第45話【物語は眠らない】静寂を切り裂く緊急連絡(コール)。俺を陥れた黒幕へ、二度寝の邪魔をしたツケを回す
【前回までのあらすじ】
魔力の残滓と靴跡を追ったセブンは、王宮に潜む“第三の術者”の存在を突き止める。
魔術顧問アーヴィングの協力で事件の核心に迫るも、セブンは「任務外」として捜査を放棄。
だが、休息を求めたその背に、親友ライエルの声が飛ぶ――「重大な報告がある」と。
「俺を好いてる美女が登場する以外は重大な報告ではない!」
もう勤務時間ではない――俺は休む。
(しかしやっぱり追いかけてくるか、この”物語”は……)
後ろで、ライエルは口を半開きにしたまま完全に固まっている。
次に顔は一気に沸騰したように赤くなり、怒鳴り声が飛んできた。
「な、何言ってんだよ急に! 誰がお前を好いてるって!?」
ガルド隊長が、底冷えするため息を吐く。
だが、ライエルは止まらない。俺の肩を掴んで激しく揺さぶってきた。
「エリシアの事か! エリシアの事なのか?! 俺が動揺するだろ!」
「動揺してる時点で”重大報告”だな。この件はそれでもういいか?」
「……ライエル。本題だ」
隊長が低く言った。
ライエルは一度深呼吸をして真剣な表情へと切り替えた。
「……ったく。重大報告ってのはな。――“第三の術者”の魔力について、アーヴィングに見覚えがあるらしいんだ」
その一言で、場の空気は一変した。
先ほどまでのふざけ合った熱量は一瞬で吹き飛び、張り詰めた沈黙が場を支配する。
「見覚えがある? ……ってことは、王宮内の誰かって事か?」
俺の問いに、ライエルは重々しく頷いた。
「特定の人物の魔力に似てるらしい。ただ、“確証がないうちは名前は出さない”ってさ。ジジイの悪い癖だ」
「……内部犯の可能性が、さらに高まったな」
隊長の呟きは予言のように重い。
ライエルが俺の肩を叩き、念を押してくる。
だが、俺はあえて、その緊張感をかわすように問いかけた。
「それで……誰が俺のことを好きだって?」
盛大に、ライエルがコケる。
「なんで話戻るんだよ! 真面目に聞けよ」
壁に手をついて肩を震わせるライエルを無視して、
遅れて奥から歩み寄ってきたアーヴィングが鼻で笑った。
「まったく……お前は本当に物語の中心に立つ気がないのじゃな」
「いいかセブン! 魔力の話だ! ふざけるな……」
「よいか、セブン」
騒ぐライエルを制し、アーヴィングが床にコンッ!っと杖を突いた。
「わしが言ったのは魔力の主の話じゃ。お前を好いている者の話ではない」
「……でもまぁ……いるっちゃいるけどな……」
ライエルのぼそりと漏らした小声を、俺の耳は見逃さなかった。
(……いるのか。いや、今はいい)
アーヴィングが鋭い視線を俺に向け、本題を切り出す。
「候補は三名おる
一人目は王宮魔術師団の中堅。
二人目は、王宮の“とある高位貴族”。
そして三人目――王妃付き侍女の中に一人、魔力を持つ者がいる」
ライエルの顔色が変わった。
「侍女って……まさか、エリシア!?」
「違う。あの娘は魔力を持たん。潔白じゃ」
アーヴィングの即答に、ライエルは露骨に胸を撫で下ろした。
俺はその逆だ。逆撫でられた気分だ……。
(……やっぱり潔白か、なのに俺はあんな仕打ちを……)
となると、可能性が一番高いのは侍女。
俺は、迷わず役割を割り振る。
「ならばライエル、お前が適任だ」
「えっ?」
「王妃殿下に近く、エリシアとも親しいお前なら自然に内部を探れる。隊長とアーヴィングは残りの候補をお願いいたします。」
「俺は警備明けです。飯を食って寝ます」
「ちょ、ちょっと待てセブン! なんで俺が“魔力持ち侍女”担当なんだよ! いや、理由はわかるけどさ! エリシアに変に誤解されるだろこれ!」
必死に抗議するライエルに、俺はひらひらと手を振った。
物語の主役なんて柄じゃない。
だが、俺を陥れた連中の尻尾を掴むためなら、使えるものは全力で使わせてもらう。
ここには王宮内屈指の駒が三枚もあるのだから。
