第46話【証人の目覚め】王妃の「秘密」と消えた侍女。物語(プロット)の襟首を掴み返し、俺は平穏へと引き摺り戻す
【前回までのあらすじ】
魔力の主を特定すべく、セブンは魔術顧問アーヴィングを現場に招き、三人の容疑者を浮かび上がらせる。
役割を割り振り、ようやく眠りについたセブンだったが、“魔力を持つ侍女”の失踪により叩き起こされる。
物語は終わらない――眠りを奪われた男が、再び王妃の前室へと駆け出す!
「セブン、来たか。――“第三の術者”が動いた。そして、魔力持ちの侍女が消えた」
前室に駆けつけると、そこにはガルド隊長、ライエル、アーヴィングの三人が揃っていた。
扉の前には侍女が一人、胸元に魔力の焼け跡を残して倒れている。
「セブン……これ、マジでヤバいぞ」
「お前の判断が必要だ」
(”お前の判断が必要だ”はさすがにおかしいでしょ隊長、それは”物語”の思考です)
牢獄塔を出た後からどうも俺を巻き込む力が強くなっているような気がする。
ヴァルステイン卿は逃亡し行方不明、今俺は命を狙われる危険性は薄いだろう。
ならばこの事件からはなるべく遠ざかるべき、事件解決は他の者に任せよう。
俺は彼らを真っ向から見据え、堂々と宣言した。
「誰が俺を呼んだかは知りませんが、俺は非番です! 近衛兵!」
(寝てるところをたたき起こされることが普通の人間にとってどれほど苦痛かわかってるのか)
くるりと背を向け、俺は迷わず宿直所へと歩き出した。
背後で三人がそれぞれ違う反応をしている気配が伝わってきた。
隊長はこめかみを押さえて深く、深いため息をつく。
ライエルは苦笑い。
アーヴィングだけが愉快そうに鼻を鳴らした。
「ふむ。セブンは物語の中心に立つ器ではないが、“物語の中心が勝手に追いかけてくる器”だな」
◇◇◇
翌朝。俺はいつも通り、規則正しい生活を完遂していた。
目覚ましより早く起き、体を洗い、洗いたての清潔な制服に袖を通す。
鎧の紐を丁寧に締め、剣の刃を磨く。
「今日もいい朝だ」
宿直所の食堂で、湯気の立つスープを啜る。
「セブン殿、おはようございます。 昨日あれだけ働いたのに、よくそんなシャキッとしてますね」
リオが寝ぼけた顔で隣に座る。
「規則正しい生活が一番だ。寝れば人は回復する」
だが、その平穏な朝食を、宿直所の扉が勢いよく開く音がぶち壊した。
「セブン!! 大変だ!! “例の侍女”が、王宮の外で発見された!」
現れたのは、寝不足で髪を振り乱したライエルだった。
「生きてるけど意識がない! しかも魔力を使い果たした状態で倒れてたんだ!」
リオが驚いて立ち上がる。俺は、口に運ぼうとしたパンを一瞬だけ止めた。
(……俺の平穏な朝を……返せ)
「なに! それは大変だ! 誰かを呼んでなんとかしろ!!」
「はぁぁぁ!?」
口をあんぐり開けるライエルを無視し、俺はリオの肩を叩いた。
「俺は予定通り前室警備に向かう。王妃殿下の部屋を守るのは何よりも優先される。リオ、行くぞ」
「セブン殿……! こういう時でも最優先で王妃殿下の安全を……本当にすごいと思います!」
素直についてくるリオ。
背後ではライエルの絶叫が響いていた。
俺は前室に戻り、昨日と同じ位置に立つ。
背筋を伸ばし、周囲を見回し、剣を確かめた。
王族あっての王宮。
王妃あっての前室近衛兵。
どんな事件が起ころうが、俺の任務はここだ。
「セブン殿……やっぱり、こういう時の芯の強さ……頼りになります」
リオが隣で呟いた、その時だった。
扉の奥から、血相を変えた兵士が駆けてきた。
「セブン殿!! 緊急です!! ――王妃殿下が“侍女の失踪”について、あなたを指名して呼んでいます!!」
「セ、セブン殿……王妃殿下の“直々の呼び出し”は……さすがに無視できません……!」
リオの引きつった声が響く。
どうやら”物語”は、断れない状況を作り、強引に俺を引きずり込むつもりらしい。
