第47話【ヒロイン完全攻略(未遂)】親友の手を握りジジイの髭を触る男。全力を尽くした「ふざけ」すらも、プロットの養分にされる絶望
【前回までのあらすじ】
王妃の“秘密”を知る魔力持ちの侍女が失踪し、セブンは再び物語の渦中へと引き戻される。
侍女は魔力を使い果たした状態で発見され、彼女の魔力は“第三の術者”に利用された可能性が浮上。
王妃の命を受け、セブンは目覚めの時を待つ――証人の記憶に、真実の顔が刻まれていると信じて。
「ライエル。大事なことだ。彼女は可愛いのか?」
俺はかつてないほど真剣な表情で問いかけた。
ライエルはビクッと肩を震わせ、「なんで!」と言いかけて
――俺の目のマジさに、言葉を飲み込んだ。
「……お前さぁ」
観念したように吐き出された言葉。
「王妃付き侍女ミレイア。控えめで、優しくて、殿下のために全力で動くタイプ。
見た目も、まあ、普通に可愛い。いや、かなり可愛い方だ。“清楚系”って感じ」
「ニヤけてんじゃねぇ!エリシアに言うからな!」
「 やめろ、それだけはマジで! 俺の命が危ない!」
顔を真っ赤にして騒ぐライエルを背に、俺は医務室の扉を押し開けた。
◇◇◇
医務室の中は薄暗く、薬草の香りと、無理やり引き剥がされた魔術の残滓が淀んでいた。
ベッドの上には、ミレイアが静かに横たわっている。
白いシーツに包まれた彼女は、確かにライエルの言う通りだった。
長い睫毛に整った眉、少し青白い肌。放っておけば消えてしまいそうな、儚く清楚な少女だ。
「ミレイアは今、魔力を強制的に引き出された反動で魂が揺らいでおる」
アーヴィングが低い声で説明を続ける。
「だが、お前の声なら届くかもしれん。彼女は殿下の秘密を守るために倒れた。
そして殿下は“お前なら彼女は話す”と言った。つまりセブン、お前は彼女にとって“信頼できる相手”なのだ」
(……俺が? この清楚侍女の……“特別枠の男”……?)
その瞬間、俺の中で何かが音を立てて崩れた。
今まで地道に、真面目にコツコツと積み上げてきた近衛兵人生。
その反動が、今ここで爆発しようとしている。
どうやら命は大丈夫そうだ。
ふざけたい。
茶化したい。
この「いかにも」なヒロイン救出イベントに、全力で抗いたい。
俺が真面目にやればやるほど、この“物語”の思うツボなのだ。
「……セブン。お前が来たら、ミレイア……ちょっと反応したんだ。手が、少し動いた」
ライエルが小声で、期待を込めた眼差しを向けてくる。
アーヴィングもそれに頷く。
「魂が揺らいでいる者は、信頼している相手の声にだけ反応することがある。さあ、呼びかけてみるがよい」
(ほら来た……信頼も信用もない、面識のない俺をここに据える意味は?”物語”のそれでしかない)
ミレイアの指先が、かすかに震えている。確かに彼女は苦しそうだ。
魔力を搾り取られ、空っぽになった器が必死に命を繋ぎ止めようとしているようにも見える。
だが、俺は知っている。
ここで俺が優しく手を握り、「大丈夫だ、俺がいる」なんて囁いた日には、この物語は二度と俺を放してくれない。
ミレイアの寝顔を前に、俺の脳内では「理性」と「物語への反抗心」が激しく殴り合いを始めていた。
チートも魔法も使えない。無能力の転生者。
顔も平均、給料だって平均だ。
そんな俺がなぜ、王妃に指名され、魔力持ちの美少女に信頼されているんだ。
「これは”物語”の誘導か!?」
思わず口から出た俺の声を、アーヴィングがまるで予言者のような静けさで遮った。
「セブン。お前は“普通”ではない。
お前はなにもかも平凡だが……“巻き込まれやすい体質”という極めて稀な才能を持っておるのじゃ」
「才能…… 呪いでは?」
ライエルのツッコミは正しい。だがアーヴィングは止まらない。
「お前は、物語の中心に立たないのに、物語の方から寄ってくる稀有な存在だ。
そしてミレイアは、その“物語の流れ”に巻き込まれた。お前が普通だからではない。お前が“物語に選ばれやすい”からだ」
(……言ってる意味が分からん……やっぱり”物語”の誘導じゃねぇか!)
