第44話【サービス残業の招待状】「俺を好いてる美女」を期待したモブに、親友が突きつける笑えない『特定(しらせ)』
【前回までのあらすじ】
聖水事件で不敬の極みに達したセブンだったが、王妃の慈悲により前室警備へと復帰を果たす。
瓦礫の陰に残された“第三の靴跡”と異質な魔力の残滓が、新たな術者の存在を示唆する。
真実を追うセブンは、魔術顧問アーヴィングの力を借りるべく、再び物語の深層へと踏み込む――。
俺は宮廷魔道士が集まる魔術院に走り、魔術師長アーヴィングに取り次いでもらう
魔術院――王宮の中、“静寂と魔力”が支配する場所。
セブンが駆け込んだ瞬間、白いローブの魔道士たちが一斉に振り返った。
普段なら近衛兵がこんな勢いで来ることはない。
ましてや、セブンは“王妃に聖水をぶっかけた男”として
魔術院でも噂になっていた。
こういう場面での王宮は狭い。
だが今はそんなことを気にしている暇はない。
「魔術師長アーヴィング殿に取り次ぎを、緊急です!」
魔道士たちがざわつく。
「アーヴィング様に……直接……?」
「また何かやらかしたのか……?」
そんな声が聞こえる。
「師長は今、研究室に……ですが、勝手に入るのは――」
胸元の近衛徽章を見せる。
「王妃殿下の安全に関わる可能性がある。緊急だ。」
受付魔道士は息を呑み、すぐに立ち上がった。
「……わかりました。ご案内します」
魔術院・奥の研究区画。
魔術院の奥は、魔力の匂いが濃く、空気が魔力で震えている。
セブンは案内されながら、アーヴィングの研究室の前に立つ。
各扉には魔術封印が施され、勝手に開けることはできない。
受付魔道士がノックし、魔力で名乗りを送る。
「師長!近衛兵セブン殿が緊急の用件で――!」
中から、老人のくぐもった声が響く。
「……セブンだと?牢獄塔から出てきたと思ったらまた事件に巻き込まれたか……入れ。」
封印が解け、扉が静かに開く。
中には、白髪を後ろで束ね、深い皺の刻まれた顔をした老人――宮廷魔術師長アーヴィングがいた。
机の上には魔術書、魔石、魔力測定器。
その全てが淡く光っている。
アーヴィングはセブンを見て、目を細めた。
「……その顔。王妃に聖水をかけたじゃろ?」
「……ご慧眼、恐れ入ります。ですが、今は皮肉を聞いている暇はありません」
俺は聖水の件を無視し、アーヴィングを見据えた。
「前室でガルムを仕留めました。そして、王妃殿下の部屋の入り口から廊下の角へ続く、奇妙な『靴跡』と『魔力の残滓』を見つけました。」
「それはヴァルステイン卿の監視魔法とは別系統の……氷のように冷たく、蛇のように粘つく魔力です。」
聖水の件を知っているという事は、ヴァルステイン卿がガルムを放ち逃亡しているという事も知っているだろう。
「ガルド隊長とライエルが現場を固めていますが、残滓が消えかけています」
アーヴィングは、机の上に広げていた魔導書をパタンと閉じ、眼鏡の奥の鋭い眼光をセブンに向けた。
「……ほう。そこまで嗅ぎつけたか。一兵卒にしては、いささか鋭すぎる鼻じゃな」
「師長、お願いします。この魔力の正体を突き止められるのは、あなたしかいない」
「事件はヴァルステイン卿を捕らえれば終わりではないかもしれないんです。
王妃殿下のすぐそばに、まだ『何か』が潜んでいる可能性があります」
アーヴィングはゆっくりと立ち上がると、棚から古びた銀の測定器と、奇妙な液体が揺れる小瓶を手に取った。
「氷のように冷たく、粘り気のある魔力、と言ったな。……もしそれが私の想像通りなら、それは人間の魔力ではないぞ、セブン。あるいは、人間であることを辞めた者の成れの果てか」
その言葉に、セブンの背筋を嫌な汗が伝う。
「行こうか。お前の頼みだ、その正体を暴いてやろう」
「いや、王妃殿下の為にお願いいたします」
「生真面目な奴じゃのう」
アーヴィングは短く杖を振ると、研究室の空気を震わせた。
瞬時に彼の周囲に魔力が渦巻き、移動の準備が整う。
「……ところでセブン。お前、王妃殿下に聖水をかけたそうじゃな?」
どうしてもその事を俺の口からききたいらしい。
だが、俺はあえて答えない。
「おかげで今日の私の研究は捗らなかったわい。笑いすぎてな。……後で詳しく聞かせろ。まずは現場じゃがの」
アーヴィングは意地の悪い笑みを浮かべ、セブンを促した。
魔術顧問アーヴィングを連れて、現場へと急行する。
”人間であることを辞めた者”という不穏な言葉。靴跡の主は一体何者なのか。
俺がアーヴィングを連れ戻ると前室には隊長とガルドがまっていた。
瓦礫の散らばる廊下の先――アーヴィングは眉をひそめた。
「……お前たち、まるで処刑台の前みたいな顔をしておるな。わしはそんなに怖いか?」
