第43話【何者かの残滓】 瓦礫の陰の靴跡と魔力の澱。物語(プロット)が隠しきれなかった「第三の足跡」
【前回までのあらすじ】
王妃こそが黒幕と断じたセブンは、聖水を撒いて真偽を暴こうとするも、ただの不敬行為として場を凍らせる。
だが“物語”は彼を見捨てず、王妃の慈愛によって処分は免れ、前室警備への復帰が許される。
修正力に翻弄されながらも、セブンは再び己の持ち場へと立ち戻る――。
そして数分。
やっと落ち着いて周りの景色がはっきり見えるようになった。
部屋の修理をする職人の声や工具を使う音も聞こえてきた。
助かった……のか。
しかし冷静になると、腹が立ってきた。
やる気満々の推理を”物語”にスルーされたという事実。
ゆらぎによる監視魔法がヴァルステイン卿のものだというハッタリは当たった。
しかし今回は外れ?
赤っ恥をかかされた!
勝手な予想と勢いで王妃殿下を悪魔と疑って聖水をかけるなど ……
近衛兵に、いや王国内で絶対にあってはならない行為、死罪に値する蛮行だ。
ましてやエリシアまで巻き込んで。
俺は心のなかで”物語”を呪った……
何だこの辱めは… …
俺の”物語”への抵抗が招いた結果だというのか……
そしてさらに数分後。
警備に立つ俺の視線はふと床に向いた。
……なんだ、これは。
瓦礫の陰、ガルムの爪痕のすぐ横。
そこに、明らかに“魔物のものではない”痕跡があった。
床に残る、細い靴跡は兵士のブーツとも違う女性のもの。
王妃の部屋から外へ向かっていて 誰かが“部屋から出ようとした”痕跡”そして靴跡の上に薄く魔力の残滓。
犯人を突き止めるチャンスだ……手がかりだ。
このがルムの襲撃と自分自身が作り出した二つの混乱だが、俺の人生はまだ終わってはいなかった。
これを手掛かりにやり直せる?
偶然か? 主人公補正か?
なんて、笑う余裕すらない。
前室の瓦礫の下、ガルムの巨大な足跡にかき消されそうになりながらも、その「靴跡」は確かに王妃の部屋の内側から、外へと向かって伸びてる。
(王妃の部屋から“外”へ。誰かが……逃げようとした? いや、違うな。誰かが、あの襲撃の混乱の最中に、王妃の部屋から『何か』を持ち出したのか……?)
靴跡に残る魔力の残滓は、先ほどヴァルステイン卿を追い詰めた「監視魔法」の系統とは明らかに異なっていた。もっと冷たく、粘り気のある、不快な魔力。
気づけば、俺はその跡を追跡していた。
俺はただの近衛兵。だが足元を見て、不審な点があれば報告する。
それが職務だ。だからこれは……単なる職務の延長だ。物語に流されているわけじゃない。
自分自身に言い聞かせるように、荒く、しかし静かな呼吸を繰り返した。
靴跡は前室を抜け、廊下の影へと続いている。
そこは、ガルド隊長たちがヴァルステイン卿を追って走り去った方向とは、真逆のルートだった。
誰も見ていない方へ。つまり、この跡の主は『追跡者』からも『現場の混乱』からも、完全に逃げ切るつもりだったってことか。
……甘いな。俺の目は節穴じゃない。
セブンは、廊下の曲がり角で一度足を止めた。
靴跡は、その向こうへと消えている。
これは今回の事件、なんらかの陰謀に直結する重大な証拠だ。
騒ぎ立てて注目を集めるべきではない。
近衛兵は結束が高い。仲間を庇って、王を守って死ぬことこそが美徳とされているくらいだ。
俺は絶対の信頼を置くガルド隊長とライエルだけにこの手がかりのことを話すことにした。
前室の瓦礫の中へガルド隊長とライエを呼び寄せる。
「……隊長、ライエル。見てほしいものがあります」
ガルド隊長はセブンの表情を見ただけで、ただ事ではないと察した。
ライエルも眉をひそめ、後ろに静かに続く。
俺はみつけた靴跡と魔力の残滓を指し示した。
