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【完結】『無能力転生』冤罪投獄された近衛兵、動かず王国を崩す ――奇行主人公の伏線回収譚  作者: らいすクリーム
第2章【王宮陰謀・最短攻略編】

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第39話【虚実の包囲網】「見えていますよ、ヴァルステイン卿」――ハッタリを真実に変える、モブ近衛兵の“観測”

【前回までのあらすじ】

前室に残されたのは、倒れた三人と“靄のような痕跡”だけ――セブンは不可視の侵入者の存在を確信し、単独で前室の調査に踏み込んだ。

魔術顧問の到着を待つよう命じられたにもかかわらず、空気の揺らぎは再び前室へ迫り、セブンの剣先は“何もない空白”を正確に捉える。

姿も音も気配すらない“存在そのもの”との対峙が始まり、セブンはただ一人、その脅威を食い止めようと剣を構えた。

 剣が空を切り、その軌跡に触れた“何か”が、ほんの一瞬だけ輪郭を持ちかけた。


 靄のような、影のような不定形なもの。だが、確信する。


 これは、あの牢で見た“影”ではない。もっと別種の、悍ましい何かだ。

 その“何か”はセブンの構えを前にして、一歩も進んでこない。


 リオがガルド隊長を連れて戻ってくる足音が聞こえた。だが、セブンは視線を向けない。前室の中心に陣取る“それ”から目を離せば、すべてが終わる予感があった。


「セブン! 状況を報告しろ!」


 隊長の鋭い声が飛ぶ。セブンは剣を構えたまま、短く、しかし明確に応じた。


「何か……居ます」


 それは恐怖の叫びではなく、冷徹な事実の報告だった。

 相手が踏み込んでこないのは、牽制が効いているからか。そう願って、集中を切らさない。


(斬れる相手じゃない……だが、払うつもりで構えるんだ。ここは通さない。王妃殿下の前室だ)


 意志が剣に宿った瞬間、“それ”の輪郭が再び揺らめいた。セブンの拒絶に触れて、わずかに後退したかのように。


「……セブン、下がるな! そのまま維持しろ!」


 隊長は、セブンの邪魔にならぬよう必要最低限の指示に留める。リオは隊長の後ろで固まり、目に見えぬものと対峙するセブンの背中を凝視していた。



 これはもしかして……



 俺は静かに剣を収めた。



 静まり返った部屋に、鞘に収まる金属音が異様なほど響く。リオはまだ剣を構えたまま困惑している。


 俺は見えない“それ”に向けて、ハッタリをかました。


「ヴァルステイン卿……見えていますよ」


 その瞬間、前室の空気が激しく跳ねた。“それ”が驚いたかのように。

 根拠も推測もない、ただの挑発だ。


 だが、名前を呼ばれ、正体を見抜かれたと錯覚した“何か”は、輪郭を乱して揺らめいた。


「……ヴァルステイン卿、だと……?」


 隊長の動揺が伝わってくる。観測されるはずのない存在が、一介の兵士の言葉に揺らいでいた。


(……効いたな。実体があるのか、名前に反応したのか、あるいは“観測された”と錯覚したのか。どれでもいい、今は俺が押している)