ライエルが即答する。
「怖ぇよ。セブン以外、全員ビビってるからな。」
アーヴィングは鼻で笑い、杖を軽く床に突く。
「師長。お呼び立てして申し訳ありません。」
アーヴィングは隊長を一瞥し、あなたの方を向く。
「セブン。例の“残滓”はどこだ?」
俺は靴跡が消えた地点へ案内する。隊長とライエルも後ろに続いた。
アーヴィングは靴跡の消えた地点にしゃがみ込み、杖の先で床を軽く叩いた。
魔力が波紋のように広がり、空気が震え歪む。
「……ふむ。これは確かにヴァルステインの“ゆらぎ”ではない。もっと……冷たく、抑制され、痕跡を残さぬよう工夫された魔力だ。」
「セブン。お前が見つけたのは――“隠密系統の魔術師”の痕跡だ。」
「隠密……?王宮内にそんな術者がか?」
アーヴィングは首を横に振る。
「少なくとも“公式には”いない。だが……」
彼は床の魔力を指でなぞり、その指先に残った光を見つめる。
「この魔力……王宮の内部構造を熟知した者のものだ。」
「内部犯……ってことか……」
アーヴィングは立ち上がり、
「セブン。お前の“勘”は正しい。この事件には――まだ姿を見せていない黒幕がいる。」
ガルド隊長がセブンを見る。
お前に任せるといった表情だ……
もうこりごりだ。
聖水で懲りた。
俺が主人公気取りで物語を進めたところで、何の解決にもならなかった。
解決にならなかったどころか、結果は文字通り死ぬほどの赤っ恥だ。極刑ものの蛮行だ。
俺は近衛兵に戻れたことで十分。
これ以上は何も望まない。
偶然この手がかりを見つけたのも”物語”の仕業だろうが、それに乗せられる気はない。
乗ったところでスルーされて恥をまたかくだけだし、運悪く敵に襲われて今度こそ命を落とすかもしれない。
恥も危険ももうこりごりだ。
俺はパン!と手をたたく。
「よし!これしかない!」
三人は目を丸くする。
俺は三人の肩を数えるようにテンポよくポンポンポンと叩く。
「ここに宮廷内屈指の実力者が三人そろった!」
「この事件の深まる謎!あとはよろしく!」
そう言うと敬礼にも似たピースサインを額に掲げ、現場を後にし前室警備に戻った。
”物語”への抵抗には勢いが大事だ。
前室へ戻るセブンの背中を、三人の“宮廷最強クラス”が同時に見送った。
そして――その場に残された三人の反応は、セブンが去った直後に炸裂する。
「……おいおいおいおい。あいつマジかよ」
ガルド隊長は額を押さえ、俯く。
「……あいつは……本当に……」
「ふん。あやつは任務に忠実じゃの。じゃが――面白みがないわ」
アーヴィングは杖をつきながら、セブンが消えた廊下を見つめる。
「……まあよい。己が聖水をかけた王妃の前室に戻るのはみてて滑稽じゃ」
ガルド隊長が床を見たまま、かみしめるように言う。
「だが、セブンが見つけた手がかりがなければ、この事件は闇に消えていた」
「そうじゃのう……代わりに、わしらが“物語の裏側”を暴くとしようかの」
三人は靴跡の消えた地点に向き直り、魔力の残滓を解析し始める。
セブンが残した“手がかり”は、確かに彼らの手で真実へと繋がっていく。
一方、前室の定位置に戻ったセブンは、何事もなかったかの様に王妃の部屋を守っていた。
ガルムの死骸が運び出され、瓦礫が片付けられ、
兵士や職人たちが慌ただしく動く中――いつもの近衛兵としての姿勢を保っていた。
前室の静寂の中、ふと壁の時計に目をやった。
針は――交代時刻をとうに回っていた。
交代班の兵士が慌てて駆け寄ってくる。
「セ、セブン殿!?すみません、遅れました!騒ぎと前室の惨状を見て……その……!」
「問題ない。俺もさっき戻ったところだ。」
交代兵はあなたの後ろの崩れた壁や、血痕の残る床を見て震えている。
「こ、ここで……何が……?」
俺は軽くため息をつく。
「色々あった。だが、もう片付いた。」
少ない言葉に何かを察したのか、その兵はそれ以上の質問をやめた。
「……了解しました。では、ここからは私が。」
セブンは引継ぎの敬礼をし、その場を離れる。
疲れで足取りは重いが、心は妙に軽かった。
俺の勤務は終わり。事件にかかわる役割も終わり。
あとは隊長たちが何とかするだろう。
だが、セブンが廊下を歩き出した瞬間――背後から、聞き慣れた声が響いた。
「おーい、セブン!ちょっと来い!“重大な報告”がある!」
ライエルの声に足が止まる。
またか……
”物語”のしつこさにはうんざりだ。
あの手掛かりは三人に任せたのに、どうせまた事件に引きずり戻すつもりだろう。
俺は振り返らず答えた。
「俺を好いてる美女が登場する以外は重大な報告ではない!」
もう勤務時間ではない――俺は休む。
『アヴクウウウウアオオオ』