「ふむ、セブンの判断は理にかなっておるのう」
アーヴィングが顎をさすり、深く頷いた。
「わしと隊長は“魔術師団の中堅”と“高位貴族”を当たろう。……しかし、セブンよ。お前だけ“飯食って寝る”というのは、どういう了見だ?」
老魔術師の細められた視線に、俺は臆することなく胸を張って答えた。
「前室警備が終わって交代、規則です」
「お前……この状況で“規則”を盾に帰るのかよ。ほんとブレねぇな」
(規則がなかったとしても近衛兵としての俺の役割はもう終わっているだろう。
黒幕に個人的な復讐はしたい気持ちはあるが、面倒ごとはもうごめんだ)
ガルド隊長は呆れたような、それでいてどこか安心したような吐息を漏らした。
「……まあいい。セブンは休め。お前が倒れたら本末転倒だ」
「うむ。お前は巻き込まれやすい体質だ。休める時に休んでおけ」
アーヴィングの不吉な言葉。ライエルが俺の肩を掴む。
「わかったよ。侍女の件は俺がやる。でもなセブン、お前が寝てる間に事件が進んでも、絶対あとで文句言うなよ?」
”でもなセブン”
”だがなセブン”
この言葉はあまり聞きたくない……何か良くないことが起きる予兆に思える。
となると、ここに長居するべきではない。
任務分担は完了。あとはよろしくという事で俺はすぐにその場を離れた。
自分の意思で、この面倒な”物語”の中心から一歩遠ざかるために。
だが、物語が俺を手離すかどうかは――また別の話。
「リオ、飯行くぞ。俺はもう限界だ」
宿直所へ向かう廊下で、交代を終えたばかりのリオに声をかける。
「セブン殿……そりゃあの状況で叩き起こされて働かされたら、誰だって疲れますよね」
「でも仕事があるなら、そこに立つだけだ」
宿直所には、パンとスープの香ばしい匂いが満ちていた。
王妃に聖水をぶっかけ、魔獣と対峙した一日の終わりに、この「普通」の空気は何よりの救いだった。
リオがよそってくれた温かいスープを啜る。
「……セブン殿はいつも一人で抱え込むから、心配なんですよ。何かあったら俺にも言ってくださいね」
「お前は同期だ。頼る時は頼るよ」
俺の言葉に、リオが嬉しそうに笑う。束の間の休息。
俺はたらふく飯を食い、装備を脱ぎ捨ててベッドに倒れ込んだ。
ストレスには食事と睡眠。体力回復にも食事と睡眠。結局、これが一番効く。
――スヤァ。
鎧は雑に脱ぎ捨てられ、剣は壁に立てかけられたまま。
王宮で一番働いた男は、深い眠りへと落ちた。
寝れば全部リセットだ。
このまま朝まで、静かな夜が続くはずだった。
――だが、王宮の夜は静かすぎた。
「コココン!コンッ!!」
深夜、宿直所の扉が激しく叩かれる音に、リオが跳ね起きた。
「だ、誰ですか!? 今は交代時間外ですよ!」
「セブン殿を起こしてくれ! 緊急だ! 王妃殿下の部屋で――侍女が一人、行方不明になった!」
その声に、俺の意識が強制的に浮上する。
(……寝かせろ……)
抗う俺の肩を、リオが必死に揺さぶる。
「セブン殿! 起きてください! 行方不明になったのは――“魔力を持つ侍女”だそうです!」
俺は跳ね起き、濁った声で漏らす。
「……は?」
「王妃殿下の侍女の一人、例の候補の少女が部屋から消えたんだ! 現場には魔力の残滓が残っていて、師長が“同一人物の可能性が高い”と!」
リオが慌てて俺の鎧を差し出してきた。
「セブン殿! これはもう……完全に“物語”の続きです!」
(……くそ……寝てる間に事件が終わればいいのに……これかよ……)
俺は忌々しげに鎧を掴み、剣を納めた。
ライエルのやつ、後で絶対に文句を言ってやる。
深呼吸し、重い身体を叩き起こす。
”物語”は俺を逃がさない。ならば、こちらから踏み込んでやるまでだ。
俺を陥れた黒幕が捕まらない以上俺に危険が迫るなら。
「セブン殿! 至急、王妃殿下の前室へ! 隊長とライエルが先に向かっています!」
俺は宿直所を飛び出した。
廊下は、すでに戦場だった。
『…………………グググ』