 セブンは剣を抜いていない。ただ立っているだけだ。

 だが、その言葉と意志は、どんな鋭い刃よりも深く“それ”を切り裂き、押し返していた。


「セブン……お前、今のは……どういう意味だ?」


 ガルド隊長は困惑を隠せない。だが、セブンの“読み”が的中していることは、目の前の空気が証明していた。


 俺は畳みかける。勝手に推測を続け、ハッタリの糸を紡いでいく。

 外れていたとしても、この場さえ凌げれば勝ちだ。


「この空気の揺らぎ、これはおそらく観測魔法です」


 落ち着いた、しかし確信に満ちた声が響く。


「先程三人が気を失ったものとは別の魔法。混乱に乗じて王妃の部屋内を覗き見るつもりだったのでしょう。……揺らぎの向こうに、ヴァルステイン卿がいます」


 俺は目を細め、まるで見えないものの深淵を覗き込んでいるような演技を披露する。

 その瞬間、“それ”の存在がビクリと震えた。


「観測魔法ゆえに実体はここには無い。それなのに剣に対して怯えた……。おかしいと思ったんですよ。だから俺は――対観測魔法を発動した!」


 目元に指で横ピースを作る。当然、魔法の素養など欠片もない。


 だが、演出は完璧だった。


「覗きという趣味がお有りなんですね……ヴァルステイン卿」


 空気が激しく波打ち、存在が揺らぐ。「見られた」「気づかれた」と錯覚した観測者が、焦って距離を取る気配が伝わってきた。


「……セブン。お前……何者だ……?」


 隊長はもはや絶句し、リオは口を開けたまま固まっている。だが、俺は止まらない。


「隊長! この観測魔法は術者本人の視覚を移動させてここまで来ています。術が解ける時、この揺らぎは術者の元まで戻ります。術者本人が移動できる速さで……」


 もちろん、根拠のないハッタリだ。


「これがどういう意味かわかりますか? ヴァルステイン卿は杖をついており、素早く歩くことはできない……。術が終わり、この揺らぎが戻る方向について行けば……そこにいるのは……!」


 俺は鋭く指を差し、その名を吼えた。


「ヴァルステイン卿! お前だ!!」


 一歩も引かず、堂々と推測を積み上げるその姿は、もはやこの場の“真実”として空気に刻まれていた。

 ハッタリは、相手が反応した瞬間に真実へと変わる。


 そして――“それ”は、絶望的なまでに動揺し、反応した。


「リオ! 王妃の部屋からライエルを呼べ!」


 セブンの鋭い下知に、リオは肩を震わせながらも即座に反応した。


「は、はいっ! すぐに!」


 リオが王妃の部屋へ駆けていく。その背中を見届け、セブンは確信していた。エリシアを昏倒させたのは、おそらくあのヴァルステイン卿だ。


 ならば、ここから先はあの男――ライエルの領分だった。


 セブンは混乱するガルド隊長へ向き直り、あえて落ち着いた声で、さらに重いハッタリを重ねる。


「隊長、前室は俺が守ります。隊長はライエルとともに、この揺らぎを術者のところまで追ってください。辿り着く先はヴァルステイン卿のいる重臣区画、『王室参議控えの間』でしょうが……ね」


 その瞬間、ガルド隊長の表情が変わった。それは驚愕でも混乱でもなく、一人の武人としての“覚悟”だった。セブンの言葉がすべて出鱈目であることを、隊長は知らない。

 だが、セブンの読みが現実を動かし、“それ”が絶望的なまでに反応した事実だけは理解していた。


「……セブン。お前の読みは、もはや偶然では済まされん。前室は任せる。俺はライエルと合流し、この“揺らぎ”の行き先を追う」


 隊長は剣を抜き、セブンの横を通り過ぎる。その背中には、国家の重臣を疑い、踏み込む覚悟が宿っていた。前室の揺らぎは、セブンの意志に圧し折られるようにして逃げ去っていく。


 そこへ、王妃の部屋の扉が勢いよく開き、一人の男が飛び出してきた。

 ライエルだ。その顔は、愛する者を傷つけられた怒りと殺意に満ちていた。


 セブンは、親友であり相棒であるその男の目を真っ向から見据え、吼えた。


「ライエル! 目を凝らしてあの揺らぎを追え! 行き着く先は重臣区画、『王室参議控えの間』……そこに首謀者ヴァルステイン卿がいる!!」


 ライエルの足が止まり、その視線がセブンの指し示す虚空を捉える。


「エリシアの術を解けるのは、そいつだけだ!」


 セブンの声は、前室全体を震わせた。すべてはハッタリだ。根拠も確証もない。だが、その声はもはや誰にも否定できない“真実”となって、ライエルの背中を突き動かした。


「……セブン。今の話、全部本当なんだな?」


 ライエルが問いかける。その瞳の奥には、愛する者を傷つけた者への、冷徹で底知れない怒りが宿っていた。セブンの言葉がすべて壮大なハッタリであることを、ライエルは知らない。


