第67話【偽真の禁書】――王と王妃と悪魔と王国
「おお、セブンよ……やはり来てくれたか。エリザベートを救ってくれ」
そして、まるで台本を読むように。
「こちらに来てくれ……エリザベートを……」
セブンはアルベルト王の異変に気づく。
アーヴィングにそれはわからない。
「近づけん……なんじゃこれは……!」
「魔法……のようなものです……」
「どういうことじゃ……誰が邪魔しておるんじゃ!」
「俺はどういうわけか、この“強制”に逆らうことができるらしい……冤罪で投獄されてから、ここ数日でわかったことです」
「何が何やらさっぱりじゃ……魔法障壁ではないのかこれは……!」
セブンは玉座へ向かって歩き出す。
一歩。
また一歩。
階段を上がるたびに、空気が歪む。
アーヴィングも後を追おうと足を踏み出すが――
元の位置に戻される。
「なっ……!?殿下に近づけん……!」
セブンの手が王妃に届く、その瞬間――
「こちらに来てくれ……エリザベートを……」
アルベルト王が玉座から立ち上がった。
腕の中でぐったりと横たわる王妃を、セブンへ差し出す。
「おお、セブンよ……やはり来てくれたか。エリザベートを救ってくれ」
セブンは王妃をしっかりと受け取る。
その重さを感じた瞬間――
王の背後で、金属が擦れる音。
(……!)
アルベルト王が、玉座の背もたれの裏から剣を抜いた。
何も言わず、王妃を抱えるセブンの腹を狙って横一閃!!
シュンッ!!
セブンは反射的に後ろへ飛ぶ。
剣先がセブンの腹の布をわずかに裂いた。
「っ……!」
かわした――
そう思った瞬間。
足元に“接地の感覚”がなかった。
(しまっ――)
壇上から後ろへ飛びのいたセブンは、
王妃を抱えたまま、レッドカーペットへ背中から落ちる。
ドワッ!!
鈍い衝撃音が謁見の間に響いた。
「セブン! 大丈夫か!!」
アーヴィングは何が起きたのか理解できない。
アルベルト王が剣を振るったことも、セブンだけが近づけることも――
すべてが“理解の外”。
「な、なんじゃこれは……!陛下が……?!」
セブンは王妃を抱えたまま、二人分の重さで背中から硬い床へ叩きつけられた。
肺の空気が一気に押し出され、呼吸ができない。
視界が白くぼやける……体が動かない。
(……っ……息が……でき……ない……)
そのとき。
セブンの胸の上で横たわっていた王妃の体が、
ビクンッ!! と大きく反り返った。
胸の中心から――
黒い光とも煙ともつかない“何か”が溢れ出す。
「……儀式が……始まってしまった……」
アーヴィングはその場に膝をついた。
王が乱心し、セブンを斬りつけ、王妃は“悪魔への贄”として儀式に呑まれていく。
「おわりじゃ……なんじゃこれは……
王が乱心し……王妃殿下まで……わしらは……どうすれば……」
アーヴィングの絶望。
その視界の先で、仰向けのままのセブンが、震える手をゆっくりと伸ばした。
「……殿下を……助けてくれ……」
「セブン!? お前……!」
「殿下は……こうなることを……知っていて……俺に……来るなと……」
そこまで言うと、セブンの手は力なく床に落ちた。
「セブン!!」
セブンは動かない。
息をしているのかもわからない。
王は乱心し、王妃は儀式に飲まれ、セブンは倒れた。
アーヴィングの脳裏に、最悪の未来がよぎる。
――アビスガルド王国が終わる。
「……せめて、殿下の命だけでも……!」
震える手で杖を構え、アーヴィングは決断した。
エリザベート王妃の魔力を“核”として暴走する儀式。
ならば――
その核を消し去れば、儀式は止まる。
「……許せ……わしは……わしは……王国を守らねばならん……!」
そして叫ぶ。
「――根源滅却!!」
それは――生まれ持つ魔術の素養そのものを消し去る禁断の術。
人の魔力を根こそぎ奪う魔法だった。
謁見の間に、王妃を中心に白い光が広がり始めた。
セブンのアーヴィングへ伸ばした手から力が抜け――意識が遠のく。
視界が白くぼやけていく中で
――声が聞こえた。
「……やはりお前、この世の者ではなかったか……」
(……なにを……)
「何度やっても偽真の禁書が利かぬとは……」
(……ギシン……?)