◇◇◇
「……お殿下、お呼びにより参上いたしました」
扉を開け、俺は膝をついた。
王妃の私室は、昨夜の混乱が嘘のように整えられ、朝の光が薄いカーテン越しに差し込んでいる。
だが、香の匂いの奥に、拭いきれない緊張が潜んでいた。
「……セブン。来てくれてありがとう」
王妃殿下はベッド脇の椅子に座り、俺を静かに見つめていた。
その瞳は、何かを強く決意した者の鋭さを帯びている。
「侍女が一人、消えました。あなたも聞いているでしょう。……その侍女は、私の“秘密”を知っている者です」
空気が一気に張り詰める。背筋に冷たいものが走った。
(……秘密。一番聞きたくない単語が出てきたぞ……)
「セブン。あなたに頼みたいことがあります。私の秘密を守るため、その侍女を見つけてほしい」
物語の手が、また俺の襟首を掴もうと伸びてくる。
だが、俺は淡々と、あえて事務的に問い返した。
「消えた侍女とは、ライエルが見つけた魔力持ちの侍女のことですか?」
殿下はわずかに目を伏せ、静かに頷いた。
「ええ……彼女は、私が秘密を守るために側に置いた“特別”な子です。そして、あなたが昨夜見つけた第三の術者の痕跡……あれは、彼女の魔力と一致している」
(……つまり、侍女が犯人か、あるいは……)
俺が思考を巡らせるより早く、殿下は首を振った。
「彼女が犯人だとは思っていません。彼女は何かに巻き込まれた。だからこそ、あなたに頼みたいのです」
殿下が立ち上がり、俺の前に歩み寄る。その瞳には、一人の人間としての必死さが宿っていた。
俺は、ライエルから聞いた情報をそのまま伝えた。
「……ライエルが先刻申しておりました。彼女は保護されています。生きてはいますが、魔力を使い果たし、意識がない状態で発見されたと」
殿下の口から、ふっと安堵の息が漏れた。王妃としての仮面が剥がれ、一人の人間としての顔が覗く。
「そう……生きているのですね。……ありがとう、セブン」
その感謝は、あまりに重かった。
「彼女は、私の秘密を守るために魔力を使い果たしたのかもしれません。セブン、彼女のもとへ向かってください。彼女が目を覚ました時、あなたが側にいてほしいのです」
断れるはずがない。
「承知いたしました。……交代の者を呼び次第、すぐに向かいます」
王族の秘密。そんなもの、知ったら最後だ。近衛兵としての平穏な人生どころか、命さえ危うい。
俺は「秘密」の中身を聞かないまま、逃げるようにその場を後にした。
前室に戻ると交代を呼び、持ち場をリオに任せると足早に医務室へと向かった。
◇◇◇
扉の前には、徹夜明けでボロボロになったライエルが座り込んでいた。
「……来たか、セブン」
「侍女は?」
「中だ。アーヴィングが診てる。魔力の使いすぎで、魂が揺らいでるらしい」
俺は王妃とのやり取りを簡潔に伝えた。
殿下が「秘密」を守るために彼女が魔力を使った可能性を示唆していたことも。
「秘密……? 王妃殿下の……?」
「俺は聞いていない。聞くべきでもない」
ライエルはしばらく黙り、やがて深く息を吐いた。
「……だよな。知ったら最後だ」
その時、医務室の扉が開き、アーヴィングが姿を現した。
いつもの皮肉を忘れたかのように深刻だった。
「……侍女には、何者かに魔力を強制的に引き出された形跡がある」
「強制的に?」
ライエルが息を呑む。アーヴィングは重々しく頷いた。
「“第三の術者”が、彼女の魔力を利用したのだ。そして――彼女はその術者の“顔”を見ている」
鼓動が速くなる。
「セブン。彼女が目を覚ましたら、最初に話を聞くのはお前だ。王妃殿下の命だ」
物語は、俺を逃がしてくれない。
避けても、無視しても、結局は俺を中心に回り始める。
俺は剣を握り直した。
重い扉の向こう、まだ眠り続ける「証人」
「ライエル。大事なことだ。彼女は可愛いのか?」
『ヴオオ……』