 だが、セブンの声の強さと、呼応するように逃げ去る“揺らぎ”の反応が、彼にとっては動かしがたい証拠だった。


「ライエル! 揺らぎの行き先を追うぞ!」


 ガルド隊長はすでに剣を抜き、セブンの言葉を盤石な作戦として受け入れていた。


 重臣区画、王室参議控えの間。そこは王宮の権力が集う中心地であり、ヴァルステイン卿の執務室がある場所だ。


「……エリシアを眠らせたのが、あの杖つきの老いぼれだって言うのか」


 ライエルは声を低くし、深く、深く息を吸った。そして――。


「……わかった。セブン、前室は任せた。俺が必ず、エリシアを取り戻す」


 ライエルの背中から、迷いが消える。


 揺らぎは遠ざかっていく。セブンのハッタリに圧し折られ、術者の元へ戻ろうとするその“逃げる方向”こそが、セブンの推測を裏付けていた。


「セブン。お前の読みがなければ、この状況は見逃していた。前室は任せる。俺とライエルで追う」


 隊長は短く頷き、ライエルとともに廊下へと駆け出していった。


(……全部ハッタリだが、ここまで来れば押し切るしかない。前室は俺が守る。それが俺の役目だ)


 再び、前室に静寂が戻る。セブンは剣を収めたまま、ただ己の意志だけでその場に立ち続ける。主人公ではない。だが、王妃を守る絶対の盾として。


(エリシアだけが目を覚まさないのは、おそらくヴァルステイン卿が精神干渉魔術で彼女を操ろうと試みたからだろう。術者からの指示があるまで、彼女の意識は戻らない……。おそらく、侍女に復帰させた後で王妃暗殺の駒にするつもりだったのだ)


 その冷徹な状況分析は、もはや単なる推測を超えていた。精神干渉は術者の意志が途切れない限り解けない。つまり、ヴァルステイン卿を捕らえぬ限り、エリシアが再び微笑むことはないのだ。


 このハッタリは、王宮で最も正確な真実として現実を動かし始めていた。


 隊長とライエルが去った後の前室は、以前の不気味な静寂とは異なっていた。それはセブンが張り巡らせた結界のような、確固たる意志による静寂。


(……ライエル、頼んだぞ。エリシアを助けられるのは、お前だけだ)


 前室に再び静けさが戻る。


「ふう、これでよし」


 俺は深く息を吐き、剣を収めたまま前室の定位置に立つ。

 リオも隣に戻り、まだ緊張の残る顔で姿勢を正した。


「セブン殿……す、すごかったです。あんな“見えない敵”を追い払うなんて……」


 リオはまだ震えていたが、セブンが隣にいることで辛うじて落ち着きを取り戻していた。セブンは淡々と答える。


「事件が解決することを願って……俺たちは俺たちの仕事をするだけだ」


 その言葉は、英雄の台詞ではない。しかし、王宮を支える一兵卒の言葉としては完璧だった。

 セブンは事件を追わない。陰謀を暴かない。敵を討つ役目もない。ただ、王妃の前室を守る。それが彼の役割であり、彼自身が選んだ立ち位置だった。


 空気の奥には、まだ微かな“揺らぎ”の残滓が漂っている。


「セブン殿……俺、こんなに緊張したのは初めてですけど……隣に立ってると、不思議と落ち着きます」


 俺は事件の中心から一歩外れた場所で、前室に立ち続けていた。静かに。


(俺は王宮近衛兵。ただそれだけの存在)


 その言葉は、アイデンティティそのものだった。

 リオは隣で姿勢を正し、セブンの背中に絶対の安心を感じていた。


 一点を見据えたまま、セブンの胸の奥にわずかな焦燥がよぎる。


(ヴァルステイン卿を捕らえたという報告は、まだか……)

『…………………オオオ』


第2章 ここまでお読みいただいてありがとうございます。こんな作品についてきてくれるなんて最高の読者さま…。もし転生者が自由過ぎたら?みたいな主人公ではないらしいですが、皆さん応援のポチポチよろしくおねがいしますセブンのやる気が出ますので_(:3」∠)_

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