「でもまぁいい……それもここまで……まさか王妃にとどめを刺されるとはな」
(……だれだ……)
「これもまぁ……お前の言う“物語”におあつらえ向きの結末かもな……」
瞼の外の世界が、真っ白に輝き始める。
そのとき――
アーヴィングの叫びが耳に響いた。
「間に合ってくれえ!!」
アーヴィングは目を閉じ、杖を王妃へ向けて集中する。
王妃の胸から黒い光が弾け、霧散した。
次の瞬間――
王妃から噴き出た黒い塊が、弾けた光に押し出され天井へ叩きつけられる。
ドオオオオッ!!
天井の石材がパラパラと崩れ落ちる。
同時に、王妃の体の硬直が解け、セブンの腹の上へ落ちた。
ドゥン!!
「はうっっっ!!」
大きく息を吐き、セブンは目を覚ました。
苦しさに咳き込み、必死に呼吸を繰り返す。
「はぁ……はぁ……ゴホッ……ゲホッ……!」
「セブン!! 殿下!!」
アーヴィングが駆け寄る。
「アーヴィング……いま……だれか……ここに……」
「何を言っておる!! 大丈夫か!!」
「重い……」
「殿下に重いなどと……お前、不敬だぞ」
「いてててて……」
王妃を引きずり下ろすわけにもいかず、セブンは自分の体をずらして脱出しようとする。
体を寄せ、膝を立て、肘をつき――起き上がろうとしたその瞬間。
ズオッッ!!
目の前に大振りの剣が振り下ろされる。
ガキィィン!!
セブンは身をよじり、間一髪でかわす。
続けざまに、もう一振り。
ガキィィン!!
床に弾かれた剣……握っていたのは――アルベルト王。
セブンはそのまま勢いよく転がり続け、距離を取る。
アーヴィングは、アルベルト王がセブンを追った隙に王妃を引きずり、柱の陰へ隠した。
「殿下!起きるのじゃ!殿下!」
その背後で――
王は無言のまま、剣を引きずりながらセブンへ向き直った。
グォオオオオオオオ!!
天井に叩きつけられ、床へ落ちていた黒い塊が咆哮を上げた。
アルベルト王がそちらへ振り返る。
黒い塊が、ぐにゃりと形を変えながら立ち上がる。
現れたのは――山羊の頭を持つ異形の賢者。
「なっ、バフォメットじゃと!?」
その名を聞いた瞬間、アルベルト王は穏やかな笑みを浮かべた。
「アーヴィング!!なんだあれは!!」
「悪魔バフォメット……黒魔術の象徴……禁忌の儀式におあつらえ向きの悪魔じゃ!」
「殿下は!?」
「まだ目を覚まさん……だが命は助かったはずじゃ。陛下はどうじゃ?」
「……動かない。何かに操られているとおもうんだが」
「おぬしの言う“強制”とかいう魔法か?」
「魔法というか……現象というか……それはいい、今はここを離れよう!」
セブンがそう言ったその時――
カシャン……
金属音が床に響いた。
アルベルト王が剣を落とし、震える両手を見つめていた。
「わたしは……なんということを……儀式が……完了してしまった……」
その声は、さっきまでの無表情なアルベルト王とは違う。
“正しさ”
“後悔”
“自分の罪を理解する王の声”。
「エリザベート!エリザベート!!どこだ!?」
王が王妃を探し叫び、周囲を見回す。
「陛下が……戻った?」
「あれは……いつもの陛下じゃ!」
セブンは王妃とアーヴィングを柱の陰に残し、自分だけ王の前へ姿を見せた。
「アーヴィング王!陛下!!」
「……お前は、セブン!!わたしは……いったい……」
「陛下……大丈夫ですか!?」
ふらつくアルベルト王を支えようと近づいたその時――
グゥオオ!!
バフォメットが再び咆哮した。




