位を終え、その”偽真の禁書”を禁書庫に封印しました。禁書庫の保管庫の中……祭壇の黒い宝箱に封印を施して」
「あの禁書庫の封印が解かれた黒い……あの箱か!!」
ガルド隊長が怒り任せに剣を抜く。
「レオニードォ!知っていながら!なぜ話さなかった!!」
「隊長!抑えてください!今はまだ!!」
ライエルとセブンが隊長を止めに入る。
レオニードは怒り狂うガルドを見て、頭を抱えしゃがみこんだ。
「ひっ……知らなかったんです!許してください!知識として知ってはいましたが、本当にあったことだとは思わなかったんです、ただの”おとぎ話”だと!!」
「ぬかすな!何が”おとぎ話”だ!!」
ガルドがレオニードの、逃げるような言い訳に激昂する。
ライエルが剣を持つガルドの手を抑え、セブンが後ろから抱きついて止めに入る。
「隊長!抑えて!!」
「き、聞いてください!おとぎ話があるじゃないですか!アビスガルドに伝わる建国の物語が」
アーヴィングがレオニードの襟首をつかみ持ち上げる。
「まさか、あの建国のおとぎ話が……関係していると?」
「本当かどうかはわかりません……ただ、あの本が”偽真の禁書”の始まりだと……」
ここにいる者全員がそのおとぎ話は知っている……
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アビスガルド王国はある一人の勇者が作ったとされている。
それが初代国王である勇者アビスガルド。
彼は剣と魔法を使う勇者だった。
アビスガルドは仲間と共に魔王を打ち取り、不死の魔王を、黒革の本へ封印したと伝えられている。
おとぎ話は、その本に閉じ込められた魔王が最後に、
『…………ヴヴヴ……』と唸る描写で終わっている。
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アーヴィングが沈黙を破る。
「では、あの魔王を封印した本が”偽真の禁書”だというのか!?」
「おそらく……おとぎ話では勇者アビスガルドが建国したアビスガルド王国が、永遠のように繁栄するというおとぎ話らしいハッピーエンドで終わっています」
「それが魔王の力……”偽真の禁書”を用いた繁栄であったと!?」
「そんな戯言、信じられるか!」
ガルド隊長が再び暴れだす。
「ひぃ……!すいません!すいません!」
ライエルがガルドを抑えながらレオニードに聞く。
「待てレオニード、それがラザルスとどう繋がるんだ」
「はい……ラザルスは”偽真の禁書”を用いず、このアビスガルド王国を治めた初めての王になります。しかしそれは悲劇的なものでした。
悪天候による飢餓、度重なる魔物の襲撃、不満を爆発させた民の反乱……
ラザルスは息子へ何とか王位を継がせたものの、その代償と責任を己の命でとりました。
民の不満を抑えるための公開処刑であったと日記には記されています……」
「そんなことが……」
「ラザルスは父であるレオガルド王を死に際まで呪ったそうです。”偽真の禁書”さえあればこんなことにはならなかった。そして歴代の王が禁書を用いてきた反動が自分に不幸をもたらしたのだと」
ガルドはその悲劇を聞き、体から力が抜けた。
どうしようもない不幸が大昔この王国に起きていたという衝撃。
「もしこの話が真実だとしたら、最後までこの王国に恨みを抱いて死んでいったラザルス王が、”影”という存在になっていたとしても、私は驚きません」
誰も声が出ない……これはこの国にとっての最も暗く黒い歴史。
髭をさすって聞いていたアーヴィングが何かに気づく。
「そうか……ラザルスは血筋である後世の王になら憑依できるということか!そして封印された”偽真の禁書”を用いてこの王国を滅ぼそうと……」
一同がアーヴィングの、”一見筋の通った推測”に驚く。
それを聞き、ガルドも自分の推測を加える。
「禁書に封印されているのが不死の魔王であるならば、あの厳重な保管と封印にも納得できる」
そしてガルドは自身の推測から、さらに恐ろしい答えを導き出した。
「まさか……魔王の開放!!それが奴の本当の狙いか!?」
ガルドの敵意がレオニードからラザルスに向かった。
その時――
ずっと押し黙っていたセブンが、口を開いた。
「皆さんに伝えなければいけないことがあります……」