心の中で毒づく。だが、俺が近づくだけで、ミレイアの指先がかすかに震えた。
まるで俺を「選んでいる」かのように。
ここで手を握ったり口づけをしたりしてヒロインが目覚める。それが主人公ってもんだろう。
だが、俺がもしそんなことをすれば、後で侍女たちから訴えられるのが関の山だ。
「……俺は気軽に変なことしないぞ。自分を守るためだ」
そう宣言し、俺はあえて、ミレイアではなくアーヴィングのヒゲに手を伸ばした。
「……セブン」
杖を落としそうになった老魔術師から、低い声が漏れる。
「“変なことはしない”と言った直後に、わしのヒゲを触るのはどういう理屈じゃ……?」
「ミレイアに触るのはセクハラですが、アーヴィングのヒゲは合法です」
「いやいやいや、どういう基準?」
ライエルが腹を抱えて笑い転げる中、ガルド隊長は天を仰いだ。
だが、驚くべきことに、その瞬間ミレイアの指先がはっきりと動いた。
「……反応したな」
「え、なんで!? セブン、今ジジイのヒゲ触っただけだぞ!?」
「セブンの“気配”に反応しているのだ。行動の内容は関係ない」
アーヴィングの解説に、俺は絶望した。何をやってもいいというのか。
「王妃殿下の命で俺は勝手に帰れないし、物語はこのまま事を進めたいんだろな……
あーあー、この子が目を覚まさないと物語が進まないんだろうなぁ……」
わざとらしいセリフを吐いて、寝ている侍女に圧をかける。
「お前……! 寝てる病人に圧かけるなよ! 魂揺らいでんだぞ!?」
「……“主人公にならないための努力”だけは天才的だな」
だが、その最低なプレッシャーにさえ、ミレイアは反応してしまった。
唇がかすかに動き、彼女の魂が現実へと引き戻されていく。
「……はぁ。……俺の負けだ」
俺は白旗を上げる思いでため息をついた。
そして、ミレイアを呼ぶ……と見せかけて、隣のライエルの手をガシッと握った。
「ライエル……」
至近距離で魂を込めて囁いた瞬間――
「ぎゃあああああああああああああああ!!?」
ライエルは椅子ごとひっくり返り、顔から耳まで真っ赤にして絶叫した。
「な、なにしてんだおまぇ! なにしてんだよ!」
医務室の空気はもはや混沌の極み。
だが、その混沌のエネルギーが、ついに境界線を突破した。
「……せ……ぶ……ん……さま……」
か細い、鈴を転がすような声が聞こえた。
ミレイアの瞼がゆっくりと震え始める。
俺の必死な、ふざけた、最低の抵抗すらも、彼女を救うための「物語」へと変換されてしまった。
ゆっくりと開かれた彼女の瞳が、俺を捉える。
「……セブン様。……やはり、来て……くださったのですね……」
俺の近衛兵としての平穏が、音を立てて崩れ去った瞬間だった。
ミレイアの呼吸が深くなり、シーツを掴む指先が動いた。
「……こわ……かった……でも……セブンさまの声が……きこえて……戻って……これ……た……」
俺の中で渦巻いていた「ふざけたい気持ち」も「物語に抗いたい気持ち」も、
その弱々しい微笑みを前に一瞬だけ静まった。
だが――。
「……お前は生き別れの妹!大丈夫か、ミレイア!」
「……妹……では……ありません……セブンさま……」
「妹いたのかよ!?ないだろ!?なんだよこの会話!」
ライエルの困惑を背に、アーヴィングが腕を組んで深く頷いた。
「セブンの混沌が、ミレイアの意識を現実に繋ぎ止めておる。普通は優しい呼びかけで目覚めるが、お前の場合は揺さぶりが錨になったらしい」
(……隊長より普通に”物語”側の人間かアーヴィング……)
だが、ミレイアの顔から血の気が引いていく。
彼女は俺の手を弱く、だが必死に握り返してきた。
「……だいじょうぶ……です……お伝え……しなければ……」
俺は自然と一歩前に出た。
「無理するな。何があったんだ、俺の妹ではない侍女ミレイア」
誰も何も突っ込まない。重要な場面なんだろう。
「……あの人が……わたしの魔力を……奪って……」
「奪った?」
「……殿下の……ひみつを……知っている……あの人が……」
ライエルが息を呑み、アーヴィングの目が鋭く光る。
「……セブンさま……“あの人”は……王宮の中に……います……」
物語は、俺がどれだけ横道に逸れようとしても、ついに逃げ場のない核心へと踏み込んできた。
「……誰だ。それは」
俺の問いに、ミレイアは唇を震わせ、ついにその名を口にしようとしていた。
『…………………』