「ガルムの足跡じゃない。兵士のものでもない。細い……女性の靴跡だ。
しかも、王妃殿下の部屋から“外へ向かって”いる。」
ガルド隊長の目が鋭くなる。
「……殿下の靴跡ではないな。形状が違う。」
ライエルは跪き、指先で魔力の残滓を感じ取る。
「……これはヴァルステイン卿の“ゆらぎ”とは別系統です。もっと……冷たい。抑制された魔力。」
「術者は……別にいるということか」
「……セブン。よく見つけた。これは重大な手がかりだ。ヴァルステイン卿の単独犯行ではない可能性が高い。」
ガルド隊長の表情が曇る。
「……お前の判断は正しい。この情報は殿下にも、他の兵にもまだ伝えるな。
いらぬ混乱を招く。まずは我々で確かめる。」
あなたは頷く。
そして三人は、靴跡が消えた廊下の角を見つめる。
そこには――まだ姿を見せていない“第三の術者”の影があった。
「……それにしても。」
「“王妃に聖水ぶっかけた男”が今度は事件の核心を見つけるか……何に取り憑かれてるんだお前」
俺はやめろという表情でしか答えられない。
だがライエルにくぎを刺しておく。
「ライエル……この手がかりがもしエリシアのものだったらお前は彼女を捕らえることができるか?」
ライエルとエリシアはおそらく友達以上、恋人未満の微妙な関係だ。
ライエルは靴跡を調べていた手を止め、セブンの言葉に「は?」という顔で振り返った。
「……おいセブン。そういうこと、簡単に言うなよ。」
声は軽くない。同期として何年も一緒にやってきた俺にはわかる。
これは“本気で考えている時の声”だ。
ライエルは深く息を吐き、壁にもたれかかるようにして視線を落とした。
「……もし、この靴跡がエリシアのもので……もし、彼女が事件に関わってるってんなら
……捕らえるよ。俺は近衛兵だ。それが仕事だろ。」
言葉は強い。
だがその拳は、悔しさと恐怖で震えていた。
互いに好意があるのに、立場のせいで踏み込めない関係。
だからこそ、セブンの問いは彼の心臓を刺した。
「……でもな。エリシアがそんなことするわけねぇ。俺は……あいつを信じてる。」
「だからこそ、もし関わってるなら……俺が止める。」
ガルド隊長が静かに頷く。
「……ライエル。それでいい。それが俺たちの仕事だ。」
ライエルは苦笑し、あなたの肩を軽く小突いた。
「お前に教えらればかりだ……誰が相手でも、真実を見極め聖水をかけるだけだ。」
その言葉は、俺の胸に重く響いた。
こいつ……。
俺は気にしてないように装い、足跡を二人と追う。
靴跡が消えた廊下の角。そこに立つ俺、ガルド隊長、そしてライエル。
魔力の残滓はまだ漂っている。
時間が経てば薄れ、二度と辿れなくなる。
「重大な手がかり……しかし内部監察に回したら時間がかかります。証拠が薄れる前に――魔術顧問を直接呼びましょう。一緒に残滓を調べてもらうべきです。」
ガルド隊長は腕を組み、提案を一瞬で理解した。
「……確かに、監察は遅い。書類と手続きで半日潰れる。魔術顧問なら即時対応できるし、この残滓の“系統”も判別できるだろう。」
「だな。この魔力、ヴァルステインの“ゆらぎ”じゃねぇ。別の術者がいるってことだ。顧問なら、“誰の魔力に近いか”くらいは分かるはずだしな。」
ガルド隊長はセブンに向き直る。
「セブン。お前が呼べ。顧問はお前を気に入っている。」
ライエルがニヤッと笑う。
「そうそう。あの偏屈ジジイ、俺らよりセブンの言うこと聞くしな。」
俺は深く息を吸い、魔術顧問――宮廷魔術師長 “アーヴィング” の名を思い浮かべた。
偏屈で気難しく、だが魔術の腕は王国随一。
そして何より――なぜか俺の事を妙に買っている。
「……わかりました。すぐ呼んできます。」
ガルド隊長が頷く。
「急げ。この残滓は長く持たん。」
『…………………』




