第64話【N.P.C.】禁書庫に刻まれた血の儀式、運命を握る魔力の呼び声
王宮図書館の最奥。
普段は誰も近づかない、沈黙の一角。
――禁書庫。
その内部にある“保管庫”へ、
レオニードとライエルが足を踏み入れた。
扉は――
開いていた。
本来、王家の血を引く者か、
その伴侶に与えられる杖――叙述の門鍵
それでしか開けられないはずの封印扉。
――その杖が、開いた扉のすぐそばに落ちてる。
レオニードは震える声で呟く。
「……な、なぜ……王妃殿下の……杖が……?」
この杖は代々、王妃の魔力にのみ呼応する。
ということは――
中にいる何者かが王妃へ接触し、魔力を奪った可能性がある。
床がほのかに青く明るい。
松明ではない。魔術の残光だ。
レオニードは恐る恐る扉に手をかけ、中を覗いた。
床に描かれた魔法陣。その周囲に置かれた蝋燭。
開いたまま落ちている禁書。
血の跡。
そして――魔法陣の中央には仰向けに倒れたヴァルステイン卿の死体。
腹を剣で貫かれ、血が魔法陣の溝を伝って黒く乾いている。
「あぁっ……!」
レオニードが思わず声を上げる。
ライエルは中へ踏み込み、周囲を素早く警戒した。
祭壇の上にある黒い宝箱――
“禁書”の箱は開いており、中身は空。
封印は破られ、蓋が開いたままにされていた。
つまり――誰かが禁書を持ち出した。
「こ、これは……儀式の跡……? ヴァルステインは……贄?……」
その時、薄暗い壁側から声が聞こえた。
「惜しかったな……もう少し早ければ阻止できたものを……ははは……」
レオニードは声の方へ振り返る。
そこには――腹に深い傷を負い、
壁にもたれかかるローデリヒ・ヴァレンシュタインの姿。
「ローデリヒ!なんだこれは!誰にやられた!」
ローデリヒは苦しげに手招きする。
「あ……あい……つが……」
今にも倒れそうなローデリヒに、レオニードは慌てて駆け寄る。
「しっかりしろ! 誰に――」
その瞬間。
ローデリヒは後ろ手に腰から短剣を抜き、逆手で切りつけた。
キィン――!!
レオニードが痛みを覚悟し、身構えたその瞬間――
背後からから踏み込んだライエルの剣が、短剣を弾き飛ばす。
「あぶねぇ、あぶねぇ……」
「お、おまえ……何者だ!?」
出血しながらも、驚愕で声を荒げる。
ライエルは死人メイクを拭い、本来の顔を露わにした。
「近衛兵ライエル。 お前の“最後”を見届ける者だ」
ローデリヒの目が見開かれる。
「……貴様……!」
ライエルは迷いなく振り下ろす。
刃が、最後の呼吸を断ち切った。
ローデリヒの体が力なく崩れ落ち、両膝をついた。
保管庫に静寂が戻る。
直後、声を聞いてガルドとセブンが禁書庫に突入してきた。
二人が踏み込んだ時、そこにあったのは――
血に染まった魔法陣
ヴァルステインの死体
息絶えたローデリヒ
祭壇の空の宝箱
床に落ちた王妃の杖
そして剣を構えたままのライエル。
松明と蝋燭の明かりが、揺れながらこの部屋の人々の影を作っていた。
「……これは……」
「……二人とも……死んでいる……?」
ライエルは剣を下ろした。
「隊長、セブン」
血の匂いと蝋燭の焦げる匂いが混じる空気の中。
床に広がる魔法陣と死体を見下ろし、ガルドが呟く。
「これは一体……」
ライエルは周囲を観察する。
「儀式の跡のようです……そこに落ちている禁書を読めば、何が起きているのかわかるかもしれません」
セブンはレオニードとライエルの様子を確認する。
「お前たちは、大丈夫なのか」
レオニードが自分の体を確認する。
「はい……」
ライエルは剣を鞘に納めた。
「俺たちは無傷だ。問題ない」
ガルドはレオニードに視線を向ける。
「お前であれば解読できるのであろう、レオニード。その禁書は何だ。この儀式は何を目的としている」
レオニードは魔法陣の隅に落ちている禁書を拾い上げ、震える手でページをめくり始めた。
蝋燭の炎が、血に濡れたページを照らす。
「これは……体の内にある個人の魔力を爆発的に増幅させ、強力な“魔”を召喚する魔法……」
「魔……?」
レオニードはさらに読み進め、顔色を失っていく。
「いえ……違う……本来であれば”対象”を魔法陣の中心に据えるはず……ヴァルステインは贄として利用され、どこかにいる対象者へ効果が飛んだはずです」
「魔法陣の中心に何かありませんか?」
セブンとライエルは、ヴァルステインの死体を慎重に移動させた。
その下から――豪華な装飾の美しいブローチが現れた。
ガルド隊長が拾い上げながら言った。
「これは……王妃殿下のブローチ!」
レオニードが禁書を閉じてその場に置き直した。
「という事は……王妃殿下が”対象者”で、間違いないでしょう」
セブンが肩を落とす。
「最悪の想定通り……か」
ガルドは祭壇の上、空の宝箱を見上げる。
「この術を行った禁書が、あの祭壇にあったのか? あれは封印が施されていたはずだ」
「いえ……あの祭壇の宝箱は、私が“王家の血の者”を目撃したときに……あの時すでに開けられていました。この目で見ていましたので……」
「じゃあ……あの中には、別の……さらにヤバい禁書があったのか……」
レオニードは震える声で答える。
「王家の者以外には、その禁書の内容はわかりません。でも……他とは比べるまでもなく……ただの禁書ではない……生きているんです……」
「生きている?魔物の類か……?」
「わかりません……ただ……唸っていました……不気味に……」
その言葉に反応したかのように――ローデリヒの死体が、床に崩れ落ちた。
全員が一瞬、息を呑む。
誰も動かない。
誰も言葉を発しない。
ただ――チリチリとランプと蝋燭の音だけが、
静まり返った部屋に響いていた。
◇◇◇
広い部屋の中。
厚いカーテンが閉ざされ、外光は一切入らない。
ただ一つ、机の上のランプだけが
淡い橙色の光を落としていた。
その光の中で――
椅子に腰かけた何者かが、静かにペンを走らせている。
机の上には、開かれた一冊の本。開かれたページには、奇妙な文字列が並んでいた。
「Narrative Puppet Cipher
(物語の為の空っぽの人形)」
その項目の下に、淡々と“指示”が書き込まれていく。
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Narrative Puppet Cipher
ローデリヒ・ヴァレンシュタイン
――ヴァルステインを殺し、儀式を行う。その後自害する。
シギスムント・ヴァルステイン
――ローデリヒに抵抗せず殺される。
Narrative Invasion
禁書庫にて。降魔の禁書の儀式をせよ。儀式の妨害者は殺せ。
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最後の一文――「殺せ」
その文字を書き終えると、人影は静かにペンを置いた。
その瞬間。
パラ……パラ……パラララ……
風もないのに、ページが勝手にめくれ始める。
まるで“本自身”が内容を確認するかのように。
そして――パタン。
黒革の背表紙が閉じた。
ページの小口が、薄暗い赤い光を帯びる。
それはまるで、血管のように脈打ち――やがて、すっと消えた。
直後。
『…………ヴヴヴ』
低く、湿った唸り声が部屋の空気を震わせた。
人影はその声に反応することなく、ただ静かに椅子にもたれかかる。
その顔だけが、最後まで見えなかった。
『………………』




